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第一幕 転生歌姫のはじまり

第一幕 10 『決着』

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 私の意識は再びこの世界に戻ってきた。

 いま、目の前にはあの『闇』が急激に迫りつつある。
 皆は既にアイツを倒したと思って戦闘態勢を解いていたため、反応が一拍遅れてしまっている。

 そんな中、近くにいたカイトさんが私の前に飛び出し庇おうとしてくれているのが視界の端に見えた。

 もう皆、闇に飲み込まれるしかないと思われたその瞬間……パァッ!と煌めく紅い光がドーム状に私たちを覆って闇から護ってくれた。


 オキュパロス様の護りの結界!!


 よし!
 今のうちに!


 スキル[絶唱]を発動すべく、逸る気持ちを落ち着かせて、私は目の前の『異界の魂』の哀しみに想いを馳せながら、ゆっくりと神代の歌を紡ぎ出す。






  ああ いと悲しき魂よ 哀れなる魂よ

  眠れ眠れ迷い子よ
   あなたが帰る道は既にない

  眠れ眠れ安らかに
   ただ あなたが安寧でありますように

  眠れ眠れ永久とこしえ
   わたしはあなたの哀しみを忘れない…

  いつまでも…いつまでも…






 かつてエメリールさまが、遠く異界の地で消えゆく哀しい迷い子を想い、せめて安らかにと捧げた『子守歌』。

 私の前には翼を象ったような光り輝く印が現れ、響く歌声とともにあの不思議な色合いの光が波となって広がり、目前まで迫っていた闇を優しく包み込んでいく。
 まるで、泣きじゃくる子供を母親が抱きしめるように……


 そして、闇は少しずつ光に溶けるように消えていく。

『アァ……カナシイ……カナシイ……カエリタイ……カエリタイ……』


 初めて、闇の心から溢れ出る声を聞いた。
 なんて哀しく寂しいのだろう……
 心が千千に引き裂かれるかのようだ。

 しかし。
 どんなに同情しようとも、彼らを送り還してあげることはできない。
 この世界の魂として受け入れることもできない。

 ただ……せめて穏やかに、優しく滅するのみ。


「……ごめんなさい。でも、あなたの居場所はここには無い。もとの世界に還してあげることもできない。だから、せめて安らかに……」

 そうして全ての闇を光が飲み込み、あとには静寂とやりきれない哀しみだけが残された。

















「……ふう~~、終わったぁ!何とかなったよ……」

 完全に闇が祓われたのを見届けて、私はようやく息をつく。

 心に去来する虚しさと切なさを誤魔化すように、努めて明るく終わりを告げる。

「今のは……」

 唖然とした様子でカイトさんが呟く。

「いまの歌って~もしかして神代語じゃない~?神殿の儀式で使われる祝詞の言葉に似ていたわ~。と言う事は、あれは神代の魔法なの~?」

「何がなんだかわけが分からん。カティア、説明してくれ」

「あ~、うん、そうだよね。ええと、何と言って良いものか……」

 当然説明を求められるのだが、全部話して良いものなのか……

 まあ、別に隠す必要もないか。
 信じてもらえるかは別として。

 そう思って、あの瞬間に起きたことを話すことにした。














「……と、大まかにはそういう事です」

「「「……」」」

 あ、あれ?
 反応がない?

「……は~、何から突っ込めばよいのか。まずは、何だ?神界でオキュパロス様に会っただぁ?」

「あ、うん。面白い人……じゃない、神様だったよ。凄く荒っぽい口調で見た目も恐そうなんだけど、とても親切で……いろいろ教えてくれたんだ。見た目は若者なのに、自分では『お節介な隠居老人』なんて言ってたけど、ほんとそんな感じ」

「……俄には信じ難いが、この目で見たことは否定できん。カティアが嘘をつくとも思わんしな。それで、あの紅い結界はオキュパロス様が護ってくれたと?」

「そう。私のスキルが効果を発揮するのに時間がかかるから、それまで護ってもらうようにお願いしたの」

「多分、何らかの魔法結界だったと思うんだけど~凄い力を感じたわ~。きっとあれも神代の魔法なんでしょうね~」

「何にせよあれのお陰で助かったってこった。こりゃあ、神殿にお礼参りをしねえとな。で、あの『闇』は『異界の魂』だと?」

「うん、そう聞いたよ。私達が住むこの世界とは異なる世界から偶然迷い込んだ魂だって。自分の存在を維持するためにこの世界の魂を喰らうんだって」

「魂を喰らう……そんな恐ろしいものだったんスね。カティアちゃんがいなかったら、オイラたちは今ごろ……ひえ~っ!」

「そうですよ!カティアさんが私達を救ってくれたんです!ありがとうございました!」

「いえ、たまたまですよ。オキュパロス様が助けてくれなかったらどうにもならなかったですし、そもそも私が[日輪華]を使わなければ今ごろ撤退できてましたし」

「だが、その場合は未だ結界に囚われたままだったろう。皆、感謝してるんだ、素直に受け取っておけばいいさ」

「……はい!そうだ。カイトさん、あの時私を庇おうとしてくれましたよね?ありがとうございます!」

 そうだ、あの状況で咄嗟に庇おうとしてくれたんだ、こっちこそお礼を言っておかないと。

「え?あぁ……咄嗟にな。意味はなかったが」

「そんなことないですよ!助けようとしてくれたお気持ちが嬉しいです!」

「あ、ああ……」


「「「(ニヤニヤ)」」」

 はっ!?
 な、なに?
 そのニヤニヤ笑いはっ!?

 全く、そういうんじゃないよ!
 【俺】は男と恋愛する気なんて無いんだからな!
 無視だ、無視っ!


「え、ええと、それで……あとは……」

「おう、そうだ。俺ぁお前が【シギル】持ちってのに一番驚いたんだが。しかもそれが失われたはずのエメリール様のだってんだからな」

「そうよ~!途絶えたはずの王家の血筋が、実は連綿と受け継がれていたなんて~、歴史的大発見よ~!」

「う~ん、私としてはあまり公にして騒がれたくはないかなぁ……」

「お前が秘密にしときたいってんなら、それでいいんじゃねえか?王家の血筋ったって、もう何百年も昔の話だ。今更王国を再興なんてのも無えだろ。別に今と何が変わるもんでも無えしな」

「父さん……」

「俺たちも秘密は守ると約束しよう。依頼で知り得た情報は口外しないってのがプロの矜持だ。なあ、みんな?」

「当然だ」

「当然ですね」

「カティアちゃんを裏切ったりしないわよ」

「は、はい!……でも、やっぱりカティアさんは凄いひとだったんですね!」

「みなさん、ありがとうございます!」

 みんなホントに良い人たちだなぁ……

「だが、依頼主の侯爵には報告する義務があるな。まあ、ヤツなら大丈夫だろ」

 そっか、侯爵様には事の経緯の説明は必要だからね。
 私の事も説明しない訳にはいかないか。
 まあ、侯爵様は信頼できる方だし、父さんの言う通り秘密は守って下さると思う。


「しかし、そうなると死んだ母親が王家の血を引いてたのか、それとも父親なのか……?確かに母親はどこかの王族と言われてもおかしくは無い感じだったが……」

「ん?あんたの娘なんじゃないのか?」

「あぁ……カティアは養子だ。実の娘じゃねえ。大戦の末期、まだ傭兵をやってた時だな、たまたま死にかけのコイツの母親を見つけてな。抱いていたまだ赤ん坊だったコイツを託されたんだ」

「そうだったのか……すまない、変な事聞いてしまったな」

「ああ、いえ。私も覚えていないことですし、全然気になりませんよ」


 大戦か……【私】の知識によると、どうもゲームのイベントに似てるんだよな。そして、それは【俺】がカティアのアバターを入手したときのものだ。

 大きく異なるのは、カティアというのは元々NPCで、そのイベントでも重要キャラクターとして登場していた。
 今のカティアは旅芸人一座の歌姫。

 立場の違いもそうだが、そもそも生きている年代が違う。
 大戦末期の時点で、まだ私は赤ん坊だったのだ。

 まあ、ゲームと類似した世界と言っても、結構違いも大きいし、あまり気にしなくてもいいだろう。



「で~、カティアちゃん~?あの歌はなんだったの~?やっぱりあれは神代語~?」

 姉さんはそこが一番気になるらしい。

「うん、そうみたい。昔エメリールさまが(宴会芸で)歌ったんだって。シギルの発動に使えるだろうって教えていただいたの。シギルの発動方法は人それぞれ違ってて、私の場合は固有スキル[絶唱]……歌で魔法を発動するスキルなんだけど、それがトリガーだったみたい」

「ほう、流石は我が一座が誇る歌姫だな。そんなスキルまで持っていたとは驚きだ。……まさか今までもそのスキルで[魅了]とかかけてないよな?」

「しないよ!?そんな事!?……このスキルに気づいたのも最近……と言うか昨日だし」

ティダ兄は私を何だと思ってるのか……


「昨日……それで合点がいった」

「え?何が?」

「ティダとも話てたんだがな、昨日ギルドで会った時から、妙にお前の気配、というか存在感みたいなものが増したような感じがしてたんだ。思えばそれは女神の眷族として目覚める兆候だったんだろうな」

 ぎくっ。

 それはまた話が違うと思うのだが……
 多分それは、【俺】が入ったことによる影響だと思う。

 まあ、それは言わなくていっか。心配かけちゃうし。

「おほほほ、そうね~、そうだと思うわ~」

「?」



「ん~、整理すると~、あの歌自体には特に魔法的効果がある訳じゃなくって~、あくまでも【シギル】を発動させるためのもので~、闇を祓ったのは【シギル】の効果の一つってことなのね~?そうすると~、あれは神代魔法では無かったのね~」

「そういう事だよ。あ、でも、神代魔法なら一つオキュパロス様から教わったよ。せっかくだから覚えていけって」

「ええ~っ!?」

「うそっ!?ほんとですか!?何の魔法です!?」

 リーゼさん怖っ!?

 ずざっ!と、凄い勢いで食いついてきた!それに引きつつも答える。

「あ、えっと、[変転流転]ってやつ……」

「それは!!『神代記』に記載されてるだけでどのような魔法なのか全くの謎だったもの!!いったいどう言う魔法なんですかっ!?詠唱は!?それから……ぐえぇ~っ!?」

「はいはい~、リーゼちゃん~。気持ちは分かるけど~、落ち着きましょうね~」

 物凄い剣幕で詰め寄ってまくし立てるリーゼさんの首根っこを引っ張って、姉さんがどうにか(物理的に)落ち着かせてくれた。

 なんか、グキッて言ったけど……
 乙女が出してはいけない悲鳴だったし。


「……すまんな、リーゼのやつ重度の魔法オタクなんだ」

「そのようですね……」

「げほっ!ごほっ!……はっ!すみません、取り乱してしまいました。でも、凄い事ですよ!シギルもそうでしたが、歴史的大発見です!」

「そうよね~。カティアちゃん、ここで使うことはできるの~?」

「え~と……うん、大丈夫そう。そこそこ魔力消費が大きいから帰ってから検証してみようと思ったけど……もう結構回復したから問題ないかな。ここ、魔素が濃いから回復も早いよね。う~ん、試して分かりやすいのは……これかな?」

 ごそごそ、と鞄の中を漁って、取り出したのは…

「……石?」

「ミスリル鉱石。前に依頼で納品したやつの余り。鞄に入れたままになってたの」

「……それをどうするの~?」

「ちょっと見ててね」

 そう言って、詠唱をはじめる。
 詠唱そのものは長くはないのだが、魔力制御が難解で緻密であるため、非常にゆっくりとしたものとなる。

『世に常なるもの無し。万物は流転しうつろうものなり。ならば、今この一時に於いて我が望むかたちをここに示し変転せよ』

 詠唱が終わると、パァッ!と手に持った鉱石が光に包まれて……
 光が収まったときには綺麗な薄緑色の金属光沢を放つ小振りのナイフが現れた。
 ミスリル以外の部分はさらさらと細かい砂になって零れ落ちる。

「「「……は?」」」

「ねっ、凄いでしょ。まあ私も初めて見たんだけど。この魔法はね、モノの状態、形を自由に変えることができるんだよ」

 えへん、という感じで魔法の効果を伝える。

「……もう何でもアリだな、お前」

「あ、もちろん制限もあるよ。生き物やそれに由来するモノには効かないよ。木とか革とか」

「……なんであんなに短い詠唱でこれ程劇的な効果を生み出せるの?完全に最適化されている?だとしても余りにも……いくつか知らない単語があったけどそれの寄与が大きいのかしら?そうすると……」

 リーゼさん、今度はブツブツ独り言を言い始めた。
 コレはこれで怖いな……

「もうああなるとしばらく戻ってこないぞ。まあ、休息も必要だし放っておけ」

「冒険者なんてしてる割には研究肌なのね~。で、カティアちゃん~、これは秘密じゃなくて良いの~?」

「ん~……私の事を伏せてくれれば魔法自体は別に……オキュパロス様も気にされないでしょうし。そもそも普通の人間には使えないって言ってたよ。シギル持ちなら使えるだろうって教えてくれたものだし」

「あら~、残念~。じゃあ私には使えないわね~」

「でもでも、未発見の単語とか非常に有用です!これを研究すれば、また新たな発見が得られるかも!ああ、帰ったら早速論文を……発見者のカティアさんの名前は伏せるとして……でも実証ができないと……なんとか学院からシギル持ちの王族の方に繋ぎをとってもらって……」

 あ、戻ってきた。
 と思ったらまた……

「……やっぱ、学院の出身者は変人ばっかだな」

「ちょっと~。ダードさん~、聞き捨てならないわ~」

「ハァ……お前も自覚したほうがいいと思うがな……」

「アネッサは変人なんかじゃない」

「ティダ……」

「アネッサ……」



「……こっちもほっといて休憩しましょ」

「ああ、そうだな」

「いつもの事ッス」

 魔法の解析に没頭するリーゼさんと、二人の世界に入ってしまったティダ兄とアネッサ姉さんを置いて、休息の準備をするのであった。

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