150 / 151
剣聖の娘はのんびりと(?)後宮暮らしを楽しむ
楽しく、健やかに
しおりを挟む後宮の厨房で料理人たちが所狭しと忙しそうに動き回る。
それはいつも通りと言えなくもなかったが、この日に限っては普段とは異なる光景が見られた。
様々な食材が食料庫から運び込まれ、料理人たちは腕を振るって下拵えや調理を行う。
食欲をそそる匂いが漂い、彼らご自慢の作品たちが幾つもの皿を彩っていった。
しかし、後宮に住まう女性たちのためだけにしては随分と量が多く、それもまだ増え続けていた。
いつもと異なるのはそれだけではない。
決定的に違うのは……
「おっにく~おっにく~、お~いし~お~いし~、お・に・くっ♪み~んなだ~いすき、ド~ラ~ゴン!」
「……何なのです?その歌は……」
何とも脱力感を覚える歌詞とメロディーに困惑しながら、レジーナはエステルに質問した。
「『みんな大好きドラゴン肉』の歌だよ。知らない?」
「ごめんなさい、不勉強なもので……」
……作詞・作曲エステルの即興なので誰も知るわけがない。
しかし歌詞はアレだが、歌そのものは無駄に上手かったりする。
なぜ彼女が厨房でそんな歌を楽しそうに歌っているかと言えば……愛してやまないドラゴン肉の塊が、いま目の前に大量あるからである。
そして、いったい何人前あるのだろうか?というそれを、レジーナたちと一緒に切り分けているところだ。
「ちょっとエステル!?このお肉すごく硬くて切りにくいんだけど!?……ねえ、これって本当に美味しいの?」
「あ~、その部位はちょっと硬いかも。じゃあ、そっちは私が切るから、ミレミレはこっちをお願いね~。こっちは柔らかいから。皆も、切りにくいのがあったら言ってね~」
そう言って、ミレイユが悪戦苦闘していた肉塊と交換する。
そして、同じように苦戦していた少女たちにもそれを伝えた。
「もちろん味は保証するよ!それに、ドラゴンは大きい方がお肉は美味しいから、今回は特に期待できそう……じゅるっ」
「ちょっと!!よだれよだれ!!」
そんな二人のやり取りを見て、レジーナはくすりと笑った。
それは、いつぞやの後宮審査試験のときにも見られた光景。
高貴な家柄のご令嬢たちが厨房に集まり、慣れないながらも一生懸命に料理を作る。
かつては、ライバルたちと競う場だったので楽しむ余裕など無かった彼女たちだが……今は本当に楽しそうにしている。
(ここは後宮。一見して綺羅びやかな……その実は愛憎渦巻く女の園……なんて常識も、彼女の手にかかればこうなるのね)
少女たちの中心で屈託のない笑顔を振りまくエステルを見ながら、レジーナは内心で呟く。
強く、優しく、美しく、朗らかな……剣聖と聖女の娘。
自分の従姉妹は、なんと規格外な人間なのだろう……と、彼女は改めて感じた。
(あとは……淑女に相応しい礼儀作法を身につければ完璧です……!)
そんな使命感も、改めて湧いてきた。
……最初、彼女はエステルの事を警戒していた。
その持ち前の明るさと行動力で、いとも簡単に他人の心の扉を開けてしまう彼女を厄介だと思っていた。
正妃を目指す上での脅威になる……と。
彼女は父の汚名を雪ぐため……自身に流れる血を王家に残すために正妃となることを願っていた。
そのために、王家に相応しい淑女たるべく熱心に学んできた。
しかしそれも……自分がこの世に生まれることになった過去の経緯を辿り、様々な人たちの想いを知った今となっては……
この従姉妹のように、もっと気楽に、もっと自然体で、自分自身の幸せを求めても良いのではないか……と、彼女は思えるようになったのである。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「随分と楽しそうだな」
「エステルちゃん!みんな!手伝いに来たよ!」
「あ!アルドへ~か!マリアちゃん!」
少女たちの賑やかな声が響く厨房に、また新たな人物が現れた。
後宮の主である国王アルドと、王妹のマリアベルだ。
本来なら彼らが足を運ぶような場所ではないのだが、それはエステルたちも同じなので今更だろう。
「まさか、こんな事を思いつくなんて……流石はエステルちゃんよね。それを了承するお兄様もだけど」
「えへへ~……せっかく、あんなに広いお庭があるんだから。有効利用しないとね!」
実は今日、後宮の庭園である催しが行われる予定なのだ。
それは前代未聞のことなのだが……エステルの発案に、アルドが乗った形である。
後宮の少女たちからの反発もなく、むしろ楽しんでいるのは厨房の様子を見れば分かるだろう。
「良い試みと思ったからな。……彼女たちも、自分自身ではなく家の意向でここにいる者もいるだろう。ならば、せめて少しでも楽しく健やかに暮らせれば……と思ったんだ」
彼はもともと、後宮に女性を集めることを良く思っていなかった。
王の血筋を残すというためだけ存在するという……後宮そのものに嫌悪感を抱いていた。
しかし……いや、だからこそ。
せめて、ここに集まった彼女たちには不幸になって欲しくないと彼は思うのだった。
それから。
アルドとマリアベルが調理の手伝いを始めたことに、誰もが驚きをあらわにする。
ただ見学に来ただけだと思っていた王と王妹が、自ら包丁を手にするなどあり得ない……と。
しかも、かなり手慣れた様子で野菜の皮を剥いているではないか。
「……陛下、ずいぶんお上手なのですね?マリアベル様も……」
目を丸くしたレジーナが問う。
アルドやマリアベルの包丁さばきを見て、自分などよりもよほど上手だと彼女は思ったのだ。
「……昔はよく母の手伝いをしてたからな」
「私も……ね」
手は止めずに二人はそう答え、懐かしそうに……しかし、少し悲しそうに目を細めた。
その様子に、レジーナはそれ以上踏み込んで聞くのを躊躇い口を噤んだ。
二人がいま王族としてここにいるのは、自分の伯父が自ら退位してしまったから。
アルドが王の座につくまでの事はあまり知らないが、きっとそれは本意ではなかったのだろう……と彼女は察した。
そして、アルドとマリアベルも加わって料理は進んでいく……のだが。
「あ!?こら!エステル!!つまみ食いしない!!」
「え?ただの味見だよ?」
「それ味見の量じゃないでしょ!?」
料理の途中で、味見と称してがっつり食べるエステルをミレイユが見咎める。
今日も彼女のツッコミは冴え渡っているようだ。
「うん、やっぱりドラゴンシチューは最高だね!……でも、ちょっと塩味が足りない。どばどばどば~」
「あ!!ダメよ!!そんなに入れちゃ!!」
今度は適当に味付けしようとするのを必死に止める。
そんな二人のやり取りに、他の少女たちは笑い声を上げるが……
「みんな笑ってないでエステルを止めて!!っていうか、前もこんな事があったわ!!」
………………
…………
……
124
あなたにおすすめの小説
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~
みつまめ つぼみ
ファンタジー
17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。
記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。
そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。
「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」
恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
過労死コンサル、貧乏貴族に転生す~現代農業知識と魔法で荒地を開拓していたら、いつの間にか世界を救う食糧大国になっていました~
黒崎隼人
ファンタジー
農業コンサルタントとして過労死した杉本健一は、異世界の貧乏貴族ローレンツ家の当主として目覚めた。
待っていたのは、荒れた土地、飢える領民、そして莫大な借金!
チートスキルも戦闘能力もない彼に残された武器は、前世で培った「農業知識」だけだった。
「貴族が土を耕すだと?」と笑われても構わない!
輪作、堆肥、品種改良! 現代知識と異世界の魔法を組み合わせた独自農法で、俺は自らクワを握る「耕作貴族」となる!
元Sランク冒険者のクールなメイドや、義理堅い元騎士を仲間に迎え、荒れ果てた領地を最強の農業大国へと変えていく、異色の領地経営ファンタジー!
99歳で亡くなり異世界に転生した老人は7歳の子供に生まれ変わり、召喚魔法でドラゴンや前世の世界の物を召喚して世界を変える
ハーフのクロエ
ファンタジー
夫が病気で長期入院したので夫が途中まで書いていた小説を私なりに書き直して完結まで投稿しますので応援よろしくお願いいたします。
主人公は建築会社を55歳で取り締まり役常務をしていたが惜しげもなく早期退職し田舎で大好きな農業をしていた。99歳で亡くなった老人は前世の記憶を持ったまま7歳の少年マリュウスとして異世界の僻地の男爵家に生まれ変わる。10歳の鑑定の儀で、火、水、風、土、木の5大魔法ではなく、この世界で初めての召喚魔法を授かる。最初に召喚出来たのは弱いスライム、モグラ魔獣でマリウスはガッカリしたが優しい家族に見守られ次第に色んな魔獣や地球の、物などを召喚出来るようになり、僻地の男爵家を発展させ気が付けば大陸一豊かで最強の小さい王国を起こしていた。
異世界でのんびり暮らしてみることにしました
松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/793391534/466596284/episode/5320962
https://www.alphapolis.co.jp/novel/793391534/84576624/episode/5093144
https://www.alphapolis.co.jp/novel/793391534/786307039/episode/2285646
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる