15 / 29
化けの皮剥ぐケモノ
しおりを挟む「―――じゃあネコはどうした?」
「ネ、ネコ…?」
「旦那と一緒にネコも亡くなったと…周囲に話してたんだろう? だが、火災現場に死体はなかったらしいな」
これに関しては、本当は軍の資料で見ていた情報であったが、そこは敢えて伏せて話す。
「ネコは…何とか逃げ出しはしたのよ! でも肺をやられたみたいで…結局…」
「なるほど。じゃあ、あんたがそう言うんならば、墓でも発いてみるか?」
「なっ!?」
「あの小屋近くに丁寧に埋葬されてあったからな…状態が良けりゃあ、女将さんの身の潔白が晴れるかもしれないぜ?」
挑発的どころか冒涜とも取れる発言に憤りすら見せ始める女将。
その表情にイグバーンは勝気な笑みを返す。
彼の推測では、ネコは火災で一緒に亡くなったわけではないと睨んでいた。
赤猫信仰のあるこの村では、ネコは人と同じ扱いを受ける。丁重に人と同じ墓に埋葬される。
本当に火災によって亡くなっていたのならば、旦那と共に弔われ、墓地へと埋葬されたことだろう。
が、そうはせず、宿の傍ら―――あのような木陰にひっそりと埋葬していた。
それはつまり、墓地に埋葬できなかった理由がネコの死体にもあったのだろうと思われた。
焼死や関連死でもない。死因の証拠が。
「旦那と一緒に燃やすか埋葬しておけばこうして怪しまれることもなかったんだろうが…あんたには無理だった。ま、そりゃそうだろうな。普段から虐待してきた憎き男となんざ、一緒にしたくなかったんだろ?」
「な、なんで…そんなこと、まで…」
その目を見開いた彼女の表情は、動揺そのものであった。
恐怖すら感じているのか、小刻みに身体を震わせている女将に、イグバーンは続けて追い詰める。
「人目はもうないはずの夜に、手足どころか首元までしっかりと隠した服装で。汗だくで料理……ってのが、そもそも違和感だったんでな。虫が嫌だとかってんならまあわかるが…それでも、調理で腕くらいはまくるだろ、普通はな」
だが突然の来客であったイグバーンの前へ、咄嗟に現れたはずの女将は、そんな腕まくりさえもわざわざ直していた。
何故そうも肌身をひた隠すのか。それは人目どころか自分で直視すら出来なかった。したくなかったのだろう。
では何故したくなかったのか。それは―――。
「暴行の傷痕があり、それを隠すため…だったんだろ? 人前で仲睦まじい姿を見せていたのも、男にそう命令されていたから。だがそれに耐え切れず計画してやっちまったのか。それとも突発的だったのか……って話になると、ネコの件も含めれば後者だと思われるがな」
煙草の先から白煙を漂わせつつ、イグバーンはおもむろに女将の前へと歩み寄る。
が、彼がその腕を掴むよりも早く。
女将はイグバーンから飛び退くように離れ、自らその長袖をまくってみせた。
イグバーンの推測通り、そこには生々しい無数の傷痕がはっきりと残されていた。
「…貴方みたいな人が、もっと早く此処に来てくれていたら…私の運命は変わっていたのかもね……」
思わず漏れ出た言葉。
それは紛れもない本音のように思えた。
彼女の額からは一筋の汗が流れ落ちる。
「そいつは悪かったな……が、俺はそもそもそこまで聖人でも正義の味方でもなくてな。だから今回の件だって別に女将さんの罪をわざわざ暴くつもりはなかったんだぜ?」
「え……」
肩を竦め、そう話すイグバーン。
そんな彼の言葉に困惑しつつも、女将は更に警戒心を高め、眉を顰める。
それも当然だ。
イグバーンにとって、此処からが本題であり、本来の目的で。
そして、女将が本当にひた隠していた事実を暴こうとしている。
「女将さん―――あんたが天使を匿いさえしなきゃな」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
冷遇妃マリアベルの監視報告書
Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。
第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。
そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。
王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。
(小説家になろう様にも投稿しています)
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる