光がさしこむ、その日まで

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小さな光にうつる影

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 課長としての僕の仕事は一向に上向く気配がなかった。むしろ、悪い方向へ向かっているような気さえしてた。
 僕なりに必死に前を向こうとしたんだ。だけど、君も知っての通り、胃潰瘍で二週間の入院。お盆の時期で多少は救われたけどね。気持ちが押しつぶされて、体が壊れるなんて、そんなことが自分に起きたなんて信じられなかった。
 退院して、一週間の休みももらい、なるべくなにも考えずに家でボーっとしてた。ホント、久しぶりの孤独感だった。
 約一カ月ぶりの会社。月曜日の朝から七時に行ったんだ。パソコンの電源を入れて驚いたよ。メールが五00通だよ。思わず手を胃にあてたよ。僕ね、太文字の未読メールが並ぶパソコンの画面をマウスでくるくる上下させてたんだ、ずっと。その時、キミの言葉が目の前にすとんって落ちてきたんだ。
'課長になったって恵介は恵介なんだよ'
 僕は僕でしかない・・・。少し前まで現場を走り回って数字を作っていたことがピカってフラッシュバックしたんだ。楽しかった日々、辛かった日々、明日に期待した日々・・・。
 でね、僕はメールを一気に全部消してやったんだ。一通も読まずにね。それから、ホワイトボードに外出とだけ書いて、空いていた営業車で新潟中を走り回った。どんどん減っていくガソリン。その分、僕の中のエネルギーが増えていく気がしたんだ。そのまま、直帰にして一人で飲みに行ったんだ。医者からは止められてたけど。
 一杯目のビールが体中がに染みたよ。今までに感じたことのない酒の流れ方。
ひと組のカップルが楽しそうに飲んでるのを見たら、たまらなく君の声が聞きたくなって、君の携帯に電話をしたけど出なかった。もう一杯だけ飲んで、家にいる帰ってから、もう一度電話したら今度はいきなり留守番電話。朝、目が覚めると君からのメール。
'ごめんね、友達と飲んでて気づかなかった'
 そのメールを見て、また感じたんだ、例の違和感を。天井を見上げて目を閉じると、まくらの奥底から小さく聞こえた。
'わたし、待ってるから'
 でも、あれは君の声じゃなかったような気がする。

 あの頃、頻繁に感じてた違和感。僕は、何となく見過ごすことが多かった。君の黙ってるという強さとはまるで別物だった。
 週末、東京へ帰ったんだ。気まぐれな神は僕の隠している違和感を見逃さなかった。家に帰ると嫁が風邪で寝込んでたんだ。それで、娘と出かけることにしたんだけど、天気もいいから自転車で出かけたの。そうしたら、娘が車と接触事故。離婚の話どこじゃなくなった。
 次の日の日曜日、嫁の両親が来たんだ。お母さんはソファに腰を下ろすのと同時に、
'なんで離婚したいの? あの子の何が気に入らないの? 好きな人でもできたの?'
 早口言葉のようにまくしたてられた。その隣でじっと黙ったまま、僕を見ているお父さんがたまらなく怖かった。
 僕は何も言い返せなかった。今まで嫁についてきた数々のウソが頭の中で駆け巡った。
 あの日、嫁の両親に自分の一番イヤな部分を思い知らされたような気がしたんだ。僕は両親にウソをついたのか、たった一つの真実をいえなかっただけなのか、今思い返しても体が震えそうになる。
’好きな人ができました'
 こんな簡単なひと言すら言える覚悟がなかったんだ、僕には。
 逃げるように新潟へ戻って、君に電話した。すこし弾んだ声で、後でこっちから電話するね、と。僕は寝てしまって、気づくと夜中に君からのメール。
'さっきはごめんね。会社の人たちと飲んでたんだ。今ね、家の仕事を手伝ってて、なかなかおもしろいんだ。明日、電話するね'
 僕の違和感をせせら笑う神が目に映り込んだような気がした。
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