魔法絵師マリカの不思議なアトリエ

O.T.I

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幽霊婦人《シニョーラ・ファンタズマ》

禁忌

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「フェデリカさんは話すことができない……って、何でなの?」

 『邪なる存在』とはいかなる者なのか?
 そして、『閉ざされし世界ジャルディーノの封印』とはいったい何なのか?
 その問いには答えられない……と言ったフェデリカさんに対し、アンゼリカは率直な疑問をぶつける。
 『知らない』ではなく、『答えられない』という言い回しにひっかかったのは私も同じ。
 つまりフェデリカさんは、あの得体の知れない悪霊のような存在が何なのか知ってはいるが、それを私たちに教えることはできない……と言っているように聞こえたのよね。

『あの者の存在に関わる情報は、どうも禁則事項に触れるようで……話をしようとしても私自身の意志に関わらず制限がかかるみたいです』

「禁則事項?それって、あの魔法絵自体に術式が組み込まれてる……ってことですか?」

『そういう事でしょうね』

 ふむ……どういう事かしら?
 あれ程の魔法絵を使ってまで封じた危険な存在が一体何者なのか……それをわざわざ秘匿する理由が分からない。

「その制限が絵に組み込まれた魔法術式なら、マリカが書き換えちゃえば良いんじゃない?」

「う~ん……今の私には無理だと思う。修復は出来るけど、全部の魔法術式を完全に把握できてるわけじゃないし、下手に弄ったらどんな影響が出るのか想像もつかないわ」

 修復しながらある程度は分析したのだけど……大まかな機能は分かっても、細部に至るまで把握できてるわけではない。
 たぶん6~7割程度がせいぜいかしら。

「もっとじっくり時間をかけて研究すれば何れは分かるかもしれないけど、今すぐに……と言うのはとても無理」

「そう、残念ね……。それにしても、何でそんなヤツがウチに封印されてたのかしら。そのあたりの理由も話せないの?」

『……ええ、そうみたいです。ごめんなさいね』

 フェデリカさんは謝るけど、それは仕方がないことでしょう。
 魔法絵が生み出した存在が、魔法絵の術式に縛られるというのはどうにもならない。
 私の描いたミャーコは特にこれと言った使命とか制約なんかは無いのだけど、定期的に絵に戻る必要があるという縛りはあるのだし……
 ミャーコがずっと具現化してくれるなら、私も凄く嬉しいのだけど。

「それなら仕方ないわね。でも……もしかしたら、お父様は何か知っている可能性はあるかもしれないわ」

「確かに、主様には代々話が伝わってる……とかはあるかもしれないわね」

「ええ。一応、今日あった出来事は伝わっていると思うから……たぶん今日は屋敷に帰ってくると思うから、そうしたら聞いてみましょう」

「その前に……カルロさんに話を聞けないかしら?」

 カルロさんは裏庭で発見された時に一度意識を取り戻したのだけど、かなり衰弱していたみたいで再び気を失ってしまった。
 アンゼリカはかなり心配してたんだけど、ランティーニ家の主治医に診てもらったところ、生命に別状はなく何れ目を覚ますだろう……との事だった。

「そうね、あまり無理はさせたくないけど……目を覚ましたら聞いてみましょうか」

 確かに無理はさせられないわ。
 出来ることなら早めに話を聞いておきたいところではあるけど……何れにしても無事に目を覚ましてもらわないと。

 ……そんな願いが通じたのか。
 カルロさんが目を覚ましたと言う報せがもたらされたのは、それからすぐの事だった。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 報せを持ってきてくれたメイドさんに案内され、私たちは客室からカルロさんの部屋に向かっている。
 このメイドさん……第一目撃者の獣人族の見習いの子だ。
 彼女は一緒についてくるフェデリカさんが気になるらしく、時おり彼女の方をチラチラと盗み見ていた。
 そこに恐怖の色は見られない。
 茶毛の獣耳がピコピコし、同じ毛色の尻尾がゆらゆらと揺らめいていて……たぶん純粋に好奇心が刺激されてるのでしょう。
 同じ猫獣人(を模している)のミャーコも似たような反応をする事があるし。

 そのミャーコは私にピッタリと寄り添って張り詰めた表情で油断なく辺りを警戒していた。
 いつまた襲撃者が現れるのか分からない状況だけど、彼女のその姿に頼もしさを覚える、



「それで、リア……カルロは大丈夫そうなの?」

 カルロさんの部屋に向かう道すがら、アンゼリカがメイドさん……リアちゃん(ちゃん付けの方がしっくりする)に確認する。

「は、はいっ!少しお疲れの様子でしたが、意識ははっきりしているって……身体にも特に異常はなさそうで、お話するくらいは大丈夫って先生が言ってました!」

 フェデリカさんをチラ見したタイミングで声をかけられた彼女は一瞬ビクッとなりながら、カルロさんの容体を教えてくれた。
 特に異常はなさそうとのことで、アンゼリカも私も安心して胸を撫で下ろした。


 そして私たちは目的の部屋に到着した。
 そこはランティーニ家の住込使用人の居室でも最も広い部屋の一つ。
 私が泊まる客室に比べれば半分にも満たないけど、十分に快適な暮らしが出来そうなくらいゆとりがある部屋だ。
 カルロさんは使用人たちの長である執事なのだから高待遇なのも頷ける。


「カルロ、お邪魔するわよ」

「お嬢様、わざわざご足労いたたかずとも私の方からお伺いしましたのに……」

「ダメよ、まだ無理は禁物。お医者様は心配ないって言ってたけど、あんな事があったのだから」

 アンゼリカは強い口調で、しかし気遣わしげに言う。
 カルロさんはベッドで安静にしている……という私の予想に反してきっちりと執事服を着こなした彼は、部屋を訪れた私たちを入り口で自ら出迎えてくれた。
 見たところ足取りもしっかりしているし、中庭で発見された時よりも顔色も良かったので少し安心する。
 だけどアンゼリカの言う通り無理は禁物だろう。

 恐縮するカルロさんを何とかなだめすかして事務机の椅子に腰掛けさせる。
 彼の立場としては私たちを立たせたままなのが心苦しいのだろうけど、アンゼリカも私も頑として譲らなかったので諦めた様子。


 そして私たちは彼に話を聞くことに。
 あの『邪なる存在』とやらの手がかりが何か掴めると良いのだけど……果たしてどうか?


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