23 / 98
彼女の今世
episode23
しおりを挟む
そろそろ戻ろうかと思った矢先のことだった。後ろから地を踏む足音が聞こえたのは。
「誰!?」
まさか話しているところを見られた? 女神様は他の人には見えないと言っていたけどやはり不安になってしまう。
ビクリと体が上下しながら後ろを振り向く。
そこに居たのは────
「失礼しました。アルバート殿下でしたか」
「アリリエット公爵令嬢は何故ここに?」
「それは……」
殿下を視界に入れた途端全身が震える。
(何故……何故貴方がここに…? 令嬢にずっと囲まれていたはずなのに……)
声を出そうにも掠れた息しか出てこない。
「そして今、誰かと話していなかったか?」
殿下は咲き誇るコスモスに視線を送ったあと、こちらにその澄んだ瞳を向けてくる。
他の人から見たらきっと、心配してくれた殿下が声をかけられたと思い、もしかしたら浮かれる人も中にはいるだろう。
でも私は──あの優しげな瞳の中に隠された鋭い眼光を知っている。
「それは気のせいです。私は誰とも話しておりません」
掠れず、どもらず、スラスラと嘘を付けたことは奇跡に近かった。
「そうか」
──怖い。今すぐここから逃げ出したい。
もし、殿下が皇子ではなく、普通の貴族子息であったら今すぐにでも逃げ出していただろう。勿論、それもそれで問題行動となるが、対象が皇子でないだけまだマシになる。
でも、相手は皇子だ。逃げ出したら……お母様とお父様にも多大な迷惑をかけることになってしまう。それだけは嫌だ。
(私に構わないで欲しい。早く何処かに行って欲しい)
そんな私の願いなど知る由もない殿下は私との距離を詰め、あと一歩踏み出せば息がかかるであろう近距離まで近づいてきた。
「大丈夫? 顔、真っ青になっているよ」
心配そうに私を覗き込んだアルバート殿下の紺青色の髪がさらりとなびく。そして私の予想を裏切り手を差し出してきた。
「こ……れは……?」
予想をはるかに裏切った行動にもはや私の頭は追いつかず、普通なら分かるはずの差し出された手に疑問を持ってしまった。
「………体調悪いようなら医務室に連れていこうかと」
「大丈夫……です……殿下の手をお借りするほどでは無いので」
本気で私のことを心配しているように見て取れる殿下は、本当にあの殿下なのだろうか。助けて、前のように裏で愚かな者だと嘲笑うのかと疑ってしまう。
「だけどその体調で本当に大丈夫?」
「大丈夫です……お先にお戻りください。きっと皆様殿下が帰ってくることをお待ちしていますよ」
自分は大丈夫だと思わせるために、手と足は震えているが、無理やり笑顔を貼り付ける。
「だから君も……」
「いえ、私のことはお構いなく。もう少しここで休んでから行きますので」
「分かった。それじゃあ先に」
まだ何か言いたそうに口を開こうとして閉じた殿下は、最後にそう言い残して去っていった。
「──はっ」
彼が視界に入らなくなった瞬間私は足から力が抜けてドレスが汚れるのも気にせず、頭を押さえながら地面に座り込んでしまった。
これは思い出したくないのに……。
「あっあっ嫌っやめて! もうやめてっ!」
大声を出したら誰かに気が付かれてしまうかもしれない。皇宮で大声を出すなんてマナーとして絶対にダメだ。だが、止まらない。
脳裏に浮かぶ記憶は私を蝕み、恐怖と絶望の底に落とそうとしてくる。
『忌々しいヤツめ……』
『頭だけは使えるからな』
『出来損ないでリーナみたいに美しくもない、愛嬌もない。今更だが皇妃じゃなくて婚約解消にすれば良かったな』
『ダメな皇妃殿下、役に立たない皇妃殿下、誰からも愛されない皇妃殿下、 邪魔な皇妃殿下』
『『────さっさと消えてしまえばいいのに』』
頭に木霊する。思い出したくない前世の記憶が先程のアルバート殿下と被さり私を襲う。
「お願いやめってっ! いやぁぁぁぁ!」
大きく頭を振っても亡霊のように消えず、クスクスと幻聴であるはずの嘲笑が聞こえてきてグラリと世界が歪む。
「リティちゃん!」
「リティ!」
「……お……かあ……さま……おとう……さま……?」
霞む視界の中で最後に見えたのは、こちらに走ってくるお父様とお母様、それにもうひとり。
お茶会に戻って行ったはずのアルバート殿下だった。
「誰!?」
まさか話しているところを見られた? 女神様は他の人には見えないと言っていたけどやはり不安になってしまう。
ビクリと体が上下しながら後ろを振り向く。
そこに居たのは────
「失礼しました。アルバート殿下でしたか」
「アリリエット公爵令嬢は何故ここに?」
「それは……」
殿下を視界に入れた途端全身が震える。
(何故……何故貴方がここに…? 令嬢にずっと囲まれていたはずなのに……)
声を出そうにも掠れた息しか出てこない。
「そして今、誰かと話していなかったか?」
殿下は咲き誇るコスモスに視線を送ったあと、こちらにその澄んだ瞳を向けてくる。
他の人から見たらきっと、心配してくれた殿下が声をかけられたと思い、もしかしたら浮かれる人も中にはいるだろう。
でも私は──あの優しげな瞳の中に隠された鋭い眼光を知っている。
「それは気のせいです。私は誰とも話しておりません」
掠れず、どもらず、スラスラと嘘を付けたことは奇跡に近かった。
「そうか」
──怖い。今すぐここから逃げ出したい。
もし、殿下が皇子ではなく、普通の貴族子息であったら今すぐにでも逃げ出していただろう。勿論、それもそれで問題行動となるが、対象が皇子でないだけまだマシになる。
でも、相手は皇子だ。逃げ出したら……お母様とお父様にも多大な迷惑をかけることになってしまう。それだけは嫌だ。
(私に構わないで欲しい。早く何処かに行って欲しい)
そんな私の願いなど知る由もない殿下は私との距離を詰め、あと一歩踏み出せば息がかかるであろう近距離まで近づいてきた。
「大丈夫? 顔、真っ青になっているよ」
心配そうに私を覗き込んだアルバート殿下の紺青色の髪がさらりとなびく。そして私の予想を裏切り手を差し出してきた。
「こ……れは……?」
予想をはるかに裏切った行動にもはや私の頭は追いつかず、普通なら分かるはずの差し出された手に疑問を持ってしまった。
「………体調悪いようなら医務室に連れていこうかと」
「大丈夫……です……殿下の手をお借りするほどでは無いので」
本気で私のことを心配しているように見て取れる殿下は、本当にあの殿下なのだろうか。助けて、前のように裏で愚かな者だと嘲笑うのかと疑ってしまう。
「だけどその体調で本当に大丈夫?」
「大丈夫です……お先にお戻りください。きっと皆様殿下が帰ってくることをお待ちしていますよ」
自分は大丈夫だと思わせるために、手と足は震えているが、無理やり笑顔を貼り付ける。
「だから君も……」
「いえ、私のことはお構いなく。もう少しここで休んでから行きますので」
「分かった。それじゃあ先に」
まだ何か言いたそうに口を開こうとして閉じた殿下は、最後にそう言い残して去っていった。
「──はっ」
彼が視界に入らなくなった瞬間私は足から力が抜けてドレスが汚れるのも気にせず、頭を押さえながら地面に座り込んでしまった。
これは思い出したくないのに……。
「あっあっ嫌っやめて! もうやめてっ!」
大声を出したら誰かに気が付かれてしまうかもしれない。皇宮で大声を出すなんてマナーとして絶対にダメだ。だが、止まらない。
脳裏に浮かぶ記憶は私を蝕み、恐怖と絶望の底に落とそうとしてくる。
『忌々しいヤツめ……』
『頭だけは使えるからな』
『出来損ないでリーナみたいに美しくもない、愛嬌もない。今更だが皇妃じゃなくて婚約解消にすれば良かったな』
『ダメな皇妃殿下、役に立たない皇妃殿下、誰からも愛されない皇妃殿下、 邪魔な皇妃殿下』
『『────さっさと消えてしまえばいいのに』』
頭に木霊する。思い出したくない前世の記憶が先程のアルバート殿下と被さり私を襲う。
「お願いやめってっ! いやぁぁぁぁ!」
大きく頭を振っても亡霊のように消えず、クスクスと幻聴であるはずの嘲笑が聞こえてきてグラリと世界が歪む。
「リティちゃん!」
「リティ!」
「……お……かあ……さま……おとう……さま……?」
霞む視界の中で最後に見えたのは、こちらに走ってくるお父様とお母様、それにもうひとり。
お茶会に戻って行ったはずのアルバート殿下だった。
243
あなたにおすすめの小説
王太子妃は離婚したい
凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。
だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。
※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。
綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。
これまで応援いただき、本当にありがとうございました。
レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。
https://www.regina-books.com/extra/login
年に一度の旦那様
五十嵐
恋愛
愛人が二人もいるノアへ嫁いだレイチェルは、領地の外れにある小さな邸に追いやられるも幸せな毎日を過ごしていた。ところが、それがそろそろ夫であるノアの思惑で潰えようとして…
しかし、ぞんざいな扱いをしてきたノアと夫婦になることを避けたいレイチェルは執事であるロイの力を借りてそれを回避しようと…
私たちの離婚幸福論
桔梗
ファンタジー
ヴェルディア帝国の皇后として、順風満帆な人生を歩んでいたルシェル。
しかし、彼女の平穏な日々は、ノアの突然の記憶喪失によって崩れ去る。
彼はルシェルとの記憶だけを失い、代わりに”愛する女性”としてイザベルを迎え入れたのだった。
信じていた愛が消え、冷たく突き放されるルシェル。
だがそこに、隣国アンダルシア王国の皇太子ゼノンが現れ、驚くべき提案を持ちかける。
それは救済か、あるいは——
真実を覆う闇の中、ルシェルの新たな運命が幕を開ける。
ご安心を、2度とその手を求める事はありません
ポチ
恋愛
大好きな婚約者様。 ‘’愛してる‘’ その言葉私の宝物だった。例え貴方の気持ちが私から離れたとしても。お飾りの妻になるかもしれないとしても・・・
それでも、私は貴方を想っていたい。 独り過ごす刻もそれだけで幸せを感じられた。たった一つの希望
もう二度と、あなたの妻にはなりたくありません~死に戻った嫌われ令嬢は幸せになりたい~
桜百合
恋愛
旧題:もう二度と、あなたの妻にはなりたくありません〜死に戻りの人生は別の誰かと〜
★第18回恋愛小説大賞で大賞を受賞しました。応援・投票してくださり、本当にありがとうございました!
10/24にレジーナブックス様より書籍が発売されました。
現在コミカライズも進行中です。
「もしも人生をやり直せるのなら……もう二度と、あなたの妻にはなりたくありません」
コルドー公爵夫妻であるフローラとエドガーは、大恋愛の末に結ばれた相思相愛の二人であった。
しかしナターシャという子爵令嬢が現れた途端にエドガーは彼女を愛人として迎え、フローラの方には見向きもしなくなってしまう。
愛を失った人生を悲観したフローラは、ナターシャに毒を飲ませようとするが、逆に自分が毒を盛られて命を落とすことに。
だが死んだはずのフローラが目を覚ますとそこは実家の侯爵家。
どうやらエドガーと知り合う前に死に戻ったらしい。
もう二度とあのような辛い思いはしたくないフローラは、一度目の人生の失敗を生かしてエドガーとの結婚を避けようとする。
※完結したので感想欄を開けてます(お返事はゆっくりになるかもです…!)
独自の世界観ですので、設定など大目に見ていただけると助かります。
※誤字脱字報告もありがとうございます!
こちらでまとめてのお礼とさせていただきます。
【完結】亡くなった人を愛する貴方を、愛し続ける事はできませんでした
凛蓮月
恋愛
【おかげさまで完全完結致しました。閲覧頂きありがとうございます】
いつか見た、貴方と婚約者の仲睦まじい姿。
婚約者を失い悲しみにくれている貴方と新たに婚約をした私。
貴方は私を愛する事は無いと言ったけれど、私は貴方をお慕いしておりました。
例え貴方が今でも、亡くなった婚約者の女性を愛していても。
私は貴方が生きてさえいれば
それで良いと思っていたのです──。
【早速のホトラン入りありがとうございます!】
※作者の脳内異世界のお話です。
※小説家になろうにも同時掲載しています。
※諸事情により感想欄は閉じています。詳しくは近況ボードをご覧下さい。(追記12/31〜1/2迄受付る事に致しました)
私のことを愛していなかった貴方へ
矢野りと
恋愛
婚約者の心には愛する女性がいた。
でも貴族の婚姻とは家と家を繋ぐのが目的だからそれも仕方がないことだと承知して婚姻を結んだ。私だって彼を愛して婚姻を結んだ訳ではないのだから。
でも穏やかな結婚生活が私と彼の間に愛を芽生えさせ、いつしか永遠の愛を誓うようになる。
だがそんな幸せな生活は突然終わりを告げてしまう。
夫のかつての想い人が現れてから私は彼の本心を知ってしまい…。
*設定はゆるいです。
記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話
甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。
王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。
その時、王子の元に一通の手紙が届いた。
そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。
王子は絶望感に苛まれ後悔をする。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる