あなたの婚約者は、わたしではなかったのですか?

りこりー

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 二人が話し込んでいると、部屋の奥から扉を叩く音が響いた。
 警戒心が高まっていることもあり、二人の視線はすぐに扉の方へと向けられた。

「誰だ」

 ジークヴァルトは鋭い声を張り上げると、扉の奥からは「君の友人のイヴァン・セテアスです」と緩やかな声が聞こえてきた。
 オリヴィアとジークヴァルトは顔を見合わせ、二人で安堵したような表情を浮かべた。
 イヴァンは二人にとって、共通の味方意識を持っている人間だ。
 あんなことがあったばかりなので、敵でないと分かり安心した。

「入ってくれ」
「失礼するよ」

 ジークヴァルトが再び声を掛けると直ぐに扉は開き、ゆっくりとイヴァンが部屋の中へと入ってきた。

「何度も往復すまないな、感謝する」
「構わないよ。報告もあるし、少し気になっていたこともあったからね。……オリヴィア嬢、大丈夫? 今朝のこと、今さっき聞いた。本当に君にとっては災難ばかりが続くね」

 イヴァンは二人の前まで来ると足を止めて、心配そうな顔でオリヴィアに問いかけた。
『災難』という言葉を聞いて、オリヴィアは引き攣ったように笑った。
 昨晩はイヴァンの前で取り乱した姿を見せてしまったこともあり、オリヴィアは気恥ずかしいような、気まずさを感じていた。

「イヴァン様には本当に感謝しておりますわ。ですが、昨晩は情けないところをお見せてしまいました。……どうか、あのことはお忘れください」

(本当に、直ぐにでも忘れて貰いたいわ……)

 オリヴィアは恥ずかしそうに答えると、イヴァンはクスクスと笑っていた。

「その様子だともう大丈夫そうなのかな? 僕としては君の力になれたのならそれで満足だよ。……って、なに?」
「いや、別に……」

 オリヴィアとイヴァンが親しげに話していると、その様子を眺めていたジークヴァルトが不満げに答えた。

「もしかして、ジーク……。僕に嫉妬なんてしていないよね?」
「するわけないだろう」

(ジーク様が嫉妬!?)

 オリヴィアはドキドキしながら二人のやり取りを見ていた。
 ちらりと隣に座るジークヴァルトの顔を覗くと、僅かだが戸惑っているように見える。

「ジーク様……、嫉妬をしてくれているのですか?」
「リヴィ、お前も余計なことを言うな。私は別に……」

 オリヴィアが目を輝かせながら答えると、ジークヴァルトは彼女から視線を逸らしそっぽを向いた。
 明らかに動揺しているように見える。

「そう……? だったら、オリヴィア嬢は僕の隣においで。ジークは嫉妬していないと言っているし、別に問題はないよね?」
「は? イヴァン、ふざけているのか? リヴィは私の婚約者だぞ!」
 
 イヴァンの挑発的な言葉を聞いて、ジークヴァルトは慌てるようにオリヴィアの手をぎゅっと握った。
 それにはオリヴィアも驚いてしまうが、今の彼の態度を見る限り、イヴァンに嫉妬しているのは明らかで、彼女の顔は勝手に緩んできてしまう。
 オリヴィアはずっと一方通行な思いだと疑わなかったので、嫉妬してもらえることが嬉しくて堪らなかった。

「知ってるよ。そんなに彼女のことが大切なら、もっと大事にしないと」
「分かっている……」

 イヴァンは二人と対面するようにソファーに腰かけると、ジークヴァルトを真っ直ぐに見捉えて静かにそう告げた。
 彼の言葉を聞いたジークヴァルトは僅かに目を細め、重々しい口調で返す。
 一方のオリヴィアは、自分のことを話題に出されていることに、少し戸惑いを感じ始めていた。

「ジーク、君は今、僕の言葉で簡単に嫉妬心を露わにしたけど、君と男爵令嬢の馬鹿げた噂が出回った時、オリヴィア嬢は今の君のように感情を表に出すことも、周囲に当たり散らすこともしなかったよ。それどころか君の指示を素直に守り、信じようとしていた」
「イヴァン様、恥ずかしいのでもうその辺で……」

 本人を目の前にして言われると恥ずかしくなり、オリヴィアはイヴァンを止めようとした。
 しかしイヴァンは「これは君のためでもあるのだから、最後まで言わせて」と押し切られてしまう。
 やはりイヴァンはおせっかいな人間だと、オリヴィアは改めて思った。
 しかし、こんな機会が無ければ、オリヴィアの気持ちはずっと心に秘めたままだったはずだ。
 だから少しだけ彼には感謝をしていた。

「ジークは僕にオリヴィア嬢の様子を見るようにと頼んで来たけど、そんなに気になるのならば自分ですればいいのに、と正直思ったよ」
「あれは、イヴァンがリヴィと同じ学科だったからで……」

「僕に頼む前は、放課後になるとわざわざ彼女の教室まで出向いて、その様子を覗いていた癖にね。わざわざ魔法回復薬まで用意してさ。自分で手渡すのが恥ずかしいなんて、本当に君って男としては情けない」
「そうだったのですか!? では、あの回復薬はジーク様が……」

 このやり取りを見ていると、二人は相当に親しい関係なのだということが分かってくる。
 こんなにもズバズバと言いたい事を容赦なく言えるのだから。
 オリヴィアが咄嗟にジークヴァルトの顔を覗き込もうとすると、彼は慌てるように顔を背けた。

(ジーク様が放課後私の元に来ていたなんて、全然知らなかったわ。あの時イヴァン様が言っていた悲しむ人って、ジーク様のことだったの……?)

「そうだよ。ね、ジーク」
「うるさい。お前は勝手に次々と余計なことを……」

「本当にさ、君達って似たもの同士っていうか、素直じゃ無いよね。ここまで拗れてしまったのも、全てそれが原因だってことに、そろそろ気付いて欲しいな」

 イヴァンは盛大にため息を漏らすと、呆れたような視線を二人に向けた。
 オリヴィアも、ジークヴァルトもその通りだと気付いたのか、言葉を詰まらせてしまう。

(たしかにイヴァン様の言うとおりかもしれないわね。わたしが最初から素直に不安だと伝えていたら、こんなにもすれ違うことは無かったのかもしれないわ)

「オリヴィア嬢は、ジークがどうしてリーゼル嬢に近づいていたのか、その辺はもう聞かされたのかな?」
「なんとなくは……。わたし達の不仲説を周知させることで、教会からの敵意を逸らすため……でしたよね」

 オリヴィアは途中まで話すと、隣に座るジークヴァルトに確認するように答えた。
 するとジークヴァルトは彼女の言葉に小さく頷き、それを見てオリヴィアは少しほっとする。

「僕の方でも少し調べてみたんだけど、どうやら君達の不仲説を拡散している人間が誰だか判明したよ」
「やはり、彼女が……」

「ああ、間違いない。噂を色々と辿ってみたけど、行き着く場所は殆どがリーゼル嬢本人だった。最近はオリヴィア嬢にいじめられていると言いふらしているそうだ」
「は……? わたしはそんなことなどしていません。第一会う機会なんて……、以前宣戦布告をされたことはあったけど、あれっきりだったし……」

 オリヴィアは過去のリーゼルとの出来事を思い出し、思わず声に漏らしてしまうと「宣戦布告?」と、ジークヴァルトが不思議そうに尋ねて来た。
 思わず口を滑らしてしまったこともあり、あの時のことを二人には説明した。
 これ以上変な誤解を生ませたくなかったし、ここにいる二人は紛れもなくオリヴィアの味方に付いてくれている人間だ。
 だから全て隠さずに伝えた。

「そんなことがあったのか……」
「はい。出過ぎたことをしてしまい、申し訳ありません」

「リヴィ、謝る必要なんてない。悪いのは私の方だ。重ね重ね、嫌な思いばかりさせてすまなかったな。だが話してくれてありがとう」

 ジークヴァルトは何処か安堵を浮かべたような表情に見えていた。
 オリヴィアが素直に答えたことが嬉しかったのだろうか。
 オリヴィアが微笑むと、ジークヴァルトもつられる様に返してくれた。

(強がるのはもう止めよう……。この人ならわたしの全てをきっと受け入れてくれるはず……)

「先に僕からの報告をさせてもらうよ。仲良くするのはその後にしてもらってもいいかな?」
「……っ」

 困った顔をしているイヴァンを見て、オリヴィアは彼の存在を忘れかけている事に気付き恥ずかしく感じた。
 先程から気になっていたが、イヴァンの性格はこちらが本物なのだろうか。
 オリヴィアが知っている、親切な彼の印象とはかなり違って見えている。
 
「報告と言うのは昨晩、オリヴィア嬢を襲おうとした組織のことだよ」
「話してくれ」

 イヴァンの言葉を聞いて、オリヴィアは先程の怖い記憶が蘇ってしまう。
 その恐怖心から体を震わせていると「大丈夫」と隣から優しい声が響いた。
 オリヴィアは直ぐに顔を上げて、ジークヴァルトに視線を向けた。
 すると彼は穏やかな顔をしていて、心配するなとでも言っているような表情に見えた。
 彼女はジークヴァルトと目配せを交わした後、静かにイヴァンの方へと視線を戻した。

(大丈夫。わたしにはジーク様が付いていてくれる。それに今起こっていることを知りたいと思ったのわたし自身なのだから、しっかりと事実を受け止めないと)

「お願いします……」
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