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歯科衛生士国家試験は3月上旬の日曜日にある。
那賀さんにチョコレートとネクタイピンを贈った日からは3週間後になる。
あたしはその3週間、必死で勉強してきた。
そして。
本日無事、国家試験を終えました。
会場である大学の正門前に見たことのある女性の姿があった。
いや。
正確にはさがしたのだけど。
「久坂さんっ!」
その人はあたしと目が合うと大きく手を振った。
「待ってたよー。」
「わざわざ寒いのにありがとうございます。」
「わざわざじゃないから。
気にしないで。
行こうっ。」
昨日の夜、この人、4月から働くクリニックのスタッフである高遠さんからメールが来たのだ。
『明日試験がおわったら迎えに行きますのでご飯を食べに行きましょう。』
どう読んでも断れそうもなかったのであたしは無難に楽しみにしてますとだけ返事をした。
そんなわけで高遠さんには駅とは反対方向に連れられている。
「どちらに…?」
「あー、そこの駐車場。」
コインパーキング。
見覚えのあるセダンが一台。
「国試、お疲れ様でした。」
運転席から降りてきたのは那賀さんだった。
「えっ、あっ…。
あたし、てっきり高遠さんと二人だとっ…。」
ちらっと助手席をみると氷坂先生だ。
「校門前におじさんがいたら受験生のお嬢さん方が引いちゃうからね。」
那賀さんは言って駐車場代を支払いに行った。
あたしは高遠さんに促されて後部座席に座る。
「国試、お疲れ様。」
「ありがとうございます。
両親の件ではお世話になりました。」
「いえ。
こちらこそいい勉強をさせてもらいました。
新しくスタッフを入れたのは久しぶりでしたので、親御さんの反応は新鮮でした。」
「今いるスタッフはオープンの時からいるか、いわゆるコネで入った人だから、完全に外から来た人は久坂さんが初めてなの。
あたしが就職決まった時を思い出しちゃった。」
隣に座った高遠さんが言った。
「あたしが決まった時も親がごねてね。
大変だったの。」
「そうなんですか…。」
連れて行ってくれたのは豆腐専門の和食のお店。
予約してあったようで、こじんまりした個室に通された。
次の日仕事や学校があること、那賀さんが車を運転していることもあって皆ソフトドリンクを頼んで乾杯した。
料理も頼んでいないのに次々と出てくるのはそこまで予約してあったのだろう。
「引越しの件はごめんね。」
高遠さんが言った。
「いえ。」
あたしは首を振る。
できれば業者の設定金額の安い平日昼間にしたかったけど、高遠さんは社会人だ。
今週の土曜日にベッドやタンスや机が、翌日実家から衣類などを搬入予定だ。
ちなみに金曜日が卒業式。
なので週末はばたばたする。
氷坂先生と高遠さんを近くの駅で降ろして、那賀さんはあたしを家の近く間で送ってくれることになった。
駅の近くのコンビニに入る。
那賀さんがコーヒーが飲みたいと言ったからだ。
あたしも一緒にコーヒーを頼ませてもらった。
「そうだ、これ。」
那賀さんはダッシュボードの中からちいさな白い箱を出した。
「国試終了祝い?」
いいながらくすりと那賀さんは笑ってあたしの手に置いた。
「ホワイトデーではなくて、ですか?」
「ホワイトデーはまた別のものを用意してる。」
こんな箱は貴金属の類だ。
開けるとピアスが入っていた。
フック式のピアスでリボンのモチーフに小さな透明の石がついている。
「まさか、ダイヤじゃないですよねっ?」
時々金銭感覚があたしとは異なるようだと思わせる那賀さんだから確認してしまった。
「あれ?ばれた?」
さらっと那賀さんは言った。
「まあ俺に付き合わされてるお駄賃と思って?
何万もするものでもないし。
それよりつけて見せてよ。」
「…はい。」
ピアスホールは手探りで見つけられる。
鏡も見ずにあたしはピアスをつけた。
那賀さんが手を伸ばしてあたしの耳に触れた。
「うん、よく似合う。」
ピアスに似合う似合わないなんてさほどないと思うけど那賀さんが満足しているのでよしとしようか。
「ありがとうございます。」
那賀さんの顔が近付いた。
耳たぶにかすかに唇が触れた。
「な、那賀さんっ。」
「あ、あぁごめん。
やよいが可愛いからついキスしちゃった。」
元カレからこんなことされたことは一度もなかった。
それにこんな台詞も。
「那賀さんのタラシ…。」
「えー。正直に言っただけなんだけど。」
「仮のお付き合いなんですから変なことしないで下さい。」
「やよいが可愛いのが悪いんだよ。」
頭をポンポンしてから那賀さんは車を走らせた。
那賀さんにチョコレートとネクタイピンを贈った日からは3週間後になる。
あたしはその3週間、必死で勉強してきた。
そして。
本日無事、国家試験を終えました。
会場である大学の正門前に見たことのある女性の姿があった。
いや。
正確にはさがしたのだけど。
「久坂さんっ!」
その人はあたしと目が合うと大きく手を振った。
「待ってたよー。」
「わざわざ寒いのにありがとうございます。」
「わざわざじゃないから。
気にしないで。
行こうっ。」
昨日の夜、この人、4月から働くクリニックのスタッフである高遠さんからメールが来たのだ。
『明日試験がおわったら迎えに行きますのでご飯を食べに行きましょう。』
どう読んでも断れそうもなかったのであたしは無難に楽しみにしてますとだけ返事をした。
そんなわけで高遠さんには駅とは反対方向に連れられている。
「どちらに…?」
「あー、そこの駐車場。」
コインパーキング。
見覚えのあるセダンが一台。
「国試、お疲れ様でした。」
運転席から降りてきたのは那賀さんだった。
「えっ、あっ…。
あたし、てっきり高遠さんと二人だとっ…。」
ちらっと助手席をみると氷坂先生だ。
「校門前におじさんがいたら受験生のお嬢さん方が引いちゃうからね。」
那賀さんは言って駐車場代を支払いに行った。
あたしは高遠さんに促されて後部座席に座る。
「国試、お疲れ様。」
「ありがとうございます。
両親の件ではお世話になりました。」
「いえ。
こちらこそいい勉強をさせてもらいました。
新しくスタッフを入れたのは久しぶりでしたので、親御さんの反応は新鮮でした。」
「今いるスタッフはオープンの時からいるか、いわゆるコネで入った人だから、完全に外から来た人は久坂さんが初めてなの。
あたしが就職決まった時を思い出しちゃった。」
隣に座った高遠さんが言った。
「あたしが決まった時も親がごねてね。
大変だったの。」
「そうなんですか…。」
連れて行ってくれたのは豆腐専門の和食のお店。
予約してあったようで、こじんまりした個室に通された。
次の日仕事や学校があること、那賀さんが車を運転していることもあって皆ソフトドリンクを頼んで乾杯した。
料理も頼んでいないのに次々と出てくるのはそこまで予約してあったのだろう。
「引越しの件はごめんね。」
高遠さんが言った。
「いえ。」
あたしは首を振る。
できれば業者の設定金額の安い平日昼間にしたかったけど、高遠さんは社会人だ。
今週の土曜日にベッドやタンスや机が、翌日実家から衣類などを搬入予定だ。
ちなみに金曜日が卒業式。
なので週末はばたばたする。
氷坂先生と高遠さんを近くの駅で降ろして、那賀さんはあたしを家の近く間で送ってくれることになった。
駅の近くのコンビニに入る。
那賀さんがコーヒーが飲みたいと言ったからだ。
あたしも一緒にコーヒーを頼ませてもらった。
「そうだ、これ。」
那賀さんはダッシュボードの中からちいさな白い箱を出した。
「国試終了祝い?」
いいながらくすりと那賀さんは笑ってあたしの手に置いた。
「ホワイトデーではなくて、ですか?」
「ホワイトデーはまた別のものを用意してる。」
こんな箱は貴金属の類だ。
開けるとピアスが入っていた。
フック式のピアスでリボンのモチーフに小さな透明の石がついている。
「まさか、ダイヤじゃないですよねっ?」
時々金銭感覚があたしとは異なるようだと思わせる那賀さんだから確認してしまった。
「あれ?ばれた?」
さらっと那賀さんは言った。
「まあ俺に付き合わされてるお駄賃と思って?
何万もするものでもないし。
それよりつけて見せてよ。」
「…はい。」
ピアスホールは手探りで見つけられる。
鏡も見ずにあたしはピアスをつけた。
那賀さんが手を伸ばしてあたしの耳に触れた。
「うん、よく似合う。」
ピアスに似合う似合わないなんてさほどないと思うけど那賀さんが満足しているのでよしとしようか。
「ありがとうございます。」
那賀さんの顔が近付いた。
耳たぶにかすかに唇が触れた。
「な、那賀さんっ。」
「あ、あぁごめん。
やよいが可愛いからついキスしちゃった。」
元カレからこんなことされたことは一度もなかった。
それにこんな台詞も。
「那賀さんのタラシ…。」
「えー。正直に言っただけなんだけど。」
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