57 / 99
彼女の今世
episode49
私は皇宮の中にある魔法省の塔を訪ねるため、馬車に揺られていた。
ちなみにアリアはお留守番。彼女はとても行きたそうにしていたが、何をしでかすか分からないので魔法で付いてくるのを禁じたのだ。
「どうもー、ご案内しますね」
馬車の扉が開けられ、一番始めに出会ったのはジョシュア様。迎えが待っているとは聞いていたが彼だとは思わず、一瞬固まるとクスリと笑われてしまった。
「あの、アルバート殿下の護衛は?」
皇太子が突然襲撃されるようなことはありえないが、側近兼護衛が抜けてしまっていいのだろうか。
「ご心配なく。今日の任務はアリリエット公爵令嬢を、筆頭魔術師様の所までご案内することなので」
胸に手を当てて一度会釈したジョシュア様は、馬車から降りる私に手を差し出した。
右手を乗せれば、軽く握られる。それを支えにしながら石畳に足を着けた。
少し色褪せ錆び付いた銀の門を抜け、世間話をしながら数分歩くと塔の入口が見えてくる。
今から入る塔は関係者以外立ち入りを制限されている。皇族であっても魔法省側の許可がなければ入ることは叶わない。
そうは言っても帝国の最高権力者は皇家なので、強制的に立ち入る権限はあるにはある。しかし、それを行使するとなれば魔法省との信頼が損なわれてしまうことから使われることはない。よって、魔法省は帝国の行政府の中でも特殊な位置付けにある。
当たり前だが前世では魔法という概念は存在しなかった。なので私が魔法省管轄の塔に入るのは初めてのこと。滅多に中に入るのは叶わないため、昨日は緊張で夜遅くまで眠れなかった。
「先に言いますが、中を見て驚かないでくださいね。忙しくて手が回ってないだけですから!」
真剣な顔をしたジョシュア様はそう前置きをして重そうな扉を開ける。ギィッと蝶番が軋む音がした。
中は外観から想像する面積よりも明らかに広かった。
中央にある螺旋階段を囲むように本棚が最上階まで置かれ、書籍が痛むのを防ぐために差し込む日光を最小限に抑えているのか仄暗い。
目を引くのは辺りに散らばった書類の数々だ。中には踏まれたのか、靴の足跡がついているものもある。
どうやら端の方まで同じような状態である。一番綺麗に見えるのは、今いる入口の前だけ。
「あの、掃除は……」
何も見なかったことにするのが正解なのだろうけれど、尋ねてしまった。
「しようと皆、思うんですよ。けれど、この空間だけは置かれている歴史的書物の保護のため、魔法の使用が禁止されているのです。なので人力が必要で……」
(だけど人手が足りないから掃除をする暇がないのね)
バタバタと一切の躊躇も見せずに書類を踏み、あちらこちらに走っていく魔術師様達。その度に床にある書類が擦れ合う。
粗雑な扱われ方に勝手に心配してしまうが、大丈夫……なのだろう。
「さあさあ、こんな汚い場所にいる必要は無いです。他のところは比較的綺麗ですから。一旦別の場所に移動しましょう」
ジョシュア様は一番近くにあった扉を開ける。くぐり抜けるとそこは上から光が降り注ぐ明るい温室だった。ふかふかそうな土壌には本の中でしか見たことがない薬草が植わっている。
「ここは薬草園兼研究室ですね。魔法薬の調合や新薬の開発とかをする場所です」
木のテーブルに置かれたガラス瓶。中には新緑を思わせる色の液体がこぽこぽと音を立て沸騰していた。隣では何かの種を秤で量っている。
「あの方達も魔術師様で?」
テーブルを挟んだ向かい側に、白い白衣を着た人達がいる。魔術師様達が白衣を着ているなんて珍しい。
「あれは宮廷の医師や薬師の方達です。魔術師は基本的に黒いローブを着るのがここの規則なので。着ていない者は全員外部の所属です」
「へぇ……ってあの、ウィザ様の所へは……」
感心している場合ではない。ここに来た目的は筆頭魔術師様に会うことなのだ。
「急がなくても大丈夫ですが……では鍵をお貸しください」
「か……ぎ?」
そんなものは持っていない。一応ポケットの中を探るがハンカチしか手に触れない。
「おかしいですね。筆頭魔術師様は公爵令嬢に渡したから大丈夫だと」
(ウィザ様から渡された物って……)
──まさか
〝自分の所まで来るのに必要〟と言われたのを今の今まですっかり忘れていた。
閃いた私は首から下げていたあれを鎖ごとジョシュア様に見せる。
「これのことで?」
鈍く光る指輪はあの日、手紙と共に受け取った物だ。
「そう、それです! 公爵令嬢に渡されたのは指輪だったのですね。てっきりいつものように鍵を模した物だと思い込んでました」
貸して下さいと頼まれたので、ジョシュア様の手に指輪を乗せた。彼は中指にはめて呪文を唱える。すると指輪が光を放ち始め、ジョシュア様は近くの扉を先程と同じように一度、ノックしてからドアノブに手をかけた。
「初めての方は酔ってしまうので、ダメそうなら教えてください。遠回りになりますが、指輪があれば違う行き方もありますから」
酔う? 何にだろう。
「分かりました」
よく分からないままこくりと頷く。
先程までの扉は繋がっている部屋の様子が見えたが、目の前にある扉の奥は漆黒の闇。
眩しいほどの輝きを放っていた指輪も今は闇に呑まれている。
「では通りますね」
そう言ってジョシュア様は闇の中に足を踏み入れたので私もそれに続く。すると扉の向こう側に足を着けた途端、地面がぐにゃりと曲がるような錯覚に陥り、ひっと悲鳴をあげそうになった。
思わず手を繋いでいたジョシュア様の腕に縋り付く。
「大丈夫ですよ、そのまま着いてきてください。怖がらないで」
そうはいっても、中々踏み出せない。泥濘に足を取られたかのような感触に、背筋に悪寒が走る。
勇気を出してもう一歩踏み出せばまた、足元と視界が歪む。
(これが酔うってこと?)
確かに気持ち悪く……なるかもしれない。
「──ごめんなさい。早く行かないといけないのに」
慣れない足場に悪戦苦闘している私は、手を引いてくれるジョシュア様に対して申し訳なくなってきた。
「お構いなく。ここを通る者は魔術師でも、一般の方でも、魔力の波長上最初はこうなるのです。徐々に慣れてきますから。私が初めて通った時よりも早いですしね」
気にしないで下さいと言ってくださるが、待たせているのはジョシュア様だけではない。あのウィザ様も待たせてしまっているのだ。心苦しい。
(この、ぐにゃりとなるのが無くなればいいのだけれど)
視覚と触覚。どちらからも歪みを感じとってしまう。片方だけでも無くなれば、少しは歩きやすくなるのだろうか。
「ジョシュア様、私、目を瞑ってもいいですか? そうすれば歩きやすくなる気がします……」
思いついたことを口にすれば、彼は直ぐに了承してくれた。
「構いませんよ。では、先導しますね」
「ありがとうございます」
ジョシュア様が歩き始めたので私は目を瞑り、一歩進む。
(うん、さっきよりマシ。足だけなら立ち止まらずに歩けそう)
調子が出てきたのか、はたまたこの感触に慣れてきたのか、ペースを上げて進むことが出来た。
「お疲れ様です。着きましたよ」
言われて瞼を開けると、目の前には金に縁取られた木の扉。作られてから相当の年月が過ぎているのだろう。色褪せ湿気を吸って膨張している。
ジョシュア様は一回、二回、とノックする。すると扉がひとりでに開く。
「中に筆頭魔術師様はいらっしゃいますので」
囁くように耳打ちされ、先に入るよう促される。足を踏み入れれば部屋の中は独特な、だけど落ち着く匂いがした。
いきなり明るい場所に来たので目が慣れない。眩しさに目を細めつつ、数回瞬きをする。
「──よく来たね。待っていたよ」
突然、少し奥に初老の男性が現れた。黒いローブを纏い、長い艶やかな銀の髪をひとつに結んだその人は私に近づいてくる。
「こんにちはリーティア嬢」
それはお父様よりも低いが威圧さは感じない、小川のせせらぎのような穏やかな声だった。
挨拶を忘れて男性に魅入っていた私は慌ててスカートの裾を摘んで礼をする。
「こ、こんにちは。お初にお目にかかります。アリリエット公爵家のリーティア・アリリエットと申します。ウィザさ──あ、いえ、筆頭魔術師様に本日はお会い出来てとても光栄です」
「ウィザでいいよ。筆頭魔術師と呼ばれるのは他の魔術師からで聞き飽きている。そちらの方が新鮮で嬉しい」
さあ、こちらに──と部屋の奥に案内される。最初の部屋にはなかったが、案内された奥の部屋には窓があり、ちょうど鳥が横切った。
どうやら結構高い位置にこの部屋はあるらしい。
「外が気になるかい?」
「はい。これほどの高さから外を見ることは初めてなので」
「私の部屋は塔の最上階にあるからね。職権を思う存分行使して改造した場所だ。それとここのいいところは──」
ウィザ様は窓枠に手をかける。
鍵を外し、大きな窓を開け放てば秋風が室内を駆けていく。ちょっとだけ肌寒い。
「──地上より騒がしくないことだ」
ウィザ様は半分ほど窓を閉め、再び正面に立った。彼とは身長差があるので私が見上げる形になる。
「ああ、これは首が疲れてしまう。よくないね」
そう言ったヴィザ様は私の身長に合わせて屈み、シワの寄った手を目の前に出した。
「改めて、我が塔へようこそ。リーティア・アリリエット嬢」
あなたにおすすめの小説
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
あなたへの愛を捨てた日
柴田はつみ
恋愛
公爵夫人エステルは、冷徹な夫レオニスを心から愛していた。彼の好みを調べ、帰宅を待ちわび、献身的に尽くす毎日。
しかし、ある夜会の回廊で、エステルは残酷な真実を知る。
レオニスが、未亡人クラリスの手を取り囁いていたのだ。
「君のような(自立した)女性が、私の隣にいるべきだった」
エステルは悟る。自分の愛は彼にとって「重荷」であり、自分という人間は彼にとって「不足」だったのだと。その瞬間、彼女の中で何かが音を立てて砕け散る。
私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです
こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。
まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。
幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。
「子供が欲しいの」
「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」
それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。
「憎悪しか抱けない『お下がり令嬢』は、侍女の真似事でもやっていろ」と私を嫌う夫に言われましたので、素直に従った結果……
ぽんた
恋愛
「おれがおまえの姉ディアーヌといい仲だということは知っているよな?ディアーヌの離縁の決着がついた。だからやっと、彼女を妻に迎えられる。というわけで、おまえはもう用済みだ。そうだな。どうせだから、異母弟のところに行くといい。もともと、あいつはディアーヌと結婚するはずだったんだ。妹のおまえでもかまわないだろう」
この日、リン・オリヴィエは夫であるバロワン王国の第一王子マリユス・ノディエに告げられた。
選択肢のないリンは、「ひきこもり王子」と名高いクロード・ノディエのいる辺境の地へ向かう。
そこで彼女が会ったのは、噂の「ひきこもり王子」とはまったく違う気性が荒く傲慢な将軍だった。
クロードは、幼少の頃から自分や弟を守る為に「ひきこもり王子」を演じていたのである。その彼は、以前リンの姉ディアーヌに手痛い目にあったことがあった。その為、人間不信、とくに女性を敵視している。彼は、ディアーヌの妹であるリンを憎み、侍女扱いする。
しかし、あることがきっかけで二人の距離が急激に狭まる。が、それも束の間、王都が隣国のスパイの工作により、壊滅状態になっているいう報が入る。しかも、そのスパイの正体は、リンの知る人だった。
※全三十九話。ハッピーエンドっぽく完結します。ゆるゆる設定です。ご容赦ください。
十六歳の妹の誕生日、私はこの世を去る。
あいみ
恋愛
碌に手入れもされていない赤毛の伯爵令嬢、スカーレット。
宝石のように澄んだ青い髪をした伯爵令嬢、ルビア。
対極のような二人は姉妹。母親の違う。
お世辞にも美しいと言えない前妻の子供であるスカーレットは誰からも愛されない。
そばかすだらけで、笑顔が苦手な醜い姉。
天使のように愛らしく、誰からも好かれる可愛い妹。
生まれつき体の弱いルビアは長くは生きられないと宣告されていた。
両親の必死に看病や、“婚約者の献身的なサポート”のおかげで、日常生活が送れるようになるまで回復した。
だが……。運命とは残酷である。
ルビアの元に死神から知らせが届く。
十六歳の誕生日、ルビアの魂は天に還る、と。
美しい愛しているルビア。
失いたくない。殺されてなるものか。
それぞれのルビアを大切に思う想いが、一つの選択をさせた。
生まれてくる価値のなかった、醜いスカーレットを代わりに殺そう、と。
これは彼女が死ぬ前と死んだ後の、少しの物語。
〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。
国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。
悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。