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第一章 幼少期編

第25話 『大人へ至る為の試練』

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リクとシルヴィアが成人を迎える15歳までの残り二年。ラルフとエリスはそれぞれが一人ずつ、交代で最後の仕上げを行うと宣言した。

交代ではあるが、主にラルフがリクを。エリスがシルヴィアに訓練を行う事は既定路線だ。

師匠二人からすれば二年は決して長い時間とは言えないらしく、苦手分野の強化まではとても手が回らない。無理をさせてどっちつかず、という事にでもなれば目も当てられないのだから。


「ううぅ・・・・おおおおおおお!!」

「・・・うーん。リク、怒りだけで闘気オーラを扱おうってんなら、それは間違いだからな?」

「えっ!?・・・そうなの?・・・これで上手く行ったのに?」

「ああ。・・・そもそも、お前。今、怒れてるか?何も無いってのに」

「それは・・・うん・・・正直、無理だと思ってる。あの時みたいに怒れない・・・」


慣れ親しんだ訓練着に身を包んだリクは発現したばかりの闘気オーラをより高度に、そして効率よく扱う為の訓練を受けていた。

ラルフは近接戦闘のエキスパートであり、闘気オーラの扱いにも長けている。

そのラルフは、リクが必死に闘気オーラを高めようと怒りの感情を呼び起こそうとしているのを見て、やんわりと止めた。

感情の爆発を持って発現に至った【スキル】だけに、リクの行動自体は間違っていない。ただ、考え方を変えない限り、闘気オーラは発現止まりで成長が見込めない特殊な物だ。

それこそが、数多の名だたる戦士達が闘気オーラを扱いこなせない最大の要因になっていた。

最初に上手く行った方法にどうしても固執してしまうのだ。成功体験という物は、毒にも薬にもなる良い例と言えるだろう。

師のアドバイスに驚きながら、リクは『怒り』の感情をそもそも呼び起こせない事を見抜かれた事もあり、しょんぼりと項垂れる。


「まあ、そうしょげるな。大抵の戦士はそこ止まりなんだ。・・・ただ、お前はそうはいかん。・・・良いか?闘気オーラってのはな、絶対に譲れない『想い』そのものが具現化した力だ」

「想いそのもの・・・?・・・誰かを守りたい、とかそういう気持ちって事で良いのかな・・・?」

「それも一つだな。・・・今回お前は、シルヴィアが傷つけられた事で、敵と自分とが許せなくなって怒った。・・・何が言いたいか解るか?」

「・・・・!そっか、怒った事自体が重要じゃなくて・・・負けられないっていう気持ちそのものが、想いっていう事なのかな?」

「大体そんな感じだ。いいか、怒りってのは力を高めたりもする・・・だが、怒りに我を忘れる様な戦いをすれば・・・どうなると思う?」

「・・・動きが単純になるし、攻撃も大振りになったりで・・・隙が多くなる」


先の戦い。怒りに燃えるリクは、闘気オーラの力でギド・スパイダーを完全に圧倒し、蹂躙した。

それが『怒りの感情』ではなく『譲れない想い』の産物だという事を諭され、リクは朧気ながら理解する。

確かに、怒りに任せた攻撃は威力を大幅に上げる事になりがちだ。

それは必要以上の力を込め、なりふり構わない強振フルスイング等で生み出される訳だが・・・その分、周囲を見る余裕さえ無くなり、隙だらけの状態にもなる。

故にラルフは、息子が力を引き出す為に、何を知るべきかを最初に説いた。


「怒りを鎮めろって言うんじゃない。ただ、呑まれるな。その感情は自分を奮い立たせる物に変えてしまえ。・・・どんな窮地でも絶対に諦めない為のな」

「解ったよ、父さん・・・もう一回、やってみる!!」


どこか吹っ切れたような顔で、リクは再び闘気オーラを高め始める。

今度は全身に力を入れて、感情を爆発させようとしていた先程までとは違い、自然体のまま・・・自分の『譲れない想い』を心にしっかりと見定める様に闘気オーラを意識する。

次第に大きく、そして安定しだすリクの赤い闘気オーラ。一歩先へと進んだその姿に、ラルフは満足そうに頷く。


「この分なら、ギリギリ俺の教えたい事は全部叩き込んでやれるかもな・・・リク、そのまま闘気オーラを維持だ。無理に高めるより今は安定させる事を優先させろ」


成人するまでに己の技術の全て・・・は無理にしても、八割は教えておきたい。指示を飛ばしつつ、ラルフは師匠の顔でそう思うのだった。



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エリスとシルヴィアは村から少し離れた草原・・・丁度、ベアの山とライラックの花園の中間地点に来ていた。


「あの、エリスおば様・・・こんなに開けた場所でないといけないんですか?」

「ホントは山に行った方が良いのよ。まあ・・・最初からそこまで行っても、今から教える事をやるにはまだまだ早いから、今回はここで。という事よ」


戦闘衣バトルクロスを着る様にと指示を受け、師匠の後を付いてきたシルヴィアはその言に首を傾げる。

魔物を討伐する訳ではない、とも聞いていたので周りに何も無い場所へ移動した事の意図が全く理解出来ないのだ。


「今からアンタに教える事・・・それは、私が開発した魔法戦術の『極意』と言える物。その一つを成人までに体得して貰います」

「!!・・・極意、ですか・・・?」

「そう、極意。残り時間から逆算して・・・シルヴィア、アンタならこれをモノに出来るわ。勿論、ギリギリになるだろうし、もの凄く困難な訓練よ」


エリスの魔法技術は、シルヴィアからすれば雲の上の存在の技だ。実際、四種族の魔法使いと呼ばれる者の中でも彼女は最上位、と言って差し支えない実力者である。

その『極意』の一つを教える、と宣言された少女は真剣な表情で師に頷いた。絶対に体得してみせる、と目が訴えている事を見てとったエリスも頷いて続ける。


「覚悟は出来たようね?まずは私が実際にやって見せるから、それを真似してみなさい。・・・それが出来れば今日は十分よ」


エリスはそう言うと、シルヴィアに少し離れる様に指示する。素直に距離を開ける少女が、安全と思える位置に移動した事を確認し・・・魔力マナを練り始める。

但し、魔力マナを集め・・・己の中へと取り込む様に、だが。


「これって・・・・!」

「・・・これが【魔力円環法マナ・サークル】よ。シルヴィア、アンタも知ってる様に、この世界の全ての物には魔力マナがある。この極意は・・・周囲の存在からその魔力マナを借り受けて集める、外から魔力マナを得る技術なのよ」


シルヴィアの見つめる先に、エリスを中心とした魔力マナの渦が発生していた。緩やかではあるが、徐々に大きくうねり始める力の奔流を感じた少女は唖然とする。

周囲の動植物などが持つ魔力マナを借り受けて・・・と言葉にすると簡単に聞こえるかも知れないが、他者の魔力マナは自己と親和性が高い物以外は、基本的に反発する。

シルヴィアの場合、互いを知り尽くしているリクとの間でさえ、魔力マナの融通は出来ない。

故に、魔力貯蔵具マナ・プール等の魔法具で己の魔力マナを貯めておき、備えていた訳だが・・・

エリスは事も無げに、周囲から魔力マナを集めて制御してみせた。その光景はシルヴィアの知っている常識からは余りにもかけ離れたものだった。

そこで彼女は、素直に疑問を口にする事にした。


「おば様・・・あの、魔力マナの反発作用は・・・どうやってるんですか?」

「コツなんて無いわよ?・・・そうね、この極意は何人かに頼まれて教えたけど・・・誰も体得出来なかったのよ。その理由が『反発作用は慣れと力ずくで押さえつける』だからよ」

「・・・・えっ!?」

「魔法使い系の技って効果の割に、実質は力技なのよ。・・・つまり、扱えるかどうかは・・・反発作用に耐えきれるかどうか、という事なの。・・・困難なのが理解出来たかしら?」


魔力マナの反発作用は、己の魔力マナを通して想像を絶する痛みをもたらす。

魔法使いにとって最も耐え難い痛み・・・通称『魔力マナを殴られる痛み』と呼ばれるものだ。

それをただ、耐える。そして力ずくで制御し、己の魔力マナと同様に行使する・・・その難易度は天井知らずと言っても良い物だった。


「まあこんな感じよ。さ、やってみなさい。・・・ああ、一度に集めようとしないようにね?でないと・・・」

「・・・でないと、どうなるんですか?」

「・・・やってみれば解るわよ?何事も経験、思う様にやってみればいいわ」


何となく不穏な物を感じつつ、言われるままにシルヴィアは周囲へと意識を向け、感じる事が出来る魔力マナを自分の方へと誘導していく。まずは右手に集めて、と意識を集中させようとするが・・・


「痛ッ!!」

「そうなるのよね・・・私も最初はそうだったのよ?・・・何度も何度も怪我をして、最後には扱いこなせるようになった」


右手に鋭い痛みが走る。思わず声を上げてシルヴィアは手を見ると、自分の魔力マナとの反発作用の大きさに耐えきれず、手の毛細血管が破裂していた。

ぽたぽたと流れる血で右手は真っ赤に染まっており、痛みにシルヴィアは顔をしかめる。

シルヴィアとしては十分に意識して、魔力マナを少量ずつ集めようとしたのだが、彼女の想像より他者の魔力マナとの反発作用は遥かに大きかった。

そんな彼女の手に治癒魔法を施しつつ、エリスは自分も同じ経験をした事を語り・・・諦めず続ける事を促す。


「・・・はい!絶対、やり遂げます!!」


シルヴィアは傷が癒えてゆくのを感じながら、力強く宣言するのだった。



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こうして、リクは主に闘気オーラ中心の訓練をラルフに。シルヴィアは魔力円環法マナ・サークルの訓練をエリスに受ける事が基本線になる。

一日交代の為、ラルフはシルヴィアに対して、魔法を併用した戦闘訓練を施し、エリスはリクに魔法を剣などの武器で受けさせる、対魔法戦闘を叩き込む事にした。

どちらもこれまで以上の、遠慮の欠片さえ無くなった、文字通りの『試練』だったのだが、リクとシルヴィアを待っていたのはそれだけではなかった。

一日の終わりに、ラルフとエリスの二人を相手に模擬戦闘をする事が含まれていたのだ。無論、毎日である。

あらゆる戦技・魔法を駆使し、連携して挑むリクとシルヴィアだが・・・円熟のコンビネーションを見せる、遥か格上が相手だ。


「うわああああああ!!」

「きゃああああああ!!」


為す術も無く、二人はラルフの剣技とエリスの広範囲魔法に吹き飛ばされ、錐揉みしながら大地へ叩きつけられる。立ち上がる気力が無くなるまで・・・何度も何度も。

そして、家に帰る頃には精魂尽き果てたリクとシルヴィアは、貪るように夕食を食べ、最後の力を振り絞り風呂で汗を流すと・・・ベッドに倒れ込み、泥の様に眠る。

翌朝にはいつもの山へのマラソンをこなし、また訓練に臨む。疲労は蓄積し、時折ベッドに辿り着けず、床で眠ってしまった二人の姿も見られる・・・

そんな日々にもリクとシルヴィアはへこたれず、ただただ愚直に訓練に励むのだった。


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