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序
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「よし、これで準備完了だ。ずらかるぞ」
ロックの声が聞こえる。あたしたちは起爆装置の起動を確認すると、一目散に夜闇の中に消える。このあたりの地理は把握済みだ。後は村外れの小屋まで、小道を通りながら逃げるだけである。小一時間も走ると、廃屋に近い崩れかけの小屋が見えてきたので、あたしは息をきらしながら小屋の扉を開けて飛び込む。
さて、なぜ、あたしたちが爆弾を起爆させようとしているのか、あなたたちは疑問に思うだろう。話は半年前にさかのぼる。
あたしの名前は、ソフィー・フィグネラ。ポーレ村に住む農民の娘だ。自分で言うのも何だが、容姿は悪くない。チビなのが唯一の欠点だが。
ある暑い夏の日、いつものようにライ麦畑で雑草を抜いたりして、家族と一緒に農作業にはげんでいると、ふいにポーレ村に旅人が来たと近所の人たちがうわさしているのを耳にした。
「身なりは良いから、どこかの貴族様のボンボンらしいよ」
「うちの村なんて、古い教会ぐらいしか、名所らしいものもないのに、何しに来たのかしらねぇ。街道からもはずれてるし」
貴族様と聞いて、あたしは驚いた。あたしたち貧しい農民にとって、領主である貴族様なんてのは、顔を見たことさえない、雲の上の存在だ。貴族様は大きな町にある城館にお住まいだそうだが、町から来る人といえば、教会の聖職者か、行商人か、徴税吏ぐらいのものである。貴族様のボンボンとは、どんな身なりの方なのか? 好奇心も手伝って、畑仕事が終わると、ボンボンがお泊まりになっているという村長さんの家に行ってみた。
村長さんの家は、あたしたちの住むような、寒さをしのげる程度の家ではなく、少しは立派な造りだった。家族の寝室やキッチンまであるのだ。ボンボンの宿泊されている部屋は、客室用の離れである。村長さんは、急に泊まりに来た貴族様のボンボンのお世話に慣れていないらしく、「布団は新品を用意しろ」だの「食材と食器は最高級のものを使え」だのと家族に指示を出している。家族はてんてこまいだ。
そのうち、離れの扉が開き、中から青年が顔を出したが、お世辞にも良い顔立ちとは言えない。髪の毛は美しいとされている金髪ではなく茶褐色だし、背も低いし、筋肉質というわけでもない。身なりだけはタキシードだから、身分の高い方だとわかるぐらいだ。そんな方が、あたしのほうを見ると、手を振り、駆け寄ってきた。いきなりのことで、あたしは驚いた。
「君はポーレ村の娘さんかい?」
「はい。生まれも育ちも、この山奥のポーレ村です。村から出たことは、一度だってありません」
あたしは緊張のあまり、声がうわずっていた。
「そうなんだ。なら、結婚相手は、村の男かな?」
「そうなると思います。ポーレ村か、隣村の男ですね」
「なるほど。でも、こんな田舎で結婚して家事や育児に追われ、ただ年老いていくだけの人生なんて、つまらないよ。これから時間はあるかい?僕は君に本を読ませたいんだ」
一瞬、あたしはポカンとした。生まれてこのかた、本はもちろん、文字なんて習ったこともないのだ。本といえば、徴税吏が集めた租税の額を記載する帳面か、聖職者の読み上げる聖典しか見たことがない。
「ハハハ。驚くのも無理はない。今までの貴族は、農民に文字なんか教えたら、反乱が起きると言って、農民は文盲のままにしておいたからな。実際、過去に二度も、皇帝陛下の支配を揺るがしかねない農民反乱が起きている。でも、これからの時代は、そうもいかない。農民に教育をほどこし、我が国は専制君主制から立憲制に変わらねば、我が国と覇権を争う列強には勝てないんだ。もちろん、君にも文字を習う権利はある。君、名前は?」
「あ、ソフィー・フィグネラです」
「ソフィーか。ソフィーは、このように書くんだ」
ボンボンは土の上に、アルファベットでソフィーと書いた。徴税吏の帳面以外に書かれた自分の名前に、あたしは感動さえした。
「僕はドミートリー・イワノフ。ポーレ村には、シンビルスク大学の文芸サークルの仕事でやってきた。農民の生活を小説に書きたくてね。でも、大学の連中は、『農民の中に分け入るなら、文字を読めないふりをしたほうが、反感を買わずに済む』と言ってたが、読み書きできるほうが農民に尊敬されるとわかって、ホッとしたよ」
ドミートリーは嬉しそうに笑う。
「じゃあ、僕はもう村長さんの家に戻らなきゃならない。村長さんにあいさつもしなきゃならないしな。でないと、僕が城館に戻った際に、父上にしかられる」
その日はそれで別れた。あたしは、夕闇の迫る中、ドミートリーのことが気になって、胸がときめくのを感じた。その夜は夕食の黒パンとスープも手につかず、翌日にドミートリーと会えば、どんな話を聞けるか考えただけで、興奮して眠れなかった。
翌日、夕方に村長さんの家に行くと、ドミートリーは本を持って出てきていた。
「ソフィーか。待ってたよ。これから、我が国の歴史について、一緒に読んでみよう」
ドミートリーは、文字を一つ一つ教えながら、まず建国の神話から読ませ始めた。
「我が国がまだ未開の時代にあった頃、はるか西方から、ワリャーグ人と呼ばれる海賊たちが、進んだ武器や航海術をたずさえて侵攻してきた。未開の我が国は、たちまちワリャーグ人に征服され、ワリャーグ人の王が即位した。これが歴史の始まりだ」
「そのあたりは両親から聞かされて存じております。我が国最初の王国ができたんですよね」
「そうだ。だが、当時はまだまだ、未開の田舎の王国に過ぎなかった。本格的に近代化するのは、後にコンスタンチン帝国から正教と文字がもたらされてからだ」
ロックの声が聞こえる。あたしたちは起爆装置の起動を確認すると、一目散に夜闇の中に消える。このあたりの地理は把握済みだ。後は村外れの小屋まで、小道を通りながら逃げるだけである。小一時間も走ると、廃屋に近い崩れかけの小屋が見えてきたので、あたしは息をきらしながら小屋の扉を開けて飛び込む。
さて、なぜ、あたしたちが爆弾を起爆させようとしているのか、あなたたちは疑問に思うだろう。話は半年前にさかのぼる。
あたしの名前は、ソフィー・フィグネラ。ポーレ村に住む農民の娘だ。自分で言うのも何だが、容姿は悪くない。チビなのが唯一の欠点だが。
ある暑い夏の日、いつものようにライ麦畑で雑草を抜いたりして、家族と一緒に農作業にはげんでいると、ふいにポーレ村に旅人が来たと近所の人たちがうわさしているのを耳にした。
「身なりは良いから、どこかの貴族様のボンボンらしいよ」
「うちの村なんて、古い教会ぐらいしか、名所らしいものもないのに、何しに来たのかしらねぇ。街道からもはずれてるし」
貴族様と聞いて、あたしは驚いた。あたしたち貧しい農民にとって、領主である貴族様なんてのは、顔を見たことさえない、雲の上の存在だ。貴族様は大きな町にある城館にお住まいだそうだが、町から来る人といえば、教会の聖職者か、行商人か、徴税吏ぐらいのものである。貴族様のボンボンとは、どんな身なりの方なのか? 好奇心も手伝って、畑仕事が終わると、ボンボンがお泊まりになっているという村長さんの家に行ってみた。
村長さんの家は、あたしたちの住むような、寒さをしのげる程度の家ではなく、少しは立派な造りだった。家族の寝室やキッチンまであるのだ。ボンボンの宿泊されている部屋は、客室用の離れである。村長さんは、急に泊まりに来た貴族様のボンボンのお世話に慣れていないらしく、「布団は新品を用意しろ」だの「食材と食器は最高級のものを使え」だのと家族に指示を出している。家族はてんてこまいだ。
そのうち、離れの扉が開き、中から青年が顔を出したが、お世辞にも良い顔立ちとは言えない。髪の毛は美しいとされている金髪ではなく茶褐色だし、背も低いし、筋肉質というわけでもない。身なりだけはタキシードだから、身分の高い方だとわかるぐらいだ。そんな方が、あたしのほうを見ると、手を振り、駆け寄ってきた。いきなりのことで、あたしは驚いた。
「君はポーレ村の娘さんかい?」
「はい。生まれも育ちも、この山奥のポーレ村です。村から出たことは、一度だってありません」
あたしは緊張のあまり、声がうわずっていた。
「そうなんだ。なら、結婚相手は、村の男かな?」
「そうなると思います。ポーレ村か、隣村の男ですね」
「なるほど。でも、こんな田舎で結婚して家事や育児に追われ、ただ年老いていくだけの人生なんて、つまらないよ。これから時間はあるかい?僕は君に本を読ませたいんだ」
一瞬、あたしはポカンとした。生まれてこのかた、本はもちろん、文字なんて習ったこともないのだ。本といえば、徴税吏が集めた租税の額を記載する帳面か、聖職者の読み上げる聖典しか見たことがない。
「ハハハ。驚くのも無理はない。今までの貴族は、農民に文字なんか教えたら、反乱が起きると言って、農民は文盲のままにしておいたからな。実際、過去に二度も、皇帝陛下の支配を揺るがしかねない農民反乱が起きている。でも、これからの時代は、そうもいかない。農民に教育をほどこし、我が国は専制君主制から立憲制に変わらねば、我が国と覇権を争う列強には勝てないんだ。もちろん、君にも文字を習う権利はある。君、名前は?」
「あ、ソフィー・フィグネラです」
「ソフィーか。ソフィーは、このように書くんだ」
ボンボンは土の上に、アルファベットでソフィーと書いた。徴税吏の帳面以外に書かれた自分の名前に、あたしは感動さえした。
「僕はドミートリー・イワノフ。ポーレ村には、シンビルスク大学の文芸サークルの仕事でやってきた。農民の生活を小説に書きたくてね。でも、大学の連中は、『農民の中に分け入るなら、文字を読めないふりをしたほうが、反感を買わずに済む』と言ってたが、読み書きできるほうが農民に尊敬されるとわかって、ホッとしたよ」
ドミートリーは嬉しそうに笑う。
「じゃあ、僕はもう村長さんの家に戻らなきゃならない。村長さんにあいさつもしなきゃならないしな。でないと、僕が城館に戻った際に、父上にしかられる」
その日はそれで別れた。あたしは、夕闇の迫る中、ドミートリーのことが気になって、胸がときめくのを感じた。その夜は夕食の黒パンとスープも手につかず、翌日にドミートリーと会えば、どんな話を聞けるか考えただけで、興奮して眠れなかった。
翌日、夕方に村長さんの家に行くと、ドミートリーは本を持って出てきていた。
「ソフィーか。待ってたよ。これから、我が国の歴史について、一緒に読んでみよう」
ドミートリーは、文字を一つ一つ教えながら、まず建国の神話から読ませ始めた。
「我が国がまだ未開の時代にあった頃、はるか西方から、ワリャーグ人と呼ばれる海賊たちが、進んだ武器や航海術をたずさえて侵攻してきた。未開の我が国は、たちまちワリャーグ人に征服され、ワリャーグ人の王が即位した。これが歴史の始まりだ」
「そのあたりは両親から聞かされて存じております。我が国最初の王国ができたんですよね」
「そうだ。だが、当時はまだまだ、未開の田舎の王国に過ぎなかった。本格的に近代化するのは、後にコンスタンチン帝国から正教と文字がもたらされてからだ」
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