シキサイ奏デテ物語ル~黄昏の魔女と深緑の魔槍士~

緋島礼桜

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予想外の現実

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 騙され裏切られたと言うのに、それでもまだ真っ直ぐに純粋な眼差しを向けるアスレイ。
 レンナは僅かに眉を顰める。

「…あーあ、もっとショック受けて泣き崩れるかと思ってたのに、期待外れ~」

 悠長な口振りでそう言うと、彼女は掲げていた片手を振り下した。するとそれが合図だったかのように傀儡の男たちはゆっくりとアスレイたちへ詰め寄っていく。
 フラフラと生気の感じられない屍たちの動きはまさに操り人形のようで。だからこそ恐ろしくもあり、哀しくもあり、儚くもあると思いつつ。アスレイは男たちへ拳を構える。

「魔女の正体を知ったからには生かしてはあげない…なんてのは大げさだけど。アンタを生かしとくと絶対ローディア騎士隊に告げ口しそうだし。それに―――」

 と、レンナは突如言葉を噤み、おもむろにその視線をアスレイたちよりも遥か後方へと向ける。



 レンナにとって目的達成のあい路は、実際のところアスレイではなかった。
 彼の背後にいたの方がおそらく、彼以上に厄介な存在だとレンナは確信している。だからこそが戻ってくる前に、彼女としてはアスレイを早々に仕留めておきたかった。
 先刻のアスレイとユリが受けたのと同等の衝撃を与えるために。そのためだけに彼女は切り札アスレイを手に入れたかったのだ。



 傀儡たちがじわじわと迫り来る中。
 アスレイは一呼吸し、気を静める。
 と、次の瞬間。
 アスレイは地を蹴り、するりと傀儡たちの懐へと飛び込んでいった。彼の両足は土塊によって拘束されていたはずだった。
 が、彼は強引にブーツごと拘束を脱ぎ捨てるという方法で、土塊から抜け出したのだ。
 傀儡が剣を振るうよりも素早い身のこなしで、アスレイはその鳩尾へ一発拳を食い込ませる。
 確実に急所は付いた。だが、しかし。

「ぐっ…!」

 人の体とは思えないほどの堅さに、思わず眉間に皺が寄る。見た目は人体そのものであるというのに、その感触はまるで岩肌そのもの。
 殴った拳に痺れるような痛みが走る。

「単なる馬鹿力じゃ、あたしの可愛い傀儡たちは壊れないっての。それに…」

 直後、アスレイの背後から悲鳴が聞こえる。

「キャア!」
「ユリさん!!」

 振り返った先ではユリが男たちによって羽交い締めにされていた。
 本来の彼女ならば、持ち前の機敏さと怪力で振り解くことも容易かったはずだ。だが、立ち直れないほどのショックを受けてしまった今の彼女では赤子も同然。されるがままの状態となっていた。
 更に、彼女を精神的に追い込むべく、その男たちの中にはカズマの姿もあった。

「カズマさん!」

 だがアスレイの呼びかけに、傀儡カズマから返答も反応もない。彼は意思なくただただ操られ、動いているだけだった。



 と、そんなカズマに気が向いてしまったのが油断となった。
 一人の傀儡が突如、アスレイへと掴みかかって来たのだ。動きに気付いたアスレイは咄嗟に飛び退いたものの、傀儡の振り下した剣先を肩口に受けてしまう。
 鮮血が飛び散り、アスレイは顔を歪める。

「くぅ…!!」

 苦痛によろめきそうになるものの、そうしている暇も与えられず。
 追撃するべく傀儡は更に剣を振りかざす。
 横に薙ぎ払われる一閃。
 それは辛くも避けきることが出来た。が、これ以上の油断は命取りとなる。
 アスレイは一旦態勢を立て直すべく、傀儡たちと距離を取ろうとした。
 しかしそのとき。

「なっ!?」
「っていうかさ、一対一で戦ってるわけじゃないんだからさあ…勝ち目なんてそもそもないってことに気付きなよ」

 後方で退屈そうな顔で見物しているレンナが、ため息交じりにそうぼやく。
 間合いを取ろうとしたアスレイは、背後にいた別の傀儡によって捕えられてしまったのだ。
 腕を掴まれ、その怪力により引っ張り上げられアスレイの身体は宙に浮く。
 そうして、地べたへ勢いよく叩きつけられた。その衝撃は凄まじく、アスレイの身体は地面にめり込み周囲の地面がひび割れるほどだ。
 空いている手で咄嗟に身構えたため、アスレイは顔面への直撃は免れた。しかし、防御した腕から全身にかけて、まるで骨が砕け散ったかのような感覚と激痛が走った。
 アスレイは堪らず呻き声を上げた。

「ぐあッ!!」

 呼吸さえ苦痛に感じる程の一撃を受けたアスレイ。今度こそ両足首を掴まれてしまい、彼は抵抗する術を失う。
 失神しても可笑しくはなかったが、アスレイは何とか気力だけで保っている状態だった。

「はぁ…ホントしぶといよね、アンタって」

 ため息をつきながら、ゆっくりとレンナが近付く。
 確認しようにも生憎と、今のアスレイには顔を上げることさえも苦痛となっていた。咳き込み、吐血と同時に額や鼻からも血が流れ落ちていく。
 必死に息を吸おうとしても痛みのせいで力が入らず、呼吸さえもままならない。
 ネールと力試しをしたときとは比べものにならないほどの危機的状況。
 流石に走馬灯も過ってしまいそうだと、無意識にアスレイは苦笑を洩らした。




「まあ、そのしぶとさもこれで終わりだけどね」

 レンナはそう言いながら、押さえつけられているアスレイの頭上にナイフを掲げた。

「…最期に何か言いたい事あんなら聞いてあげてもいいけど?」

 レンナの片足がアスレイの背中にゆっくりと、だが重く圧し掛かっていく。更なる激痛が走るところだが、アスレイは声を上げなかった。
 それどころか、痛みに堪えながらも顔を上げてみせた。
 こんな状態だというのに、それでも諦めないという強い輝きをレンナに見せつけ、そして言った。

「此処で、最期には…ならない。それと…俺はアンタじゃなくて、アスレイだって―――また、ちゃんと、呼んで…ほしいかな…」

 顔を歪めたのはレンナの方だった。
 今のアスレイは踏み潰される寸前の虫けら同然だ。
 だが、それなのに彼は降参も諦めも見せず、尚も抵抗して笑っている。笑顔を見せてくる。思わずレンナは奥歯を噛みしめる。

「女に踏まれて笑えるとか…バカ過ぎじゃん……」

 怒りすら込み上げてきた彼女はもう一度、今度は強めに彼の背を踏みつけた。
 しかし、それでもアスレイはぐっと声を押し殺し、レンナを真剣に見上げ続ける。
 レンナはそれ以上何もせず、代わりに深いため息を吐いた。

「じゃあ、お望み通り呼んであげる。バイバイ、アスレイ」

 レンナは掲げていたナイフにありったけの力を込め、アスレイへと目掛け、振り下した。








「―――言ったはずだぞ、無茶な行動は慎めと」

 その声が聞こえてきたと同時に、アスレイは全身が軽くなるような感覚を抱いた。
 暖かい、心地の良い風が、自身の真上で吹いたような気がして。
 アスレイは思わず目を大きくさせた。






  
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