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第二章 アカデミー編

第48話 『主席合格の行き先は』

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控え目に行動する筈だったリクとシルヴィアのアカデミー入学試験は、結局はやり過ぎの連発で幕を閉じた。

尤も、主席での合格を目指していた二人は、どの程度の加減で試験に臨めば良いのかと考えに考えた上で、筆記・実技の両試験を受けたのだが・・・結果的に彼等の予想とは大きく異なり、目立ちまくる事になってしまった。

そして何よりも、互いの関係性に小さな変化・・・進歩、と言った方が良いのかも知れない出来事もあり、リクとシルヴィアの二人は存外に疲れを感じており・・・クラス分けの発表までの2日間を完全休養にあてるのだった。

最初こそリビングでシルヴィアと共に、屋敷の本棚から持ち出した書物・・・ラルフとエリスの蔵書を読んでいたリクだったが、2冊を読み終えた辺りでソファーから立ち上がり、おもむろに柔軟体操を始める。

要するに飽きたのだろう。決して読書は嫌いではないが、正直彼は体力を持て余していたのだ。


「・・・うー・・・訓練したい・・・全速力で走りたい・・・思う存分の素振りでもいい・・・」

「リっくん・・・気持ちは分かるけど、地下の設備で我慢してね?外で色々やっちゃうと、衝撃波とかで大変な事になるから・・・」

「・・・村まで走って帰って、そのまま戻って来るとか・・・その位なら・・・ダメか?」

「ダメ。アリシアさんとヒルダさんに迷惑かけちゃうし・・・あと、絶対にエリスおば様に怒られちゃうよ?」

「・・・・・仕方ない、地下でやる以外は大人しくしてるか・・・」

「うん、そうして?私はこの機会に回復薬ポーションの在庫を増やしておきたいから・・・エリスおば様の調合室に居るね」

「母さんの設備ならシルの製薬にも使えるんだな・・・分かった。俺も父さんの作った色んなトレーニング用具みたいなのを地下で試してくるよ・・・」


止められなければリクは本気でライラックの村まで走って往復してしまうだろう。そんな空気を感じ取るシルヴィアは苦笑し、やんわりと彼を止める。

自分の方は王都騎士団へ納入する為の回復薬ポーションを、この手空きの時間で生成しておくつもりであるので、リクの組手の相手をする事は恐らくできないだろう。

故にシルヴィアは『強行して村に戻ればきっとエリスにとんでもなく怒られる』と釘を刺したのだ。これには流石のリクも無茶な訓練をする訳にはいかなくなった。

仕方なしに・・・といった表情ではあるが、ラルフ謹製の訓練器具・・・まだ一部しか試した事が無い為、どのような負荷や効果が有るかも分からない代物がゴロゴロしている地下へとリクは向かう事にした。

結局、完全休養にした筈の二日間。リクは地下の訓練設備を相手にみっちりとトレーニングを行い、シルヴィアは高位回復薬ハイ・ポーションのみではあるが、100本もの生成を行った。

他人が見ればどこが休養日なのかとツッコミたくなる二人だが、リクとシルヴィアはこれで十分休んだつもりだったりする。実際に両者の体調はすこぶる良好で、しっかりと疲れも抜けたようだ。

適度に何かをしていた方が二人にとっては落ち着くのだから仕方がない。ある種とことんまでのワーカホリックとも言えるだろう。

試験が終わった解放感から、少しだけ羽目を外した感のあるリクとシルヴィアはこうしてクラス分けの発表日までの時間を過ごしたのだった。


-----------------------


リク達の実技試験から二日が過ぎ、三日目の朝。先日話していた予定通りに迎えにやってきたアレイを加え、徒歩でアカデミーへと三人は向かう。

試験の日よりもゆっくりとしたペースで談笑しつつ、北区域を進むリク達は周囲の邸宅の使用人と思しき人達に朝の挨拶をしつつ歩みを進めていた。

裕福な家々が立ち並ぶ区域だけに、住人が挨拶を交わす事自体が珍しいのかやけに驚く人が多い。

とはいえ、リクとシルヴィアにとっては村での生活で染みついた習慣であり、出会う人に挨拶をする事に全く抵抗が無い。貴族の一員であるアレイはそんな二人の姿に感心し、自分も見習うべく気さくに挨拶を交わして行くのであった。

20分程かけてアカデミーの正門に辿り着くと、その前に腕を組んで佇む灰色の髪の少女が居た。ミーリィである。


「お、やっと来たか。遅ぇぞお前達、結構な時間待ったぜ?」

「あ、お早うミーリィ。ごめんね、そんなに待たせちゃった?」

「まあな。アタシは寄宿舎だからさ・・・普通に起きて朝飯食って出てきたら早かった、ってだけなんだけどさ」

「予め時間を決めておくべきだったな・・・何にせよ待たせてすまなかった。では早速、大掲示板に向かうとしよう。結果が気になるからな」

「だな。んじゃ皆で行こうか。全員同じクラスになってると良いんだけどなー」


アカデミーの裏手にある寄宿舎住まいとなったミーリィは、部族での習慣そのままに日の出前に起きたらしく、そのまま朝の支度を済ませて登校した結果・・・凡そ1時間程ここで待っていたとの事だった。

予想外に待ちぼうけをさせてしまった事に、アレイは集合時間を決めておかなかった事を悔やむが今更であった。ミーリィ自身あまり気にしていないようなので、軽く三人は謝った上で揃って大掲示板へと移動を開始する。

人だかりが出来ている掲示板前に辿り着くのに更に数分を要したが、どうにか張り出された試験結果とクラス分けが見える位置を陣取る四人。

そこに記されていた結果は・・・


「男子の部、主席はリク。次席が俺か・・・想定通りだな。女子は主席がシルヴィア、次席がミーリィだ」

「この距離で見えるってのが助かるな。もう少し近づかないと見えないかと思ってた」

「こういう時、身長が高い奴が居ると便利だよな。アタシももう少し身長が欲しいとこだよ」

「そ、そうなの?ミーリィは十分高いと思うけど・・・」

「お前達・・・好き勝手言ってくれるな。これはこれで面倒なところもあるのだぞ?狭い場所や低い天井でしょっちゅう頭をぶつけたりしてだな・・・」


最初に入試結果に目が届いたのは、人一倍背の高いアレイだ。自分達が参加しなかった2日目の実技試験受験者の動向は兎も角、予想通りのリクとシルヴィアの主席合格。

そして自分とミーリィが次席での合格だった事を三人に伝える。他にも『最優秀模範合格者』など、あまり見慣れない成績優秀者を表すのであろう文言も見えたのだが、取り合えず今は気にする必要はないとアレイは続いてクラス編成発表へと視線を動かす。


「どうだ、アレイ?俺達は何組・・・何クラス?になるか見えそうか?」

「・・・おかしい。アカデミーのクラス編成は成績優秀者から順にA組、B組と分けられると聞いているのだが・・・俺達の名前がA組にはない。B組にもだ・・・」


多くの受験生達が前に居る為なかなか大掲示板に近づけない中、一人先を見通せるアレイにリクが問うが・・・アレイは首を傾げて、上位のクラスに自分達の名が記されていない事を口にする。

例年、アカデミーのクラス編成は成績順に行われる事が通例であり、主席と次席合格であるリク達四人がA組となる筈であった。

ところが幾ら目を凝らして見ても、一向に自分達の名前が記載されていない。張り出された編成表の最後・・・E組に至ってもである。


「どうなってんだよ?アタシ等は主席と次席合格なんだろ?それがどこにも名前が無いってのはさ・・・飛び級にでもするってのかい?」

「流石にそれはないと思うんだけど・・・あれ?もう一枚、何か張り出されて・・・る?・・・私からじゃ良く見えないけど・・・」


予期せぬ事態に戸惑いつつも、皮肉っぽくミーリィは笑う。いっそ二年生や三年生と同じクラスでも構わないと豪語するが、流石に冗談だろう。

そしてその隣で背伸びをして、どうにか大掲示板に張り出された編成表を見ようとしていたシルヴィアが何か別に張り出されている紙を見つける。しかし、彼女の身長では前の受験生達の壁に阻まれて詳細までは見えないらしく・・・再びアレイがそちらへと視線を向けた。


「どれどれ・・・『特別編成クラス・Z組』・・・?・・・今年度突出した成績を出した者を選抜した特別クラス?」

「なんだそりゃ?じゃあ・・・俺達はそこに編成されてるんじゃないのか?イマイチ要領得ないけど」

「・・・どうやらそうらしい。やっと俺達の名前が見つかったぞ。やれやれだな・・・」


アレイ、そして少し受験生が捌けた事で大掲示板に目が届くようになったリクがようやく自分達の名前を見つける。

しかし、そこに記された『特別編成クラス・Z組』なるものに二人して微妙な顔となった。突出した成績を出した者を選抜、とわざわざ付記されているが・・・ならば何故A組に編成しなかったのか?

リクの言葉通り、どうにも要領を得ない編成結果なのだが・・・二人は後ろで自分達の報告を待っているシルヴィアとミーリィにこの事実を伝える。


「Z組?・・・特別編成クラス・・・うーん、なんだろうね?A組だと何か都合が悪いのかな・・・?」

「案外、厄介者ばっか集めたよせ集めクラスとかじゃねえか?正直、実技試験の時の教官連中見てる感じじゃ、アタシ等を持て余しそうな空気だったぜ?」

「・・・ミーリィの意見は一理あるな。余り悪し様に言いたくはないが・・・俺も若干、そう感じたのは事実だ」

「まあ、ちゃんと合格してて、自分達のクラスもあるんだし今はそれで良いんじゃないか?どんな思惑でこうなってるのか分からないけどさ・・・俺達はどこでだって頑張れば良いんだし」

「リク・・・アンタはホント、真っすぐ過ぎて眩暈めまいがしそうになるよ・・・」


事態を知り、首を傾げてシルヴィアは考えだすのだが、やはりこれといって答えが出てこない。そんな中、一人灰色の髪を掻き上げるミーリィは厄介払いではないか、と皮肉を述べる。

自分達が実技試験後半を受けた際に見た、アカデミー教員・教官達の態度からの推測でもあるが・・・アレイも同様に感じていた様で、彼女の言に賛意を唱える。

しかし・・・皆が考え込みそうになるのをリクが振り払うように『自分達が頑張って結果を出せば良いだけだ』と言い切った。

元々深く考え込む性質ではないリクらしい結論だが、実際このZ組という場所で担任や、クラスメートとなる他の生徒と会ってみない事には何も始まらない。

悩むのならクラス全員で悩み、考え・・・より良い結果に辿り着けるように努力すれば良い・・・その単純にも見える真っすぐな姿勢をミーリィは好意的に受け止めながらも、溜息交じりに呆れるのだった。


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特別編成クラス、と銘打たれたZ組に編成されたリク達は早速自分達の教室へと移動を開始する。

A組からE組が入る建物とは異なり、主に三年生の教室が入る別の建物になるようで、四人は他の受験生達と離れていく。

丁度、教練グラウンドを挟んで反対側・・・正門や大掲示板、他の一年のクラスの建物からは最も遠い位置にある建物の、これまた一階の一番奥の教室というやけに離れた場所にZ組の教室はあった。

まるで徹底的に隔離しています、と言わんばかりの配置に先のミーリィの皮肉が一気に現実味を帯びるが・・・リクを先頭に四人は教室へと入る。


「ここがZ組か。さて・・・と、席はどこに座っても良いのかな?」


教室に入り、まずは自分達の席を探すリク。編成表には詳しい事は教室にて確認する様にと記されていた為、キョロキョロと辺りを見回すが・・・そこに見知った顔の少年が自分の背後にある黒板を笑顔で指さしているのが見えた。


「おはよう。席順なら成績順に前からみたいだよ。君の後ろにある黒板に書かれてるからそっちを見なよ、リク」

「ルーカス?・・・あ、おはよう。そっちもZ組になったのか?」

「そうみたいでねえ・・・正直、主席とか次席とか凄い面々に僕が混じってて良いのか・・・」

「それを言うならそれがしもでござるよ。皆強力な魔法を使いこなしている中、それがしはからっきし故・・・」

「シード?貴殿もここなのか?・・・ふむ、確かに突出した成績を出した者達、という看板に偽りはないようだな」

「持ち上げすぎでござるよアレイ殿。それと、それがしに敬称は不要でござる。単にシードと呼んで欲しいでござるよ」


濃い茶色の短い髪の少年、そして藍色がかった長い黒髪を一本に束ねた小さな体の少年・・・ルーカスとシードがそれぞれリクとアレイの姿を見つけ、気軽な様子で声を掛けた。

先日の実技試験観戦時に既に仲良くなっていたらしいルーカスとシードは、自分達がリク達主席組と同クラスに編成された事を驚いていたが、実際こうして同じ教室で話してみて実感が湧いたようで・・・

男子達四人はそれぞれに簡単に自己紹介をしつつ、雑談に興じる。一方、女子の方はというと・・・


「ふふふ・・・待っていたわよミーリィ!同じクラスならいつでもリベンジ出来るってものよね!」

「うげッ!?お前は・・・ナーストリア、だったよな?うわ、マジか・・・」

「ちょっとちょっと!?嫌がる事ないじゃない!別に本気でやろうなんて思ってないから!ちゃんと時と場合は弁えるわよ?」

「いや、全ッ然説得力ねえし・・・授業で許可された時以外は相手しないからな?」


リク達のやり取りを横目に見つつ、教室内に入った所でミーリィがいきなり薄桃色の髪の少女に絡まれた。

豊満な胸をこれでもか、と張ってリベンジ宣言をする・・・ナーストリアにミーリィは本気で嫌そうな顔を向ける。リベンジだのライバルだの言われる事自体は別に構わないのだが・・・

スレンダーな体形のミーリィにとって、ナーストリアのあまりに大きな『それ』は大変に羨ましく腹立たしいものだった。

内面に燃え上がる理不尽な怒りを悟られないように・・・ミーリィは彼女の弁明も含め、授業や訓練なら付き合う事を約束する。

そしてシルヴィアも、実技試験以来の再会となる・・・青い髪の少女と挨拶を交わす。


「あ、おはよう・・・シルヴィアみたいに凄い人と一緒のクラスになれるなんて思わなかった・・・」

「おはよう、イリス!・・・って、私別にそんな凄い人とかじゃないよ?」

「だって、魔法・・・攻撃も、防御も・・・治癒魔法だって【完全治癒フル・リカバリー】なんて初めて見たよ?」

「うーん・・・【スキル】そのものより、私は使い方とか・・・どれだけ慣れてるかの方が大事かなって思うんだけどね。イリス、退避区域で皆の治療、してたよね?」

「う、うん・・・そうだけど、私の治癒魔法って一度に多くの人は癒せないし・・・それに、普通の【治癒ヒール】だし・・・」

「それでも、遠くからでもイリスの治癒魔法の魔力マナの光の濃さは見えてたもの。凄く習熟した治癒魔法の使い方だって分かるよ?だから・・・イリスだって凄いんだよ?」

「シルヴィア・・・うん・・・あ、ありがとう」


控え目な笑顔・・・というより、どこかおどおどとした態度でイリスはシルヴィアと同じクラスになれた驚きと喜びを彼女に伝える。

どうにもこれは性分という事なのだそうだが、自分に自信が無い様子が随所に見て取れ・・・ともすればどこまでも気持ちを沈ませて行きそうな雰囲気をシルヴィアは感じ取った。

そこで彼女は、イリスがこれまでに治癒魔法の修練を相当に積んで来たであろう事と、実技試験での頑張りを見た事を賞賛し、自信を持って良いのだと優しく諭す。

自分が本当に凄い、と感じた相手からのその言葉にイリスは目を丸くして驚くが・・・やがて、柔らかくはにかんだ笑顔をみせた。

男子達同様、女子四人も簡単に自己紹介と挨拶を交わし、雑談に花を咲かせていく。

Z組、総勢八人の生徒が初めて集った・・・これがアカデミー史上最強のクラスと言われる『特別編成クラス』が生まれた瞬間であった。


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