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第二章 【過去編】イザベル・ランドール
呪われた子(3)
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「……ユースのそれって風邪?」
「ううん」
「なら、わたしに移らないわよね」
「そうだけど……? ──なにしようとしてるの」
怪訝な顔をするユリウスを無視してイザベルはよいしょと寝台の上に乗る。
「一緒に寝ようかなーって」
そうして手を繋いだままこてんとユリウスの隣に横になった。
「椅子に座りながらだと寝にくいもん。寝台広いし、わたしが寝ても余裕あるでしょ?」
「それはそうだけど……」
「ユースはいや?」
「嫌じゃないけど……」
ごろごろするイザベルに困惑しているが、何を言っても無駄だと悟ったのか諦めムードが漂い始める。
「風邪引いちゃうから中に入ったら?」
そう言ってシーツを捲りあげたので、これ幸いにといそいそ中に入り、ユリウスに近づいた。体温を共有するとぬくぬく温かい。
「ベルって変だよね」
「何処が?」
「今みたいに行動が突拍子もないというか……普通、こんなことしようと思わないよ」
(……そうかもしれない)
でも、イザベルは一緒に寝ると決めたのだ。決めたことは曲げたくなかった。
「普通と違くても、ユースが嫌じゃないなら別に良くない? 無理やりやってる訳じゃないもの」
話していると目が再び冴えてきてしまった。
「ねえ」
「な、に?」
「いつも、こう、熱とか血とか吐いちゃうの?」
聞いていいのか分からなかったが、嫌なら答えないだろうと一度尋ねてみることにした。すると意外なことにユリウスはぽつぽつと答えてくれる。
「いつもっていうか……たまに」
「どのくらいの間隔で?」
「…………一ヶ月に一回とか」
「そんなに!?」
(とても辛そうなこれがひと月に一回もあるの……?)
血を吐いたことは無い。だけど、ひとたび流行病や風邪をもらってしまうと意識が朦朧としてしまうくらいの高熱をイザベルは出してしまう。
そんな自分の時と同じくらいユリウスは熱かった。挙句の果てに喀血だ。それはもう体の負担も相当なもので、イザベルだったら「辛いつらい」とイザークかララに縋りつき、泣いてぐずってしまうだろう。
なのに彼はただひたすら一人で耐えようとしていたのだ。
「辛かったら人、呼んでいいんだよ?」
「…………いつかは収まるから。こんなので死なないし」
(そういう問題じゃないのに)
イザベルはふくれっ面をした。
「お父様も言っていたけれど、おくすり飲んだら熱が下がるかもしれないし、額や首を冷やせば少しは楽になるわ。これからは頼らなきゃダメ。頼らなきゃ許さない」
「いい?」っと語気を強めてユリウスに了承させる。
(どうしてこんなに自分のことに無頓着なのかしら)
やれやれと肩をすくめる。
ランドール公爵家に彼がやって来て約一ヶ月。逸らしがちだった紺碧の瞳は真っ直ぐイザベルを見ていて、濡れ羽色の髪の毛もようやく艶を取り戻し始めていた。
これはイザークとイザベルがこの一ヶ月どうにか栄養が欠乏し、人を見掛けると怯えるユリウスを改善しようと頑張った成果だった。
それでもまだ全然足りなくて。自分の体は傷ついているのが当たり前──みたいに思っている節があったり、さっきみたいに極端に萎縮したりする。
食事だってまだまだ食が細いようで、イザベルの半分くらいしか口にしてない。
彼が言うにはそれでも前より食べているらしい。それを証明するかのように、ユリウスの枝のようだった腕に肉がついてきた。
(ちょっとは自分の体を気にして欲しいわ)
自分のことではないのにイザベルの方が悲しくて虚しくなってしまう。
それに────
(呪いってなに?)
口から出かかり、無理やり飲み込む。
ユリウスが口にした「呪われた子」、イザークの「君の呪い」、イザベルは初めて聞いた。一体呪いというものは何なんだろうか。
多分、彼の発熱に関係しているのだろうけれど、どうして呪いという物が発熱を引き起こすのか分からない。
(痣も、半分黒いのも……生まれつきって言っていたけれど)
もしかしたらそれらも〝呪い〟が原因なんじゃないかと、イザベルは真実に辿り着きつつあった。
「ベル」
思考にどっぷり浸かっていたイザベルは現実に引き戻された。
「ベル、この部屋、何か焚いた?」
「ううん、いきなりどうしたの」
ユリウスは鼻を動かし空中を嗅いでいた。
「なんかさっきから花の匂いみたいな……」
「何の匂いもしないけど」
イザベルも気をつけて嗅いでみるが何もしない。
ユリウスは不思議そうに目をぱちぱちさせた。
「気のせい、かな」
「きっとそうよ。それに、私が話しかけちゃってたけどユースは寝なきゃ」
回復するには睡眠が一番だ。ゆっくり寝れば少しは体調も戻るだろう。
「子守唄歌ってあげる。きっとすぐに眠れるわ」
イザベルが小さな声でゆっくり歌っていると、逆に自分の方が眠たくなってきてしまう。うつらうつらし始め、最後にはすやすや夢の中に入ってしまった。
◇◇◇
イザベルが起きたのは翌日のお昼近くだった。
「んぅ」
パチリと目を開けると目の前に人の顔が見えてぎょっとする。
(な、な、なんでわたしの寝台に人がいるの!?)
────とそこで昨日のことを思い出した。
体を起こそうとしたらぐいっと何かに引き寄せられて。見れば、ユリウスの右手とイザベルの左手がぎゅうっと繋がっている。彼は瞳を閉じて穏やかな眠りについていた。
繋がった手は解けそうにもない。イザベルは起こさないように右手でそうっと額に触れてみると、昨日より熱さは無く、安堵の息を吐いた。
(良かった。下がってる)
モゾモゾと動いてしまったのが悪かったのだろうか。ユリウスの瞼がぴくりと動いたと思いきや、濡れた紺碧の瞳がゆるりと開く。
イザベルはにこりと笑顔を浮かべながら挨拶した。
「ユースおはよう。調子はどう?」
するとユリウスは空いていた左手で自身の熱を測った。そうして驚きに満ちた声で言うのだ。
「……よくなってる。なんで……いつもは、こんな早く……」
「手、繋いでたから! とか?」
特段何かした覚えは無いので、それしか考えつかない。
「繋ぐと下がるの?」
「下がるんじゃない?」
疑問を疑問口調で返す。
「おや、二人とも起きたのかい」
「お父様!!!」
ぴょんっと寝台から飛び降り、イザークの胸に飛び込んでいくイザベルを他所に、ユリウスは己の右手を不思議そうに閉じたり開いたりし、首を傾げていたのだった。
「ううん」
「なら、わたしに移らないわよね」
「そうだけど……? ──なにしようとしてるの」
怪訝な顔をするユリウスを無視してイザベルはよいしょと寝台の上に乗る。
「一緒に寝ようかなーって」
そうして手を繋いだままこてんとユリウスの隣に横になった。
「椅子に座りながらだと寝にくいもん。寝台広いし、わたしが寝ても余裕あるでしょ?」
「それはそうだけど……」
「ユースはいや?」
「嫌じゃないけど……」
ごろごろするイザベルに困惑しているが、何を言っても無駄だと悟ったのか諦めムードが漂い始める。
「風邪引いちゃうから中に入ったら?」
そう言ってシーツを捲りあげたので、これ幸いにといそいそ中に入り、ユリウスに近づいた。体温を共有するとぬくぬく温かい。
「ベルって変だよね」
「何処が?」
「今みたいに行動が突拍子もないというか……普通、こんなことしようと思わないよ」
(……そうかもしれない)
でも、イザベルは一緒に寝ると決めたのだ。決めたことは曲げたくなかった。
「普通と違くても、ユースが嫌じゃないなら別に良くない? 無理やりやってる訳じゃないもの」
話していると目が再び冴えてきてしまった。
「ねえ」
「な、に?」
「いつも、こう、熱とか血とか吐いちゃうの?」
聞いていいのか分からなかったが、嫌なら答えないだろうと一度尋ねてみることにした。すると意外なことにユリウスはぽつぽつと答えてくれる。
「いつもっていうか……たまに」
「どのくらいの間隔で?」
「…………一ヶ月に一回とか」
「そんなに!?」
(とても辛そうなこれがひと月に一回もあるの……?)
血を吐いたことは無い。だけど、ひとたび流行病や風邪をもらってしまうと意識が朦朧としてしまうくらいの高熱をイザベルは出してしまう。
そんな自分の時と同じくらいユリウスは熱かった。挙句の果てに喀血だ。それはもう体の負担も相当なもので、イザベルだったら「辛いつらい」とイザークかララに縋りつき、泣いてぐずってしまうだろう。
なのに彼はただひたすら一人で耐えようとしていたのだ。
「辛かったら人、呼んでいいんだよ?」
「…………いつかは収まるから。こんなので死なないし」
(そういう問題じゃないのに)
イザベルはふくれっ面をした。
「お父様も言っていたけれど、おくすり飲んだら熱が下がるかもしれないし、額や首を冷やせば少しは楽になるわ。これからは頼らなきゃダメ。頼らなきゃ許さない」
「いい?」っと語気を強めてユリウスに了承させる。
(どうしてこんなに自分のことに無頓着なのかしら)
やれやれと肩をすくめる。
ランドール公爵家に彼がやって来て約一ヶ月。逸らしがちだった紺碧の瞳は真っ直ぐイザベルを見ていて、濡れ羽色の髪の毛もようやく艶を取り戻し始めていた。
これはイザークとイザベルがこの一ヶ月どうにか栄養が欠乏し、人を見掛けると怯えるユリウスを改善しようと頑張った成果だった。
それでもまだ全然足りなくて。自分の体は傷ついているのが当たり前──みたいに思っている節があったり、さっきみたいに極端に萎縮したりする。
食事だってまだまだ食が細いようで、イザベルの半分くらいしか口にしてない。
彼が言うにはそれでも前より食べているらしい。それを証明するかのように、ユリウスの枝のようだった腕に肉がついてきた。
(ちょっとは自分の体を気にして欲しいわ)
自分のことではないのにイザベルの方が悲しくて虚しくなってしまう。
それに────
(呪いってなに?)
口から出かかり、無理やり飲み込む。
ユリウスが口にした「呪われた子」、イザークの「君の呪い」、イザベルは初めて聞いた。一体呪いというものは何なんだろうか。
多分、彼の発熱に関係しているのだろうけれど、どうして呪いという物が発熱を引き起こすのか分からない。
(痣も、半分黒いのも……生まれつきって言っていたけれど)
もしかしたらそれらも〝呪い〟が原因なんじゃないかと、イザベルは真実に辿り着きつつあった。
「ベル」
思考にどっぷり浸かっていたイザベルは現実に引き戻された。
「ベル、この部屋、何か焚いた?」
「ううん、いきなりどうしたの」
ユリウスは鼻を動かし空中を嗅いでいた。
「なんかさっきから花の匂いみたいな……」
「何の匂いもしないけど」
イザベルも気をつけて嗅いでみるが何もしない。
ユリウスは不思議そうに目をぱちぱちさせた。
「気のせい、かな」
「きっとそうよ。それに、私が話しかけちゃってたけどユースは寝なきゃ」
回復するには睡眠が一番だ。ゆっくり寝れば少しは体調も戻るだろう。
「子守唄歌ってあげる。きっとすぐに眠れるわ」
イザベルが小さな声でゆっくり歌っていると、逆に自分の方が眠たくなってきてしまう。うつらうつらし始め、最後にはすやすや夢の中に入ってしまった。
◇◇◇
イザベルが起きたのは翌日のお昼近くだった。
「んぅ」
パチリと目を開けると目の前に人の顔が見えてぎょっとする。
(な、な、なんでわたしの寝台に人がいるの!?)
────とそこで昨日のことを思い出した。
体を起こそうとしたらぐいっと何かに引き寄せられて。見れば、ユリウスの右手とイザベルの左手がぎゅうっと繋がっている。彼は瞳を閉じて穏やかな眠りについていた。
繋がった手は解けそうにもない。イザベルは起こさないように右手でそうっと額に触れてみると、昨日より熱さは無く、安堵の息を吐いた。
(良かった。下がってる)
モゾモゾと動いてしまったのが悪かったのだろうか。ユリウスの瞼がぴくりと動いたと思いきや、濡れた紺碧の瞳がゆるりと開く。
イザベルはにこりと笑顔を浮かべながら挨拶した。
「ユースおはよう。調子はどう?」
するとユリウスは空いていた左手で自身の熱を測った。そうして驚きに満ちた声で言うのだ。
「……よくなってる。なんで……いつもは、こんな早く……」
「手、繋いでたから! とか?」
特段何かした覚えは無いので、それしか考えつかない。
「繋ぐと下がるの?」
「下がるんじゃない?」
疑問を疑問口調で返す。
「おや、二人とも起きたのかい」
「お父様!!!」
ぴょんっと寝台から飛び降り、イザークの胸に飛び込んでいくイザベルを他所に、ユリウスは己の右手を不思議そうに閉じたり開いたりし、首を傾げていたのだった。
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