あなたの婚約者は、わたしではなかったのですか?

りこりー

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25.リーゼル視点

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「そういえば、オリヴィア様は今日も学園を休んでいるの?」
「うん、そうみたい」

「そっか。まあ、あんなことがあれば、来れないのも納得は出来るけど……」

 オリヴィアはあの夜会以降、学園に姿を見せることは無かった。
 あの夜会にて、本来であればジークヴァルトの隣には、婚約者であるオリヴィアが並ぶはずだった。
 今回は少し事情があってのことだったが、結果的にその権利をリーゼルが奪う形になってしまった。
 そして周囲が二人の関係に疑念を持っているのにも関わらず、ジークヴァルトは何も弁明を行わなかった。
 これはもう、あの噂は本当だと認めているようなものだ。
 公の場であのような惨めな姿を晒したのだから、オリヴィアの婚約者としての立場は無くなったと考えるべきだろう。

(本当は、この後もう少し悪役として立ちはだかって欲しかったけど、仕方ないか。あの時のオリヴィア様、少し可哀想だったし)

 リーゼルは少し不満を持っていたが、結果的に邪魔者がいなくなったことに安心していた。
 あとはジークヴァルトの心をリーゼルに向けさせることが出来れば、全てが彼女の思い通りになる。
 リーゼルがこんなにも余裕なのは、ジークヴァルトがあの場で何も否定しなかったことで、オリヴィアを切り捨てるつもりなのだと彼の考えが分かったからだった。

「リーゼ、何か不満そうな顔をしているね」
「そんなことないよっ! これでもう、意地悪なオリヴィア様にいじめられることはないからほっとしてる。本当にシドのおかげだよ。ありがとっ」

 リーゼルはにっこりと微笑むと、シドの頬に静かにキスをした。
 するとみるみるうちにシドの顔は真っ赤に染まっていく。

(相変わらず、素直に反応するな……)

 少しヒヤヒヤする場面もあったが、シドにはリーゼルの思惑は気付かれていないようで、彼女は安堵していた。

「それじゃあ、そろそろ戻ろっか」
「そうだね。怪しまれないように、僕は後から行くね」

「うん、ありがとー! それじゃあ、またあとで!」

 そう言ってリーゼルは先に屋上から出ていった。
 シドと仲良くしているところをあまり人に見られたくなくて、学園では極力近づかないようにして貰っている。
 リーゼルとしては、ジークヴァルトにシドとの関係を変に誤解されたくなかったから。
 その為にシドを言いくるめて、距離を置いて貰うように頼んだのだ。


 ***


 リーゼルは教室に戻ると、ジークヴァルトの後ろ姿を見つけて、直ぐに彼の元へと近づいていった。

「ジーク様」
「リーゼか」

「もうやんなっちゃいますよっ、あの噂のせいで皆私のことを神のように言ってくるし……」
「随分と大変そうだな」

 リーゼルは盛大にため息を漏らしながら、参ったと言わんばかりの表情で答えていた。
 これは演技だ。
 困っている姿を見せれば、ジークヴァルトは必ずリーゼルを心配すると分かっていて行っていた。

「そうなんですっ! 学校にいるのも、それだけで疲れちゃいますよ」
「それならば、少し学園を休むのも良いんじゃないか? たかだか噂だからな。暫くすれば収まるはずだ」

「……っ、そうですが……、そうなるとジーク様と会えなくなっちゃう」

 リーゼルは寂しそうな顔を浮かべ、上目遣いで彼に視線を送った。
 まるでジークヴァルトと会えなくなるのが寂しいから、休みたくないとでも言いたげな態度を取っていた。

「私のことなんて今は気にする必要は無い。リーゼは自分のことだけ考えていたら良い」
「…………」

 ジークヴァルトは特に戸惑った姿を見せることもなく、当然のように返してきた。
 あまりにも反応が薄すぎて、リーゼルは不満そうにムスッとした顔を浮かべた。

「どうした? 随分と不満そうな顔だな」
「だって……、なんか冷たいなーって思って」

「そうか? 私はいつも通りに接しているだけだが?」
「それは、そうですけど……」

 そんな風に言われてしまうと、リーゼルは何も返せなくなってしまう。
 周囲からは噂が立つ程、仲の良い関係に見えているとはいえ、実際に今の二人の関係はただのクラスメイトであり、それ以上でもそれ以下でもなかったからだ。

(どうして、ジーク様はいつも通りなの? オリヴィア様だって今はいないのに……。ジーク様にとっての一番は私でしょ? もしかして、周りの目が気になっているとか?)

「それなら、学園を休んだらお見舞いに来てくれますか?」
「何故か理由を聞いてもいいか?」

 リーゼルが問いかけると、ジークヴァルトは逆に聞き返してきた。
 それにはさすがにリーゼルも困ってしまう。

(私が聞いたのにっ!!)

「さ、寂しいから……」
「話し相手が欲しいのか?」

「そ、そうですっ!」
「……それならば、リーゼと親しくしている幼なじみに来て貰ったらどうだ?」

 ジークヴァルトは少し考えてた後にさらりと答えた。
 その言葉を聞いて、リーゼルの顔から表情が消えていった。

「え……?」
「たしか司教の子息だったよな」

「……っ、シドとはそういう関係ではないよっ! もう、ジーク様の意地悪っ!」

 リーゼルはこれ以上言い返せなくなり、一方的に文句を言うと彼の傍から離れていった。
 以前二人でいるところを偶然見られてしまい、慌てて幼なじみであったことを話してしまったのだ。
 その後シドとは距離を置き、二人でいるところを極力周囲に見られないように徹底していたのだが、どこかで目撃されていたのかもしれない。
 シドの機嫌を取らなくてはならないこともあり、これがギリギリの方法だった。

(酷いよ、ジーク様。私の気持ちに気付いているくせに……)

 リーゼルは自分の席に着くと、ジークヴァルトの後ろ姿を恨めしそうに睨み付けていた。
 彼女が捨て台詞を吐いた後、ジークヴァルトはこちらを一切振り返ることもなく、まるでリーゼルには興味がないと態度で示されているように思えた。
 そのことで彼女の苛立ちは更に高まっていく。

(やっぱり、オリヴィア様との婚約を早々に解消して貰わないと……。何か良い方法はないかな……)

 リーゼルの怒りの矛先は、いつしかオリヴィアへと向けられていた。


 
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