【完結】拗ねていたら素直になるタイミングを完全に見失ったが、まあいっか

ムキムキゴリラ

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小話8. 皇太子妃

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 マリアナが皇太子妃となることが決められた時、彼女が六つだった。その年頃から本格的に未来の皇后となるための教育が始まった。毎日の予定が決められ、好きなことができず、不満だった。彼女は、外で遊んだり、走ったりすることが好きだったこともあり、机に向かいひたすら勉強ばかりという日々は苦痛であった。誰でも愛想良く公平に笑顔でいるのも、大嫌いだった。嫌なことは嫌、好きなことは好きとはっきりしたかった。それでも、両親の期待を幼いながらも感じていたマリアナは努力を重ね続けた。
 しばらくして、皇太子殿下との顔合わせがあった。マリアナはその時初めて皇太子に会った。
「あなたがマリアナ?」
「はい。マリアナと申します」
 よろしくねとお互いに挨拶を交わした。初対面でぎこちないながらも、二人はいろいろな話をした。そこで、マリアナは皇太子も自分と同じように厳しい教育を受けていると知った。ある種の連帯感を感じ、優しげな彼のためにも努力しようと思った。
 しかし、その一方的な仲間意識は皇太子に裏切られた。皇太子は兄の友人であるソフィアの影響で、息の詰まった世界から飛び立ってしまった。そして、皇太子はマリアナよりもそのソフィアの方が好きなことにも気づいてしまった。今まで頑張っている私を差し置いてと恨みがましく思った。このような自分本位な気持ちで行動することはあってはならないと自重したが、それでも抑えられないものがあった。ソフィアだけは気が付いていたように感じる。
 学校を卒業し、皇太子妃になった。マリアナはやっとここまで来たという気持ちだった。その一週間後、皇太子がソフィアを側室に迎えたことにはひどく驚いた。ソフィアと共謀していたのかと勘繰ったが、彼女の様子を見るに違うようだった。マリアナが引くほど怒り狂っていた。しかし、マリアナはソフィアが皇太子に対して甘いことを知っていた。いずれは許して、ソフィアが皇太子の隣に立ち、自分の居場所が無くなるという危機感を感じ、早く子どもを産まなければと気が急いた。その甲斐あって、男の子を立て続けに二人も産んだ。それでも、何も満たされなかった。皇太子が自分のことを愛していないと知っているし、皇太子妃であるから大事にしていると分かっていたからだ。それでも、皇太子が皇太子妃を尊重していることは事実であったため、何とか踏みとどまることができていた。
 二人目の男児が生まれてしばらくした後、側室を迎えるという話になった。皇太子妃は了承した。なぜなら、自分にはもう二人の子どもがいるにもかかわらず、嫉妬や狭い心で側室を阻むということは皇太子妃としての行動ではないからだ。そして、ただ一人の側室であるソフィアには話しただろうかと確認をした。事務的なものだった。
「ソフィアさんには私から伝えましょうか?」
「私の方から連絡はしたが、大丈夫だろう」
「信じているんですね」
 もう何年も疎遠にされているにもかかわらず、皇太子は変わらぬ信頼をソフィアに対して抱いていた。
「まあ、あの人は私のこと後輩としてしかみてないし、それに……」
 皇太子は懐かしそうに目を細めた。会いたいのだろう。
「ソフィアはマリアナのことを心配していて、大事にしなさいってよく言われていたからなぁ」
 だから、マリアナが平気ならソフィアも平気だと思うよと彼は言った。
 マリアナは彼のの意志で皇太子妃だから大事にしていたのではなく、ソフィアに言われたから大事にしていたのかと思った。ソフィアに言われなければ大事にされていなかったのか?という疑問を、そんな訳がないと打ち消そうとしたが、消そうとすればするほど染みは滲み、広がっていった。
 皇太子妃としての地位を失うことは抵抗があったため、気位の高いラーラに皇太子が愛している人はソフィアただ一人と伝えた。自分と同じような思いをすればよい、あわよくば何か起きないかと考えていたが、まさか呪うとは思わなかった。ジュリアはいつか勝手に何かするだろうと思った。ソフィアに返り討ちされる可能性が高いが、財力でごり押しできないだろうかと思った。タチアナにはラーラがソフィアを呪ったことを伝えた。思い込みが強い人だったから、幼い子どもが体調を崩せば、ソフィアのせいにしてくれないかと思った。
 皇太子妃を差し置いてどこかに出かけるのも我慢ができなかった。とうとう、皇太子妃を尊重することをやめてしまったのかと絶望した。ある種の危機感から、ソフィアを殺さなければならないと思った。いつかこう思う日がくるだろうと漠然と感じていた。マリアナはついに行動する日が来たかという気持ちでさえあった。
 暗殺者などという使い慣れない手を用いて、失敗して、皇太子からの信用も失って、ヤケクソになって、皇太子を殺そうと思った。隠していたナイフで絶対に殺してやると八つ当たりと自覚していながらも、本気で思った。しかし、力が足りず、刃が思ったほど刺さらなくて笑ってしまった。
 マリアナは幼い頃から、外で遊んだり、走ったりしていれば、もう少し力が強くなって、きちんと刺せたのかなと思った。



 
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