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第二章 アカデミー編

第43話 『疾風の狩人』

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広大な戦場となった教練グラウンドの端部。退避区域とは正反対の位置から駆け出したミーリィは、身に纏う風をすれ違う相手に叩き付けながら、円を描くように徐々に中央へと移動していた。

【疾走】と【肉体強化フィジカル・ブースト】を同時に発動させ、更に常時発動型パッシブである【走破】の上乗せも合わせた走りは、周囲を圧倒し寄せ付けない速度となる。

長い灰色の髪と、狼の尻尾をなびかせて駆け抜ける姿は、彼女に相対する受験生達に美しくも獰猛な獣を想起させた。


「どいつもこいつも雑魚ばっかりだねぇ・・・ちょっとは骨のある奴は居ないのかい!」


走ったまま、不敵な顔で周囲の受験生達を挑発するミーリィ。その態度に激高した一人が彼女に魔法の矢マナ・ミサイルを放つが・・・


「何だい、このヘロヘロな魔法の矢マナ・ミサイルはさ・・・シッ!!」


ミーリィは風を纏った拳をうざったそうに横に振るうと、魔法の矢マナ・ミサイルを素手で叩き落す。一見乱暴に見えるが、これはかなりの高等技術である。

目の前に迫り来る魔法を障壁や結界、といった防御手段で防ぐのではなく、武器などを用いて受け流したり、迎撃する戦術は一流の戦士ともなればそう難しい事ではない。

だが、アカデミー受験生・・・即ち、15歳の少女が扱う技術として考えるのなら、それは紛れもなく『規格外』の能力と言えるものだった。

驚愕し、言葉も出ない魔法の矢マナ・ミサイルを放った受験生。そんな彼女にミーリィは一気に距離を詰めると、その首筋に手刀を振り下ろして意識を刈り取る。

そしてその場に崩れ落ち気絶する相手を顧みる事無く、ミーリィは再び駆け出す。彼女の力を脅威と見た周囲の受験生達が、一斉に襲い掛かって来る気配を察知したのだ。


「いつまでも同じとこに居るかっての。そもそも、そんな攻撃しか出来ないんじゃアタシにはかすりもしないよ!」


【疾走】状態を維持したまま、次々と襲い掛かって来る相手を、ミーリィは風を纏った拳と蹴りで迎え撃ち・・・返り討ちにしていくのだが、一向に彼女に向かってくる受験生の数は減らない。

それどころか、彼女の挑発にあっさりと乗せられた女子は相当な数だったようで・・・各個撃破を狙っていたミーリィの思惑を外れつつあった。

数の違いから、徐々に包囲されていくミーリィは一時離脱を試みるべく両足に風を集束させ、跳躍の姿勢に移ろうとするのだが・・・ここで予想だにしない事態が起きる。


「いい具合に沢山集まってくれたわねぇ・・・うふふ、今こそ私の魔法で一網打尽よっ!!」

「!?・・・ちょ、ちょっと待てそこのお前ェッ!!どんだけ魔力マナ込めて魔法撃とうとしてやがるんだッ!?」


集団の攻撃を躱しつつ、今まさに跳躍しようとするミーリィは、受験生達の中心辺りから強力な魔力マナの動きを察知し、慌ててそちらを見る。

丁度人ごみに紛れるように、受験生達の中に自分の存在を隠して機を伺っていた・・・薄桃色のゆるふわな髪型をした少女がそこに居た。

彼女が手にした杖には、ミーリィの尻尾を総毛立たせた程の危険な量の魔力マナが渦巻く。それは普通に考えて個人が制御出来るような量を余裕で超えていたのだ。

だが、その少女は余程自信があるのか・・・危険を察知して叫んだミーリィの声を無視するかのように、その尋常ではない魔力マナを注ぎ込んだ魔法を発動させる。


「ふふふふふ・・・さあ、行くわよッ!!【炎爆破フレイム・バースト最大拡張フルレンジ】ッ!!!」

「クソッタレッ!!喰らって・・・たまるかぁぁぁぁッ!!」


振り下ろされる杖から放たれるのは、ミーリィも実技試験前半で目にした【炎爆破フレイム・バースト】・・・その本来の姿である。

彼女が実際に見たシルヴィアの【炎爆破フレイム・バースト】は、周囲に被害を出さない様にと、一点集中で発動させるという極めて高度な魔力マナ制御で行われたものだった。

だが、本来は広域爆破の魔法であり、薄桃色の髪の少女が狙うように、多数を一度に攻撃する事がこの魔法の本分である。

それも効果範囲を最大まで拡張するという、効率的であり、また無謀でもある作戦を選択する辺り、肝は据わっているのだろう。

危険極まりない魔法の発動が目前に迫る中、ミーリィは纏っていた風を両足に全て集め、地面ギリギリまで前傾姿勢を取ると、弾丸の様に跳躍する。

そして、吠える彼女の髪が大きくなびく・・・その僅かに後ろで大爆発が起こった。

正に間一髪。獣人族の中でも最速を誇る・・・人狼族ウルブスの高い身体能力を限界付近まで高めたミーリィは【炎爆破フレイム・バースト】の効果範囲を抜け出す事に成功する。


「あっ・・・ぶねぇ・・・。やってくれるじゃないか、コイツはキッチリとお返しをしないとなッ!!」


全速力で駆け抜けたミーリィは、強引に体を捻って急旋回を行い・・・獰猛な笑みを浮かべる。未だ熱波の残滓が彼女の立つ位置まで押し寄せ、爆心地となった辺りからは黒煙が立ち上る。

恐らくは、先程この魔法を放った薄桃色の髪の少女が追撃を中から狙っているのだろう。そうはさせない、今度はこっちから仕掛ける番だとばかりにミーリィは、両腕に炎を纏った。


「火がお好みならたっぷりと喰らわせてやるよッ!!【炎旋風フレイム・トルネード】ォッ・・・って、おいィッ!?」

「・・・・・きゅうぅ・・・・・」


燃え上がる両腕の炎を胸の前にかざして一つに合わせ、渦状にその炎を今まさに撃ち出さんと構えたミーリィは・・・信じられない光景に思わず叫んだ。

何故ならば・・・【炎爆破フレイム・バースト】の影響で立ち上っていた黒煙の先では、多数の受験生達と共に、倒れ伏す薄桃色の髪の少女が居たからである。

戦闘中にも関わらずツッコまずには居られない状況だった。どうやら、先程の【炎爆破フレイム・バースト】は、やはり込めた魔力マナが多すぎたのか・・・完全に制御に失敗していたようだ。

その結果なのか、はたまた魔法を放った少女の狙った地点がそもそもおかしかったのか・・・何故か『自分自身を広域爆破魔法の中心点として』発動してしまったらしい。

試験用訓練着のあちこちからプスプスと煙を上げ、倒れたまま立ち上がってこない少女をミーリィは呆然と眺める。あまりの衝撃に両腕に纏った炎も消してしまった程だ。

しかし、見た目はどうみても重傷な少女は意外にも元気なようで、倒れたまま首を傾げて自分の失敗の原因を考えていた。


「制御出来なかった・・・それは良いとして、どうして私が一番危ない目に遭ったのかしら・・・?着弾指定も間違えたかしら・・・?」

「・・・知らねぇよ・・・なんつーか、頑丈なバカだな・・・お前」

「ふふ・・・それ程でもあるわよ?」

「褒めてねぇよ!!・・・そんだけ元気なら放っておいて良さそうだな。早いとこ退避しとけよ・・・」

「お気遣いありがと、今回はあなたの勝ちね・・・でも次はこの私、ナーストリア・リムラッドが新たな必殺魔法であなたを倒すわ!楽しみに待ってなさいよ?」

「そうかい。アタシはミーリィ・・・って、その前に魔力マナ制御をどうにかしろよ!?・・・ったく」


少女のツッコミ所が満載な態度に、しっかりと釣られてしまうミーリィ。自己紹介になっているのかどうかも怪しいやり取りの後、負傷者がかなり出た事を教官役の教師達が問題視したのか、試験を一時中断する。

次々と担架を持って集まって来た教官達は、手分けして脱落者達を次々に退避区域へと運んでいく。そこには先に脱落した、やけに背丈の小さい・・・青い髪の少女が負傷者を治癒魔法で治しているようだった。


「・・・結構魔力マナ使っちまったなぁ。この時間で少しでも回復しておきたいとこなんだが・・・そう簡単に行かせちゃくれない、か」


体には傷らしい傷も負っては居ないミーリィであったが、先の【炎爆破フレイム・バースト】を回避する際に、想定外の風系統魔法を使った事もあり、大幅に魔力マナを消耗していた。

まだ魔法や戦技を行使する事に問題は無いが、この先・・・強敵と見定めた彼女と戦うにはあまりに分が悪い。戦術の立て直しと、試験中断により生まれた待機時間を活用して、少しでも回復させようとするが・・・

ゆっくりと正面から自分に歩み寄る人物・・・シルヴィアの姿に、ミーリィは時間稼ぎは無理らしいと愚痴る。


「うーん、それは逆、かな。はい、ミーリィ。持ち込みが許可されたのは1本だったから、これ使ってね?」

「正面から堂々と近づいて来て、しかもアタシに使えってか?・・・魔力回復薬マナ・ポーションなんて良く許可が下りたな?」

「多分だけど、大した効能が無いって思われたんじゃないかな?・・・ちゃんと飲んでね?万全じゃないミーリィに勝っても嬉しくないから、ね?」


シルヴィアが事前に持ち込みを申請した物。それがこの魔力回復薬マナ・ポーションであった。

無論、自分で使うつもりは無かったのだが・・・彼女らしく『万が一の時の備え』をいつも通りに考えた結果、一応申請だけはしてみようと提出したところ・・・簡単に許可が下りた。

彼女はそれを、魔力回復薬マナ・ポーションの効能が低く判定されたのだろうと想像したのだが、実際には・・・教員達は『偽物』であると判断していた。

15歳の少女が超希少薬である魔力回復薬マナ・ポーションを自分で生成して、持ち込もうとしている・・・そんな事実は想像すら出来なかったのだろう。

ともあれ、シルヴィアはミーリィと正々堂々、一騎打ちで戦う為に・・・ハンデの無い状態にしたかったようだ。その思いをミーリィも受け取り、魔力回復薬マナ・ポーションの栓を抜き、一息で飲み干した。

「・・・上等。この礼は、後でたっぷり後悔させてやるって事で良いよな?」

「ん、私も全力で行くから覚悟してて?・・・じゃあ、再開されるまでに少し距離を取っておくね。また後で!」

「ああ、再開が待ち遠しいぜ・・・!」


魔力回復薬マナ・ポーションの効能で、自身の魔力マナがほぼ全快にまで回復した事を確認したミーリィは、再び距離を開け、試験再開を待つと言い離れていくシルヴィアの背を見つめる。

自分からすれば華奢な体つき。それこそ、全力で殴り掛かればそれだけでも倒せそうに見える少女の背中は、ミーリィには何故か非常に大きく見えていた。


「・・・あの体にどんだけの魔力マナを持ってやがるんだ、アイツ・・・底が全く見えねぇし、正直・・・体術もかなりのもんだろうな・・・」


ここまでのシルヴィアの戦いぶりはミーリィからは殆ど見えていない。最初にとんでもない光弾を雨あられと降らせ、多数の受験生達を撃破したのだろう一撃を遠目に見ただけだ。

だが、それだけでここまで傷一つ負わずに勝ち残れる筈は無い・・・ミーリィは冷静にシルヴィアの力を測ろうとその背を見つめていたのだが・・・その力の底が見えない。

彼女は自分の持つ戦技と魔法を再確認しつつ、最強の相手とどう戦うか・・・高揚する気持ちを抑えつつ考えるのだった。そしてシルヴィアもまた、この待ち時間を使いミーリィとの戦いに向けての戦術を練っていた。


「ミーリィはかなり素早いね・・・昨日の速さとは段違いだし、普通に魔法を撃ってもまず当たらない筈・・・まずは動きを止めないと、だね・・・」


人狼族ウルブスの特性である素早さを、自身の【スキル】をフルに活用して最大限まで高め・・・高い格闘術と、魔法攻撃の複合で戦うスタイルが彼女の本質である、とシルヴィアは見る。

こちらも遠目に少し動きを見ただけではあるのだが、より正確に相手の戦力を分析している。ミーリィもかなり実戦の経験があるのだろうが、シルヴィアはそれをかなり凌駕する・・・魔物との戦闘経験がある。


「近接戦闘は久しぶり・・・いつもリっくんに頼ってるもんね・・・うん、たまには私も出来るって事・・・見て貰おうかなっ!」


基本的にリクの後衛を務めるシルヴィアだが、接近しての戦闘技術はラルフ仕込みである。武器を選ばない戦闘術を徹底的に体に叩き込まれているのは、リクと同様なのだ。

久しぶりに全力で戦う事を決めた彼女もまた・・・『あの人に見て貰う為』というミーリィとは全く違う理由で心を高揚させていた。

そして待つ事10分。負傷者の退避区域への収容が完了し・・・教官役の教師が戻って来る。


「お、お待たせ・・・それじゃあ、試験を再開します。残ったのは・・・二人ね?準備は良いわね?・・・試験、再開ッ!!」


ぜいぜいと息を切らし、何とか試験再開の宣言がなされる・・・と、同時にシルヴィアとミーリィが地を蹴り駆け出す。まるで男子の部の決戦の開幕をなぞるように・・・・


「たああああああああッ!!!」

「ッしゃアアアアアアッ!!!」


【金剛の盾】を展開したシルヴィアの右手と、全開の【肉体強化フィジカル・ブースト】と剛風を纏ったミーリィの左拳が激突する。

女子らしからぬ、力と力のぶつかり合いが壮絶に始まったのだった。

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