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レティシア12歳 鉄の公爵令嬢

第68話 ブチ切れ

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 夜会もそろそろ終盤に差し掛かる。
 ちらほらと帰る者も現れはじめ、楽士が奏でる音楽もゆったりと落ち着いたものに変わる。

 モーリス一家も、そろそろ引き上げようか……と話していた。
 何せ、レティシアはまだ幼い身である。
 社交界デビューの緊張感もあって気を張っていたのだが、流石に疲れた様子を見せていた。
 顔繋ぎのため精力的に動いていた事も要因だろう。


「じゃあ、そろそろ帰……」

 アンリがそう言いかけた時、一人の若い男性が近づいて話しかけてきた。

「モーリス公爵閣下、少しレティシアお嬢様とお話してもよろしいでしょうか?」

 歳は二十歳前後くらいだろうか。
 顔立ちは整っているが、その顔に浮かんだ笑みは、どこか人を見下している……ように、レティシアは感じた。

(……なんか、いかにも傲慢そうな貴族のボンボンって感じ。見た目で判断しちゃだめかもだけど、あまり話したくないなぁ……)

 そんなふうにレティシアは感じた。


「君は確か……」

「僕はリグレ公爵家の嫡男、ダミアン=リグレと申します」

「あぁ、そうだったね。お父上にはお世話になっているよ。それで、今日は……?」

「あいにくと、父は体調を崩しておりまして。今日は僕が名代として出席してるのです」

「そうか、それは残念だ。父上にはお大事に、と」

「ええ、伝えておきます」


(……リグレ公爵家か。確かウチより歴史の長い家なんだよね)

 王家から枝分かれしたモーリス公爵家。
 イスパル王国成立時より存在するリグレ公爵家。
 何れ劣らぬ由緒正しき名家である。


「私にお話……ですか?」

「ええ。レティシア嬢が主導で進めていると言う鉄道事業に興味がありましてね」

「あ、そうなんですか。そういう事でしたら……」

 少し嫌な雰囲気を感じるが、鉄道事業の協力者は多いに越したことはない。
 そう考えたレティシアは、ダミアンの話を聞くことにした。
 ……アンリとアデリーヌが複雑そうな顔をしているのが気にはなったが。




「鉄道の話はこれまで噂話では聞いておりまして……。今日も色々な人から話は聞いたのですが、折角ご本人がいらっしゃるのだから、直接お話を聞きたいと思ったのです」

 そう言われればレティシアに断る理由はない。
 これまでそうしてきたように、鉄道のコンセプトと社会インフラとしての意義を説明する。
 ダミアンはそれを真剣な様子で聞く。

(……やっぱり見た目の印象だけで判断しちゃダメって事だね)

 最初の印象よりも誠実さを感じさせる程度に、レティシアの好感度も上がるかと思われた。
 しかし。



「……素晴らしい!まさに偉業だ。しかし……」

「?」

「聞くところによれば……開発のメンバーはレティシア嬢以外、平民が主体となっているとか。それは全くもっていただけませんね」

「……は?」

 レティシアは一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
 彼女だけでなく、アンリやアデリーヌ、リュシアンもその言い草に顔をしかめている。
 しかしそれに気がつくこともなく、ダミアンは更に続けた。


「このような歴史的な事業は、高貴なる者たちが主体となって進めるべきもの。たかが平民の……下賎の輩がそのような栄誉にあずかることなど、烏滸がましいとは思わないですか?」

「…………」

 にこやかにしていたレティシアの顔から、表情が抜け落ちた。


「私の人脈には、学園や学院の技術者も多くおります。もちろん高貴な血筋のね。彼らの協力を得れば鉄道事業も更に加速するかと思いますよ。どうです?私と一緒に……」

「ダミアン君、それは……」

 流石にもう看過できないと思ったアンリが、口を挟もうとしたが……



「…………れ」

「え?……」

「黙れ……と言ったんだ、クソ野郎」

 ゾッとするような氷の眼差しでレティシアは言い放つ。
 その言葉も、普段の彼女であれば決して口にしないもの。
 十二歳の少女とは思えない迫力に気圧されて、男は後退った。


「今の言葉……取り消せ」

「……な、何っ?」

「たかが平民などと……私の大切な仲間たちを愚弄する事は許さない……!!」

「う……あぁ……!?」

 レティシアの怒りに呼応して凄まじい魔力が溢れ出す。
 かつてランドール商会の会長に対して怒りを見せた時と同じ……いや、それとは比べ物にならないほどの絶大な魔力の波動。
 成長とともに増大した彼女の魔力は、今となっては宮廷魔導士をも凌駕するほど。
 それは熱気と冷気を迸らせ、ゆらゆらと陽炎のように立ち昇る。

 会場中を満たす魔力の波動は、魔法の素養がない者でさえも感じ取ることができるほどであり、誰もがその発生源に注目する。
 そして、それが幼くも美しい少女であることに驚愕し、瞠目する。

「あ……あ……」

 そんなものを至近で浴びた男は、ただガクガクと震えて言葉を発することすら出来ない。
 ただ魔力を放出しただけで、他者を従わせる覇者の空気をレティシアは纏っていた。



「「レティ!!」」

「落ち着くんだ!レティっ!!」

 こんなにも感情的に怒りをあらわにする彼女の姿を、これまで見たことがなかったモーリス家の面々は呆気にとられていたが、ようやく我に返って制止しようとする。

 ダミアンは既に腰を抜かして床に座り込み、今にも気を失ってしまいそうだ。
 周りで見ている者たちも、固唾をのんで成り行きを見守っている。
 果たして、どうやって収拾をつけるのか……と。


 すると……






「これは一体何事だ?」

「レティ……どうしたの?」

 騒ぎを聞きつけてやって来たのは国王夫妻。

 すると、そのタイミングで流石のレティシアもようやく我に返り……


(……………うわぁーーーっ!!!私、やらかした!!??)

 と、冷や汗をダラダラと流しながら、内心で叫び声を上げるのであった。

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