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剣聖の娘はのんびりと(?)後宮暮らしを楽しむ
楽しく、健やかに
しおりを挟む後宮の厨房で料理人たちが所狭しと忙しそうに動き回る。
それはいつも通りと言えなくもなかったが、この日に限っては普段とは異なる光景が見られた。
様々な食材が食料庫から運び込まれ、料理人たちは腕を振るって下拵えや調理を行う。
食欲をそそる匂いが漂い、彼らご自慢の作品たちが幾つもの皿を彩っていった。
しかし、後宮に住まう女性たちのためだけにしては随分と量が多く、それもまだ増え続けていた。
いつもと異なるのはそれだけではない。
決定的に違うのは……
「おっにく~おっにく~、お~いし~お~いし~、お・に・くっ♪み~んなだ~いすき、ド~ラ~ゴン!」
「……何なのです?その歌は……」
何とも脱力感を覚える歌詞とメロディーに困惑しながら、レジーナはエステルに質問した。
「『みんな大好きドラゴン肉』の歌だよ。知らない?」
「ごめんなさい、不勉強なもので……」
……作詞・作曲エステルの即興なので誰も知るわけがない。
しかし歌詞はアレだが、歌そのものは無駄に上手かったりする。
なぜ彼女が厨房でそんな歌を楽しそうに歌っているかと言えば……愛してやまないドラゴン肉の塊が、いま目の前に大量あるからである。
そして、いったい何人前あるのだろうか?というそれを、レジーナたちと一緒に切り分けているところだ。
「ちょっとエステル!?このお肉すごく硬くて切りにくいんだけど!?……ねえ、これって本当に美味しいの?」
「あ~、その部位はちょっと硬いかも。じゃあ、そっちは私が切るから、ミレミレはこっちをお願いね~。こっちは柔らかいから。皆も、切りにくいのがあったら言ってね~」
そう言って、ミレイユが悪戦苦闘していた肉塊と交換する。
そして、同じように苦戦していた少女たちにもそれを伝えた。
「もちろん味は保証するよ!それに、ドラゴンは大きい方がお肉は美味しいから、今回は特に期待できそう……じゅるっ」
「ちょっと!!よだれよだれ!!」
そんな二人のやり取りを見て、レジーナはくすりと笑った。
それは、いつぞやの後宮審査試験のときにも見られた光景。
高貴な家柄のご令嬢たちが厨房に集まり、慣れないながらも一生懸命に料理を作る。
かつては、ライバルたちと競う場だったので楽しむ余裕など無かった彼女たちだが……今は本当に楽しそうにしている。
(ここは後宮。一見して綺羅びやかな……その実は愛憎渦巻く女の園……なんて常識も、彼女の手にかかればこうなるのね)
少女たちの中心で屈託のない笑顔を振りまくエステルを見ながら、レジーナは内心で呟く。
強く、優しく、美しく、朗らかな……剣聖と聖女の娘。
自分の従姉妹は、なんと規格外な人間なのだろう……と、彼女は改めて感じた。
(あとは……淑女に相応しい礼儀作法を身につければ完璧です……!)
そんな使命感も、改めて湧いてきた。
……最初、彼女はエステルの事を警戒していた。
その持ち前の明るさと行動力で、いとも簡単に他人の心の扉を開けてしまう彼女を厄介だと思っていた。
正妃を目指す上での脅威になる……と。
彼女は父の汚名を雪ぐため……自身に流れる血を王家に残すために正妃となることを願っていた。
そのために、王家に相応しい淑女たるべく熱心に学んできた。
しかしそれも……自分がこの世に生まれることになった過去の経緯を辿り、様々な人たちの想いを知った今となっては……
この従姉妹のように、もっと気楽に、もっと自然体で、自分自身の幸せを求めても良いのではないか……と、彼女は思えるようになったのである。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「随分と楽しそうだな」
「エステルちゃん!みんな!手伝いに来たよ!」
「あ!アルドへ~か!マリアちゃん!」
少女たちの賑やかな声が響く厨房に、また新たな人物が現れた。
後宮の主である国王アルドと、王妹のマリアベルだ。
本来なら彼らが足を運ぶような場所ではないのだが、それはエステルたちも同じなので今更だろう。
「まさか、こんな事を思いつくなんて……流石はエステルちゃんよね。それを了承するお兄様もだけど」
「えへへ~……せっかく、あんなに広いお庭があるんだから。有効利用しないとね!」
実は今日、後宮の庭園である催しが行われる予定なのだ。
それは前代未聞のことなのだが……エステルの発案に、アルドが乗った形である。
後宮の少女たちからの反発もなく、むしろ楽しんでいるのは厨房の様子を見れば分かるだろう。
「良い試みと思ったからな。……彼女たちも、自分自身ではなく家の意向でここにいる者もいるだろう。ならば、せめて少しでも楽しく健やかに暮らせれば……と思ったんだ」
彼はもともと、後宮に女性を集めることを良く思っていなかった。
王の血筋を残すというためだけ存在するという……後宮そのものに嫌悪感を抱いていた。
しかし……いや、だからこそ。
せめて、ここに集まった彼女たちには不幸になって欲しくないと彼は思うのだった。
それから。
アルドとマリアベルが調理の手伝いを始めたことに、誰もが驚きをあらわにする。
ただ見学に来ただけだと思っていた王と王妹が、自ら包丁を手にするなどあり得ない……と。
しかも、かなり手慣れた様子で野菜の皮を剥いているではないか。
「……陛下、ずいぶんお上手なのですね?マリアベル様も……」
目を丸くしたレジーナが問う。
アルドやマリアベルの包丁さばきを見て、自分などよりもよほど上手だと彼女は思ったのだ。
「……昔はよく母の手伝いをしてたからな」
「私も……ね」
手は止めずに二人はそう答え、懐かしそうに……しかし、少し悲しそうに目を細めた。
その様子に、レジーナはそれ以上踏み込んで聞くのを躊躇い口を噤んだ。
二人がいま王族としてここにいるのは、自分の伯父が自ら退位してしまったから。
アルドが王の座につくまでの事はあまり知らないが、きっとそれは本意ではなかったのだろう……と彼女は察した。
そして、アルドとマリアベルも加わって料理は進んでいく……のだが。
「あ!?こら!エステル!!つまみ食いしない!!」
「え?ただの味見だよ?」
「それ味見の量じゃないでしょ!?」
料理の途中で、味見と称してがっつり食べるエステルをミレイユが見咎める。
今日も彼女のツッコミは冴え渡っているようだ。
「うん、やっぱりドラゴンシチューは最高だね!……でも、ちょっと塩味が足りない。どばどばどば~」
「あ!!ダメよ!!そんなに入れちゃ!!」
今度は適当に味付けしようとするのを必死に止める。
そんな二人のやり取りに、他の少女たちは笑い声を上げるが……
「みんな笑ってないでエステルを止めて!!っていうか、前もこんな事があったわ!!」
………………
…………
……
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