あなたの婚約者は、わたしではなかったのですか?

りこりー

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「実は今、リーゼル嬢には結界を張って貰っているんだ」
「結界って……、やっぱり何か不吉なことでも起きたのですか?」

「今のところ、そのようなことは起きていない。だが、未然に対処しておけば、何か起こってもある程度時間稼ぎが出来るからな」
「たしかに……。結界は王都に?」

「ああ、王都を囲うようにして張って貰っている。リーゼル嬢にとっては結界を発動させることも初めてのことなので、一気に力を使うと危険だから少しづつ魔力を送って貰っている状態だ」
「それって現在もその最中ってことですか?」

 オリヴィアの問いにジークヴァルトは「ああ」と頷いた。
 今の話を聞いて、リーゼルは正真正銘聖女なのだということが分かった。

「このことを知っているのは、本当に極僅かな人間だ。そしてリーゼル嬢は魔力を送っている間は常に負荷がかかった状態であるから、突然彼女に異変が起こる可能性も考えられる。そんな時のために、事情を知っている者が傍に付いている必要があるんだ」
「それが、ジーク様だと……」

「ああ。こんな事情があるために、あの噂を利用させて貰っている。皆別のところに疑念を持ってくれたおかげで、勘付かれる心配はないからな」
「……っ、でもそれではあなたの名誉に傷が……」

「それは構わない、……とは言えないか。リヴィには嫌な思いをさせているのだからな。本当に申し訳ない……」

 ジークヴァルトは苦しそうな表情を浮かべた後に、オリヴィアに向けて頭を下げた。
 彼女は暫くの間どうしていいのか分からず、何も答えることが出来なかった。

 彼の言った事情を考えれば一連の出来事も納得は出来る。
 かと言って、あのような噂をこれから先も放っておくなんてことは到底受け入れられない。
 だけど他に良い考えは、直ぐには思い浮かばなかった。

「頭をお上げください。そう言った理由ならば、仕方がないことです。わたしは、どうしたらよろしいですか?」

 オリヴィアの声が響くと、ゆっくりとジークヴァルトは顔を上げた。
 そして視線が絡む。

「リヴィは何も知らないことだ。だから見て見ぬ振りをして欲しい」
「酷いですね」

「分かっている。リヴィも知っているとは思うが、今週末王宮で夜会が開かれる。そこでリーゼル嬢が聖女だということを皆に公表する」
「え……?」

「それまでの間、もう暫くだけ辛抱していて貰えるか?」
「わたしは構いませんが、いきなり公表なんてして大騒ぎになりませんか?」

「遅かれ早かれ知らせなければならないことだからな。周知することで、警戒感を持ってもらえれば自衛にも繋がる。それに、その頃にはある程度の結界は完成するはずだかなら。そのタイミングで公表することを決定したようだ」

 たしかに彼の言うとおりだ。
 事前に危機が近づいていることを把握していれば、色々と準備することも出来る。
 そして結界が張られていると言う事実は、皆に安心感を与えられる。
 その選択は間違ってはいないとオリヴィアは思った。

「ジーク様、一つだけ確認させて欲しいことがあります」
「言ってくれ」

「わたしはジーク様を信じていて宜しいのですよね?」

 彼がその言葉に頷いてくれれば、オリヴィアはまた耐えることが出来るはずだ。
 彼女は彼の瞳をじっと見つめていた。

 すると一瞬彼の視線が泳いだ。
 当然オリヴィアはそれを見逃さなかった。

(もしかして、わたしに罪悪感を抱いていたりする……?)

「リヴィには迷惑ばかりかけているな」
「……そんなことは」

 彼はその問いには答えなかった。

「今年も夜会に着ていくドレスをリヴィの邸に送らせた。きっともう届いているはずだ。帰ったら確認してみてくれ」
「……っ、ありがとうございます。すごく嬉しいですっ」

 突然話題を変えられてしまったが、今年はこんなことが起こっているから正直少し不安だった。
 だけど今年もちゃんと用意してくれているのを知って、オリヴィアは嬉しそうに答えた。
 それこそ今までの不安が一気に消えてしまいそうな程に、彼女は笑顔を溢れさせていた。
 最近色々と悩み事が多く、落ち込んでいたことも多かったので、オリヴィアにとっては嬉しい出来事だった。

 しかし先程のオリヴィアの問いは、はぐらかされてしまった。
 でもこれだけは聞いておかなければならない。
 そうしなければオリヴィアはこれから先、また不安を抱きながら過ごしていくことになる。

「ジーク様、先程の答えをまだ貰っていません」
「…………」

 オリヴィアがしっかりとした声で告げると、だんまりされてしまう。

「あの話をしてくれたのは、わたしのことを信じてくれているからこそですよね? だったらわたしにも安心出来る言葉をください。心が折れないように……」

 オリヴィアは決して強い人間ではない。
 そうなろうと見せかけているだけで、本当はもろかったりもする。
 今までやってこれたのは、傍で支えてくれて、共に頑張ってくれる者の存在があったから。
 だからこそ、安心出来る言葉が欲しかった。

「果たして、私にその資格はあるのだろうか。今の私はリヴィに無理をさせて、苦しませてばかりいる」

 ジークヴァルトは悔しそうに、やや引き攣った顔で言った。
 こんな顔を見るのも、初めてだった。
 
 寂しそうに佇む姿を見ていると、胸が締め付けられそうになる。
 オリヴィアは耐えられなくなると、突然席を立ち上がった。
 突然の行動にジークヴァルトは驚き、視線で彼女のことを追っていたが、すぐにオリヴィアは彼の隣へと座った。
 そして手を伸ばして、彼の両頬にペチッと音を立たせるようにして触れた。
 叩いたと言った方が正しいのかもしれない。
 弱気になっている彼の姿なんて見たくなくて、思わず行動に出てしまった。

「ジーク様、私の顔をしっかりと見てください」
「……リヴィ?」

 ジークヴァルトは目を丸くさせて、オリヴィアのことを見つめていた。

「婚約が決まってから、わたしはずっとジーク様のお傍にいました。もちろん、これからだってそのつもりです。わたしはあなたの婚約者です。わたしはあなたの味方です。簡単に離れたりなんてしません。だから、そんなこと言わないでっ……。あなたに否定されたら、わたしは何のために今まで頑張ってきたのか、分からなくなるっ……」

 オリヴィアが表情を崩し寂しそうな顔を浮かべると、突然彼の腕に包まれた。
 気付けば強く抱きしめられていた。
 込み上げてきた涙は、驚きによってき止められた。

(……ジーク、様?)

「今の私はどうかしていたな。大切なものを見失おうとしていた……。気付かせてくれて、ありがとう」
「いえ、いいんです。分かっていただけたのなら、それで……」

 ジークヴァルトの言葉を聞いて、オリヴィアは嬉しそうに答えた。
 暫くの間抱き合っていたが、ジークヴァルトの腕が緩まり体がゆっくりと剥がされていく。
 心地よく感じていた温もりが離れていくのは、少し残念にも思えてしまう。
 だけど、再び目を合わせると、彼の表情からは迷いが消えているように見えた。

「少し足掻いてみることにするよ。リヴィとの未来のために」
「……え?」

 オリヴィアには彼の言っていることが良く分からなかった。
 しかしジークヴァルトの瞳は、キラキラと輝いているように見えた。

 きっとオリヴィアにも伝えていないことが、まだ他にもあるのだろう。
 話して貰えないことは少し寂しく思えてしまうが、今の彼の表情を見ていればきっともう大丈夫なはずだ。
 オリヴィアは今一度彼のことを信じようと思った。
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