シキサイ奏デテ物語ル~黄昏の魔女と深緑の魔槍士~

緋島礼桜

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予想外の現実

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「ティルダ様……ティルダ様ッ!」

 突然の事態の中。真っ先に動いたのはユリであった。大切な主人ティルダの胸元を突き刺す刃と、それにより崩れ落ちていく姿を見て、彼女は即座に彼のもとへ駆け寄ろうとした。
 が、何故かユリは動くことが出来なかった。何かが彼女の足首を掴み引っ張っていたようだった。彼女は急ぎ自身の足下を見つめる。
 するとそこには人の手の様な形をした土塊が、彼女の両足首を掴んで拘束していた。ユリは思わず声なき悲鳴を上げる。



 それはアスレイも同様であった。
 彼の両足首にもまた、人の手を模した土塊が放さないとばかりにまとわりついていた。
 アスレイは一瞬、驚愕し悲鳴を上げそうになったが、直ぐにこの不気味な手の正体に気付き、視線をレンナへと移す。

「これって…まさか、レンナの仕業、なのか…?」

 隠し切れない動揺にアスレイの呼吸は早く浅くなり、鼓動は大きく鳴り続ける。
 と、アスレイと視線を交えたレンナは口元に弧を描き、答えた。

「ピンポーン、大正解…へえ、思ったより驚いてないじゃん。もっとビビった顔するかと思ってた」

 無邪気に笑うレンナ。
 いつもと変わらない彼女の真下には、鮮血を流し倒れたティルダの姿がある。

「充分驚いているよ。けど、こんな現象出来るのはレンナしかいないだろ…?」

 このような不可思議な現象を可能に出来る者など、先ず魔道士以外他にない。そしてレンナはアスレイと出会ったとき、自身が魔道士であることを明かしている。

「しかもその剣で見せてくれた力って…確か水を土にしていたよね。だったら土を操れも出来るのかなって…ふと思っただけだよ」
「ふーん。それであたしを疑ってくれるなんて、才能はともかく魔道士のセンスはかなりあるじゃん」

 そもそもティルダを刺したというこの現状では、犯人はレンナしか考えられなかった。彼女を信じることは、出来なかった。
 しかし、肝心の理由が―――何故このような事態を起こしたのかが、全く持ってアスレイにはわからなかった。

「君は…自分が何をしたのかわかっているのか…?」

 息を呑み、冷静に努めながらアスレイは尋ねる。
 夜風は肌寒く、心身さえ冷えていくように感じる。その一方でアスレイの額からは自然と汗が溢れていく。
 レンナはアスレイを見つめクスクス笑うと、倒れていたティルダの胸元からナイフを抜き取った。

「何を…って言われてもさあ。実を言うとあたしの目的って始めっからだったんだよね」
って…?」

 彼女はナイフに付いた鮮血を振り払い、それから倒れた男を指差して答える。

。知ってると思うけど、あたしイケメン大好きなんだよねー。でもって、カッコイイ男は何としてでも手に入れたい性質なわけ」

 そう言って彼女は突っ伏しているティルダの背へ足を置く。彼からは小さな呻き声こそ聞こえてきたものの、動く様子はなく。徐々に生気が失われているようだった。
 今すぐ止血なり応急処置なりすれば、まだ間に合うかもしれない。だが拘束されている以上アスレイには何もすることが出来ない。
 歯痒さに、悔しさに、無能さに、思わず下唇を噛む。
 一方でユリは徐々に抵抗さえ出来なくなっていくティルダを見つめ、涙を流しながら怒声のような悲鳴のような声を上げている。
 そんな二人に構わず、レンナは彼を踏みつけたまま語り続ける。

「でもさ。イケメンって言ってもコレみたいに性格最悪な奴とかいるし、年老いてったらイケメンじゃないわけじゃん? だから考えたんだよねー…イケメンをカッコイイ状態のまま『保存』する方法を」

 次の瞬間。
 彼女は持っていたナイフを高々と頭上に掲げた。
 満月に照らされた刃と、ナイフの柄にはめ込まれている黄色のトパーズ石が、ギラリと不気味に美しく光る。
 まるで黄金の如く輝くその宝石を前に、アスレイはとある言葉が浮かんだ。
 まさかという予感に、推測に。鼓動は更に早くなっていき、思わず息を吞むことも忘れる。

「イヤアッァァツ!!」

 だが、直後に聞こえてきたユリの悲鳴によりアスレイは我に返り、その視線の先―――レンナの足元を見る。
 するとそこには、ゆっくりと地面に飲み込まれていくティルダの姿があった。まるで底なし沼に飲み込まれるかのように、堅い大地であったはずのその地中へと彼の身体は沈んでいく。
 これもまた魔道具の能力なのかとアスレイは驚いたが、直ぐにそれが魔道具のものではない―――レンナがただの魔道士ではないのだと確信した。

「これって、禁術……まさかレンナって魔術士なのか…?」

 眼光鋭くさせるアスレイに気付き、レンナはにんまりと満足げな笑みを浮かべる。それから手にしているナイフの刃先を静かになぞって見せた。

「大せーかーい! あたしは魔術士だよ。人にはそれぞれ得意な属性ってのがあってさ。あたしは土属性が得意なの。で、その土属性を用いて編み出したあたしだけの禁術がコレなわけ」

 少女らしからぬ妖艶な指先はゆるりとナイフから離れ、次いでパチンと音を鳴らした。
 するとその直後。周辺の地面がボコボコといくつか盛り上がり始めた。
 盛り上がる地面から割れ目が生まれ破壊されると、そこから次々と人間が姿を現した。
 地面から這出てくる彼らは全てが男のようだが、しかし土色の肌に生気のない顔は容姿端麗と呼ぶには程遠く、まるで不気味な人形としか言いようがない。

「屍と土を合成させて、永遠にイケメンのままの傀儡を作る…最高の禁術。まあ、称号が与えられるなら『魔傀士まかいし』って呼ばれそうだけど、生憎あたしがみんなに呼ばれてた名前はそれじゃないんだよねー…」

 口先を尖らせ、何処か不満げな様子で語るレンナ。
 一方で、地面からは続々と土塊の傀儡が姿を現し、ざっと見渡すだけで数十人以上にも及んだ。
 アスレイは不規則に並ぶ男たちだったものを見渡し、眉を顰める。
 『屍を利用した禁術』と言う彼女の言葉が真実ならば、それはつまりこれだけの屍を―――男たちを用意した。殺めたということになる。
 先ほどティルダで見せたような行為を、彼女は犯したということになる。



 この骸となった彼らは皆、おそらく消息不明という扱いになってしまったことだろう。
 まるで噂に聞いていた、かの魔女の伝説をなぞるかのように。
 かつて、数多の男を浚い宵闇へ誘ったと謳われているの証明のように―――。






「『黄昏誘う魔女』って…呼ばれてんの、あれ実はあたしなのよね」

 アスレイの目前に立つレンナはナイフに飾られた―――まるで黄昏の如き輝きを放つ―――トパーズを光らせながら、穏やかな笑顔でさらりと告げた。






   
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