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彼女の今世
番外編 リーティアの欲しいもの(3)
暖炉の前で本を読んでいるとコンコンっと扉を叩く音がした。
「はーい、私はいるけど……誰?」
「だーれーでーしょう!」
その声だけで誰か分かってしまった。自分より少し高音。それでいてまだ舌っ足らずな話し方。私は彼女に少し乗ってあげることにした。
「うーん分からないなぁ」
自分で言っておいて、可笑しくて笑ってしまう。隣に控えていたアナベルは微笑ましそうに扉を見ていた。
「ほんとに?」
扉越しに声を掛けられる。
「ほんとに分からないわ。だれかしら? 中へどうぞ」
不思議そうな声色を出して、室内に入るよう促した。
「ふふふっじゃーん! セシルでしたあ!」
ぴょんっと飛び跳ねるように、セシルは扉から顔を覗かせた。亜麻色に近い金髪は青のリボンでツインテールに結われていた。
「おはようセシルとエマ」
「おはようございますお嬢様」
扉を閉めたのはセシルではなくてエマだった。
「口元が汚れているわよ」
持っていたハンカチでセシルの口元を拭く。どうやら朝餉を食べて直ぐに来たみたい。服装もネグリジェのまま。頭だけ整えたみたいだった。
「おねえさまありがとう」
「どういたしまして」
セシルは私が座っていた隣に腰掛けた。ぼすんっと音がして、一瞬身体が沈む。
「先に着替えてきたらどう? その格好寒いでしょう?」
ブランケットにすっぽり包まっている。ここにまだ居るつもりならもっと暖かい服装になった方がいい。暖炉の火を消すつもりはないが、下手したら風邪をひいてしまう。
ぶらぶらと足を空中に彷徨わせながらセシルは暫く考えたあと口を開いた。
「その前におねえさまにお願いがあって来たの」
「なにかしら」
「今日はひま?」
顔を覗きこまれながら爛々と輝く瞳が向けられる。
「用事は何もないけど……」
「あのね。いっしょに街に行きたいの! ほら、クリスマスの時期だから街全体が飾り付けられてるってシェリーが言ってたのよ」
シェリーというのは最近セシルと遊んでいる伯爵家のご令嬢だ。仲がとてもよくて、妹と話しているとよく話題に出てくる。
「私と行きたいの? お母様じゃなくて?」
「うん。私に任せられた任務なの。おねえさまを外に連れ出す任務」
任務……? どういうことか分からないが、何かのごっこ遊びだろうか。
チラリと傍に積み上げられた本の山を見る。これらは今日読もうとしていたものだった。
(妹の方が優先度高いわよね。本はいつでも大丈夫だし)
「──セシルがお姉様を連れて行ってくれる?」
「うんもちろん! そうと決まったら着替えてこなきゃ」
セシルのブランケットが翻って空気を包む。
小走りに扉の所まで行って、そのまま廊下に出ていった。
「エマ! 行くよ! 早くはやく!」
一度戻ってきて、顔だけを出してまだ室内にいたエマを呼ぶ。
「すぐに行きます! 屋敷内を走らないでください。転びますよ」
セシルを追いかけて外に出ていく。エマのきっちり三つ編みにされたお下げが、視界の中で揺れた。
「お嬢様、私達も支度をしましょうか」
「ええ。早くしないとセシルが拗ねてしまうわ」
あまり外出しない私が外に行くということで、アナベルは嬉しそうだ。既に浮き足立っているし、スキップしながら衣装部屋の扉を開けている。
きっと普段着ない外行き用の服の中でどれにしようか悩んでいるのだろう。あれでもない、これでもない。という声が聞こえてくる。
「お嬢様! どちらがいいですか」
アナベルが持ってきたのはどちらも厚手だが、色が違う服だった。
「左がいいわ」
緋色と梔子色。私が選んだのは梔子色だった。そちらの方が落ち着いた色合いだと思ったからだ。
アナベルに手伝ってもらって手を通す。そして髪の毛をもう一度整えてもらった。
準備が終わって、エントランスに行けば執事がケープコートと手袋を持って待機していた。受け取って着ける。そんなことをしていれば直ぐにセシルとエマが階段を降りてきた。
セシルの言っていた場所までは馬車で十数分ほど。少しおしゃべりをしていればあっという間だ。
御者が扉を開けてくれて外に出る。
馬車の外に出ると、全身を寒さが包み込む。無意識に身体が縮こまる。
ざわざわと会話が聞こえてそちらの方を見れば、近くに黒いマントを羽織った数人の男性がいた。
(ああ、魔法省の方ね)
ここの道は交通量が多い。だから渋滞を起こさない為に彼らが魔法で雪を溶かしたか、移動させたのだろう。おかげで馬車でここまで来れた。心の中でお礼を言って、セシルと手を繋ぐ。
「飾りってイルミネーションのこと?」
吐く息が白い。溶けてない雪の上を歩けばサクサクと音がする。
「んっとね。おーきいクリスマスツリーがあるんだって!」
私を引っ張るように前を進むセシルはにっこりと笑った。
「そう。あれのことかしら」
右に曲がって、私がすっと指したのは、3階建ての建物ほどの高さであるもみの木。
星、紅白杖、電飾の明かり、色とりどりのボールなどが飾り付けに使われていた。
「はーい、私はいるけど……誰?」
「だーれーでーしょう!」
その声だけで誰か分かってしまった。自分より少し高音。それでいてまだ舌っ足らずな話し方。私は彼女に少し乗ってあげることにした。
「うーん分からないなぁ」
自分で言っておいて、可笑しくて笑ってしまう。隣に控えていたアナベルは微笑ましそうに扉を見ていた。
「ほんとに?」
扉越しに声を掛けられる。
「ほんとに分からないわ。だれかしら? 中へどうぞ」
不思議そうな声色を出して、室内に入るよう促した。
「ふふふっじゃーん! セシルでしたあ!」
ぴょんっと飛び跳ねるように、セシルは扉から顔を覗かせた。亜麻色に近い金髪は青のリボンでツインテールに結われていた。
「おはようセシルとエマ」
「おはようございますお嬢様」
扉を閉めたのはセシルではなくてエマだった。
「口元が汚れているわよ」
持っていたハンカチでセシルの口元を拭く。どうやら朝餉を食べて直ぐに来たみたい。服装もネグリジェのまま。頭だけ整えたみたいだった。
「おねえさまありがとう」
「どういたしまして」
セシルは私が座っていた隣に腰掛けた。ぼすんっと音がして、一瞬身体が沈む。
「先に着替えてきたらどう? その格好寒いでしょう?」
ブランケットにすっぽり包まっている。ここにまだ居るつもりならもっと暖かい服装になった方がいい。暖炉の火を消すつもりはないが、下手したら風邪をひいてしまう。
ぶらぶらと足を空中に彷徨わせながらセシルは暫く考えたあと口を開いた。
「その前におねえさまにお願いがあって来たの」
「なにかしら」
「今日はひま?」
顔を覗きこまれながら爛々と輝く瞳が向けられる。
「用事は何もないけど……」
「あのね。いっしょに街に行きたいの! ほら、クリスマスの時期だから街全体が飾り付けられてるってシェリーが言ってたのよ」
シェリーというのは最近セシルと遊んでいる伯爵家のご令嬢だ。仲がとてもよくて、妹と話しているとよく話題に出てくる。
「私と行きたいの? お母様じゃなくて?」
「うん。私に任せられた任務なの。おねえさまを外に連れ出す任務」
任務……? どういうことか分からないが、何かのごっこ遊びだろうか。
チラリと傍に積み上げられた本の山を見る。これらは今日読もうとしていたものだった。
(妹の方が優先度高いわよね。本はいつでも大丈夫だし)
「──セシルがお姉様を連れて行ってくれる?」
「うんもちろん! そうと決まったら着替えてこなきゃ」
セシルのブランケットが翻って空気を包む。
小走りに扉の所まで行って、そのまま廊下に出ていった。
「エマ! 行くよ! 早くはやく!」
一度戻ってきて、顔だけを出してまだ室内にいたエマを呼ぶ。
「すぐに行きます! 屋敷内を走らないでください。転びますよ」
セシルを追いかけて外に出ていく。エマのきっちり三つ編みにされたお下げが、視界の中で揺れた。
「お嬢様、私達も支度をしましょうか」
「ええ。早くしないとセシルが拗ねてしまうわ」
あまり外出しない私が外に行くということで、アナベルは嬉しそうだ。既に浮き足立っているし、スキップしながら衣装部屋の扉を開けている。
きっと普段着ない外行き用の服の中でどれにしようか悩んでいるのだろう。あれでもない、これでもない。という声が聞こえてくる。
「お嬢様! どちらがいいですか」
アナベルが持ってきたのはどちらも厚手だが、色が違う服だった。
「左がいいわ」
緋色と梔子色。私が選んだのは梔子色だった。そちらの方が落ち着いた色合いだと思ったからだ。
アナベルに手伝ってもらって手を通す。そして髪の毛をもう一度整えてもらった。
準備が終わって、エントランスに行けば執事がケープコートと手袋を持って待機していた。受け取って着ける。そんなことをしていれば直ぐにセシルとエマが階段を降りてきた。
セシルの言っていた場所までは馬車で十数分ほど。少しおしゃべりをしていればあっという間だ。
御者が扉を開けてくれて外に出る。
馬車の外に出ると、全身を寒さが包み込む。無意識に身体が縮こまる。
ざわざわと会話が聞こえてそちらの方を見れば、近くに黒いマントを羽織った数人の男性がいた。
(ああ、魔法省の方ね)
ここの道は交通量が多い。だから渋滞を起こさない為に彼らが魔法で雪を溶かしたか、移動させたのだろう。おかげで馬車でここまで来れた。心の中でお礼を言って、セシルと手を繋ぐ。
「飾りってイルミネーションのこと?」
吐く息が白い。溶けてない雪の上を歩けばサクサクと音がする。
「んっとね。おーきいクリスマスツリーがあるんだって!」
私を引っ張るように前を進むセシルはにっこりと笑った。
「そう。あれのことかしら」
右に曲がって、私がすっと指したのは、3階建ての建物ほどの高さであるもみの木。
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