32 / 40
小話7. 身勝手で愛しい人よ
しおりを挟む
ラインハルトがソフィアに初めて出会ったのは、学校に入学した時だった。ドミトリーに彼の友人を紹介してほしいとせがんだのだ。
「皇太子殿下、ねぇ、ふーん」
へえ、これがと物珍しそうに見られたような気がした。見定める視線だった。
「皇太子のラインハルトだ」
ドミトリーにお願いして紹介してもらったこともあって、無礼な態度は流そうと考えた。これからよろしくと握手を求めた。
「ここは学校だよ、新入生。誰に対してもそんか皇太子ぶるのはよくないと思うよ」
皇太子の手は払いのけられた。
「では、どうしろと?」
「とりあえず、先輩呼びして、敬語を使ったらどうかな?」
にっこりと笑顔でそう言って、立ち去った。第一印象は身勝手、傲慢だ。
「殿下、申し訳ありません。別の友人を後日紹介します」
「うん。……もしかして、ドミトリー先輩って言った方がいい?」
「結構です。殿下にそのようなことを言われたらみんなびっくりしますよ」
「そっか」
ラインハルトはドミトリーが一番に紹介したのが女の友人で、しかも、あの性格ということに驚いた。彼女はソフィアというらしい。
それから、ソフィアとの交流はそこそこあった。なぜなら、ドミトリーに何か聞きに行くとたいてい一緒にいたからだ。二人はクラスメートらしい。
「ソフィア」
「やぁ、殿下」
ドミトリーに用があり、教室に行くと、ソフィアが日誌をかいていた。一度、ソフィア先輩と呼んでみたら、大爆笑されたため、やめた。半ば意地で敬語を使って話していた。
「ドミトリーは?」
「告られに行ったよ。毎回よくやる」
ソフィアは中庭の方を指差し、苦笑いしながら吐き捨てた。ラインハルトはソフィアとドミトリーの恋の噂がよく話題にのぼっていたことを思い出した。
「あなたもドミトリーのことは好きなんですか?」
「あんまそういうのズケズケ聞くものじゃないよ」
「それはすみません」
ソフィアは当たりはキツいが、言っていることはまともなこともあり、こちらが悪いなと思うこともあった。たいていはテキトーなことを喋っている。
「まあ、直接言ってくるだけマシかー。お互いに恋愛感情は持ってないよ。傍にいるだけで恋愛は確定演出じゃない」
「はぁ」
それもそうだなと納得した。ラインハルトは噂は所詮噂であると改めて学んだ。
「殿下は?告られたりしないの?」
「マリアナがいるので」
「マリアナ?」
「ドミトリーの妹です」
「あー、そういえば今年入ってくるって言ってたなー。え?なに、彼女?」
「婚約者です」
「へぇ、そう」
ラインハルトは自分にまるで興味がない彼女と話すのが新鮮だった。素の自分でいられる気がした。
そして、学校に慣れてきたある日の放課後、ドミトリーに教えてもらいたいことがあり、教室を訪れた。もし、不在であれば、ソフィアに教えてもらおうと思っていた。ラインハルトはソフィアがどれくらい勉強や魔法をできるのか知らなかったため、教えてもらえる確証を持ってはいなかった。
「ソフィア、ドミトリーは?」
「先生のお手伝い」
教室にドミトリーや他の学生はおらず、ソフィアだけがいた。
「何してんですか?」
「黄昏てる」
「あなたは手伝いに行かないんですか?」
「面倒だから」
暇なら行けばいいのにと思ったが、面倒であることには同意だった。ふと目線を下すと、ソフィアは見たことのない装置を両手に持っていた。
「それなんですか?」
「ん、これ?」
ラインハルトは魔法道具であることまでしかわからなかった。すると、ソフィアがずいっと装置をこちらに差し出した。
「このボタン押してみなよ」
「え、何が起きるんですか?」
「押したらわかる」
いいから早くと急かしてくる。ソフィアに時折無茶振りをされるが、心底悪い結果にはあまりならなかった。
「いいですよ、わかりました」
すると、教室にいたはずが、森の中に移動していた。周りには木、木、木。
「え?」
「押すとランダムな場所に転移するボタンだよ」
「……ここどこですか?」
「さぁ?だって、ランダムだよー」
「これ帰れますかね」
「知らない、どこだかわかんないもん」
もんとか言ってるんじゃないよとラインハルトは思った。
「どうしてくれるんですか!明日も授業あるんですよ!あなたもあるでしょう?」
「ドミトリーから聞いていないのかな?私はよくサボる」
「ちゃんと出た方がいいですよ」
「ふふふ」
ソフィアのことはよく掴みきれていなかった。悪い人ではないとは感じていたが、改めた方が良いのかもしれない。
「そんなに遠く離れてませんよね」
ラインハルトは学校の裏の森だろう当たりをつけ、ここから歩いて、ひらけたところに出ようとした。
「危ないからやめな。日暮れるよ」
「……!」
ソフィアに冷静に指摘され、気恥ずかしさが勝った。ラインハルトは間違いを指摘されるのをひどく恐れている節があった。自分の正当性のようなものが崩れる気がしていた。ラインハルトはその八つ当たりもあって、飄々としているソフィアに向かって怒鳴った。
「何でそんな呑気にしているんですか?そもそもあなたのせいなんですよ!!!」
「そうだね、それは悪かった」
さすがに反省するよとソフィアは嘯いた。
「ここは、さっきの教室から半径500mほどのはずだよ」
「あれ押しただけでそんなに移動できるんですか?」
ラインハルトは驚いた。100mを超える長距離の転移魔法は難しいとされている。
「ここから学校までフツーに転移魔法でやればできるよ、私。頑張ればだけれど」
「え?できるんですか?」
「うん、やろうと思えばやれるね」
高度な転移魔法できる人だったのか、早く言ってほしかったとラインハルトはガックリ項垂れた。
「でもさぁ、明日サボりたくない?いい経験になると思うよ」
「ダメですって」
「そう、悪いが、私はサボりたいんだ。今日はここらで野宿~」
「私一人で行きます」
「よくわからない森をうろちょろするのはよした方がいい」
日が暮れて夜になったら危ないよとソフィアは再び諭してきた。
「わかりました。転移魔法の使い方教えてください」
「今から使えるようになるのは無理だよ」
「これからこういうことがあったら一人で帰れるようにしたいんです」
「たくましいことだ。じゃあ、あっちに小屋があるから行こうか」
「……もしかして、ここがどこだかわかってます?」
「わかっていると思うが、校舎裏の森の中。アバウトに言うなら、東の方」
ソフィアはここら辺をよく歩いているからわかるよと笑っている。
「本当に小屋がある」
「本当ってひどいなぁ」
「さっきまで結構嘘ついてましたよね」
「悪かったよ。小屋は本当にあるし、一日泊まるのに十分な食料、寝床もあるから、心配しなくていい。結構快適だよー」
「もしかして、よくそこでサボってますね」
「……君のような勘のいいガキは嫌いだよ」
小屋に到着し、中に入ると、居心地が良さそうな雰囲気を感じた。埃や蜘蛛の巣は無いが、紙が散らばっていて綺麗とは言えなかった。ラインハルトは落ちていた一枚の紙を取った。
「これなんですか?」
「それは……、水を濾過する魔法道具の設計図だね」
私がかいたやつだな、いつかいたっけ?とソフィアはぶつぶつ言っている。
「え!まさか作ったんですか」
「あー、さっきのボタンもね」
「もしかして、あなた魔法すっごくできます?」
「ドミトリーの方ができるよ」
ソフィアは努力している人には勝てないねと笑った。
「何か食べたい物とかある?」
ソフィアは選べるほどは無いかもだけれどとテキパキ準備し始めた。手際が良すぎる様子を見て、ラインハルトはこの人、一応貴族の令嬢だよなと疑い始めた。
「なんでもいいです」
「え?」
「いや、本当に何でもいいんです」
今まで何ががいい?と問われることは無かった。何でもありったけをもらってきたのだ。
「わかった、二択に絞るよ。こっちの干し肉か、アジの干物どっちがいい?」
「どっちも食べたことないんで……」
ラインハルトは選ばなければいけないのかと少し焦った。
「あっそう。じゃあ、半分ずつね」
「はぁ」
ラインハルトはソフィアの前で取り繕うのが馬鹿みたいになってきた。
「え、何?」
「いえ、その、いろいろできるんですね」
「まあ、たしかに料理はできる方かもね」
「それは、先輩だからですか?」
「いいや、違う人間だからだ」
「はい?」
いつも年上ぶっているソフィアのことだから、先輩だからねというようなことを言うと思っていたため、驚いた。
「違う人間だから、できること、知らないこと、やりたいこと、やらなければならないことに違いがでるのは当たり前だよ」
「まぁ、そうですね」
ソフィアは時々真っ当なことを言う。本人はテキトーに言っているだけだとは思うが、だからこそ、ラインハルトは知らないことがあって当然という言葉を受け入れることができた。
「そういえばドミトリーに何の用があったの?」
「本読んでわからないことがあったから聞きに来たんです」
その本は教室に置きっぱなしであるため、ソフィアにも聞けない。
「先生には聞かないの?」
「すっごい気を遣われるんですよね。じゃあ、あれも授業で取り入れるようにしますみたいな感じで……」
「へぇ、大変だ」
ラインハルトはその親切や善意が重荷に感じていた。そのことを誰かに話したのは初めてだった。
「大変だと思いますか?」
「面倒事が増えるって話だよね。そりゃあ大変でしょ」
「親切にされているのにですか?」
「ありがた迷惑ってことばがあるんですよー、殿下」
親切からくる行動を無下に感じるのは悪いことだと思っていたが、ソフィアにとっては普通のことのようだった。ダメだと思っていたことがそうでもないと知り、気が楽になった。
「あなたに殿下って呼ばれるのは好きじゃないですね」
「私はラクだよ」
「何でですか?」
「長い」
「はあ?」
「名前長いじゃん」
「フッ……、フフフ、アハ……、アハハハハ」
ラインハルトはソフィアが自分のことを皇太子と思っているから殿下と呼ばれているわけではなく、単に面倒だからだとわかった。皇太子として扱われていないのはわかっていたが、名前長いみたいな理由だったとは思わなかった。それが、面白くてしょうがなかった。
「フフッ、とにかく殿下は嫌なんで、何か考えてください」
「あ、うん」
突然笑われてソフィアは驚いているように見えた。
「ラインハルトか……、三文字以下がいいな。そういえば、ドミトリーにネーミングセンスが壊滅的とよく言われるんだが、それでもいい?」
「ダメです。自分で考えます」
ラインハルトは食い気味で答えた。
「じゃあ、そうですね……、ん~、ハル、ハルでお願いします」
「わかった。よろしく、ハル」
「はい」
ソフィアはラインハルトに握手を求めてきた。ラインハルトは受け入れた。
「そういえば、何でこんなことしたんですか?」
「ん?」
ラインハルトはソフィアが自分を変な小屋に引き込んだ理由が知りたかった。多分、ただの気まぐれではないのだろう。何かしたいことがあるのではないかと考えた。
「あなた、身勝手な人ですけど、さすがにここまで無茶苦茶なマネはしないでしょう」
「ああ、まぁね」
ソフィアは何て言おうか言い淀んだ。
「……ドミトリーが気張りすぎじゃないかって心配していたよ」
「たしかに新しい環境なので、多少は張り切りました」
「六年も通うんだよ。ドミトリーがいる間はちょっと気を抜いてもいいんじゃないかな」
「……それもそうですね」
ラインハルトは自身が気張りすぎていたような気がしてきた。折角の学校で、頼れる人がいる。もう少し気を楽にして、楽しんでも良いような気がしてきた。
「待ってください。私、あなたに気を遣われてるんですか?」
「私は気を遣えるよ」
第一印象から今まで身勝手な人がそんなことを言うなんて、嘘だろうと思った。
「あと、あの装置の効果試したかった」
「はあ?あれ使ったことないんですか?」
「一人でならあるけれど複数人は無かったんだよな」
「そうですか」
試したかったなんて、ちょっとした言い訳だろう。ドミトリーにもソフィアにも心配されていたと知って、胸が熱くなった。
「もう寝る?チェスやる?」
ドミトリーから好きって聞いたよとソフィアは言った。この小屋にあるらしい。用意したのだろうか。
「チェス強いんですか?」
「残念だけれど、ドミトリーよりは弱い」
とりあえず勝負をしてみたが、ラインハルトはソフィアに歯が立たなかった。完敗した。
「……弱いって言いましたよね」
「ドミトリーよりはね。六割くらいあっちが勝ってる」
「四割はあなたが勝ってるじゃないですか……」
ラインハルトはドミトリーにチェスで一度も勝ったことがなかった。
「もう一回お願いします」
ラインハルトは勝つまでやろうとムキになった。二人は次の日の昼に探しに来たドミトリーによって中断されるまで、チェスをやり続けた。その後、ソフィアはドミトリーに大変怒られ、ついでに、サボりスポットも失っていた。
ソフィアが装置の効果を試したかったというのも嘘ではないのだろう。でも、ラインハルトのことを心配して、気遣ってくれたのも本当であると思った。あんな身勝手な人にそのようなことをされ、今までにない優越感を感じた。初めて、話せば話すほど興味が尽きない人に出会った。
もっとソフィアのことが知りたくなった。
「皇太子殿下、ねぇ、ふーん」
へえ、これがと物珍しそうに見られたような気がした。見定める視線だった。
「皇太子のラインハルトだ」
ドミトリーにお願いして紹介してもらったこともあって、無礼な態度は流そうと考えた。これからよろしくと握手を求めた。
「ここは学校だよ、新入生。誰に対してもそんか皇太子ぶるのはよくないと思うよ」
皇太子の手は払いのけられた。
「では、どうしろと?」
「とりあえず、先輩呼びして、敬語を使ったらどうかな?」
にっこりと笑顔でそう言って、立ち去った。第一印象は身勝手、傲慢だ。
「殿下、申し訳ありません。別の友人を後日紹介します」
「うん。……もしかして、ドミトリー先輩って言った方がいい?」
「結構です。殿下にそのようなことを言われたらみんなびっくりしますよ」
「そっか」
ラインハルトはドミトリーが一番に紹介したのが女の友人で、しかも、あの性格ということに驚いた。彼女はソフィアというらしい。
それから、ソフィアとの交流はそこそこあった。なぜなら、ドミトリーに何か聞きに行くとたいてい一緒にいたからだ。二人はクラスメートらしい。
「ソフィア」
「やぁ、殿下」
ドミトリーに用があり、教室に行くと、ソフィアが日誌をかいていた。一度、ソフィア先輩と呼んでみたら、大爆笑されたため、やめた。半ば意地で敬語を使って話していた。
「ドミトリーは?」
「告られに行ったよ。毎回よくやる」
ソフィアは中庭の方を指差し、苦笑いしながら吐き捨てた。ラインハルトはソフィアとドミトリーの恋の噂がよく話題にのぼっていたことを思い出した。
「あなたもドミトリーのことは好きなんですか?」
「あんまそういうのズケズケ聞くものじゃないよ」
「それはすみません」
ソフィアは当たりはキツいが、言っていることはまともなこともあり、こちらが悪いなと思うこともあった。たいていはテキトーなことを喋っている。
「まあ、直接言ってくるだけマシかー。お互いに恋愛感情は持ってないよ。傍にいるだけで恋愛は確定演出じゃない」
「はぁ」
それもそうだなと納得した。ラインハルトは噂は所詮噂であると改めて学んだ。
「殿下は?告られたりしないの?」
「マリアナがいるので」
「マリアナ?」
「ドミトリーの妹です」
「あー、そういえば今年入ってくるって言ってたなー。え?なに、彼女?」
「婚約者です」
「へぇ、そう」
ラインハルトは自分にまるで興味がない彼女と話すのが新鮮だった。素の自分でいられる気がした。
そして、学校に慣れてきたある日の放課後、ドミトリーに教えてもらいたいことがあり、教室を訪れた。もし、不在であれば、ソフィアに教えてもらおうと思っていた。ラインハルトはソフィアがどれくらい勉強や魔法をできるのか知らなかったため、教えてもらえる確証を持ってはいなかった。
「ソフィア、ドミトリーは?」
「先生のお手伝い」
教室にドミトリーや他の学生はおらず、ソフィアだけがいた。
「何してんですか?」
「黄昏てる」
「あなたは手伝いに行かないんですか?」
「面倒だから」
暇なら行けばいいのにと思ったが、面倒であることには同意だった。ふと目線を下すと、ソフィアは見たことのない装置を両手に持っていた。
「それなんですか?」
「ん、これ?」
ラインハルトは魔法道具であることまでしかわからなかった。すると、ソフィアがずいっと装置をこちらに差し出した。
「このボタン押してみなよ」
「え、何が起きるんですか?」
「押したらわかる」
いいから早くと急かしてくる。ソフィアに時折無茶振りをされるが、心底悪い結果にはあまりならなかった。
「いいですよ、わかりました」
すると、教室にいたはずが、森の中に移動していた。周りには木、木、木。
「え?」
「押すとランダムな場所に転移するボタンだよ」
「……ここどこですか?」
「さぁ?だって、ランダムだよー」
「これ帰れますかね」
「知らない、どこだかわかんないもん」
もんとか言ってるんじゃないよとラインハルトは思った。
「どうしてくれるんですか!明日も授業あるんですよ!あなたもあるでしょう?」
「ドミトリーから聞いていないのかな?私はよくサボる」
「ちゃんと出た方がいいですよ」
「ふふふ」
ソフィアのことはよく掴みきれていなかった。悪い人ではないとは感じていたが、改めた方が良いのかもしれない。
「そんなに遠く離れてませんよね」
ラインハルトは学校の裏の森だろう当たりをつけ、ここから歩いて、ひらけたところに出ようとした。
「危ないからやめな。日暮れるよ」
「……!」
ソフィアに冷静に指摘され、気恥ずかしさが勝った。ラインハルトは間違いを指摘されるのをひどく恐れている節があった。自分の正当性のようなものが崩れる気がしていた。ラインハルトはその八つ当たりもあって、飄々としているソフィアに向かって怒鳴った。
「何でそんな呑気にしているんですか?そもそもあなたのせいなんですよ!!!」
「そうだね、それは悪かった」
さすがに反省するよとソフィアは嘯いた。
「ここは、さっきの教室から半径500mほどのはずだよ」
「あれ押しただけでそんなに移動できるんですか?」
ラインハルトは驚いた。100mを超える長距離の転移魔法は難しいとされている。
「ここから学校までフツーに転移魔法でやればできるよ、私。頑張ればだけれど」
「え?できるんですか?」
「うん、やろうと思えばやれるね」
高度な転移魔法できる人だったのか、早く言ってほしかったとラインハルトはガックリ項垂れた。
「でもさぁ、明日サボりたくない?いい経験になると思うよ」
「ダメですって」
「そう、悪いが、私はサボりたいんだ。今日はここらで野宿~」
「私一人で行きます」
「よくわからない森をうろちょろするのはよした方がいい」
日が暮れて夜になったら危ないよとソフィアは再び諭してきた。
「わかりました。転移魔法の使い方教えてください」
「今から使えるようになるのは無理だよ」
「これからこういうことがあったら一人で帰れるようにしたいんです」
「たくましいことだ。じゃあ、あっちに小屋があるから行こうか」
「……もしかして、ここがどこだかわかってます?」
「わかっていると思うが、校舎裏の森の中。アバウトに言うなら、東の方」
ソフィアはここら辺をよく歩いているからわかるよと笑っている。
「本当に小屋がある」
「本当ってひどいなぁ」
「さっきまで結構嘘ついてましたよね」
「悪かったよ。小屋は本当にあるし、一日泊まるのに十分な食料、寝床もあるから、心配しなくていい。結構快適だよー」
「もしかして、よくそこでサボってますね」
「……君のような勘のいいガキは嫌いだよ」
小屋に到着し、中に入ると、居心地が良さそうな雰囲気を感じた。埃や蜘蛛の巣は無いが、紙が散らばっていて綺麗とは言えなかった。ラインハルトは落ちていた一枚の紙を取った。
「これなんですか?」
「それは……、水を濾過する魔法道具の設計図だね」
私がかいたやつだな、いつかいたっけ?とソフィアはぶつぶつ言っている。
「え!まさか作ったんですか」
「あー、さっきのボタンもね」
「もしかして、あなた魔法すっごくできます?」
「ドミトリーの方ができるよ」
ソフィアは努力している人には勝てないねと笑った。
「何か食べたい物とかある?」
ソフィアは選べるほどは無いかもだけれどとテキパキ準備し始めた。手際が良すぎる様子を見て、ラインハルトはこの人、一応貴族の令嬢だよなと疑い始めた。
「なんでもいいです」
「え?」
「いや、本当に何でもいいんです」
今まで何ががいい?と問われることは無かった。何でもありったけをもらってきたのだ。
「わかった、二択に絞るよ。こっちの干し肉か、アジの干物どっちがいい?」
「どっちも食べたことないんで……」
ラインハルトは選ばなければいけないのかと少し焦った。
「あっそう。じゃあ、半分ずつね」
「はぁ」
ラインハルトはソフィアの前で取り繕うのが馬鹿みたいになってきた。
「え、何?」
「いえ、その、いろいろできるんですね」
「まあ、たしかに料理はできる方かもね」
「それは、先輩だからですか?」
「いいや、違う人間だからだ」
「はい?」
いつも年上ぶっているソフィアのことだから、先輩だからねというようなことを言うと思っていたため、驚いた。
「違う人間だから、できること、知らないこと、やりたいこと、やらなければならないことに違いがでるのは当たり前だよ」
「まぁ、そうですね」
ソフィアは時々真っ当なことを言う。本人はテキトーに言っているだけだとは思うが、だからこそ、ラインハルトは知らないことがあって当然という言葉を受け入れることができた。
「そういえばドミトリーに何の用があったの?」
「本読んでわからないことがあったから聞きに来たんです」
その本は教室に置きっぱなしであるため、ソフィアにも聞けない。
「先生には聞かないの?」
「すっごい気を遣われるんですよね。じゃあ、あれも授業で取り入れるようにしますみたいな感じで……」
「へぇ、大変だ」
ラインハルトはその親切や善意が重荷に感じていた。そのことを誰かに話したのは初めてだった。
「大変だと思いますか?」
「面倒事が増えるって話だよね。そりゃあ大変でしょ」
「親切にされているのにですか?」
「ありがた迷惑ってことばがあるんですよー、殿下」
親切からくる行動を無下に感じるのは悪いことだと思っていたが、ソフィアにとっては普通のことのようだった。ダメだと思っていたことがそうでもないと知り、気が楽になった。
「あなたに殿下って呼ばれるのは好きじゃないですね」
「私はラクだよ」
「何でですか?」
「長い」
「はあ?」
「名前長いじゃん」
「フッ……、フフフ、アハ……、アハハハハ」
ラインハルトはソフィアが自分のことを皇太子と思っているから殿下と呼ばれているわけではなく、単に面倒だからだとわかった。皇太子として扱われていないのはわかっていたが、名前長いみたいな理由だったとは思わなかった。それが、面白くてしょうがなかった。
「フフッ、とにかく殿下は嫌なんで、何か考えてください」
「あ、うん」
突然笑われてソフィアは驚いているように見えた。
「ラインハルトか……、三文字以下がいいな。そういえば、ドミトリーにネーミングセンスが壊滅的とよく言われるんだが、それでもいい?」
「ダメです。自分で考えます」
ラインハルトは食い気味で答えた。
「じゃあ、そうですね……、ん~、ハル、ハルでお願いします」
「わかった。よろしく、ハル」
「はい」
ソフィアはラインハルトに握手を求めてきた。ラインハルトは受け入れた。
「そういえば、何でこんなことしたんですか?」
「ん?」
ラインハルトはソフィアが自分を変な小屋に引き込んだ理由が知りたかった。多分、ただの気まぐれではないのだろう。何かしたいことがあるのではないかと考えた。
「あなた、身勝手な人ですけど、さすがにここまで無茶苦茶なマネはしないでしょう」
「ああ、まぁね」
ソフィアは何て言おうか言い淀んだ。
「……ドミトリーが気張りすぎじゃないかって心配していたよ」
「たしかに新しい環境なので、多少は張り切りました」
「六年も通うんだよ。ドミトリーがいる間はちょっと気を抜いてもいいんじゃないかな」
「……それもそうですね」
ラインハルトは自身が気張りすぎていたような気がしてきた。折角の学校で、頼れる人がいる。もう少し気を楽にして、楽しんでも良いような気がしてきた。
「待ってください。私、あなたに気を遣われてるんですか?」
「私は気を遣えるよ」
第一印象から今まで身勝手な人がそんなことを言うなんて、嘘だろうと思った。
「あと、あの装置の効果試したかった」
「はあ?あれ使ったことないんですか?」
「一人でならあるけれど複数人は無かったんだよな」
「そうですか」
試したかったなんて、ちょっとした言い訳だろう。ドミトリーにもソフィアにも心配されていたと知って、胸が熱くなった。
「もう寝る?チェスやる?」
ドミトリーから好きって聞いたよとソフィアは言った。この小屋にあるらしい。用意したのだろうか。
「チェス強いんですか?」
「残念だけれど、ドミトリーよりは弱い」
とりあえず勝負をしてみたが、ラインハルトはソフィアに歯が立たなかった。完敗した。
「……弱いって言いましたよね」
「ドミトリーよりはね。六割くらいあっちが勝ってる」
「四割はあなたが勝ってるじゃないですか……」
ラインハルトはドミトリーにチェスで一度も勝ったことがなかった。
「もう一回お願いします」
ラインハルトは勝つまでやろうとムキになった。二人は次の日の昼に探しに来たドミトリーによって中断されるまで、チェスをやり続けた。その後、ソフィアはドミトリーに大変怒られ、ついでに、サボりスポットも失っていた。
ソフィアが装置の効果を試したかったというのも嘘ではないのだろう。でも、ラインハルトのことを心配して、気遣ってくれたのも本当であると思った。あんな身勝手な人にそのようなことをされ、今までにない優越感を感じた。初めて、話せば話すほど興味が尽きない人に出会った。
もっとソフィアのことが知りたくなった。
2
あなたにおすすめの小説
メイド令嬢は毎日磨いていた石像(救国の英雄)に求婚されていますが、粗大ゴミの回収は明日です
有沢楓花
恋愛
エセル・エヴァット男爵令嬢は、二つの意味で名が知られている。
ひとつめは、金遣いの荒い実家から追い出された可哀想な令嬢として。ふたつめは、何でも綺麗にしてしまう凄腕メイドとして。
高給を求めるエセルの次の職場は、郊外にある老伯爵の汚屋敷。
モノに溢れる家の終活を手伝って欲しいとの依頼だが――彼の偉大な魔法使いのご先祖様が残した、屋敷のガラクタは一筋縄ではいかないものばかり。
高価な絵画は勝手に話し出し、鎧はくすぐったがって身よじるし……ご先祖様の石像は、エセルに求婚までしてくるのだ。
「毎日磨いてくれてありがとう。結婚してほしい」
「石像と結婚できません。それに伯爵は、あなたを魔法資源局の粗大ゴミに申し込み済みです」
そんな時、エセルを後妻に貰いにきた、という男たちが現れて連れ去ろうとし……。
――かつての救国の英雄は、埃まみれでひとりぼっちなのでした。
この作品は他サイトにも掲載しています。
ある日、私は聖女召喚で呼び出され悪魔と間違われた。〜引き取ってくれた冷血無慈悲公爵にペットとして可愛がられる〜
楠ノ木雫
恋愛
気が付いた時には見知らぬ場所にいた。周りには複数の女性達。そう、私達は《聖女》としてここに呼び出されたのだ。だけど、そこでいきなり私を悪魔だと剣を向ける者達がいて。殺されはしなかったけれど、聖女ではないと認識され、冷血公爵に押し付けられることになった。
私は断じて悪魔じゃありません! 見た目は真っ黒で丸い角もあるけれど、悪魔ではなく……
※他の投稿サイトにも掲載しています。
【完結】義弟に逆襲されています!
白雨 音
恋愛
伯爵令嬢ヴァイオレットには、『背が高い』というコンプレックスがある。
その為、パーティではいつも壁の花、二十一歳になるというのに、縁談も来ない。
更には、気になっていた相手を、友人に攫われてしまう…。
そんな時、義弟のミゲルが貴族学院を卒業し、四年ぶりに伯爵家に帰って来た。
四年前と同様に接するヴァイオレットだが、ミゲルは不満な様で…??
異世界恋愛:長めの短編☆ 本編:ヴァイオレット視点 前日譚:ミゲルの話 ※魔法要素無。
《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆
【完結】元強面騎士団長様は可愛いものがお好き〜虐げられた元聖女は、お腹と心が満たされて幸せになる〜
水都 ミナト
恋愛
女神の祝福を受けた聖女が尊ばれるサミュリア王国で、癒しの力を失った『元』聖女のミラベル。
『現』聖女である実妹のトロメアをはじめとして、家族から冷遇されて生きてきた。
すっかり痩せ細り、空腹が常となったミラベルは、ある日とうとう国外追放されてしまう。
隣国で力尽き果て倒れた時、助けてくれたのは――フリルとハートがたくさんついたラブリーピンクなエプロンをつけた筋骨隆々の男性!?
そんな元強面騎士団長のアインスロッドは、魔物の呪い蝕まれ余命一年だという。残りの人生を大好きな可愛いものと甘いものに捧げるのだと言うアインスロッドに救われたミラベルは、彼の夢の手伝いをすることとなる。
認めとくれる人、温かい居場所を見つけたミラベルは、お腹も心も幸せに満ちていく。
そんなミラベルが飾り付けをしたお菓子を食べた常連客たちが、こぞってとあることを口にするようになる。
「『アインスロッド洋菓子店』のお菓子を食べるようになってから、すこぶる体調がいい」と。
一方その頃、ミラベルを追いやった実妹のトロメアからは、女神の力が失われつつあった。
◇全15話、5万字弱のお話です
◇他サイトにも掲載予定です
イベント無視して勉強ばかりしていたのに、恋愛のフラグが立っていた件について
くじら
恋愛
研究に力を入れるあまり、男性とのお付き合いを放置してきたアロセール。
ドレスもアクセサリーも、学園祭もコンサートも全部スルーしてきたが…。
『義妹に婚約者を譲ったら、貧乏鉄面皮伯爵に溺愛されました』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「お姉さまの婚約者が、欲しくなっちゃって」
そう言って、義妹は私から婚約者を奪っていった。
代わりに与えられたのは、“貧乏で無口な鉄面皮伯爵”。
世間は笑った。けれど、私は知っている。
――この人こそが、誰よりも強く、優しく、私を守る人、
ざまぁ逆転から始まる、最強の令嬢ごはん婚!
鉄面皮伯爵様の溺愛は、もう止まらない……!
私が、良いと言ってくれるので結婚します
あべ鈴峰
恋愛
幼馴染のクリスと比較されて悲しい思いをしていたロアンヌだったが、突然現れたレグール様のプロポーズに 初対面なのに結婚を決意する。
しかし、その事を良く思わないクリスが・・。
“妖精なんていない”と笑った王子を捨てた令嬢、幼馴染と婚約する件
大井町 鶴
恋愛
伯爵令嬢アデリナを誕生日嫌いにしたのは、当時恋していたレアンドロ王子。
彼がくれた“妖精のプレゼント”は、少女の心に深い傷を残した。
(ひどいわ……!)
それ以来、誕生日は、苦い記憶がよみがえる日となった。
幼馴染のマテオは、そんな彼女を放っておけず、毎年ささやかな贈り物を届け続けている。
心の中ではずっと、アデリナが誕生日を笑って迎えられる日を願って。
そして今、アデリナが見つけたのは──幼い頃に書いた日記。
そこには、祖母から聞いた“妖精の森”の話と、秘密の地図が残されていた。
かつての記憶と、埋もれていた小さな願い。
2人は、妖精の秘密を確かめるため、もう一度“あの場所”へ向かう。
切なさと幸せ、そして、王子へのささやかな反撃も絡めた、癒しのハッピーエンド・ストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる