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第74話 俺、命令する

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「今、なんと……?」
「いや、ですからね? 何とかできるかもしれないって言ってるんすよ。やってみなきゃわかんないッスけどね」
「お願い致します! 父上と母上をお救い下さい! こちらです! お早く!」

 俺は涙目となった王女に手を捕まれ、勢いそのまま部屋を出てしまった。

「ちょ! 落ち着いて下さいよ! 何処に居るんすか?」
「隣室です!」

 一瞬、ズッコケそうになったが、気合で耐えた俺は隣室の扉を王女と共に開ける。
 薄暗い部屋にキングサイズのベッドと椅子が1つだけの質素な部屋。カーテンが閉められ光を遮られている。

 俺はベッドの側へ寄ると白髪の人物が目に入った。絵で見た王様に相違ないと思った。微かに寝息を立てているのがわかる。更にその隣に蒼髪の女性もいる。王様と同じ様に寝息を立てていた。

「なるほど、確かに眠ってやがる。王女様、王様達がいつ頃からこうなったのか覚えてます?」
「1年程……前からです……」

 さっきまで優雅に紅茶を嗜んでいた王女様は何処へやら、自室を出てからというもの彼女はスンスンと泣き続けている。

「安心してください。助けますから」

 王女は俺の言葉に安堵したのか、目に涙を貯めながらも微笑みの表情を見せた。

「そうそう、笑ってた方が可愛いですよ。んじゃ、始めますね」

 俺にはこの症状に見覚えがあった。
 ハガセンに置ける睡眠状態の継続という状態異常は主に2通りある。
 1つ目はカース《呪い》アイテムによるもの。こいつはアイテム自体を破壊するか装備者を倒す事で効果が消える。
 2つ目は悪魔や霊に取り憑かれた事による状態異常の継続に陥っている。この場合は原因の悪魔を倒せばいい。

「結局のところ原因を直接叩きゃ良いんだよなぁ。知らん人にとっては不治の病に見えちゃうんだろうなぁ。しかしこれは……」
「は、はい?」
「いえ、なんでもないっす。ただの独り言っす」

 俺はカース《呪い》アイテムチェックを起動させる。すると、ブー! という不快なSEが脳内に響いた。
 次に俺はインベントリから禍々しいデザインの本を取り出す。悪魔事典ネクロノミコンだ。
 取り出した瞬間、本が勝手に開きペラペラとページが勝手にめくれていく。

「はい、確定」
(いや、しかし一国の王様と女王様に悪魔が取り付いてるとか、かなりきな臭ぇ話だなぁ)


「原因がわかったんですか!?」

「大丈夫っすよ。もう原因わかりましたから後は――」

 俺は王女の目の前で指パッチンをすると王女は糸が切れた人形の様にその場に崩れた。

「おっと!」

 俺は王女を支え椅子へ座らせる。

 本の内容を確認すると悪魔事典ネクロノミコンの表紙の顔が勝手に喋り出した。
「カノ者二取リ憑キシ悪魔ノ名ヲバグ。夢ノ中二住処ヲ作リ、作ラレタ人間ハ永遠ノ眠リ二付ク」
「うっし、はじめっか。我が眷属となりし悪魔セーレよ! 我が声に応えよ!」

 俺がそう言うと、何もない空間から黄緑色の炎と共に一体の悪魔が現れた。こいつは俺が魔法大国ルギームで手に入れた悪魔だ。ぱっと見人間に見えるが頭に大きな角を2本生やし、黒い下着姿に紫のロングヘアー、金色に輝く蛇の様な眼が俺を見つめている。

「我が主の声に応え、セーレ顕現。どうなさいました? 我が主よ」
「セーレ久方ぶりだな。調べはどうだ?」
「申し訳ありません。我が主よ、未だ何の情報も得られておりません」
「そうか、今日呼び出したのはその事じゃない。眼下の2人の人間には悪魔が取り憑いているみたいでな。お前に聞きたい事がある。この人間の中に入りたいんだが、お前にできるか?」
「恐れながら、それは不可能かと。人間に乗り移るには回廊という通路を作る必要があります。これは幽体である我らにしか作成できません。まして回廊を通るとなると実体のある人間には……」
「マジか。う~ん、どうしたもんか」
「我がこの人間の身体に移りましょう。そうして原因の悪魔を駆逐いたします。睡眠の永続からして恐らくは夢魔でしょう。この程度の悪魔であれば造作もありません」

 まさかの案に俺は思考を一瞬停止させる。

「お前が? 悪魔を?」
「その通りです。我が主」
「いや、マジで言ってんのか? だって同族だぞ?」
「全ては主のままに。命令さえ頂ければどの様な事でも確実に遂行いたします」

 俺は少し考え、覚悟を決める。

「よし、お前を信用する事に決めた! 命令だ! 夢魔を倒してこい!」
「はッ!」

 セーレの姿は黄緑の炎と共に消え去っていった。


 ◆◆◆


 我は黒く広々とした空間を道なりに進むとすぐに霧がかった空間へと変貌した。

「どうやら奴へと続く世界へ入れた様だ。しかし無様な。これが国を担う王とはな。完全に支配されているではないか。我が主の方が遥かに優れている」

 我は目を閉じると霧の中に魔力の光を感じた。

「見つけたぞ。下級のゴミ虫めが、我の糧にしてくれる」

 我は光のすぐ側へテレポートした。

「うぇ!? なんだお前! どうやってここへ!?」

 我の目の前には齧歯げっし類の顔とワニの体を持つ稚拙な見た目の悪魔が立っている。

「おい、ゴミ虫よく聞け? 我が主の命により貴様を駆逐する。死ね」

 我は有無を言わさず手を刃状に形状を変化させ、夢魔の首を手刀で掻っ切った。
 夢魔のワニの胴体と下っぱ類の頭が離れ、青色の血液が噴水の様に勢い良く吹き出ている。

「ふん、やはりゴミ虫だったか。ん?」

 夢魔はズブズブと音を立てながら消えていき、丸い玉だけが残った。我はそれを拾い上げしげしげと観察する。

「ほう、これが我らの魂と言われている玉か。捨て置くか。いや、我が主に渡そう。命令を完遂したという目安にもなろう」

 我がこの空間から出ようとすると、空間を覆っていた霧が一気に晴れだし別の様相を見せた。一面が黄色い花で覆われ、小さな丘にて白髪の年老いた男がブランコに揺られる蒼い髪の幼女の背を押している。

「これが、王が見ている本当の夢か……。くだらぬ」

 我は来た道を戻り、この空間から我が主が待つ現世へと戻るためテレポートした。


 ◆◆◆


「大丈夫なんだろうか?」

 俺が心配していると黄緑の炎と共にセーレが現れる。

「我が主、任務は完璧に遂行いたしました! これをご覧下さい!」

 気持ちテンション高めのセーレが鼠色の玉を手渡してきた。

「こいつは?」
「夢魔の魂であります。我が主」
「あ~、そういや俺もそれと似たやつ持ってたわ。ま、それはともかく良くやってくれたな!」
「はッ! 我が主の御心のままに」

 黄緑の炎がまた現れセーレの体を包んでいく。

「あ! おい、待てぇい! まだ肝心の褒美を与えてないぞ!」
「褒美……でございますか? その様な――」
「いや! こういう事はメリハリが大事なんだ。仕事してくれたのなら褒美を渡すのは当然。さぁ、何がいい?」
「そう……ですね。では、主の魔力をほんの少し頂ければそれで」
「俺の魔力? え? そんなので良いの?」
「悪魔に取って魔力とは力の根源です。これ以上のものはありません」
「ふーん。良いぞ? どうやって渡せばいい?」
「身体に触れて下さい」
「お前の身体に触れるの?」
「はい」

 セーレの肩に触れると手が勢い良くすい付き、同時に少し気だるくなる。

「ほーん、こんな感じなのか~」
「あ!」
「ん? なんだどうした?」
「い、いえ、何でもございません。我が主」
(そういえばどの位あげれば良いのか聞いてなかったな。3分の1位で良いか)

 俺はMPゲージを想像し、一気に3分の1程度減らす想像をしながら力を込める。

「きゃひぃ!? らめえ!?」
「え!? 何!?」

 びっくりして俺が手を離すとセーレの身体が黒く輝き出した。

「あああああああああ!!」

 セーレが叫び声を上げながら光がどんどん強くなる。

「くっ! 一体何が起こってるんだ!?」

 俺は眩しさのあまり目を閉じる。
 30秒程目を閉じていると、セーレの叫び声が聞こえなくなったので恐る恐る目を開けるとそこには見た目が大きく変わったセーレがいた。

「あぁ! 親愛なる我が主!! 貴方様のおかげで我はハイデーモンからフォーリンエンジェルへ昇華いたしました!」
「え? ええぇぇえええ!! 何だそりゃああああああ!?」

 目を開けるとセーレは別の何かになっていた。髪は金髪、片翼が天使もう片翼が悪魔の羽を生やしており、さながら堕天使の様な姿になっている。背は何故か少し縮んでしまった様だ。目も右目は金色に蛇のような眼だが左目はというと、人と同じ眼だがピンク色だった。所謂いわゆるオッドアイというやつか。

「お前……セーレか?」
「はい! 我が主! 今はルシファーという名前に変わりました! 一層の忠誠を誓う所存です!」

 悪魔と天使を足して2で割った様な女の子が俺に向かってニコリと笑っていた。
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