21 / 29
嘲笑うケモノ
しおりを挟む「天使人格化…何故…女将は、脱走した養製天使ではないはずなのに…」
思わず青年はそう呟く。
確かに以前、養製天使が他者に成りすまし潜んでいたという事例もあった。
だがそれは成りすまされた人物が顔に酷い火傷を負った天涯孤独の老人であったから出来たのだと、青年は記憶している。
顔にだけは傷を負っておらず、他の村人とも面識のあった女将に成りすませるとは到底思えない。
「フフフ…回りくどいけど簡単よ。まあ貴方たちに教えてはあげないけど」
イグバーンたちを軍人であると解っていた点からしても、明らかにそれは格上の天使人格と思われた。
突如として養製天使、そして天使人格化してしまった女将。
彼女は不敵な笑みを浮かべながら翼となった両腕を羽ばたかせた。
「もっともっと軍人さんたちとお話ししていたかったけど…今は逃げさせて貰うわ。せっかくのこの身体を堪能したいしね」
羽ばたく両腕は激しい風を生み出し、室内にあった椅子やテーブル。ベッドまでもを吹き飛ばす。
「クソッ…!」
舌打ちを洩らしイグバーンは即座に銃を構え、女将へと発砲する。
が、しかし。彼女は素早く銃撃を交わし、外れた銃弾は青年の真横を掠めた。
「あらあら、それじゃあただの仲間討ちになっちゃうわよ。軍人さん」
余裕を見せつける彼女に、イグバーンは顔を顰める。
状況は二対一。此方が有利であるはずなのに、実際はまるで真逆に感じてしまう。
それがイグバーンはたまらなく許せなかった。
「フフフ…ではそろそろさようなら。軍人さんたち…もう二度と会うこともないでしょうけど」
その言葉の直後。翼の羽ばたきはより一層と強くなり、まるで暴風の如くそれは室内を襲った。
立っているのもやっとという状態にイグバーンは何も出来ず。一方で青年は体勢を崩してしまい壁まで吹き飛ばされてしまった。
激しい突風と高らかな笑い声。
それがようやく止むと、そこに女将の姿は既になく。
その捨て台詞通り、何処かへと逃げ出してしまっていたようだった。
「―――立てるか…?」
天使人格化した女将が放った突風により吹き飛ばされた青年。そんな彼へと近寄るイグバーン。
壁に激突した青年は背中を労りながら、ゆっくりと起き上がった。
「問題はありません…」
「まあとにかく。ようやく会えて良かったぜ、イケメンの―――おおっと、今はカイルくんと名乗ってたっけか?」
嫌味たっぷりのイグバーンの言動に、青年はあからさまなしかめっ面を見せる。
「ようやくって…将軍がこの宿へやって来た直後に話していたじゃないですか」
「俺の声に対して顔も見せず上階からノック音で返答してたアレがか? ありゃ会話じゃなく信号ってんだよ」
そう言い返しつつ、イグバーンはおもむろに懐から煙草を取り出す。
彼の動作により一層と顔を顰めている部下を後目に、イグバーンは一服を始める。
「……それにしても、まさかベルフュング将軍がわざわざ赴くとは思いませんでした」
「最悪の事態を想定するならば急を要すると思ってな。まあその点に関しては取り越し苦労だったようだが…」
青年はイグバーンの痛い視線から逃げるように顔を背け、僅かに頭を下げる。
「それは…申し訳ありませんでした。まさか伝書鳩が悉く、全てがネコに襲われて連絡できなくなってしまうとは…」
そう言うと青年はその双眸を部屋の隅―――自身の手で奪ってしまった小さな命を一瞥する。
後悔を表すように眼を細める青年。と、イグバーンはそんな彼の肩を軽く叩いた。
「『法則を無視した自由』を可能とするのが黒鷹が与えた天使の力だ。だから―――女将もそうだが、あのネコに関しても、想定外の事態が起こっちまってても何ら不思議じゃなかった」
イグバーンもまた、そう言いながらネコの亡骸に視線を移す。
「あれはもうネコじゃねえ。撃ったのは当然の判断でもあり、その方がネコのためにもなるってもんだ」
亡骸の老ネコ。その尾は―――もはやネコたるものではなかった。鳥のような羽の生えた尾に変貌していたのだ。
それだけではない。その指先から剥き出しとなっている鉤爪もまるで猛禽類のそれを思わせるようなものと化してしまっていた。
それは例えるならば『ネコの形をした鳥』のような生き物であった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
冷遇妃マリアベルの監視報告書
Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。
第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。
そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。
王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。
(小説家になろう様にも投稿しています)
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる