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親には就職の話をした。
那賀さんの作り話の通り。
そしてしばらく住むところも提供してもらえる話も。
もちろん親はそんな美味しい話があるわけないと言って。
あたしは困ってしまった…。
『那賀さんに相談したら?』
兄に電話をしたら兄はそう言った。
「やっぱりそれしかないか…。」
『それしかないな。
那賀さんはそんなに頼りないのか?
それとも遠慮してる?』
「だって社会人だし仕事だって忙しいだろうし、あたしにばっかり時間を使わせるのは…。」
『だから、だろ。
相手はいい大人なんだから、那賀さんがもし忙しくても考えは出してくれるはず。』
「そう…かな。」
『案ずるより産むが易しって言うだろ。
それでダメだったら話を聞くから。』
「うん…。」
那賀さんにメールをした。
親が話が良すぎて賛成してもらえないって。
するとしばらくして高遠さんから電話が来た。
『こんばんは~。』
高遠さんのテンションは少し高い。
「こんばんは、お忙しいところすみません。」
『大丈夫よ~、今氷坂先生も一緒なんだけどぉ。 』
『こんばんは、氷坂です。』
わ。
本当に出た。
「こんばんは、ご無沙汰しています。」
電話の向こうで「あたしのスマホなのにぃ。」と甘えたような拗ねたような高遠さんの声がする。
『那賀さんから話は聞きました。
高遠とも話をしたんだが、本来なら職場見学をご両親にしていただきたいところなんだが、そうするとうちのスタッフが萎縮する可能性がないとも言い切れないし、久坂さんがスタッフとして就職してくれた後にスタッフ間で嫌な思いをしないとも限らない。
そこで考えたんだが、1度久坂さんのお父さんにうちのクリニックを受診してもらうというのはどうだろうか?』
「父が受診、ですか?」
『ああ。場所がら働いている男性の方が主婦をしている方よりも受診しやすいと思う。
受診という形であればスタッフの素の姿が見られるとも思う。
明日は土曜日だがご両親は御在宅の予定?』
「はい。今の所は何も予定はないと思います。」
『ではあしたの午前中に御自宅に電話をさせてもらいます。』
「ありがとうございます。
お手数をおかけします。」
『いや。
それだけこちらとしても久坂やよいという人材が欲しいところなんだ。
出来ることはします。
国試、勉強大変だけど頑張って。』
落ちたら採用できないからっていう意味じゃないのがわかった。
氷坂先生は歯科医師のだったけど「国試」を受けた者としてのエールだ。
「はい。ありがとうございます。頑張ります。」
『じゃあ、ご両親のことはこちらに任せて。』
そうして電話は切れた。
翌日、朝のうちにクリニックから電話が来て、父はその場で受診の予約を取った。
数日後に受診を終えた父は保証人のサインと印鑑を押してくれた。
あたしは那賀さんと高遠さんにお礼のメールを送った。
高遠さんからは直ぐに「良かったね。」と返事がきた。
那賀さんからは連絡がこない。
仕事が忙しいのかな?
最後に話をしたのは2回目の面接の日、家の近くのコンビニまで送って貰った時だ。
お風呂に入って髪を乾かしているとスマホが鳴った。
「もしもし。」
『久しぶりだね。』
那賀さんの声だった。
「はい。
那賀さんのおかげで書類のサイン、もらえました。」
『へぇ…。』
なんだか意味ありげな返事だな。
『本当にそう思ってる?』
「もちろんです。
疑ってますか?」
『いや。』
でも含み笑いが混じってる。
今日の那賀さん変だ。
『じゃあ俺にご褒美くれる?』
「ご褒美、ですか?
あたしお金ないから高いものはちょっと…。」
『高くはないよ。
今、この間やよいを送ったコンビニにいるから出てこれるよね?』
嫌だとは言わせない言い方だ。
もちろん嫌だなんて言うつもりもないけど。
「今お風呂上がりなのでちょっとお待たせするかもしれませんけど行きますっ。」
『気をつけて。
待ってる。』
通話を終えて、着ていたパジャマからニットとジーンズに履き替える。
鞄に国試対策のプリントと財布とスマホを入れた。
「コンビニまでコピーしに行ってくる。」
リビングでバラエティを見ていた母に声をかけた。
「気をつけて。」
那賀さんと同じ言葉を言った母に頷いて。
あたしはダウンを着て家を出た。
那賀さんはいつもの車にいた。
那賀さんはあたしが車に近づくと中からドアを開けてくれた。
「乗って。」
あたしが車に乗ると那賀さんはエンジンをかけた。
「シートベルト。」
言われてあたしはシートベルトを締める。
「あたし、コンビニにコピーしにいくって家を出たからっ。」
「近所の通りすがりの人に見られるよ?」
うわ。
「それは困ります。」
那賀さんはふっと笑って車を出した。
「那賀さん、ありがとうございました。」
「俺は何もしてないよ?
高遠さんに連絡しただけ。」
「はい。
でも、あたしからは直接高遠さんには言えなかったから。」
「自分からは言い出しにくいんだろうっていうのは文面からわかったよ。
だから少しだけ協力した。
頑張っているやよいへのご褒美。」
ご褒美!
「そうだ。
那賀さんもさっきご褒美くれる?って言ってましたよね?」
「うん、言ったね。」
「何ですか?」
抱かせろ、とかだったら、まぁ、でも、あとが気まずいか…。
「時間。」
え?
「今使ってくれてるやよいの時間が俺へのご褒美。」
「そんなのでいいんですか?」
まるで。
まるであたしに会いたいがための言い訳みたいな。
「うん。
これで充分。」
10分ほどのドライブでまたコンビニに戻って。
あたしはアイスを買って家に戻った。
自分の部屋に戻って那賀さんに無事帰宅したことをメールする。
その夜あたしはなかなか寝付けなかった。
那賀さんの作り話の通り。
そしてしばらく住むところも提供してもらえる話も。
もちろん親はそんな美味しい話があるわけないと言って。
あたしは困ってしまった…。
『那賀さんに相談したら?』
兄に電話をしたら兄はそう言った。
「やっぱりそれしかないか…。」
『それしかないな。
那賀さんはそんなに頼りないのか?
それとも遠慮してる?』
「だって社会人だし仕事だって忙しいだろうし、あたしにばっかり時間を使わせるのは…。」
『だから、だろ。
相手はいい大人なんだから、那賀さんがもし忙しくても考えは出してくれるはず。』
「そう…かな。」
『案ずるより産むが易しって言うだろ。
それでダメだったら話を聞くから。』
「うん…。」
那賀さんにメールをした。
親が話が良すぎて賛成してもらえないって。
するとしばらくして高遠さんから電話が来た。
『こんばんは~。』
高遠さんのテンションは少し高い。
「こんばんは、お忙しいところすみません。」
『大丈夫よ~、今氷坂先生も一緒なんだけどぉ。 』
『こんばんは、氷坂です。』
わ。
本当に出た。
「こんばんは、ご無沙汰しています。」
電話の向こうで「あたしのスマホなのにぃ。」と甘えたような拗ねたような高遠さんの声がする。
『那賀さんから話は聞きました。
高遠とも話をしたんだが、本来なら職場見学をご両親にしていただきたいところなんだが、そうするとうちのスタッフが萎縮する可能性がないとも言い切れないし、久坂さんがスタッフとして就職してくれた後にスタッフ間で嫌な思いをしないとも限らない。
そこで考えたんだが、1度久坂さんのお父さんにうちのクリニックを受診してもらうというのはどうだろうか?』
「父が受診、ですか?」
『ああ。場所がら働いている男性の方が主婦をしている方よりも受診しやすいと思う。
受診という形であればスタッフの素の姿が見られるとも思う。
明日は土曜日だがご両親は御在宅の予定?』
「はい。今の所は何も予定はないと思います。」
『ではあしたの午前中に御自宅に電話をさせてもらいます。』
「ありがとうございます。
お手数をおかけします。」
『いや。
それだけこちらとしても久坂やよいという人材が欲しいところなんだ。
出来ることはします。
国試、勉強大変だけど頑張って。』
落ちたら採用できないからっていう意味じゃないのがわかった。
氷坂先生は歯科医師のだったけど「国試」を受けた者としてのエールだ。
「はい。ありがとうございます。頑張ります。」
『じゃあ、ご両親のことはこちらに任せて。』
そうして電話は切れた。
翌日、朝のうちにクリニックから電話が来て、父はその場で受診の予約を取った。
数日後に受診を終えた父は保証人のサインと印鑑を押してくれた。
あたしは那賀さんと高遠さんにお礼のメールを送った。
高遠さんからは直ぐに「良かったね。」と返事がきた。
那賀さんからは連絡がこない。
仕事が忙しいのかな?
最後に話をしたのは2回目の面接の日、家の近くのコンビニまで送って貰った時だ。
お風呂に入って髪を乾かしているとスマホが鳴った。
「もしもし。」
『久しぶりだね。』
那賀さんの声だった。
「はい。
那賀さんのおかげで書類のサイン、もらえました。」
『へぇ…。』
なんだか意味ありげな返事だな。
『本当にそう思ってる?』
「もちろんです。
疑ってますか?」
『いや。』
でも含み笑いが混じってる。
今日の那賀さん変だ。
『じゃあ俺にご褒美くれる?』
「ご褒美、ですか?
あたしお金ないから高いものはちょっと…。」
『高くはないよ。
今、この間やよいを送ったコンビニにいるから出てこれるよね?』
嫌だとは言わせない言い方だ。
もちろん嫌だなんて言うつもりもないけど。
「今お風呂上がりなのでちょっとお待たせするかもしれませんけど行きますっ。」
『気をつけて。
待ってる。』
通話を終えて、着ていたパジャマからニットとジーンズに履き替える。
鞄に国試対策のプリントと財布とスマホを入れた。
「コンビニまでコピーしに行ってくる。」
リビングでバラエティを見ていた母に声をかけた。
「気をつけて。」
那賀さんと同じ言葉を言った母に頷いて。
あたしはダウンを着て家を出た。
那賀さんはいつもの車にいた。
那賀さんはあたしが車に近づくと中からドアを開けてくれた。
「乗って。」
あたしが車に乗ると那賀さんはエンジンをかけた。
「シートベルト。」
言われてあたしはシートベルトを締める。
「あたし、コンビニにコピーしにいくって家を出たからっ。」
「近所の通りすがりの人に見られるよ?」
うわ。
「それは困ります。」
那賀さんはふっと笑って車を出した。
「那賀さん、ありがとうございました。」
「俺は何もしてないよ?
高遠さんに連絡しただけ。」
「はい。
でも、あたしからは直接高遠さんには言えなかったから。」
「自分からは言い出しにくいんだろうっていうのは文面からわかったよ。
だから少しだけ協力した。
頑張っているやよいへのご褒美。」
ご褒美!
「そうだ。
那賀さんもさっきご褒美くれる?って言ってましたよね?」
「うん、言ったね。」
「何ですか?」
抱かせろ、とかだったら、まぁ、でも、あとが気まずいか…。
「時間。」
え?
「今使ってくれてるやよいの時間が俺へのご褒美。」
「そんなのでいいんですか?」
まるで。
まるであたしに会いたいがための言い訳みたいな。
「うん。
これで充分。」
10分ほどのドライブでまたコンビニに戻って。
あたしはアイスを買って家に戻った。
自分の部屋に戻って那賀さんに無事帰宅したことをメールする。
その夜あたしはなかなか寝付けなかった。
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