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彼女の今世
episode59
私は指輪をはめて魔力を込める。
「──ウィオレス様」
呟けば僅かな間の後、風が発生した。下ろしていた髪が視界の邪魔をする。
風と共に塵が舞い上がったのだろう。一部が目の中に入り、違和感を覚えた私は瞳を閉じて擦る。
「ああ、すまない」
そんな声が聞こえてきて。目を開けると至近距離にその人はいた。
はためく黒いローブに鷹の紋章。真紅の瞳と金の髪を持つ青年の頭が傾ぐ。
「ああ、風、抑えるの忘れていた。落ち葉が髪に絡まってしまったな」
綺麗な手が伸びてくる。それは耳元を掠め、ほんの少し上の髪の毛に触れた。
私は何とも言えないこそばゆさに身を縮こませた。
「……っ!」
飛び跳ねるように後退した私は、ウィオレス様と距離をとる。
ぱちくりと瞬きをして彼は吹き出した。
「もしかして照れているの? ただ、髪に触れただけなのに」
「う、うるさいですっ!」
柄にもなく大声を出してしまった。
(仕方ないじゃない。男の人は慣れてないんだもの)
バクバクしている心臓をどうにか落ち着かせ、転移してきた彼と向き合う。
今日はいよいよ魔力制御の練習日。行う場所は魔法省の塔なのだが、ウィオレス様が迎えに来てくれる予定だったのだ。
前回言われた通り指輪に魔力を込めて彼を呼んだのだが、正直なところ絶対魔力の無駄使いである。
これならば手間はかかるけれど、私が馬車で魔法省に出向く方が良さげに思えた。
転移魔法はそんなにひょいひょい使えるものではないのだ。彼にとっては日常茶飯事なのかもしれないが。
「からかうのが目的ではないし、だるいから早く行こう。ほら……」
ウィオレス様の視線は私の隣の少し下に移動した。
「お姉さま、この方がそうなの?」
クイッと裾を引っ張ったのはセシルだった。彼女は私の見送りのために一緒にいたのだ。ちなみにセシル付きのエマも後ろの方に控えている。
「ええ、そうよ。ウィオレス様というの」
「ふーん」
しげしげとセシルは見定めるように彼を注視した。
「私、セシル・アリリエット。リーティアお姉さまの妹なの」
「これは失礼しました。初めましてセシル嬢」
ウィオレス様は直ぐに切り替えた。からかうような口調から、紳士的な口調に変わる。
膝を折ってセシルと目線の高さを同じにする。
「ウィオレス様って魔法省の魔術師様なのでしょう?」
「そうだよ」
「魔術師様はとってもかしこくて凄い魔法もばんばん使えるって聞いたわ! あなたも使えるの?」
「もちろんさ」
彼は指をクイッと動かした。するとみるみるうちに私たちがいる一角だけ天気が変わる。
雲が現れ、牡丹雪が降ってきたのだ。
「わあ! ゆき! 雪ですよお姉さま!」
はしゃぐセシルはぴょんぴょん飛び跳ねながら、手をお椀のようにして雪を受け止めた。
「お近付きのしるしにこれもどうぞお嬢さん」
恋愛小説に出てきそうなセリフを口にして、ウィオレス様はセシルの手を撫でる。そうして突如現れた花束を妹に握らせた。
それがまたセシルにとって瞳を輝かせるには充分なことで。大切に握りながらお礼を伝えていた。
ひとしきり興奮し終わった彼女は、彼に質問する。
「私も、ウィオレス様みたいに魔法使えるようになりますか? もちろん、お姉さまやウィオレス様のように沢山の魔力は持ってないと思うけれど」
「大半の魔法は練習すれば使えるようになりますよ」
「本当?」
「ええ。それに、優秀なリーティア嬢の妹であられますから」
胡散臭い笑顔を貼り付けている。私が優秀だなんて少しも思っていないだろうに。
数回会っただけだけれど、彼の性格は悪い方だと思う。純粋なセシルが騙されないか心配だ。
彼の毒牙から守るようにセシルを抱きしめると、彼女はしばし固まったあとにぎゅっと抱き締め返してくれる。
「私、お姉さまにくっつくの好きだわ」
幸せそうに頬をすりすりさせてくる妹は、可愛い以外の何物でもなくて。私はセシルの頭を優しく撫でた。
抱擁を終えセシルが私から離れていく。ぬくもりが消えて少し寂しかった。
「お姉さままた夜ね。バイバイ」
ぶんぶん手を振る妹に、私も負けじと振り返してウィオレス様の隣に立つ。
んっと差し出されたのは手袋に包まれた手だ。
「転移するから握って」
「はい」
触れればいいのだろう。なら……と、指の先を握った。
ウィオレス様は眉を顰めたけれど、何も言葉を発さず世界が歪む。
「──着いたよ」
前回来た時と同様、転移した場所は美しい雄大な自然が延々と続いていた。
どうやら塔の中でも、ウィザ様が作ったという空間に転移したらしい。
青々と茂っている芝生の匂いが鼻をくすぐり、近くにあるらしい浅瀬からせせらぎが聞こえてくる。
「改めて見るとボサボサだ」
距離を取ったウィオレス様は顎に手を当てて言った。
「失礼ですね。あなたのせいです」
世間一般からしてみれば魔法省の魔術師様はエリート中のエリートなのだ。これでも彼に会うからと失礼にならないよう丹念に髪を梳いて、身だしなみは完璧に整えたのに。
(風と共に登場するとは思わないじゃない!)
転移するなら室内より遮蔽物の無い屋外の方がいいだろう。そう考えたのが仇になった。
「女性は身だしなみにうるさいとよく聞くけど、そこまで睨まなくてもいいんじゃない?」
「睨んでません」
「……嘘だろ」
これを睨んでいると言うならば、世の人々は皆常に睨んでいることになる。
「あーもういい。直せばいいでしょ。そうしたら公爵令嬢も睨む理由なくなるよね」
「ちょっといきなり何を」
「黙って」
私の抗議を無視し、どこからか出てきたブラシと髪留めでササッと結っていく。
あっという間に銀の長い髪の毛は編み込まれ、二つ結びにされてしまった。
出来の高さと早さに私は驚いてしまう。
「お上手ですね」
「妹が……いるんだ。よく結んであげていた」
(意外だわ。妹思いなのね)
なのに若干哀愁漂っているのは何故なのだろうか。とても素敵でいい話だと思うけれど。
人様の家族関係に首を突っ込む気はないので、何も感じ取らなかったことにする。
「それで今日、私は何をすれば良いのでしょうか」
実は何も聞かされてないのである。持ち物も、詳細な内容も。とりあえず動きやすそうな服にはしてみたが、それだけである。
「練習する前に公爵令嬢に言わないといけないことがある」
ウィオレス様はテーブルと椅子を空間に出現させた。
「紅茶と珈琲どっちがいい」
「へ?」
「どっち」
「えっと紅茶で」
いきなりお茶会のようなセッティングが始まり、驚きつつ返答するとテーブルの上にソーサーとカップ、ポットが現れた。
「ミルク入れる? 砂糖は?」
「どちらもいらないです」
「へぇめずらしい」
そう呟いたあと、慣れた手つきでウィオレス様は紅茶を注ぐ。
私は湯気の立つカップをもらい、口つけた。
「……おいしい」
「お世辞?」
「いいえ、何故貴方にお世辞を言う必要が? 本当に美味しいですよ」
冗談抜きに腕が良い。アナベルが淹れるお茶をよく飲むけれど、それ以上の腕前ではないだろうか。
冷たくなっていた手先が、カップに伝わるお茶の熱でじんわり温まる。
「……それはどうも」
ウィオレス様は横を向いた。そうして彼も砂糖無しの珈琲を啜る。
「前回、魔法を使ってもらっただろう?」
彼はぽつぽつ語り出した。
「はい。私の陣を調べるみたいなことを仰ってましたね。その件ですか?」
「そう。あの陣は公爵令嬢の魔力量から発揮しうる性能より……明らかに劣っていた」
珈琲の入ったカップを置いて手を前にかざす。一拍置いて私とウィオレス様の間に魔法陣が浮かび上がる。
それは以前私が使った陣だった。
「この陣から面白いことが判明した」
「面白いこと?」
ウィオレス様は自身の胸元をトンっと叩き、次に私の胸を指しながら告げた。
「──君は保持している魔力の半分を使えない状態にあるということさ」
「──ウィオレス様」
呟けば僅かな間の後、風が発生した。下ろしていた髪が視界の邪魔をする。
風と共に塵が舞い上がったのだろう。一部が目の中に入り、違和感を覚えた私は瞳を閉じて擦る。
「ああ、すまない」
そんな声が聞こえてきて。目を開けると至近距離にその人はいた。
はためく黒いローブに鷹の紋章。真紅の瞳と金の髪を持つ青年の頭が傾ぐ。
「ああ、風、抑えるの忘れていた。落ち葉が髪に絡まってしまったな」
綺麗な手が伸びてくる。それは耳元を掠め、ほんの少し上の髪の毛に触れた。
私は何とも言えないこそばゆさに身を縮こませた。
「……っ!」
飛び跳ねるように後退した私は、ウィオレス様と距離をとる。
ぱちくりと瞬きをして彼は吹き出した。
「もしかして照れているの? ただ、髪に触れただけなのに」
「う、うるさいですっ!」
柄にもなく大声を出してしまった。
(仕方ないじゃない。男の人は慣れてないんだもの)
バクバクしている心臓をどうにか落ち着かせ、転移してきた彼と向き合う。
今日はいよいよ魔力制御の練習日。行う場所は魔法省の塔なのだが、ウィオレス様が迎えに来てくれる予定だったのだ。
前回言われた通り指輪に魔力を込めて彼を呼んだのだが、正直なところ絶対魔力の無駄使いである。
これならば手間はかかるけれど、私が馬車で魔法省に出向く方が良さげに思えた。
転移魔法はそんなにひょいひょい使えるものではないのだ。彼にとっては日常茶飯事なのかもしれないが。
「からかうのが目的ではないし、だるいから早く行こう。ほら……」
ウィオレス様の視線は私の隣の少し下に移動した。
「お姉さま、この方がそうなの?」
クイッと裾を引っ張ったのはセシルだった。彼女は私の見送りのために一緒にいたのだ。ちなみにセシル付きのエマも後ろの方に控えている。
「ええ、そうよ。ウィオレス様というの」
「ふーん」
しげしげとセシルは見定めるように彼を注視した。
「私、セシル・アリリエット。リーティアお姉さまの妹なの」
「これは失礼しました。初めましてセシル嬢」
ウィオレス様は直ぐに切り替えた。からかうような口調から、紳士的な口調に変わる。
膝を折ってセシルと目線の高さを同じにする。
「ウィオレス様って魔法省の魔術師様なのでしょう?」
「そうだよ」
「魔術師様はとってもかしこくて凄い魔法もばんばん使えるって聞いたわ! あなたも使えるの?」
「もちろんさ」
彼は指をクイッと動かした。するとみるみるうちに私たちがいる一角だけ天気が変わる。
雲が現れ、牡丹雪が降ってきたのだ。
「わあ! ゆき! 雪ですよお姉さま!」
はしゃぐセシルはぴょんぴょん飛び跳ねながら、手をお椀のようにして雪を受け止めた。
「お近付きのしるしにこれもどうぞお嬢さん」
恋愛小説に出てきそうなセリフを口にして、ウィオレス様はセシルの手を撫でる。そうして突如現れた花束を妹に握らせた。
それがまたセシルにとって瞳を輝かせるには充分なことで。大切に握りながらお礼を伝えていた。
ひとしきり興奮し終わった彼女は、彼に質問する。
「私も、ウィオレス様みたいに魔法使えるようになりますか? もちろん、お姉さまやウィオレス様のように沢山の魔力は持ってないと思うけれど」
「大半の魔法は練習すれば使えるようになりますよ」
「本当?」
「ええ。それに、優秀なリーティア嬢の妹であられますから」
胡散臭い笑顔を貼り付けている。私が優秀だなんて少しも思っていないだろうに。
数回会っただけだけれど、彼の性格は悪い方だと思う。純粋なセシルが騙されないか心配だ。
彼の毒牙から守るようにセシルを抱きしめると、彼女はしばし固まったあとにぎゅっと抱き締め返してくれる。
「私、お姉さまにくっつくの好きだわ」
幸せそうに頬をすりすりさせてくる妹は、可愛い以外の何物でもなくて。私はセシルの頭を優しく撫でた。
抱擁を終えセシルが私から離れていく。ぬくもりが消えて少し寂しかった。
「お姉さままた夜ね。バイバイ」
ぶんぶん手を振る妹に、私も負けじと振り返してウィオレス様の隣に立つ。
んっと差し出されたのは手袋に包まれた手だ。
「転移するから握って」
「はい」
触れればいいのだろう。なら……と、指の先を握った。
ウィオレス様は眉を顰めたけれど、何も言葉を発さず世界が歪む。
「──着いたよ」
前回来た時と同様、転移した場所は美しい雄大な自然が延々と続いていた。
どうやら塔の中でも、ウィザ様が作ったという空間に転移したらしい。
青々と茂っている芝生の匂いが鼻をくすぐり、近くにあるらしい浅瀬からせせらぎが聞こえてくる。
「改めて見るとボサボサだ」
距離を取ったウィオレス様は顎に手を当てて言った。
「失礼ですね。あなたのせいです」
世間一般からしてみれば魔法省の魔術師様はエリート中のエリートなのだ。これでも彼に会うからと失礼にならないよう丹念に髪を梳いて、身だしなみは完璧に整えたのに。
(風と共に登場するとは思わないじゃない!)
転移するなら室内より遮蔽物の無い屋外の方がいいだろう。そう考えたのが仇になった。
「女性は身だしなみにうるさいとよく聞くけど、そこまで睨まなくてもいいんじゃない?」
「睨んでません」
「……嘘だろ」
これを睨んでいると言うならば、世の人々は皆常に睨んでいることになる。
「あーもういい。直せばいいでしょ。そうしたら公爵令嬢も睨む理由なくなるよね」
「ちょっといきなり何を」
「黙って」
私の抗議を無視し、どこからか出てきたブラシと髪留めでササッと結っていく。
あっという間に銀の長い髪の毛は編み込まれ、二つ結びにされてしまった。
出来の高さと早さに私は驚いてしまう。
「お上手ですね」
「妹が……いるんだ。よく結んであげていた」
(意外だわ。妹思いなのね)
なのに若干哀愁漂っているのは何故なのだろうか。とても素敵でいい話だと思うけれど。
人様の家族関係に首を突っ込む気はないので、何も感じ取らなかったことにする。
「それで今日、私は何をすれば良いのでしょうか」
実は何も聞かされてないのである。持ち物も、詳細な内容も。とりあえず動きやすそうな服にはしてみたが、それだけである。
「練習する前に公爵令嬢に言わないといけないことがある」
ウィオレス様はテーブルと椅子を空間に出現させた。
「紅茶と珈琲どっちがいい」
「へ?」
「どっち」
「えっと紅茶で」
いきなりお茶会のようなセッティングが始まり、驚きつつ返答するとテーブルの上にソーサーとカップ、ポットが現れた。
「ミルク入れる? 砂糖は?」
「どちらもいらないです」
「へぇめずらしい」
そう呟いたあと、慣れた手つきでウィオレス様は紅茶を注ぐ。
私は湯気の立つカップをもらい、口つけた。
「……おいしい」
「お世辞?」
「いいえ、何故貴方にお世辞を言う必要が? 本当に美味しいですよ」
冗談抜きに腕が良い。アナベルが淹れるお茶をよく飲むけれど、それ以上の腕前ではないだろうか。
冷たくなっていた手先が、カップに伝わるお茶の熱でじんわり温まる。
「……それはどうも」
ウィオレス様は横を向いた。そうして彼も砂糖無しの珈琲を啜る。
「前回、魔法を使ってもらっただろう?」
彼はぽつぽつ語り出した。
「はい。私の陣を調べるみたいなことを仰ってましたね。その件ですか?」
「そう。あの陣は公爵令嬢の魔力量から発揮しうる性能より……明らかに劣っていた」
珈琲の入ったカップを置いて手を前にかざす。一拍置いて私とウィオレス様の間に魔法陣が浮かび上がる。
それは以前私が使った陣だった。
「この陣から面白いことが判明した」
「面白いこと?」
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