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第二章 アカデミー編
第49話 『団結せよ!Z組』
しおりを挟む八人の突出した成績を出した者のみで編成されたZ組。他の一年生となった者達とは随分と離れた教室を宛がわれたリク達は、担任の教師が到着するまでの間、思い思いに語らっていた。
それぞれに強者と認めた者達同士、全員すぐに打ち解けたようで他愛もない雑談で盛り上がる。
「なあ、シード・・・それって確か『カタナ』っていう剣だっけ?」
「左様、某の得物は確かに『刀』でござる。しかしリク殿、良く知っているでござるな?某の故郷では一般的な武具でも、こちら・・・西方諸国にはあまり流通していない筈でござるが・・・」
「昔、村の鍛冶屋のおじさんに一度持たせて貰った剣にそっくりだったからさ。メチャクチャ切れ味良かったから良く覚えてたんだよ」
「僕もその武器にはかなり興味あるねえ・・・一度ウチの工房に来てくれないかな?・・・あ、良かったらリクやアレイの武具や魔具も見せて欲しいな」
「それは構わんが・・・ルーカス、目が血走っているぞ・・・そこまで必死にならなくてもいいだろうに」
リクを中心とした男子達はシードの持つ珍しい武器・・・極東の出だという彼が腰に携えている『刀』に興味津々な様子で話していたのだが・・・特にルーカスが食いつき気味に身を乗り出して眺めていた。
そのルーカスは東区域にある工房の息子という事で、元々は家業である鍛冶と魔具製作技術を磨く為にアカデミーの門を叩いたらしい。
何でも本人曰く『一流の武具や魔具を作る為には何よりも一流の冒険者達を知る事が大事』なのだそうだが・・・この様子を見る限り、趣味が先行している感は否めない。
リクやアレイの武器や魔法具も是非見せて欲しいと言うルーカスにアレイが苦笑を浮かべるが、概ね一同は工房を訪ねる事に異論は無いようだった。
「にしても、女子はアタシ以外全員魔法使い系って事か・・・こりゃ男連中には相当前衛で頑張って貰わねえとなあ」
「私は前に出て魔法をブッ放しても一向に構わないわよ?寧ろその方が一網打尽に出来る確率も上がるし、一石二鳥ってものよね」
「アホか!?戦場で呑気に魔法の発動を待ってくれる様な奴がいるわけねえだろ!!・・・コイツに何とか言ってくれ、シルヴィア・・・」
「あはは・・・ナーストリア、で良いかな?流石にこれはミーリィの言う通りだと思うよ。前を守って貰わずに広域系の魔法を使うには、相手の攻撃とかを全部自分で捌ける自信でもないと・・・ね?」
「むー・・・ミーリィと体術でも互角以上に渡り合うシルヴィアが言うのなら仕方ないわね・・・」
「捌くって・・・その、自分で避けたり防御したり・・・?そんな事出来ないよぉ」
「イリス、だったっけ?・・・まあ普通は出来ねえって。アタシは体術にはそこそこ自信あるけど、魔法を併用して戦うとなるとどうしてもどっちつかずな戦闘になっちまう。順位戦の時みたいにね・・・それを平気でやっちまうコイツやリクの方が異常なんだよ」
「異常って・・・その言い方は流石にちょっと傷つくなあ・・・私もリ・・・ク君も普通にやってきた訓練の成果だよ?」
「昨日散々聞いたけどさ・・・アンタ達のやってきたっていう訓練内容は誰がどう聞いたって異常だよ・・・」
一方のシルヴィア達、女性陣もわいわいと雑談に花を咲かせる。こちらは専らクラスメートの前衛・後衛の比率の話に始まった『後衛担当の戦い方』の話が中心になっていた。
女子四人の中で前衛型が自分一人である事から、クラス全員での行動時は男子達に相当前衛の負担をさせる事になるのは明白だとミーリィは分析するが・・・
またしてもナーストリアが意味もなく胸を張って『広域魔法で自分が一気に吹き飛ばす』と宣言した。これに猛烈にツッコミを入れるミーリィ。
たまらず傍らで苦笑するシルヴィアに話を投げ、同じ魔法使い系である彼女に任せる羽目になった。
シルヴィアとしてもミーリィと同意見であり、魔法使いは余程の事が無い限りは前に出るべきではないと諭す。他の生徒と比べれれば圧倒的な体術を持つ彼女の言は流石のナーストリアも黙る事しか出来ない。説得力が有りすぎる。
そして、おどおどと会話に参加するイリスは、そもそも体術も苦手であり前に出て戦う事はおろか、後衛を担当する事さえも不安で仕方がないらしい。
そんな彼女を元気づける為か、ミーリィはシルヴィアやリクが異常なのだから気にするなと笑って言い切る。シルヴィアがあんまりな言われ様にむくれるが、彼女は気にも留めない。
昨夜遅くまでガーディ邸でアレイと共に何度も驚かせられた・・・リクとシルヴィアの村での訓練の日々の内容からすれば、あれを普通を言い張る事を納得する訳にはいかない。
ミーリィ、そして同席していたアレイも『およそ自分達の年齢の者がやっていい内容ではない』物を10年間、一日も休む事無くやって来た・・・
リクもシルヴィアも分かってはいるらしいが、それでも足りてはいない自重を促していかなければならない・・・そう思うミーリィである。
「・・・いい感じにお互い打ち解けているようだな。全員指定された席に着け、これからZ組初のホームルームを行う」
「席次表の通りに座ってね?自分の席が分からない人はもう一度前の黒板を見て下さいねー」
思い思いに話していたZ組の面々は、教室の入り口から聞こえた男女の声に驚き一斉にそちらを見る。話し込んでいて全く気付いていなかったのだ。
そこに立っていたのは短めに切り揃えた銀髪の男性と、緑の長い髪を三つ編みにした女性・・・リク達は慌てて席に座る。
緩やかに傾斜が付けられた教室は各自の席から正面の教壇と黒板が良く見える設計になっており、全員が授業を受けやすい様に配慮された作りだ。
一同が着席した事を確認し、銀髪の・・・壮年の男性が教壇に立ち、緑の髪の女性がその隣に控えるように立つ。
男性の教師はぐるりとリク達全員の顔を一度見渡し、おもむろに自分の髪を・・・銀色に輝く左手で掻き上げる。そこに現れたのは髪色とは対照的な・・・黒い角。
「まずはアカデミー合格おめでとう。俺が今日からお前達、Z組の担任となる『アルベルト・テイラー』・・・見ての通り、魔族だ」
アルベルト、と名乗った壮年の男性教師・・・その側頭部に左右一対に生えた黒い角は、彼の言うように魔族の特徴的な外見である。
妖精族に次ぐ長寿の種族、そして四種族の中で最も魔力の扱いに長けると言われる・・・魔族。
嘗ての戦において、種の存亡が危ぶまれた程に数を減らした事もあったが、現在では人口は緩やかな増加傾向にあり、こうして人族の王都に進出する者も多くなっている。
とはいえ、妖精族同様にまだまだ数の上では人族や獣人族程多くは無く、珍しい存在ではある。
「ここアカデミーでは主に戦技教導を担当している。故あって左腕と左目がこの有様だが、見た目とは違って普通には戦えると思ってくれて構わない。俺の授業では妙な遠慮はしないように」
アルベルトは淡々とした口調で自身の担当教科、そして・・・髪に隠れた角よりも余程目立っている銀色の左腕を見せつつ、左の目も義眼である事を自分の生徒達に告げる。
「はい、それじゃあ次は私ね。皆さんはじめまして!そして合格おめでとう!今日からこのZ組の副担任となりました『レジーナ・ミストル』です!」
そして後を継ぐように言葉を発する・・・人族の女性。こちらは副担任という事だが・・・
「私はアルベルト先生の後輩で、今回が初めてのクラス担当なの。色々皆に迷惑かけちゃうかも知れないけど、その時は許してね?私の担当教科は魔具製作だから、その時もよろしくね!」
こちらはニコニコと笑顔で、そして元気の良い声で生徒達に語りかける。アルベルトの後輩、というだけあってかリク達と大きく歳も離れてはいないのだろう。やけに距離が近いノリだ。
「・・・俺達の事は大体そんな感じだ。では最初のホームルームだが、まずは全員の自己紹介からだ。既に見知っているようだが・・・これから苦楽を共にするクラスメート同士だ、もう一度きちんと自分の事を相手に知っておいてもらう為にやって貰う」
「こういうのって意外に大切なのよ?それじゃ・・・受験生席上位から順番に・・・まずは男の子からかなっ」
「え?じゃあ俺から?・・・前に出てやるんですか?」
「・・・そこまでする必要はないだろう。大体八人しか居ないクラスだ、自分の席でやって構わない。そこで十分全員に見えるだろう」
自己紹介、といういかにも入学初日に有りがちなイベントではあるが、このアカデミーにおいては重要な意味を持つ。
アルベルトの言どおり、アカデミーのクラスメートは苦楽を共にする存在・・・いわば『戦友』と置き換える事が出来る者をここでは指す。
何故なら、クラスとは単に授業を受ける為に編成されたものではなく、連帯して戦う事の出来る『部隊』としての側面を持つ集団とアカデミーでは位置づけているからだ。
実践的な指導を何よりも重視する姿勢から、時に冒険者ギルドや王都騎士団、聖堂騎士団等からもたらされる依頼を『特別授業』として生徒達に実際に請け負わせる・・・
中には討伐依頼も含まれており、その際に背中を預ける存在・・・それがアカデミーの『クラスメート』なのだ。
前に出てやるべきか、と悩むリクであったがアルベルトはその場で良いと否定する。教室の作りからそれぞれの席からリクの事は良く見えているのだろう。教師であるアルベルトは重々そういった事を知っている筈だ。
「じゃあ・・・えっと、リク・ガーディです。ここから東に行った所にあるライラックの村から来ました。村では剣を中心とした戦技と、魔力の扱いと・・・体力強化訓練を師匠の指導の下でやってました。田舎出身なのでまだリスティアに慣れてなくて、色々常識も分かってませんが、どうかよろしくお願いします!」
簡潔に。そして自分がまだ王都に不慣れな為、色々と常識外れな事をするかも知れない事を先に伝えつつリクが自己紹介をする。常識外れは不慣れな所為だけではないだろう、と思うアレイが苦笑していたりするが・・・
パチパチ、と一同から拍手をされリクは再び席に着く。代わってシルヴィアが立ち上がり、同じように自己紹介を始める。
「シルヴィア・セルフィードです。リク君と同じ、ライラックの村出身で・・・私は魔法を中心にですけど、同じ師匠の下で訓練に励んできました。後は両親の影響で、薬師の訓練も別に受けています。田舎者なので色々と至らない事もあると思いますが、仲良くして貰えたら嬉しいです」
澱みなく、スラスラと言葉を紡ぐシルヴィア。今朝、出かける前にマルを相手に練習をしていたらしい彼女は内心でホッと息を吐いたのだが・・・傍目にはとても落ち着いている様に見えた事だろう。
「主席合格の二人は見事だった。間近で見させて貰った感想だが、お前達は既に完成の域に居るようだ・・・但し、底をまだ見せていなかったな。今後、指導の中でじっくりと確認させて貰うぞ」
リクの時と同様に拍手に包まれたシルヴィアが着席すると同時にアルベルトが口を開く。アレイとミーリィ、次席合格の二人に準備の時間を与える為の行動なのだが・・・
彼は正確にリクとシルヴィアの『力』を実技試験の監督官として見抜いていたのだ。二人は確かに本気で試験に臨み、それぞれアレイとミーリィに対しては『全力』で戦った。
但し、それはあくまでも『人に対しての本気と全力』であり・・・彼らが魔物を討伐する際や、あの師匠達に挑む時に出す力とは根本的に異なる事をアルベルトは見抜いていた。
言外に『自分の授業では全ての力を出させる』と宣言するアルベルトの視線は鋭く・・・リクとシルヴィアは先生である彼に無言でしっかりと頷く。そして次席合格のアレイ、そしてミーリィへと自己紹介をアルベルトが促す。
「では・・・自分はアレイ・フォン・ハーダル。リスティアの王都騎士団の騎士の家、ハーダル伯爵家の嫡男だ。とはいえ、ここアカデミーでは何の意味も持たない家名であり、自分も一生徒に過ぎない。どうか皆普通に接して貰えると有難い」
「北方部族、人狼族のミーリィ。獣人族は苗字って奴が無いんでね・・・適当にミーリィって呼んでくれ。他に言う様な大層な家の出でもないんで、以上」
それぞれ順番に立ち上がり、ソツなく自己紹介を終えるアレイ。そして簡潔過ぎる内容で纏めるミーリィ。アレイが伯爵家の嫡男という下りにはルーカス達事情を始めて知る四人が驚くが、アレイ自身の『普通に接して欲しい』という言葉に一先ずは安堵する。
「次席合格の二人もなかなか見事だった。例年の受験生であれば主席合格もあり得ただろうが・・・今回は更に上が居たという事だな。良い経験になった筈だ、今後は主席の二人を追い抜くつもりでの精進を願う」
相変わらず淡々とした口調でアレイとミーリィの寸評を口にするアルベルト。アレイとミーリィの二人も真剣な面持ちでその言葉を聞き、小さく頷く。次はもっと喰らいついて見せると静かに闘志を燃やす二人。
次に立ち上がったのは少年剣士・・・シードだ。先程まで自己紹介をしていたアレイと比べるとまるで大人と子供、という位に彼の身長は低い。
「極東の小国、アマツミより参ったシード・サカザキと申す。某、剣の修行ばかりしていた故魔法に関しては素人同然でござる。アカデミーでは皆と共に苦手を克服し、更に剣を高めるべく努力致す所存・・・よろしくお願いするでござる」
続いてルーカスが立ち上がる。意外にも彼はリクと相対した後・・・手製の魔法具『バスターソード』で何人かの受験生を倒した上で降参宣言をしていたらしく、シードに次ぐ評価を受けていた。
「ええっと・・・僕はルーカス・ボドルス。リスティアの東区域にある『ボドルス工房』っていう店のドラ息子・・・って事で良いのかな?特技は鍛冶と魔具作りっていう事になると思うけど、戦闘はからっきしでね。皆の足を引っ張らない様に頑張るからよろしく!」
そして大きな胸を震わせる様に立ち上がるのは・・・ナーストリアである。
「私はナーストリア・リムラッド。でも出来れば『ナーシャ』って呼んでね!得意なのは広域系の魔法ね!時々制御出来なかったりするけど、そこはご愛敬ってことで♪あ、私の家は南区域の『リムラッドの酒場』よ。宿もやってるけど、これは皆が使う事はないかな?ご飯ならいつでも食べに来てね、サービスしちゃうわよ?」
最後に自己紹介に臨むのはシードよりも低身長な少女・・・イリスだ。
「え、えっと・・・私、イリス・フィールです。北区域の平民街に両親と住んでます・・・えと、治癒魔法と防御魔法なら少しは皆の役に立てるかなって思います・・・その・・・よろしくお願いします!」
ルーカス達四人の自己紹介はやや駆け足気味になったが、これでZ組八人全員がそれぞれに自分の事を話した事になる。一度全員の顔をぐるりと見渡した上でアルベルトが再び口を開いた。
「皆、ご苦労だった。近年稀に見る個性的な面々が揃った我がクラスだが・・・お前達に最初に言っておく事が二つある。尚・・・どちらも良い話ではない事を断っておこう」
アルベルトは先程までと変わらず、淡々とした口調で話す。しかし、リク達・・・生徒八人は彼の様子が変わった事を感じ取っていた。僅かだが、アルベルトの口調は怒気をはらんでいたのだ。
「まずはこのZ組編成の経緯についてだ。何故、主席や次席がA組で無いのか?と皆思った事だろう。確かにこの八人は成績優秀者だ・・・しかし、一年を受け持つ学年主任はそうは取らなかった。お前達を・・・制御出来ない『厄介な存在』だと言いやがった」
図らずも登校時に言っていたミーリィの皮肉が当たった形だった。リクとシルヴィアを筆頭に、確かにZ組の編成は成績優秀者に偏った物だ。しかし、シードはまだしもルーカスやナーストリア、イリスはそこまで上位の成績とは言い難い。
本人達にも自覚はあったのだろう。厄介者集団、という言葉に微妙な顔をしつつも納得しているようだ。
「・・・ふざけた話だ。いいか?少なくとも俺とレジーナはお前達をA組の連中に劣るなどとは思わん。だが、他の教師やクラスはお前達の誤った情報を教え込まれているだろう。気にするな、と言うのも無理な話だろう・・・そこで二つ目の話だが」
段々と熱を帯びていくアルベルトの言葉。根は熱い男なのだろうか、抑えていたのであろう口調は鳴りを潜め、今は不機嫌を隠そうとさえしていなかった。
一様に驚くリク達を見て取った副担任のレジーナが強引に代わって説明を続ける。
「はい、先輩はそこまででお願いしますね。と、まあ皆聞いてのとおりでね・・・私達Z組の評価を変えさせるためには、これでもかッ!!っていう成果が必要なの。そこで、うってつけなのが一か月後に全生徒が参加して行われる『大討伐演習』!!私達Z組は・・・そこで一番を目指します!!」
引き継いだレジーナはうって変わって軽いノリで全員に、一か月後の大討伐演習なるものでZ組が多大な戦果を上げる事で、教員や他のクラスの生徒達に今頃各教室で植え付けられているであろう不当な評価を改めさせるのだ、と語る。
そしてアルベルトが全員をもう一度見渡し宣言する。これまでとは違い・・・凛とした口調と声で。
「・・・今日は他のクラスはホームルームだけで解散となる筈だが、お前達はこれから少し教練グラウンドで特別授業を受けて貰う。これからこのZ組の全員が団結し、アカデミーに蔓延る風潮を打ち砕く為・・・俺達が徹底的に鍛え上げる。その第一歩となる『指導』の一環だ」
その言葉にリク達八人の生徒は力強く頷き・・・決意する。自分達の評価は自分達で変えて見せる。アルベルトとレジーナの意気込み、そして信頼に応えていこうと。
他の新入生達が帰り支度をしているであろう頃、こうしてリク達は『特別授業』を受けるべく教練グラウンドへと移動するのだった。
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