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妖精猫は老女とお別れした

その2

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「―――妖精猫、さん……」

 その老女は妖精猫ケットシーの姿を見つけるなり、驚いたような、しかしどこか悲しそうな顔をしていた。
 妖精猫ケットシーはゆっくりと、その老女へと歩み寄る。
 それから、持っていた花束を差し出して、にんまりと満面の笑みを見せて言った。

「アサガオちゃん…誕生日プレゼント、遅れちゃってごめんね…?」

 彼が見せた純粋な笑顔に、老女は顔をくしゃくしゃにして尋ねる。

「あたしが…誰だか、わかるの…?」

 美しかった銀の髪は白髪交じりのものと変わり、顔も手も、あの頃に比べてしわしわになってしまった。
 人間にとっての三十年がどれだけ長い長い時間だったのか。そう訴えるような姿に変わっていたアサガオ。
 とてももう、美しくも可愛くもステキでもキレイでもない。時が経ってしまったその姿に、妖精猫ケットシーが気づくことはない。アサガオはそう思っていたのだ。
 しかし、そんな彼女の心配も知らずに妖精猫ケットシーは笑顔を向けたまま言った。

「にゃあにゃあ、わかるに決まってるよ。だってアサガオちゃんは相変わらず可愛いし美しいしキレイだしステキだよ」

 大きな瞳を真っ直ぐに向けて、妖精猫ケットシーはそう言った。
 そんな彼の変わらない姿を見て、アサガオはぽろぽろと涙をこぼし始めた。

「そんなこと…そんなことない…あたしはアンタたちじゃなくてお金持ちの家を選んだ、何も言わず出て行った、悪いことをした…ただの意地汚いばあさんなんだよ…!」

 泣きじゃくり始めるアサガオを見て妖精猫ケットシーは少しだけ驚いたものの、花束を地面に置くとベッドの隣にちょこんと座った。それから、彼の背中を爪を立てないよう優しく撫でた。

「ぼくもね…アサガオちゃんのことをちゃんと見てるって思ってたけど、それで満足してただけだったんだ。本当は何も見えてなかったんだ。あんなに毎日真ん前で歌を見て聞いてたのにね」
「それは…あたしがひねくれてアンタを許さないって…ずっと言って、ちゃんと何も話そうとしなかったから……」

 ぐすぐすと涙を流し続けるアサガオ。すると妖精猫ケットシーはベッドの上に立って、今度はアサガオの頭を、爪を立てないよう優しく撫で始めた。

「にゃあにゃあ、そんなことないよ…あんなに毎日毎日ステージの真ん前に座って見てたんだからさ、アサガオちゃんが苦しそうだったとか辛そうにしていたとか、もっと早く気づいてあげなきゃダメだったんだ。だからぼくも悪いんだよ、だからおあいこなんだよ」

 妖精猫ケットシーの顔はいつの間にか満面の笑顔から、悲しそうな顔へと変わっていた。そしてぽろぽろとアサガオのように涙をこぼして泣き始めてしまった。

「…妖精猫さんは、ちょっと見ない間に大人になったね」
「にゃはは、そういうアサガオちゃんは出会った頃のままだね」

 と、アサガオは妖精猫ケットシーの身体を優しく優しく抱きしめた。今まで出来なかった分を取り戻すかのように、強く強く抱きしめた。
 妖精猫ケットシーはちょっとだけびっくりしてから、けどすぐに泣きながらも笑顔を見せて。アサガオの頭を優しくなで続けた。

「ずっと意地張って、許さないとか友達じゃないなんて言ってごめんなさい、勝手にだまっていなくなってごめんね……」
「アサガオちゃんは何も悪くないよ。素直じゃないところも意地っ張りなところもずっとずっとステキだよ。たってね、ぼくはそういうアサガオちゃんが大好きなんだ…何があってもぼくはずっとずっと、アサガオちゃんのことが大好きなんだよ」
 
 二人はそうしてお互いに泣き合った。優しく撫でて、抱きしめ合った。
 それは再会するまでの時間と比べたら、とてもとても短い時間だったかもしれない。
 しかし、二人にとってその時間は、これまでのどんなときよりも長く長く感じた時間だった。



 


   
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