【完結】身代わりの人質花嫁は敵国の王弟から愛を知る

夕香里

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第1章

03 身代わりの人質花嫁(3)

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 凍りついたエヴェリを見て愉悦に口元を緩めるシェイラは耳元でそっと囁く。

「知らないはずがないでしょう? そうやって時折、わたくしたちから逃げているじゃない」

(ああ、どうりで)

 泳がされていたのだ。エヴェリが壊れてしまわないよう、もっとずっと末永く苦しむように。
 くっと唇を噛み締める。

(私の固有魔法は、貴女たちに追い詰められたことが原因だったのに)

 エヴェリが固有魔法に目覚めたのは、度重なる折檻に身も心もぼろぼろで、死んでしまいたいと井戸に身を投げようとした時のこと。
 突然姿形が変わり、別人になってしまったのだ。

 それから数多くの折檻や罵倒に心が限界を迎えると、ある時は他の侍女に扮して、またある時は王宮を出入りする行商人となってこの二人の目を盗み、エヴェリという「自分」を放棄する。
 それだけが逃げ道で──救いだった。
 ただ、長時間持ち場から離れると逃げたのかと疑われる。短時間、他の人の振りをして振る舞うのがエヴェリの心を保つ最後の砦だった。

(他の人になっている間は誰からも責められたりしないもの)

 だからこれまでギリギリのところで壊れずにすんでいた。

(壊れたら心がなくなり、何も感じなくなるらしいけれど……それをこの人達は許してくれない)

 痛めつけ、苦痛に顔を歪めるエヴェリを眺めることで彼女たちは日頃の鬱憤を晴らしている。壊れて無表情のお人形に成り果てるのでは意味が無いのだ。

 一度、どこか遠くまで逃げようとしたことがあるが二人は執念深く、逃しはしまいとすぐに捕まった。 
 
 その後のことは思い出したくもない。食べ物もまともに与えられず、腐った水を二日に一回与えられるだけ。硬い革を使った鞭打ちは当たり前で、打たれた背中は肉が見え、涙が枯れ果てるくらい泣いて「もう二度と逃げ出さないからやめて欲しい」と縋って、しかし振り下ろされる鞭が止まることはなかった。
 最後には激痛に失神し、けれども治療はしてもらえずに傷口は膿んだ。
 結局治るまで二月ほど時間を要した。薬も塗らなかったためか、治りは悪く、今でも雨が降ると傷口が僅かに疼く。

 エヴェリが視界に入るだけで「気分が悪い」「吐き気がする」「臭い」「穢れた子め」と生きていることを否定し、「視界に入るな」などと罵るくせして、彼らから逃れることは許されない。

 そこでエヴェリは諦めたのだ。自分はこの人たちから逃れられず、一生このままなのだと。大人しく従うしかないのだと。

 抗えば二倍、三倍となって己に返って来るのだから。

(私は……生まれてはいけなかった子だから。躾を受けて当然の人間だもの)

「お前」
「っ!」

 どこから持ってきたのだろう。ロゼリアの手には新たな扇が収まっていて、柄でエヴェリの顎を押し上げた。また叩かれるのだろうかと震えるエヴェリがロゼリアの瞳に映り込んでいた。

「まさか断るなんてそんな恩知らずなことしないわよね」
「そんな、ことしません」

 する権利はない。エヴェリが許されるのは彼らの望み通りに振る舞うだけ。身代わりとして嫁いだ結果、自分の身がどうなるのか怖いけれど、選択肢はない。覚悟を決めるしかないのだ。

「穀潰しで生きる価値のないお前を、王宮に置いてやっているのだからこの時くらい役に立ちなさい」
「……はい」

(…………恨まれている国に嫁ぐ。きっと、あちらでも折檻を受けるのでしょう)

 歓迎されるわけがない。ここぞとばかりにエヴェリを介して鬱憤をはらすに決まっている。

(それでも────)

 エヴェリはローレンスに向き直った。

「もうひとつお尋ねてしてもよろしいでしょうか」
「許す」
「この婚姻は戦争回避のためでしょうか」
「そうだが」
「私がきちんと姫として嫁ぐことが出来たならば、戦争は必ず回避されるのでしょうか」
「神の盟約によってされるだろう。娶った姫の出身国を侵略するのは、その代に限り如何なる理由があろうともしてはいけないと記載が残っているからな」

 天空から人々を見守っているとされる神々。世界と統治する人間を創った際に、人と神の間で結ばれた約定。破ると恐ろしい天罰が下されると言い伝えられている。

 盟約に記載があるならば、そこは安心して大丈夫そうだ。

(嫁ぐことで無辜の民が王族によって危険に晒され、被害を被ることがなくなる)

 開戦が噂されているのはローレンスの横暴な執政のツケが回ってきたからだ。全ての元凶は目の前にいる人達。民から吸い上げた特権を享受しているのに、彼らは責任から逃れようとしている。

 罪のない人々が国同士の争いに巻き込まれ、命を落としていくのは見過ごせない。

(彼らの横暴に振り回されるのは……私だけで十分。私が犠牲になることで一人でも多くの民が助かるのであれば──)

 喜んでこの身を差し出してしまうほど、自分自身のことなんて二の次なのだ。
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