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彼女の今世
episode24
「んっここは……? 確か私は気を失って……」
意識を取り戻した私がいた空間は、どこまでも続く漆黒の闇。試しに手を伸ばしても、ただそこには空間があるだけで何かを掴むことはできない。
床も勿論黒く、下手すると平衡感覚を失いそうだ。
試しに軽く飛び跳ねてみても何も見えない。
「私……いつの間に靴を? それになんで白いワンピース?」
飛び跳ねた拍子にふわりと靡いた踝まであるワンピースが視界に入り、自分の服装が変わっていることに気がつく。
何が何だか理解が追いつかないが、取り敢えずここは現実の世界ではなくて虚構の世界だろう。もしくは夢の世界。現実の世界にこんな場所があるなんて聞いたことも無いのだから。
「────け……て」
「え? 誰か……いるの?」
途方に暮れていると、微かに奥から人声が聞こえた。
行ってみたら何か分かるかもしれない。そう思って恐る恐る一歩ずつ歩みを進めると途中から床が水に浸り始めて、歩く度に水の音も響き渡る。
「────たす……けて……」
「もう嫌──」
「何も……してない……のに……」
(まさか……)
近づくにつれて鮮明になる声。
それが誰の声なのか分かった私は駆け出した。
すると突然人影が現れる。
そこに居たのは────顔を手で覆って泣いているもう一人のわたし。
「あの姿」
ポツリと私は呟く。見慣れた服装の大人のわたし。前世のわたしがしゃがみこんで、踝くらいまでの水にひたりながら啜り泣いている。
「────陛下の愛が欲しかった。ただそれだけでわたしは幸せになれたのに。それさえあれば別に権力や地位など要らないのに」
静寂に響く、押し殺して捨てたはずの感情。
亡霊の様に淡く光るわたしは言葉を続ける。
「元々陛下は私のことを見てくれなかった。見てくれなくても……例え他の人が好きでいても……お役に立てればって……」
わたしは薄くなっていく。それに気づいた私は急いで駆けだし、濡れることも構わず手を伸ばすがその手は空気を掴むことしか出来ない。
「あっ……ひっ」
──何で貴方までここに。
(何故……? どうして?)
尻もちをついた私に合わせてパシャンッと水が弾ける音が鮮明に響き、周りに波紋を作る。
誰も居ないはずの空間。
わたしが消えた場所に現れたのは──
「……レ……リー……ナ?」
亡霊の様に半透明な彼女は私を見て嘲笑っている。
「あはは! どう? 今の気持ちは? 辛い? 悔しい? 悲しい? 私を──殺したい? それとも復讐したい?」
「そんな……こと……」
「嘘は無駄だよ。だって貴方、ぜーんぶ私に切望していたもの取られちゃったもんね」
高笑いが耳を貫く。
これは虚構。現実ではないのに妙にリアルだ。
一瞬、辺りに風が巻き起こり、収束するとまた亡霊は増える。私の会いたくない人が。
レリーナは笑いながらその者に抱き着く。
「ねえアル、貴方も何か言ったら?」
「そうだな」
陛下の瞳はこちらを射抜く。
「いっ……やっ! もうやめて!」
その冷たい眼差しに耐えきれなくなった私はよろけながらも立ち上がり、耳を塞ぎながら駆け出した。
これは現実じゃない。違う。大人の姿のアルバート殿下も、レリーナも今はいない。
私は復讐なんてしたくない。いらない。同じ道を辿らなければそれでいい。
それなのに何故? 何故、この世界までも私を追い詰めようとするの?
「きゃっ」
私は盛大に転び、全身が水に濡れる。これではあの二人に捕まってしまう。そう思った。
「ねぇリーティア。運命を変えると女神様は言っていたけど、因果はそんな簡単に消えないと思うの」
「え?」
だけど、聞こえてきたのは嘲笑いではなくて、澄んだ聞き覚えのある声。
顔を上げるとレリーナとアルバート殿下の亡霊は消え去り、唐突に私を包み込んだのはもうひとりの〝わたし〟。
「『歪んでしまった運命』をまっさらにしただけだったら──また同じ道を歩む可能性があるのでは無いかしら?」
彼女は耳元で内緒ごとのように囁く。
「貴女が婚約者になる可能性はあるわよ」
「そんな……こと、は、無い……はずよ」
掠れた声が漏れでる。婚約者?
そんなもの──なりたくないし、それで幸せになれるなんて少しもありえない。
「そうね。ありえないかもしれない。だって女神様は運命を変えると言った。でもね、仮にその言葉の通りだとしても、リーティアに選択肢が出来るだけで、その中に『婚約者』という選択肢が入っててもおかしくない。何故なら貴方は公爵家の娘。皇族が婚約者を選ぶ際に身分が釣り合いやすいから。だから婚約者候補の中に入っていないはずは無い。例え──貴女がその選択肢を選びたくなくても、選ばないといけなくなるかもしれない」
「嫌……よ……そんなの」
絶望に突き落とされる。あの眼差し、罵倒、そして幸せそうな二人を再び見る可能性がある……?
思えば、女神様は確証が持てないと言っていた気がする。
「──だから。わたしみたいには今世はならないでね。なったとしても……絶望しないで。今世は貴女を助けてくれる人達が周りに沢山いるはずよ。きっと前世とは運命は変わるわ」
「……あっ!」
トンっと私はわたしに押されて、一歩後ずさったはずだった。だが、地に足をついたと思った次の瞬間、足は地をすり抜け身体が水の中に沈む。
反射的にわたしに手を伸ばすが、彼女は後ずさり、私の手は少し服に掠るだけだった。
「さようなら今世の私」
水で視界が埋まる僅かな時間に彼女は泣き笑いながら別れの言葉を送った。
わたしの分まで幸せになってね。そう彼女は言った気がする。
でも、前世の貴方は──この闇の中にずっと囚われるの?
冷たく、光が差し込まない水中の中。それは泡となって言葉としては出てこなかった。
◆◆◆
その頃、リーティアの両親である公爵は皇宮医に問いただし、夫人は我が子の手を取って娘の名前を呼ぶ。
ずっと眠っている娘。体調不良で倒れたのかと少し待っても目覚めない。
「娘はいつになったら目を覚ますのでしょうか?」
「それが……分かりません」
「分からない? 皇宮医である貴方が?」
この国で一番の腕を持つ者に分からないと言われた公爵はその答えに苛立ち、ジリジリと迫る。
「公爵、皇宮医に詰め寄るのはやめなさい。分からないことがあっても仕方ないわ」
公爵を諌めたのは扇で顔を半分隠しつつ、心配そうにリーティアを眺めていた皇后だった。
だが、公爵は納得しない。娘が自分達の目の前でいきなり悲鳴を上げて気を失ったのだ。
「皇后陛下……ですが……」
「貴方の公爵令嬢を思う気持ちも分かるわ。私も仮にアルバートが彼女と同じ状態になったらそうなるわ。でも、焦ってはダメよ」
「……分かりました。それではひとつお尋ねします。アルバート殿下は私達を呼びに来ましたが、それはこの事が起こると分かっていてですか?」
本来、疑いの目を向けることは不敬だ。不敬罪と捉えられてもおかしくないが、我が子が倒れた理由を知っているとするならば最後に娘を見たはずの殿下だけ。それが意味するのは殿下のせいで娘が倒れた可能性があるということ。
だから公爵は射抜くような視線をアルバートに送る。
「僕は──知らない。分からないんだ。ただ、声をかけた際何かに脅えて真っ青で。体調が悪いのかと声をかけたが、心配はないと……。でもやっぱり心配で、それならば公爵夫妻を呼んでくればいいかと」
あとは公爵が見た通りです。とアルバートは答える。
それが本当ならば、ただ単に体調が悪くて娘は倒れたということになる。だが、それならあんな大声の悲鳴をあげる理由が見当たらない。
一体どうしたのだろうか。こちらまで心が張り裂けそうになるくらいの悲痛な甲高い声で「やめて」と言って気を失ったのは────
◇◇◇
微かに聞こえるお母様の呼び声。
お母様……私はここにいるわ。だからそんなに嘆かないで。
段々と鮮明に聞こえてくる周りの声。これは──お父様とアルバート殿下?
うっすらと瞼を開けるとそこには私の手を握っているお母様、思案しているお父様、それに何故か皇后様とアルバート殿下。
そしてここは────皇宮の医務室?
何処にいるのか確認するためグルリと視線を動かすと、不意にこちらを見た殿下と視線がまじり合い、彼は複雑な表情を浮かべる。
「──ぁ」
微かに漏れ出た声。私が起きたことに気付いたのか、殿下が何かを言う前に、お母様は嬉し泣きしながら私に抱きついた。
少しキツい。
「あぁリティちゃん起きたのね」
「お母……さま……」
「そうよ私よ。ずっと、ずっと目を覚まさなくて……皇宮医にも目を覚まさない理由が分からないって言われて。もう目が覚めないのかって……」
私を抱きしめる手が震えている。
「リーティア」
「お父様」
「良かった。本当によかった」
お父様も抱擁に加わってくる。どのくらい眠っていたのか分からないが、二人ともあまり顔色が良くない。そこから推測するに、数時間という訳では無いのだろう。心配をかけたことに申し訳なくなってくる。
「抱擁の途中で悪いけど、公爵令嬢にお尋ねしてもいいかしら?」
「えぇ、何なりと皇后陛下」
両親に抱きつかれながら私は陛下を見る。
「それでは、貴女が倒れたのは私の息子のアルバートのせい?」
「…………違います」
違わないけど違う。だから私は嘘をつくことにした。どちらにせよ、殿下が鍵だったとは言えない。
「そう……ならいいの。気を悪くしてしまったらごめんなさいね。一応確認しておこうと思って。公爵令嬢も目を覚ましたことだし、私とアルバートは失礼するわ」
部屋から出ていく皇后陛下。アルバート殿下もそれに倣って会釈をしたあと退出しようとしたのを慌てて呼び止める。
「アルバート殿下、待ってください!」
急に呼び止められて殿下はキョトンとしている。
彼は正直言って今も怖い。彼を見ていると前世の陛下が思い浮かんできてしまうから。でも今の殿下と前の陛下は別人なのだ。
ならば、過剰に彼を避けたり、怯えたりする必要もない気がした。
「両親を呼んでくださり、ありがとうございました」
微かに見えた光景と先程の会話。私のためにしてくれたことなのだろうと容易に想像出来る。だからお礼を伝えるのは当然。
「どういたしまして。当然のことをしただけだよ。身体、お大事にしてください」
アルバート殿下はそう言って今度こそ部屋から退出した。
意識を取り戻した私がいた空間は、どこまでも続く漆黒の闇。試しに手を伸ばしても、ただそこには空間があるだけで何かを掴むことはできない。
床も勿論黒く、下手すると平衡感覚を失いそうだ。
試しに軽く飛び跳ねてみても何も見えない。
「私……いつの間に靴を? それになんで白いワンピース?」
飛び跳ねた拍子にふわりと靡いた踝まであるワンピースが視界に入り、自分の服装が変わっていることに気がつく。
何が何だか理解が追いつかないが、取り敢えずここは現実の世界ではなくて虚構の世界だろう。もしくは夢の世界。現実の世界にこんな場所があるなんて聞いたことも無いのだから。
「────け……て」
「え? 誰か……いるの?」
途方に暮れていると、微かに奥から人声が聞こえた。
行ってみたら何か分かるかもしれない。そう思って恐る恐る一歩ずつ歩みを進めると途中から床が水に浸り始めて、歩く度に水の音も響き渡る。
「────たす……けて……」
「もう嫌──」
「何も……してない……のに……」
(まさか……)
近づくにつれて鮮明になる声。
それが誰の声なのか分かった私は駆け出した。
すると突然人影が現れる。
そこに居たのは────顔を手で覆って泣いているもう一人のわたし。
「あの姿」
ポツリと私は呟く。見慣れた服装の大人のわたし。前世のわたしがしゃがみこんで、踝くらいまでの水にひたりながら啜り泣いている。
「────陛下の愛が欲しかった。ただそれだけでわたしは幸せになれたのに。それさえあれば別に権力や地位など要らないのに」
静寂に響く、押し殺して捨てたはずの感情。
亡霊の様に淡く光るわたしは言葉を続ける。
「元々陛下は私のことを見てくれなかった。見てくれなくても……例え他の人が好きでいても……お役に立てればって……」
わたしは薄くなっていく。それに気づいた私は急いで駆けだし、濡れることも構わず手を伸ばすがその手は空気を掴むことしか出来ない。
「あっ……ひっ」
──何で貴方までここに。
(何故……? どうして?)
尻もちをついた私に合わせてパシャンッと水が弾ける音が鮮明に響き、周りに波紋を作る。
誰も居ないはずの空間。
わたしが消えた場所に現れたのは──
「……レ……リー……ナ?」
亡霊の様に半透明な彼女は私を見て嘲笑っている。
「あはは! どう? 今の気持ちは? 辛い? 悔しい? 悲しい? 私を──殺したい? それとも復讐したい?」
「そんな……こと……」
「嘘は無駄だよ。だって貴方、ぜーんぶ私に切望していたもの取られちゃったもんね」
高笑いが耳を貫く。
これは虚構。現実ではないのに妙にリアルだ。
一瞬、辺りに風が巻き起こり、収束するとまた亡霊は増える。私の会いたくない人が。
レリーナは笑いながらその者に抱き着く。
「ねえアル、貴方も何か言ったら?」
「そうだな」
陛下の瞳はこちらを射抜く。
「いっ……やっ! もうやめて!」
その冷たい眼差しに耐えきれなくなった私はよろけながらも立ち上がり、耳を塞ぎながら駆け出した。
これは現実じゃない。違う。大人の姿のアルバート殿下も、レリーナも今はいない。
私は復讐なんてしたくない。いらない。同じ道を辿らなければそれでいい。
それなのに何故? 何故、この世界までも私を追い詰めようとするの?
「きゃっ」
私は盛大に転び、全身が水に濡れる。これではあの二人に捕まってしまう。そう思った。
「ねぇリーティア。運命を変えると女神様は言っていたけど、因果はそんな簡単に消えないと思うの」
「え?」
だけど、聞こえてきたのは嘲笑いではなくて、澄んだ聞き覚えのある声。
顔を上げるとレリーナとアルバート殿下の亡霊は消え去り、唐突に私を包み込んだのはもうひとりの〝わたし〟。
「『歪んでしまった運命』をまっさらにしただけだったら──また同じ道を歩む可能性があるのでは無いかしら?」
彼女は耳元で内緒ごとのように囁く。
「貴女が婚約者になる可能性はあるわよ」
「そんな……こと、は、無い……はずよ」
掠れた声が漏れでる。婚約者?
そんなもの──なりたくないし、それで幸せになれるなんて少しもありえない。
「そうね。ありえないかもしれない。だって女神様は運命を変えると言った。でもね、仮にその言葉の通りだとしても、リーティアに選択肢が出来るだけで、その中に『婚約者』という選択肢が入っててもおかしくない。何故なら貴方は公爵家の娘。皇族が婚約者を選ぶ際に身分が釣り合いやすいから。だから婚約者候補の中に入っていないはずは無い。例え──貴女がその選択肢を選びたくなくても、選ばないといけなくなるかもしれない」
「嫌……よ……そんなの」
絶望に突き落とされる。あの眼差し、罵倒、そして幸せそうな二人を再び見る可能性がある……?
思えば、女神様は確証が持てないと言っていた気がする。
「──だから。わたしみたいには今世はならないでね。なったとしても……絶望しないで。今世は貴女を助けてくれる人達が周りに沢山いるはずよ。きっと前世とは運命は変わるわ」
「……あっ!」
トンっと私はわたしに押されて、一歩後ずさったはずだった。だが、地に足をついたと思った次の瞬間、足は地をすり抜け身体が水の中に沈む。
反射的にわたしに手を伸ばすが、彼女は後ずさり、私の手は少し服に掠るだけだった。
「さようなら今世の私」
水で視界が埋まる僅かな時間に彼女は泣き笑いながら別れの言葉を送った。
わたしの分まで幸せになってね。そう彼女は言った気がする。
でも、前世の貴方は──この闇の中にずっと囚われるの?
冷たく、光が差し込まない水中の中。それは泡となって言葉としては出てこなかった。
◆◆◆
その頃、リーティアの両親である公爵は皇宮医に問いただし、夫人は我が子の手を取って娘の名前を呼ぶ。
ずっと眠っている娘。体調不良で倒れたのかと少し待っても目覚めない。
「娘はいつになったら目を覚ますのでしょうか?」
「それが……分かりません」
「分からない? 皇宮医である貴方が?」
この国で一番の腕を持つ者に分からないと言われた公爵はその答えに苛立ち、ジリジリと迫る。
「公爵、皇宮医に詰め寄るのはやめなさい。分からないことがあっても仕方ないわ」
公爵を諌めたのは扇で顔を半分隠しつつ、心配そうにリーティアを眺めていた皇后だった。
だが、公爵は納得しない。娘が自分達の目の前でいきなり悲鳴を上げて気を失ったのだ。
「皇后陛下……ですが……」
「貴方の公爵令嬢を思う気持ちも分かるわ。私も仮にアルバートが彼女と同じ状態になったらそうなるわ。でも、焦ってはダメよ」
「……分かりました。それではひとつお尋ねします。アルバート殿下は私達を呼びに来ましたが、それはこの事が起こると分かっていてですか?」
本来、疑いの目を向けることは不敬だ。不敬罪と捉えられてもおかしくないが、我が子が倒れた理由を知っているとするならば最後に娘を見たはずの殿下だけ。それが意味するのは殿下のせいで娘が倒れた可能性があるということ。
だから公爵は射抜くような視線をアルバートに送る。
「僕は──知らない。分からないんだ。ただ、声をかけた際何かに脅えて真っ青で。体調が悪いのかと声をかけたが、心配はないと……。でもやっぱり心配で、それならば公爵夫妻を呼んでくればいいかと」
あとは公爵が見た通りです。とアルバートは答える。
それが本当ならば、ただ単に体調が悪くて娘は倒れたということになる。だが、それならあんな大声の悲鳴をあげる理由が見当たらない。
一体どうしたのだろうか。こちらまで心が張り裂けそうになるくらいの悲痛な甲高い声で「やめて」と言って気を失ったのは────
◇◇◇
微かに聞こえるお母様の呼び声。
お母様……私はここにいるわ。だからそんなに嘆かないで。
段々と鮮明に聞こえてくる周りの声。これは──お父様とアルバート殿下?
うっすらと瞼を開けるとそこには私の手を握っているお母様、思案しているお父様、それに何故か皇后様とアルバート殿下。
そしてここは────皇宮の医務室?
何処にいるのか確認するためグルリと視線を動かすと、不意にこちらを見た殿下と視線がまじり合い、彼は複雑な表情を浮かべる。
「──ぁ」
微かに漏れ出た声。私が起きたことに気付いたのか、殿下が何かを言う前に、お母様は嬉し泣きしながら私に抱きついた。
少しキツい。
「あぁリティちゃん起きたのね」
「お母……さま……」
「そうよ私よ。ずっと、ずっと目を覚まさなくて……皇宮医にも目を覚まさない理由が分からないって言われて。もう目が覚めないのかって……」
私を抱きしめる手が震えている。
「リーティア」
「お父様」
「良かった。本当によかった」
お父様も抱擁に加わってくる。どのくらい眠っていたのか分からないが、二人ともあまり顔色が良くない。そこから推測するに、数時間という訳では無いのだろう。心配をかけたことに申し訳なくなってくる。
「抱擁の途中で悪いけど、公爵令嬢にお尋ねしてもいいかしら?」
「えぇ、何なりと皇后陛下」
両親に抱きつかれながら私は陛下を見る。
「それでは、貴女が倒れたのは私の息子のアルバートのせい?」
「…………違います」
違わないけど違う。だから私は嘘をつくことにした。どちらにせよ、殿下が鍵だったとは言えない。
「そう……ならいいの。気を悪くしてしまったらごめんなさいね。一応確認しておこうと思って。公爵令嬢も目を覚ましたことだし、私とアルバートは失礼するわ」
部屋から出ていく皇后陛下。アルバート殿下もそれに倣って会釈をしたあと退出しようとしたのを慌てて呼び止める。
「アルバート殿下、待ってください!」
急に呼び止められて殿下はキョトンとしている。
彼は正直言って今も怖い。彼を見ていると前世の陛下が思い浮かんできてしまうから。でも今の殿下と前の陛下は別人なのだ。
ならば、過剰に彼を避けたり、怯えたりする必要もない気がした。
「両親を呼んでくださり、ありがとうございました」
微かに見えた光景と先程の会話。私のためにしてくれたことなのだろうと容易に想像出来る。だからお礼を伝えるのは当然。
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