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予想外の現実
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しおりを挟む「ティルダさん…!」
アスレイは眉を顰め、ティルダを見つめる。
冷たく肌に刺さる風は次第に夜風となり、辺りは暗闇に包まれていく。
建物も人影も暗黒に染まっていく中。ティルダは突如、喉を鳴らすように笑い出した。
その不気味な様子は最早悪人の面以外の何ものでもない。
「こんなことなら役立たずのカズマはさっさと始末してしまえば良かった」
「何でこんなことをしたんだ…皆…カズマも貴方を信じてこの町で暮らしていたのに…!」
アスレイの叫びに対し、顔色を変えることなくティルダは答える。
「簡単な理由だよ―――金さ」
低く嘲るような声。悪びれた様子もないその変貌には流石のアスレイもショックを抱かずにはいられない。
元より、ティルダに証拠を突きつけたところで、彼が素直に反省する可能性は低いと思っていた。
だが、あのカズマが信じていた人物だ。多少なりとも自責の念に囚われているのではと、犯した行為を懺悔してくれるのではと、何処か期待をしていた。
カズマが信じているティルダを信じたからこそ、アスレイは此処にやって来た。説得できると信じていた。
「金って…領主の貴方が困るようなことじゃないだろ!」
「ただの平民なお前に何がわかるんだ! 欲しいもんは欲しいんだよっ!!」
と、怒りの形相でアスレイを睨みつけるティルダ。
その様は暴露された事に対しての、子供のような八つ当たりと言っても過言ではない。
整えてあった髪を掻き乱し、両手を広げ、彼は叫ぶ。
「このキャンスケット領は他より貧困の領地だ。最弱なんだよ…金があっても失うばかり。死に物狂いで政をしたって徴収したって金は出て行くばかりなんだよ!」
そう言うと彼は突然アスレイに近付くと、その胸倉に掴みかかってきた。驚き顔を見せるユリ。同様にアスレイも驚いたが、彼はされるがまま。一切抵抗しなかった。
掴みかかってきたティルダの手には何の力も込められていなかったからだ。
「金が堪らない堪らない…何をしてもどんな汚い商売をしてもどうにもならない! 賊の手を借りても失っていく一方だったんだ!!」
そうして、気付いたときには賊の言いなりになり、人攫いにまで手を貸してしまっていた。
最初は浮浪者を中心に攫っていたが、それでも二束三文でしか売りさばけない。ならばもっと体力のある者を、生気のある者を効率的に選定出来れば良いのだとこの町のシステムを考えた。
ティルダはそう語る。
「……そうすることで、今までとは比べものにならない金を得ることがようやく出来たんだ…」
ティルダは絞り出すような声でそう言うと、静かにアスレイから手を放す。一歩ずつ、後退っていく彼は徐々に脱力していくようで、俯いた顔には熱い物が流れ落ちていく。
そこでようやくアスレイは気付いた。
彼は開き直りたくて開き直っているわけじゃない。
開き直ってしまわないと、自分を壊してしまう。悪人なのだと自らに烙印を押さないと、胸の奥にしまいこんであった良心が心を押しつぶしてしまう。
彼の言動はそうならないための自衛のように、アスレイは見えた。
「ティルダさん…」
彼がどうしてここまで堕ちるに至ってしまったのか。
それはアスレイにもわからない。だがわからないからこそアスレイが出来ることは、彼の犯した行為を罪だと断言し、それを認めさせ悔い改めさせることなのかもしれない。
それが偽善でしかなくとも、余計なお節介だとしても。アスレイはそう思い、強く下唇を噛んだ。
握り締めていた拳を静かに解き、その手をそっとティルダへと伸ばしていく。
「ティルダさん…ローディア騎士隊に全てを打ち明けてください。素直に全部、罪を認めてください」
と、アスレイの言葉を聞いた途端。
彼は俯いていた顔を上げ、先ほどまで見せていた威厳の消えた、怯えきった双眸を見せた。
叱られることを恐れる子供の如く、それを逃れようとしているかのように、アスレイから後退っていく。
「嫌だ、嫌だ嫌だ…僕は金のためにしただけなんだ! 町の者に手を出したわけじゃない! ちゃんと孤独な奴だけを狙ってたじゃないか! だからこそ誰も悲しまず気付かなかったじゃないか! だから僕は悪くない!!」
「そんな事はない! 例え天涯孤独でも一匹狼の嫌われ者だったとしても、居なくなれば傷つく人はいるし、悲しむ人だってちゃんと居るんだ…だから排除して良いなんてことにはならないんだッ!!」
アスレイの訴えに、それでもティルダの後退は止まらない。
このまま逃げ出してしまいそうな勢いだが、その震えた足先ではそう遠くには逃げられそうもない。
これまで献身的に彼を看てきたユリも、彼の見せる動揺に閉口し涙を流しながら立ち尽くしてしまっている。
「それに…貴方たちはカズマにまで手を掛けてしまった。身勝手な理由で大切な友人にまでも手を出してしまったんだ! それは認めなくちゃ―――」
と、アスレイが話す途中で突然。ティルダが強くかぶりを振って叫んだ。
「ち、違う!! ……違う違う、それは…僕じゃない、僕らじゃない! あんなバカ正直な奴でも…カズマはずっと大事な親友だった……そんなどうしようもない奴に手を掛けられるわけがない―――」
彼が涙も鼻水までも垂れ流し訴えていた、その直後だった。
「あーあ、マジカッコ悪ぅー…そんなみっともない顔しちゃったら男前が台無しじゃん」
ここ最近聞き慣れている、鈴のような甲高い声。
その声と同時にティルダの胸元を勢いよく突き破って現れた、輝く刃。
即座にそこは紅く染まっていき、刃は鮮血を滴らせた。
当の本人は目を丸くさせ、何が起こったかわからないと言った表情をしている。だがそれは目撃していたアスレイたちも同じであった。
「イケメンなんだから罪の認め方とか言い訳とか、もっとカッコイー感じに言って欲しかったってーの」
頭がパニックに陥りそうだった。
否、もう既に陥っていた。
アスレイは呼吸する事さえも忘れ、ティルダの背後からひょっこりと現れた彼女を見つめた。
そこには、無邪気に笑っているレンナの姿があった。
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