シキサイ奏デテ物語ル~黄昏の魔女と深緑の魔槍士~

緋島礼桜

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 その轟音は突然、山の頂から鳴り響いた。
 地震か噴火か。そう思ったのもつかの間。
 次の瞬間には空に陰りが生まれ、部落は闇に覆われる。
 見上げた上空では巨大な翼を広げた、見たこともない化け物が飛んでいた。鳥とは確実に違う、その姿はまるで蛇かトカゲのようで。しかし翼のある巨体。となれば考えうる生物はただ一つ。
 古の伝奇にのみ記されてあった、伝説の存在―――ドラゴンだった。
 太古に絶滅したと書かれてあったが、まさかそれが封印されており現代に蘇るとは。
 流石のパーシバルとケビンも驚愕の色を隠せず、遥か上空で旋回し続けていたそれをただ呆然と見上げていたという。



 だが驚く二人のその一方で、驚きもせず冷静であったのが部落の者たちだった。
 否、冷静でいたというよりは起こってしまった最悪の事態に絶望し、早くも全てを投げ出し諦めてしまっていたのだ。
 彼らは口々に「始まってしまった」「もう終わりだ」とぼやき、自暴自棄にその場で蹲ってしまう者も居たという。



 伝説のドラゴンが復活してしまった以上、今から城へ戻り報告し討伐部隊を編成して再度赴く。では、全てが手遅れになってしまう。
 そう思わざるを得ない程にドラゴンの発する気迫と与えてくれる絶望感は相当なものだった。
 『天才魔槍士』と恐れられるパーシバルでさえ、思わず畏怖の念を抱いてしまう程だった。
 事態は刻一刻と迫っている。
 そう肌で感じたパーシバルはその瞬間。覚悟を決めた。
 パーシバルはドラゴンの飛んでいった先を予測するなり、ケビンの制止も聞かず山間の麓へ―――ドラゴンが降り立つだろう地へと向かったのだった。




「それで…どうなったんだ?」

 アスレイは話しを急かすように、パーシバルへ尋ねる。
 
「辛うじて退治には成功した」

 彼は淡々とした口調で、結論だけを述べる。
 直後、アスレイの目頭が熱くなる。

(やっぱりそうだったんだ…!)

 実のところ、話を聞かずともアスレイは判っていた。
 『天才魔槍士が封印されていた伝説の竜を倒す』。
 それは世間に広まっていた噂の一つであった。
 それこそ夢物語のような、信じがたい話だと誰もが思っていた。
 だが、まさかそれが事実であったとは。
 ましてや、本来ならば大部隊でさえ死闘を繰り広げていただろう相手をさらりと倒した。そんな驚愕の真実にアスレイは改めて感激し、人知れず拳を強く握り締める。



 しかし。
 当の天才魔槍士はそんな武勇伝とは裏腹に、表情は浮かない。
 それも当然だ。彼にとって、重要で深刻な問題はこの後に起こったのだ。

「退治は出来た。だが…崩れ落ちていく竜はその死に際にを放った」
「術…って、竜って術が使えるの?」
「術、と言うよりは、竜の場合はと呼ぶらしいがな…」

 そう言ってパーシバルはおもむろに自身の掌を一瞥する。
 僅かに眉を顰めた彼の表情に気付き、アスレイは同じく、静かに顔を顰めながらその開きかけていた口を閉じた。




「竜が死に際に放ったとは―――それを受けた生命を霧のように散らせ、消滅させる。といったようなものだった」

 倒れたドラゴンは突然、その切り刻まれた身体からどす黒く不気味な霧を噴き出した。
 瞬く間にそれはパーシバルにまで到達した。勝利への油断もあり、彼は一瞬にしてその吐息に呑み込まれ、成す術もなく呪いを受けてしまった。

「私の身体はみるみるうちに…まるで風にかき消される煙の如く、指先から消失していった」

 パーシバルもそれは予想だにしていなかった事態だった。絶望的なその状況に流石の彼もその呪いに対抗しうる術は浮かばなかった。
 だからこそ、驚きこそあったもののパーシバルは直ぐに己の命運を受け入れた。
 そもそも大陸を滅ぼすと云われる程の相手と戦ったのだ。どのような結末も覚悟の上であったし、幸いにも他にこの呪いを受けた者もいない。我が身一つの犠牲で済むのならばと、彼に悔いはなかった。
 ただ、一つばかり心残りがあることを思い出し、それについては若干悔やみながらもパーシバルはその場で自身の消失を待つことしか出来なかった。



  
「―――魔槍士様ッ!」

 その呼び声が聞こえた方へとパーシバルは振り返った。
 するとそこには彼の勇戦を見守っていた部族の者たちがいた。彼らは歓喜し感涙し、大陸を救った英雄に駆け寄ろうとしていた。

「ありがとうございます」
「貴方のお陰で大陸は救われた!」

 しかし、黒煙自体は消えたものの、この現象も消えたとは言いきれない。
 近づくな。
 パーシバルはそう叫ぼうとしたが、彼よりも早く制止の声を上げたのは巫女であった。

「近付いてはいけません! 彼は『黒霧こくむの呪い』を受けています!!」
「呪い…?」
「―――とは、どういう意味だ?」

 部族の者たちと同様に駆けつけていたケビンが、不穏な単語について巫女へと尋ねる。
 冷静さを欠いた巫女の言動に彼もまた動揺を隠せず。
 今にも掴みかかりそうな勢いで迫る。
 彼女はその大きな瞳をゆっくりと伏せ、答えた。

「かつて、竜のみが扱えたと云う…魔道や魔術の遥か昔の祖にして最も強力な術です」

 呪いを受けたが最後、それを解呪する術は昔も今ですらも存在していない。大昔、魔道具の生みの親と云われるアルベルト博士でさえも恐れたという術。巫女はそう付け足す。
 彼女の言葉を聞いたケビンは顔面蒼白し、パーシバルを見た。

「…じゃあ呪いを受けたアイツはどうなるんだ!?」
「次第に全身が霧状になり、消滅する…そう言い伝えられています…」
「もう助からないというのか…?」

 巫女は静かに俯く。
 それはつまり、呪いを受けたパーシバルはもう助からない。消滅するしかないのだと宣告されたも同然だった。
 青ざめていたケビンの顔が更に白く―――絶望に染まっていくその様を、パーシバルは今でも鮮明に覚えている。

「そんな危険なものを知っておきながら何故教えなかった!? 教えていればアイツなら喰らわなかったやもしれんだろ!!」

 絶望から変貌する憤りは、巫女へと向けられた。
 相手がか弱い少女であることも忘れ、ケビンは巫女の胸倉を掴み上げ怒声を浴びせた。

「アイツはこんな場所で…こんなところで消えてはならない奴なんだ! アイツにはやることが…まだやるべき使命が残ってるんだ…!」

 彼の空しい八つ当たりは、他の者たちによって力尽くで抑えつけられた。
 しかし、それでもケビンは叫ぶ。
 その叫びはいつの間にか巫女ではなく、パーシバルへと変わっていた。

「お前もお前だ! 王からの使命は、お前の目的はどうしたッ!! あのときの覚悟があるならもっと必死に抗えッ!!?」

 ケビンの心からの絶叫はパーシバルの心に深く突き刺さった。
 国王から受けた、果たすべき使命。それは彼にとっても命に代えても成し遂げたい目的だった。
 だが―――。

「すまない―――後は任せた」

 消滅する運命となったパーシバルには最早、そんな言葉を親友に遺すことしか出来なかった。
 





     
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