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第二章 【過去編】イザベル・ランドール
好きだからこそ伝えられない(1)
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イザベルのようやく花開いた恋心はあっけなく散ることとなる。
開かれた舞踏会。珍しく公の場に姿を現した皇帝リヒャルトは、集まった貴族たちに『第三皇子は生まれた時から強力な呪いが掛けられていてこれまで容態が安定しなかったため、人前に出るのは避けていた』とこれまでの放置を棚に上げて表向きの説明をしたのだ。
紹介に預かり、現れたユリウスはどこからどう見ても完璧な皇子だった。黒塗りもアザの面影は一切なく、すべやかな肌、けぶるような長いまつ毛に縁取られた空の彼方までも透き通るような青い瞳が映える。
彼は一瞬イザベルを目に止め、ふっと表情を緩ませた。
「ユリウス・ヘルゲ・ベルンシュタインです。以後お見知り置きを」
心地よい低音の声と穏やかや微笑みに会場内の令嬢たちから唾を飲む音が聞こえてきそうだ。
「呪いが解けた我が息子は聡明で剣の腕も秀でている。我の助けになってくれよう。今後の活躍に期待している息子だ。皆も助けてやってほしい」
これまた珍しく褒め称え、目をかけていると周知させる様子に、傍に控える皇后は顔を歪め、握る扇の柄が折れそうになっている。別の場所にいる第一、第二皇子もユリウスのことを睨みつけていた。
ここまではイザベルも胸を躍らせていた。ようやくユリウスが本来の評価を得られる足がかりができたのだ。皇后からの報復が心配だが、リヒャルトの言葉の方が今は何よりも重要な意味を持つ。
「嬉しい報告はもうひとつある」
リヒャルトの目配せにドア前にいた者がファンファーレを吹き鳴らした。同時に開かれたドアの先から現れて階段を降り始めた娘をイザベルはよく知っていた。
(フロー、ラ?)
純白の下に行くほど淡い蒼が混じるドレスに身を包んだ彼女は花の妖精のように可憐だ。段を踏むごとにふわり、ふわりと柔らかなドレスの裾が翻る。
下級貴族は聖女の顔を見たことがないので、一体何者なのかと動揺が走る。
フローラは一同の視線に晒されながらも優雅な足取りで目を見開いているユリウスと、気味が悪いほどにこやかに迎え入れるリヒャルトの元に辿り着いた。
「あまり観衆の前に姿を現さないから存じる者も多くないだろう。彼女は今代の聖女フローラだ」
そうしてリヒャルトは宣言したのだ。
『──第三皇子であるユリウス・ヘルゲ・ベルンシュタインは、己の体に掛かっていた呪いを愛と類稀な神聖力によって解呪に成功した聖女、フローラ・ファーレンハイトと婚約した』と。
◇◇◇
静まり返った会場はざわめき立つ。雑音が耳から耳へ通り過ぎていく中、イザベルはフローラから目を逸らせなかった。
(…………あの日の質問は)
真っ白になった頭に次々とこれまでの発言を鮮明に思い出す。
皇子の婚約は一朝一夕で決まらない。皇帝の気まぐれだとしてもこの瞬間に決まった訳ではない。現に、フローラは落ち着きを払っている。ただ、彼女はこちらを見ない。会場の貴族の中でも皇帝の近くにいるイザベルと、一緒に来たイザークは目に入ってもおかしくないのに。
最初から知っていたのだ。だからあの時、イザベルに尋ねた。
(自分が婚約者になると知っていたから……)
大きく安堵したのも、応援してくれる? と言ってきたのも。全部今日この時に発表があるからで。
イザベルはあの時点で対等な場所にさえ立てていなかったのだ。
(あぁ)
ゆるゆると涙腺が緩んでいく。
何故か酷く裏切られたかのような気持ちになってしまう。彼女は何も悪いことをしていないのに。
「…………どこまでもあの御方は」
聞いたこともないほどの低音に、びくりと震える。見るとエスコート役であったイザークが凍りきった瞳でリヒャルトのことを射抜いているではないか。
父のことが大好きなイザベルでさえ鳥肌が立つほどの気迫に、組んでいた腕を動かすとイザークは圧を鎮めた。
「ベル、帰ろうか。陛下は目的を果たしただろうから私達が抜けたところでお咎めはないだろう」
「ですが、最初のダンスもまだです」
「踊ってもいいが、ベルもこの場にこれ以上居たくないだろう?」
さあ、と差し出された手をイザベルは取った。
(ユース達に送られる祝福を聞いてはいられない)
なのに、神は残酷で。傷心のイザベルに追い打ちをかける。
「……いやはや! それほどまでに強力な呪いは見たことも聞いたこともありませんが、よくぞご無事で。解けたのはやはり愛ゆえなのでしょうか」
「そうかもしれません。私は呪いを解いてくれた彼女を以前から好ましく思っていましたので」
濁したが肯定とも取れる返答。けれども彼の視線がこちらに向けられていることにイザベルは気づかず、繋ぐ手に力が込められる。
(ユースも……フローラのこと)
耳を塞いで目を閉じて、息さえも止めたくなるほど左胸が苦しい。まるで刃物で切りつけられたかのような鋭い痛みに、思わず胸を押える。
(後悔したって全てがもう遅いのに!)
限界だと思ったイザベルはイザークと繋いでいた手を解いて一目散に会場を脱した。
開かれた舞踏会。珍しく公の場に姿を現した皇帝リヒャルトは、集まった貴族たちに『第三皇子は生まれた時から強力な呪いが掛けられていてこれまで容態が安定しなかったため、人前に出るのは避けていた』とこれまでの放置を棚に上げて表向きの説明をしたのだ。
紹介に預かり、現れたユリウスはどこからどう見ても完璧な皇子だった。黒塗りもアザの面影は一切なく、すべやかな肌、けぶるような長いまつ毛に縁取られた空の彼方までも透き通るような青い瞳が映える。
彼は一瞬イザベルを目に止め、ふっと表情を緩ませた。
「ユリウス・ヘルゲ・ベルンシュタインです。以後お見知り置きを」
心地よい低音の声と穏やかや微笑みに会場内の令嬢たちから唾を飲む音が聞こえてきそうだ。
「呪いが解けた我が息子は聡明で剣の腕も秀でている。我の助けになってくれよう。今後の活躍に期待している息子だ。皆も助けてやってほしい」
これまた珍しく褒め称え、目をかけていると周知させる様子に、傍に控える皇后は顔を歪め、握る扇の柄が折れそうになっている。別の場所にいる第一、第二皇子もユリウスのことを睨みつけていた。
ここまではイザベルも胸を躍らせていた。ようやくユリウスが本来の評価を得られる足がかりができたのだ。皇后からの報復が心配だが、リヒャルトの言葉の方が今は何よりも重要な意味を持つ。
「嬉しい報告はもうひとつある」
リヒャルトの目配せにドア前にいた者がファンファーレを吹き鳴らした。同時に開かれたドアの先から現れて階段を降り始めた娘をイザベルはよく知っていた。
(フロー、ラ?)
純白の下に行くほど淡い蒼が混じるドレスに身を包んだ彼女は花の妖精のように可憐だ。段を踏むごとにふわり、ふわりと柔らかなドレスの裾が翻る。
下級貴族は聖女の顔を見たことがないので、一体何者なのかと動揺が走る。
フローラは一同の視線に晒されながらも優雅な足取りで目を見開いているユリウスと、気味が悪いほどにこやかに迎え入れるリヒャルトの元に辿り着いた。
「あまり観衆の前に姿を現さないから存じる者も多くないだろう。彼女は今代の聖女フローラだ」
そうしてリヒャルトは宣言したのだ。
『──第三皇子であるユリウス・ヘルゲ・ベルンシュタインは、己の体に掛かっていた呪いを愛と類稀な神聖力によって解呪に成功した聖女、フローラ・ファーレンハイトと婚約した』と。
◇◇◇
静まり返った会場はざわめき立つ。雑音が耳から耳へ通り過ぎていく中、イザベルはフローラから目を逸らせなかった。
(…………あの日の質問は)
真っ白になった頭に次々とこれまでの発言を鮮明に思い出す。
皇子の婚約は一朝一夕で決まらない。皇帝の気まぐれだとしてもこの瞬間に決まった訳ではない。現に、フローラは落ち着きを払っている。ただ、彼女はこちらを見ない。会場の貴族の中でも皇帝の近くにいるイザベルと、一緒に来たイザークは目に入ってもおかしくないのに。
最初から知っていたのだ。だからあの時、イザベルに尋ねた。
(自分が婚約者になると知っていたから……)
大きく安堵したのも、応援してくれる? と言ってきたのも。全部今日この時に発表があるからで。
イザベルはあの時点で対等な場所にさえ立てていなかったのだ。
(あぁ)
ゆるゆると涙腺が緩んでいく。
何故か酷く裏切られたかのような気持ちになってしまう。彼女は何も悪いことをしていないのに。
「…………どこまでもあの御方は」
聞いたこともないほどの低音に、びくりと震える。見るとエスコート役であったイザークが凍りきった瞳でリヒャルトのことを射抜いているではないか。
父のことが大好きなイザベルでさえ鳥肌が立つほどの気迫に、組んでいた腕を動かすとイザークは圧を鎮めた。
「ベル、帰ろうか。陛下は目的を果たしただろうから私達が抜けたところでお咎めはないだろう」
「ですが、最初のダンスもまだです」
「踊ってもいいが、ベルもこの場にこれ以上居たくないだろう?」
さあ、と差し出された手をイザベルは取った。
(ユース達に送られる祝福を聞いてはいられない)
なのに、神は残酷で。傷心のイザベルに追い打ちをかける。
「……いやはや! それほどまでに強力な呪いは見たことも聞いたこともありませんが、よくぞご無事で。解けたのはやはり愛ゆえなのでしょうか」
「そうかもしれません。私は呪いを解いてくれた彼女を以前から好ましく思っていましたので」
濁したが肯定とも取れる返答。けれども彼の視線がこちらに向けられていることにイザベルは気づかず、繋ぐ手に力が込められる。
(ユースも……フローラのこと)
耳を塞いで目を閉じて、息さえも止めたくなるほど左胸が苦しい。まるで刃物で切りつけられたかのような鋭い痛みに、思わず胸を押える。
(後悔したって全てがもう遅いのに!)
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