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第二章 【過去編】イザベル・ランドール
変わりゆく(2)
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「呼び戻されたんだ。今まで散々放置して無視していたくせに。今更皇子などと」
よほど嫌いなのか発言の全てに棘がある。虐げられ、食事さえまともに与えてくれなかった彼にとってそう思ってしまうのは致し方ないのかもしれないが……。
「呪いは解けたのだから待遇は良くなるはずよね……?」
彼が虐げられていた理由の大半は呪われた子であったからと記憶していたイザベルは、解けたからには大方大丈夫だろうと安易な考えを持っていた。
けれども、ユリウスははっと乾いた笑いをもらす。
「……どうだか。呼び戻したのも嫌がらせに決まっている」
「え?」
「何でもない」
いつの間にか部屋にはイザベルとユリウスのふたりだけになっていて。彼は誤魔化すように笑う。
「まあ、これまでランドール公爵家に滞在していても何もしてこなかったことには感謝しているし、あの人達のことだ。いつかはこうなるって思っていたから」
ユリウスはイザベルの白銀のつややかなひと房を手に取って唇を寄せる。
「それに、ベルは皇宮に戻って欲しかったんだろう?」
そうよとすぐには返答できなかった。ずっと願っていた展開なのに。
(行かないでと思ってしまうなんて)
言葉にしない代わりにぎゅっとユリウスの裾を掴む。
「わたし、は」
(…………皇宮に戻ってもユリウスは幸せにならないかもしれないと心のどこかで感じつつ、彼は皇子だからと無理やり納得させていたんだわ。冷遇されていた理由は……本当は……呪いだけじゃないもの)
ユリウスの母は皇帝の侵略戦争に敗れたとある小国の王女だった。帝国によって占領されたその国は、王家の姫を人質として皇帝の元に差し出すよう命令された。
そうして献上されたのがユリウスの母で、ヘストリアの故皇妃なのだ。
人質として嫁いだ姫は誰も訪れてこない離宮に軟禁され、その生涯を終えるはずだった。しかし何故か皇帝が彼女の元に足繁く通い、流れるように懐妊した。それにより、皇后が激昂したらしい。
皇后は政略結婚としてヘストリアと同規模の帝国から嫁いできた皇女だったため、血統が劣り、人質であるはずの皇妃が皇后である自分より寵愛を受ける現実に屈辱を感じたのだろう。
懐妊に伴いあらゆる手段を使って皇妃に嫌がらせを行い、身体の弱かった皇妃はユリウスを産んだ後、産褥熱で亡くなった。
皇后の怒りはそれでおさまることはなく、矛先はユリウスに向かったのだ。皇后の子である二人の皇子も幼子ながらユリウスを見下していたと聞く。
それでも、あらゆる才能に恵まれた今のユリウスなら皇后はもとい、第一皇子や第二皇子と渡り合えるだろうし、以前のように一方的に虐げられることはないと思ったから。
本来いるべき場所へユリウスを返そうとこれまでは動いていた。彼の気持ちを無視して。
(……私は馬鹿なくらい甘く考えすぎなのだわ。確執はまだ残っている)
先程のユリウスの表情が物語っていた。
「ごめんなさい。ユースのしたいようにすればいいと思う」
結局、ずるい選択肢を取ってしまった。
「ここに来てそんなことを言うの?」
「うん……」
イザベルはユリウスのシャツを掴むのをやめ、俯く。
「ベルは本当にずるいね」
「…………」
無言を貫くとユリウスが腰を上げた。するりと彼の掌から白銀の髪がこぼれ落ちる。
「目覚めたばかりだから今日はこの辺でお暇するよ。五日も眠っていたのだから、シリル先生の診察をきちんと受けて養生するんだよ」
「そうね」
見送りのために顔を上げるとユリウスの顔が近くにあった。見目麗しく、まだ見慣れない顔に固まると。
「ベル、好きだよ」
「っ!」
不意に唇が頬に寄せられた。
「離れても大好きだよ。もちろん公爵様も」
もう一度、まるで言い聞かせるように真っ直ぐ伝えてくる。
今までとは違う、静かな深い青の瞳の奥にほのかに灯る熱が見受けられ、頬に熱が集まってきてしまう。
(…………ユースが知らない男の人みたい)
「また会いに来る」
そう言い残して立ち去ったユリウスの顔をイザベルは見れず、心臓の高鳴りもしばらく止まなかった。
◇◇◇
次の日、大人しく養生していたイザベルは手鏡に映る自分の姿に眉を寄せた。
「こんなところにホクロなんてあったかしら?」
目元にぽつんと黒い点のようなホクロがあるのだ。
(うーん、肌には気を使っていたつもりだったけど日光を多く浴びてしまったのね)
項垂れながら手鏡をサイドテーブルに置くと外からノックがかかった。
「どうぞ」
促すと中に入ってきたのはイザベルの侍女ララと執事だった。珍しい組み合わせだ。
「何かあったの?」
執事は困惑しつつもイザベルに告げた。
「皇帝陛下がイザベルお嬢様を皇宮にお呼びです」
「…………へ?」
よほど嫌いなのか発言の全てに棘がある。虐げられ、食事さえまともに与えてくれなかった彼にとってそう思ってしまうのは致し方ないのかもしれないが……。
「呪いは解けたのだから待遇は良くなるはずよね……?」
彼が虐げられていた理由の大半は呪われた子であったからと記憶していたイザベルは、解けたからには大方大丈夫だろうと安易な考えを持っていた。
けれども、ユリウスははっと乾いた笑いをもらす。
「……どうだか。呼び戻したのも嫌がらせに決まっている」
「え?」
「何でもない」
いつの間にか部屋にはイザベルとユリウスのふたりだけになっていて。彼は誤魔化すように笑う。
「まあ、これまでランドール公爵家に滞在していても何もしてこなかったことには感謝しているし、あの人達のことだ。いつかはこうなるって思っていたから」
ユリウスはイザベルの白銀のつややかなひと房を手に取って唇を寄せる。
「それに、ベルは皇宮に戻って欲しかったんだろう?」
そうよとすぐには返答できなかった。ずっと願っていた展開なのに。
(行かないでと思ってしまうなんて)
言葉にしない代わりにぎゅっとユリウスの裾を掴む。
「わたし、は」
(…………皇宮に戻ってもユリウスは幸せにならないかもしれないと心のどこかで感じつつ、彼は皇子だからと無理やり納得させていたんだわ。冷遇されていた理由は……本当は……呪いだけじゃないもの)
ユリウスの母は皇帝の侵略戦争に敗れたとある小国の王女だった。帝国によって占領されたその国は、王家の姫を人質として皇帝の元に差し出すよう命令された。
そうして献上されたのがユリウスの母で、ヘストリアの故皇妃なのだ。
人質として嫁いだ姫は誰も訪れてこない離宮に軟禁され、その生涯を終えるはずだった。しかし何故か皇帝が彼女の元に足繁く通い、流れるように懐妊した。それにより、皇后が激昂したらしい。
皇后は政略結婚としてヘストリアと同規模の帝国から嫁いできた皇女だったため、血統が劣り、人質であるはずの皇妃が皇后である自分より寵愛を受ける現実に屈辱を感じたのだろう。
懐妊に伴いあらゆる手段を使って皇妃に嫌がらせを行い、身体の弱かった皇妃はユリウスを産んだ後、産褥熱で亡くなった。
皇后の怒りはそれでおさまることはなく、矛先はユリウスに向かったのだ。皇后の子である二人の皇子も幼子ながらユリウスを見下していたと聞く。
それでも、あらゆる才能に恵まれた今のユリウスなら皇后はもとい、第一皇子や第二皇子と渡り合えるだろうし、以前のように一方的に虐げられることはないと思ったから。
本来いるべき場所へユリウスを返そうとこれまでは動いていた。彼の気持ちを無視して。
(……私は馬鹿なくらい甘く考えすぎなのだわ。確執はまだ残っている)
先程のユリウスの表情が物語っていた。
「ごめんなさい。ユースのしたいようにすればいいと思う」
結局、ずるい選択肢を取ってしまった。
「ここに来てそんなことを言うの?」
「うん……」
イザベルはユリウスのシャツを掴むのをやめ、俯く。
「ベルは本当にずるいね」
「…………」
無言を貫くとユリウスが腰を上げた。するりと彼の掌から白銀の髪がこぼれ落ちる。
「目覚めたばかりだから今日はこの辺でお暇するよ。五日も眠っていたのだから、シリル先生の診察をきちんと受けて養生するんだよ」
「そうね」
見送りのために顔を上げるとユリウスの顔が近くにあった。見目麗しく、まだ見慣れない顔に固まると。
「ベル、好きだよ」
「っ!」
不意に唇が頬に寄せられた。
「離れても大好きだよ。もちろん公爵様も」
もう一度、まるで言い聞かせるように真っ直ぐ伝えてくる。
今までとは違う、静かな深い青の瞳の奥にほのかに灯る熱が見受けられ、頬に熱が集まってきてしまう。
(…………ユースが知らない男の人みたい)
「また会いに来る」
そう言い残して立ち去ったユリウスの顔をイザベルは見れず、心臓の高鳴りもしばらく止まなかった。
◇◇◇
次の日、大人しく養生していたイザベルは手鏡に映る自分の姿に眉を寄せた。
「こんなところにホクロなんてあったかしら?」
目元にぽつんと黒い点のようなホクロがあるのだ。
(うーん、肌には気を使っていたつもりだったけど日光を多く浴びてしまったのね)
項垂れながら手鏡をサイドテーブルに置くと外からノックがかかった。
「どうぞ」
促すと中に入ってきたのはイザベルの侍女ララと執事だった。珍しい組み合わせだ。
「何かあったの?」
執事は困惑しつつもイザベルに告げた。
「皇帝陛下がイザベルお嬢様を皇宮にお呼びです」
「…………へ?」
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