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彼女の前世
episode15 アルバートside1
太陽が沈み、月が仄かな光を放ち始める黄昏時、皇宮内に鐘の音が鳴った。
「何だ? 危篤状態……?」
ピタリとアルバートは筆を止めた。
──おかしい。
アルバートが把握している限り、今は皇族の中で病を患っている者はいなかったはずだった。それなのに何故か鐘の音が鳴っている。
(誰だ。分からない)
「ルイ、鐘の音が鳴った原因を調べろ。今、皇族の中で病を患っている者はいなかったはずだ。不具合の可能性もある。早急に調べ上げてくれ」
「了解しました皇帝陛下。それでは一旦辞させて頂きます」
そう言って頭を垂れて今この場を退出しようとしているのは、アルバートの右腕であるルイ・ディルムッドだった。
とても優秀な彼に、アルバートもよく助けられていた。そんなルイがドアを開けようとした瞬間、外側からドアが開かれた。
「陛下! 大変です!」
「何だ、ルドルフか。どうした? 重要な書類は全て捌いてもう持って行ってもらったぞ」
息を絶え絶えに駆け込んで来た宰相の姿に目を見開く。いつもは冷静なのに今日は一体どうしたのだろうか。
「違います! そんなことはどうでもいいんです! 皇妃殿下が!」
「皇妃がなんだ……?」
息を呑む声が聞こえ、一気に室内の温度が下がる。
アルバートにとってリーティアの話は地雷だった。感情を上手く抑えつけられないのだ。
(何度私をイラつかせれば満足するのだ……)
アルバートの前でのリーティアは、毎度毎度ウジウジしているように見えた。少し問い詰めるだけで泣きそうになっていて、そんな様子を見るのはストレスが溜まって仕方がない。
考えるだけで頭が痛くなってきた。
声のトーンが無意識に低くなったからなのか、宰相が怯えている気がした。
「────皇妃殿下は、先刻お亡くなりになられました」
少し躊躇したあと、宰相が報告する。それを聞いた周りにいた文官、近衛騎士、側近達がざわつき始める。
「皇妃殿下がお亡くなりになられた……? そんな……!」
「だからなのか?! 今日はお見かけしていない」
「嘘だ……昨日まではあんなに元気でいらしたのに」
「やっとあの皇妃殿下が居なくなられたのか。皇帝陛下はさぞかし嬉しいだろうな」
彼女がこの世を去ったことに嘆く者、嘲笑う者、様々な会話が執務室に飛び交うが、何も頭に入ってこない。
(皇妃死んだ? 嘘だ。前回会った時は元気だったはず)
そこまで考えて前回会った日付を思い出す。
「おい。ルイ、私が皇妃に最後に会ったのはいつだ? 答えろ」
呆然としていたルイに慌てて問う。
「謁見ですか……? 確か四ヶ月ほど前かと……それより最近は会っていませんよ。すれ違い様に会っている可能性はありますが」
「……!? 四ヶ月前か? それは本当か?」
(私はそんなに皇妃と会ってなかったのか……?)
万年筆が手から滑り落ちて、床に転がった。
自分から会いに行くのは嫌で、逃げていたのは自覚していた。だから一ヶ月くらいは想定していたが、まさかそんな期間リーティアに会っていなかったなど、にわかには信じられない。
(ああそうか。自分は期待していたのか)
アルバートは知っていた。彼の婚約者だったリーティアは、自分のことを慕っているのを。
アルバートの事が好きなはずの彼女は、自分が嫌って罵っても、必ず会いに来てくれると。
「はは、馬鹿だな。そんなことはあるはずも無いのに」
乾いた笑いが零れる。自分は馬鹿だ。レリーナにうつつを抜かし、彼女を冷遇して。おまけに初夜も寝室を訪れることは無くレリーナの元に向かい、会った時には罵り暴力を振るった時もある。
(そんな人間にいつまでも恋情等抱くはずがない)
それに皇妃だとしても四半期も会いに行かないのは、過去を見ても例がない。リーティアはそれでも皇妃としての仕事に加えてレリーナの分もこなしていたのだ。文句も言わず、一人で。
彼女がこなした書類はアルバートの元に送られてくる。それを見ると優秀さが滲み出ていて嫌いだった。それでまた彼女に対して黒い感情が増えて会いに行くのは躊躇われた。
アルバートの中に今になって皇妃──リーティアに対する愛しさが何故か溢れてくる。彼女はもういないのに。自分がこうしたのに。何と傲慢なのだろうか。
(屑だな)
「……彼女の部屋に案内してくれ。皇妃は自室で眠っているのだろう?」
懺悔する為に、弔いたい為に向かうことを決めた。
前までだったら怒ってささっとカタをつけてしまえと言っただろうが今のアルバートは違った。虫が良すぎることは分かっているが、一目見に行きたいと思ってしまったのだ。
「……分かりました。ご案内します」
宰相は少し驚いている。それはそうだろう。今まではリーティアの名前が出ただけで、不愉快さを隠そうとしなかったアルバートが、自ら向かいたいと言ったのだから。
愚かなアルバートはリーティアの自室が何処にあるのか知らない。皇妃の部屋を何処にするか決める際に、そんなことは自分に関係ないことだと宰相たちに任せ、聞かなかったのだ。
廊下は長く、空気が沈んでいる。
早く着いてほしいような着いて欲しくないようななんとも言いがたい感情がアルバートを襲った。
後ろめたさもあるからだろう。あれほど残酷な──許されざることをしたのに、今になって湧き上がる愛しいという感情。アルバートはリーティアに合わせる顔がなかった。
「ここです。陛下。中へどうぞ」
「……ここか? 冗談はよせ!」
到着した場所に狼狽える。
「陛下。冗談ではございません。ここは皇妃殿下の自室でございます」
「私はこの場所を使うようにと言ってないぞ! ここは使用人──侍女用の部屋ではないか!」
皇妃が、皇族が、間違っても使うような部屋ではない。
(嘘だ……もし、使っていたら。皇妃のことだから何か言ってくるだろう。冗談に違いない)
「陛下、お言葉ですが冗談ではございません。陛下は皇妃殿下の部屋はどの部屋でもいいと仰いましたよね?」
そこで宰相は一旦区切る。
「陛下は殿下を冷遇していました。皇妃殿下が使用する部屋が通常通りの部屋だと陛下がお怒りになると判断し、私達は皇后陛下に判断を仰ぎました」
「リーナに? リーナは侍女用の部屋を──と言ったのか?」
皇后陛下という単語にアルバートは反応した。彼は皇后であるレリーナがそんなことを言うはずがないと、宰相を疑う。
「ええそうです。『彼女は侍女用の部屋で大丈夫よ。だってお似合いそうじゃない? 彼女アルにも見限られてて何の価値もないじゃない。それに経費削減にもなるでしょ? ふふふ』と。皇后陛下はアルバート陛下の次に地位がございます。彼女の助言を聞くのが陛下も大切だと! 聞かなかったら処罰すると私達を脅したのをお忘れですか!?」
頭を鈍器で殴られたかのような衝撃が走る。
(私が……私のせいなのか? 確かに言った。それに彼女も……?)
──自分のせいで彼女はこんな所に……?
「……でも何故だ。それなら何か皇妃は言ってきただろう!? それに普通は付くはずの侍女はどうした! 何故誰一人として居ないんだ! この部屋に!」
何故侍女が誰一人としていないのか。主人が亡くなったのなら傍に誰か居るはずで、報告をあげるのも宰相ではなくて侍女のはずだ。
そう怒鳴りつけると周りにいた文官たちから白い目を一斉に向けられる。彼らは普段からリーティアと仕事をこなしていた人達だった。
突き刺さるような憎悪の視線に、アルバートは一歩下がる。
真正面にいた文官の一人が声を低く落としてアルバートの問いに答えた。
「陛下……お忘れでございますか? 私達文官共は、皇妃殿下が嫁いでくる前に専属侍女はどうするのか陛下にお尋ねしました。陛下は────『あんな奴に専属侍女なんかいらないだろう? 公爵家でも付いてなかったしな』と私たちの提案を瞬殺で無下にしましたよね!?」
文官達の瞳には炎が点っていた。尊敬し、陰ながら慕っていた彼らの皇妃殿下は目の前の人物に殺されたも同然なのだ。
「それに、皇妃殿下は愚痴や不満を言いません。例え自分が皇妃としての待遇を受けられず、虐げられ、侍女を付けられず、皇族としてありえない生活を強いられていても。彼女は誰にも助けを求めないのです!!!」
「皇妃殿下は助けを求められる存在がいなかったのです。その中で唯一助けを乞うことをした相手は陛下……貴方です。それなのに陛下は彼女を厄介者として扱いました。分かりますか? 私達がどんなに困ったことがあったら言って欲しい、助けてあげたいと思っても、陛下が彼女を冷遇する為に、私達は……愚かなことに罰を恐れて表立って助けることが出来なかったことを……とても後悔しています」
こちらに聞こえてきそうなほど歯を食いしばる文官達の迫力にアルバートはまた一歩後ずさる。
「だが……私は何も報告を受けていないぞ? 皇妃から要望等は特に何も」
「それはそうでしょう。陛下が皇妃殿下を嫌っているのは誰の目から見ても明らかです。だから侍女達はもとい、他の皇宮に仕えるものからもほとんど無視されていたのですから」
その時のことを思い返しているのか、文官は一瞬遠くを見た。
「私たちは陛下に提案してみては? と尋ねました。皇妃殿下は『実はね……1回だけ提案してみたことあるのよ。自分から陛下に直接言うのは、多分会わせて貰えないから不可能なの。だからね。手紙を書いて侍女に持たせたんだけど、陛下の執務室内のゴミ箱に棄てられていたの。それを見てね、ああ私は提案するのもしてはいけないんだなって思って……それからは何があっても言わないことにしたの』と、とても悲しそうな表情で仰ったんですよ! 陛下、なぜ捨てたのですか?」
「私の元には手紙など来てないぞ!?」
「そうですか。ではあれですね。手紙を持っていっても怒られると判断した侍女が勝手に棄てたのでしょう」
その言葉にアルバートも納得出来てしまう。それだけ自分は彼女のことを虐げてきたのだ。
「全て私のしてきたことが巡り巡っているのか……」
頭を垂れて下を見る。これは全てアルバートがしてきたことだ。してしまったことだ。
酷く驚き、怯えたリーティアの表情がアルバートの脳裏を掠める。
助けを求められる存在がいなかった。その状況をこの宮の中で作ったのは自分だ。彼女は昔からそうだった。人に助けてもらおうとしない。しないと言うより出来ない不器用な人。
「陛下、皇妃殿下にお会いにならないのですか? 会いに来たのでしょう? 例え嫌いな人であっても」
傍にいたルイがさりげなく伝えたことで、アルバートはここに来た目的を思い出す。
(そうだ、私はリーティアに会いに来た)
恐る恐るゆっくり彼女の亡骸があるはずの寝台へと向かう。周りには何も無い。とても質素で皇族が使っているとは思えない寝室。
その中で手を胸の前で組み、瞳を閉じている一人の女性をアルバートの視界は捉えた。
美しい艶のある髪はそのままだが、やせ細った────彼女の亡骸を。
「何だ? 危篤状態……?」
ピタリとアルバートは筆を止めた。
──おかしい。
アルバートが把握している限り、今は皇族の中で病を患っている者はいなかったはずだった。それなのに何故か鐘の音が鳴っている。
(誰だ。分からない)
「ルイ、鐘の音が鳴った原因を調べろ。今、皇族の中で病を患っている者はいなかったはずだ。不具合の可能性もある。早急に調べ上げてくれ」
「了解しました皇帝陛下。それでは一旦辞させて頂きます」
そう言って頭を垂れて今この場を退出しようとしているのは、アルバートの右腕であるルイ・ディルムッドだった。
とても優秀な彼に、アルバートもよく助けられていた。そんなルイがドアを開けようとした瞬間、外側からドアが開かれた。
「陛下! 大変です!」
「何だ、ルドルフか。どうした? 重要な書類は全て捌いてもう持って行ってもらったぞ」
息を絶え絶えに駆け込んで来た宰相の姿に目を見開く。いつもは冷静なのに今日は一体どうしたのだろうか。
「違います! そんなことはどうでもいいんです! 皇妃殿下が!」
「皇妃がなんだ……?」
息を呑む声が聞こえ、一気に室内の温度が下がる。
アルバートにとってリーティアの話は地雷だった。感情を上手く抑えつけられないのだ。
(何度私をイラつかせれば満足するのだ……)
アルバートの前でのリーティアは、毎度毎度ウジウジしているように見えた。少し問い詰めるだけで泣きそうになっていて、そんな様子を見るのはストレスが溜まって仕方がない。
考えるだけで頭が痛くなってきた。
声のトーンが無意識に低くなったからなのか、宰相が怯えている気がした。
「────皇妃殿下は、先刻お亡くなりになられました」
少し躊躇したあと、宰相が報告する。それを聞いた周りにいた文官、近衛騎士、側近達がざわつき始める。
「皇妃殿下がお亡くなりになられた……? そんな……!」
「だからなのか?! 今日はお見かけしていない」
「嘘だ……昨日まではあんなに元気でいらしたのに」
「やっとあの皇妃殿下が居なくなられたのか。皇帝陛下はさぞかし嬉しいだろうな」
彼女がこの世を去ったことに嘆く者、嘲笑う者、様々な会話が執務室に飛び交うが、何も頭に入ってこない。
(皇妃死んだ? 嘘だ。前回会った時は元気だったはず)
そこまで考えて前回会った日付を思い出す。
「おい。ルイ、私が皇妃に最後に会ったのはいつだ? 答えろ」
呆然としていたルイに慌てて問う。
「謁見ですか……? 確か四ヶ月ほど前かと……それより最近は会っていませんよ。すれ違い様に会っている可能性はありますが」
「……!? 四ヶ月前か? それは本当か?」
(私はそんなに皇妃と会ってなかったのか……?)
万年筆が手から滑り落ちて、床に転がった。
自分から会いに行くのは嫌で、逃げていたのは自覚していた。だから一ヶ月くらいは想定していたが、まさかそんな期間リーティアに会っていなかったなど、にわかには信じられない。
(ああそうか。自分は期待していたのか)
アルバートは知っていた。彼の婚約者だったリーティアは、自分のことを慕っているのを。
アルバートの事が好きなはずの彼女は、自分が嫌って罵っても、必ず会いに来てくれると。
「はは、馬鹿だな。そんなことはあるはずも無いのに」
乾いた笑いが零れる。自分は馬鹿だ。レリーナにうつつを抜かし、彼女を冷遇して。おまけに初夜も寝室を訪れることは無くレリーナの元に向かい、会った時には罵り暴力を振るった時もある。
(そんな人間にいつまでも恋情等抱くはずがない)
それに皇妃だとしても四半期も会いに行かないのは、過去を見ても例がない。リーティアはそれでも皇妃としての仕事に加えてレリーナの分もこなしていたのだ。文句も言わず、一人で。
彼女がこなした書類はアルバートの元に送られてくる。それを見ると優秀さが滲み出ていて嫌いだった。それでまた彼女に対して黒い感情が増えて会いに行くのは躊躇われた。
アルバートの中に今になって皇妃──リーティアに対する愛しさが何故か溢れてくる。彼女はもういないのに。自分がこうしたのに。何と傲慢なのだろうか。
(屑だな)
「……彼女の部屋に案内してくれ。皇妃は自室で眠っているのだろう?」
懺悔する為に、弔いたい為に向かうことを決めた。
前までだったら怒ってささっとカタをつけてしまえと言っただろうが今のアルバートは違った。虫が良すぎることは分かっているが、一目見に行きたいと思ってしまったのだ。
「……分かりました。ご案内します」
宰相は少し驚いている。それはそうだろう。今まではリーティアの名前が出ただけで、不愉快さを隠そうとしなかったアルバートが、自ら向かいたいと言ったのだから。
愚かなアルバートはリーティアの自室が何処にあるのか知らない。皇妃の部屋を何処にするか決める際に、そんなことは自分に関係ないことだと宰相たちに任せ、聞かなかったのだ。
廊下は長く、空気が沈んでいる。
早く着いてほしいような着いて欲しくないようななんとも言いがたい感情がアルバートを襲った。
後ろめたさもあるからだろう。あれほど残酷な──許されざることをしたのに、今になって湧き上がる愛しいという感情。アルバートはリーティアに合わせる顔がなかった。
「ここです。陛下。中へどうぞ」
「……ここか? 冗談はよせ!」
到着した場所に狼狽える。
「陛下。冗談ではございません。ここは皇妃殿下の自室でございます」
「私はこの場所を使うようにと言ってないぞ! ここは使用人──侍女用の部屋ではないか!」
皇妃が、皇族が、間違っても使うような部屋ではない。
(嘘だ……もし、使っていたら。皇妃のことだから何か言ってくるだろう。冗談に違いない)
「陛下、お言葉ですが冗談ではございません。陛下は皇妃殿下の部屋はどの部屋でもいいと仰いましたよね?」
そこで宰相は一旦区切る。
「陛下は殿下を冷遇していました。皇妃殿下が使用する部屋が通常通りの部屋だと陛下がお怒りになると判断し、私達は皇后陛下に判断を仰ぎました」
「リーナに? リーナは侍女用の部屋を──と言ったのか?」
皇后陛下という単語にアルバートは反応した。彼は皇后であるレリーナがそんなことを言うはずがないと、宰相を疑う。
「ええそうです。『彼女は侍女用の部屋で大丈夫よ。だってお似合いそうじゃない? 彼女アルにも見限られてて何の価値もないじゃない。それに経費削減にもなるでしょ? ふふふ』と。皇后陛下はアルバート陛下の次に地位がございます。彼女の助言を聞くのが陛下も大切だと! 聞かなかったら処罰すると私達を脅したのをお忘れですか!?」
頭を鈍器で殴られたかのような衝撃が走る。
(私が……私のせいなのか? 確かに言った。それに彼女も……?)
──自分のせいで彼女はこんな所に……?
「……でも何故だ。それなら何か皇妃は言ってきただろう!? それに普通は付くはずの侍女はどうした! 何故誰一人として居ないんだ! この部屋に!」
何故侍女が誰一人としていないのか。主人が亡くなったのなら傍に誰か居るはずで、報告をあげるのも宰相ではなくて侍女のはずだ。
そう怒鳴りつけると周りにいた文官たちから白い目を一斉に向けられる。彼らは普段からリーティアと仕事をこなしていた人達だった。
突き刺さるような憎悪の視線に、アルバートは一歩下がる。
真正面にいた文官の一人が声を低く落としてアルバートの問いに答えた。
「陛下……お忘れでございますか? 私達文官共は、皇妃殿下が嫁いでくる前に専属侍女はどうするのか陛下にお尋ねしました。陛下は────『あんな奴に専属侍女なんかいらないだろう? 公爵家でも付いてなかったしな』と私たちの提案を瞬殺で無下にしましたよね!?」
文官達の瞳には炎が点っていた。尊敬し、陰ながら慕っていた彼らの皇妃殿下は目の前の人物に殺されたも同然なのだ。
「それに、皇妃殿下は愚痴や不満を言いません。例え自分が皇妃としての待遇を受けられず、虐げられ、侍女を付けられず、皇族としてありえない生活を強いられていても。彼女は誰にも助けを求めないのです!!!」
「皇妃殿下は助けを求められる存在がいなかったのです。その中で唯一助けを乞うことをした相手は陛下……貴方です。それなのに陛下は彼女を厄介者として扱いました。分かりますか? 私達がどんなに困ったことがあったら言って欲しい、助けてあげたいと思っても、陛下が彼女を冷遇する為に、私達は……愚かなことに罰を恐れて表立って助けることが出来なかったことを……とても後悔しています」
こちらに聞こえてきそうなほど歯を食いしばる文官達の迫力にアルバートはまた一歩後ずさる。
「だが……私は何も報告を受けていないぞ? 皇妃から要望等は特に何も」
「それはそうでしょう。陛下が皇妃殿下を嫌っているのは誰の目から見ても明らかです。だから侍女達はもとい、他の皇宮に仕えるものからもほとんど無視されていたのですから」
その時のことを思い返しているのか、文官は一瞬遠くを見た。
「私たちは陛下に提案してみては? と尋ねました。皇妃殿下は『実はね……1回だけ提案してみたことあるのよ。自分から陛下に直接言うのは、多分会わせて貰えないから不可能なの。だからね。手紙を書いて侍女に持たせたんだけど、陛下の執務室内のゴミ箱に棄てられていたの。それを見てね、ああ私は提案するのもしてはいけないんだなって思って……それからは何があっても言わないことにしたの』と、とても悲しそうな表情で仰ったんですよ! 陛下、なぜ捨てたのですか?」
「私の元には手紙など来てないぞ!?」
「そうですか。ではあれですね。手紙を持っていっても怒られると判断した侍女が勝手に棄てたのでしょう」
その言葉にアルバートも納得出来てしまう。それだけ自分は彼女のことを虐げてきたのだ。
「全て私のしてきたことが巡り巡っているのか……」
頭を垂れて下を見る。これは全てアルバートがしてきたことだ。してしまったことだ。
酷く驚き、怯えたリーティアの表情がアルバートの脳裏を掠める。
助けを求められる存在がいなかった。その状況をこの宮の中で作ったのは自分だ。彼女は昔からそうだった。人に助けてもらおうとしない。しないと言うより出来ない不器用な人。
「陛下、皇妃殿下にお会いにならないのですか? 会いに来たのでしょう? 例え嫌いな人であっても」
傍にいたルイがさりげなく伝えたことで、アルバートはここに来た目的を思い出す。
(そうだ、私はリーティアに会いに来た)
恐る恐るゆっくり彼女の亡骸があるはずの寝台へと向かう。周りには何も無い。とても質素で皇族が使っているとは思えない寝室。
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