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第三章 不穏な侍女生活
懐かしいお茶(1)
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「ごめんなさいテレーゼさん、私もう無理だわ」
「わーちょちょっとまっ!」
弱々しい声に床を掃いていた私は即座に振り返ったのだが、共に客室の掃除をしていた同僚は限界だったようでそのまま崩れ落ちた。
慌てて冷たい床と彼女の背中の間に腕を入れ、抱き寄せる。ゴホゴホと咳き込む彼女の顔は熟れた林檎のように赤く、額に手を当てるととても熱い。
(ああ、まただ)
ここ数日の悪夢を思い出してため息を吐く。
「熱があるなら出仕してはいけないと侍女長に言われたでしょう? 他の人にも移ってしまうからって」
「それでも……人手が……」
「その言い訳はもう通用しないのよ。そうやって無理やり出仕した侍女から発症していなかった者に移されて感染しているもの」
夏が終わり、秋を迎える祭祀も無事執り行われて窓の外の木々は鮮やかな紅や黄色に色付いていた。
秋を迎えたヘストリアでは気温が下がったことによって風邪と同類の流行病が巷では流行しているのだ。
数日前、一人の侍女が仕事中に発熱で倒れたことを皮切りに、流行病でバタバタと順番に倒れているのだ。
それほどタチの悪い病ではなく、風邪を少し拗らせたような症状が出るだけなので、きちんと薬を飲み、療養すれば後遺症もなく回復する。
ただ問題なのが熱が中々引かないのだ。そのため倒れていく侍女は日に日に増えているのに、仕事に復帰できる人間がおらず、人手が足らずに無理やり出仕する者が現れ、そこからまた感染────というループに陥っていた。
「私を支えにして立てますか?」
「ええ」
一時掃除を中断し、ふらりとよろける同僚を支えながら医務室へ運ぶ。
運び終わったところに今度は侍女長が顔を出した。彼女は大きな籠を抱き抱えていて、その中には汚れたシーツなどが山のように積まれていた。
本来、侍女長となれば侍女の中でも上に立つ者として書類仕事が多くなるはず。侍女長が下っ端のするような仕事までも抱えているということは、危機的なほど人が足りていないらしい。
「テレーゼさん、今お手隙?」
「申し訳ありません。今朝、割り振られました客室の清掃がまだ済んでいません」
「では、それは後回しにして。貴女には手伝って頂きたいことがあります。着いてきてちょうだい」
「かしこまりました」
横になった同僚に一言声をかけてから医務室を退出する。
早足に廊下を進む侍女長──チェルシーさんは歩きながら用件を伝えてくる。
「貴女も知っている通り、万年人手不足の上でこの流行病。感染してしまうのは防ぎようのないことですから致し方ありませんが、中には移されるのが嫌だからと仮病で出仕しない愚か者もいましてね」
(あーなんとなく誰か分かったわ)
青筋を立てるチェルシーさんは怒りを隠すこともしない。
「本っ当に腹立たしい。のらりくらりと言い訳を並べて……ただでさえ人手が足りないというのに……無能は切り捨てたいわ」
相当お怒りらしく、鬼の形相だ。すれ違った者がギョッとしている。
「なのでテレーゼさんには陛下付き侍女の代役としてお茶汲みをして頂きたいと思います」
「えっ」
(陛下ってチェルシーさんは仰ったよね!?)
聞き間違いだろうか。陛下のお茶汲みは陛下付き侍女の特権となっていて、だいたい高位貴族かつ、皇后の座を狙っている令嬢が独占しているのだ。
そして仮病で出仕を拒んでいるのも位の高い令嬢だったりする。
「そこまで驚かなくても良いでしょうに。頼まれてくれるかしら?」
願ってもない仕事だったので即座に元気よく受け入れた。
「はい! お任せ下さい」
◇◇◇
私はチェルシーさんと別れたその足でお茶の準備をするために厨房に向かった。厨房の一角には様々な茶葉が瓶に詰められ棚に収められていた。
私はどの茶葉を使ってユースにお茶を淹れるか考える。
ずらりと並ぶ瓶の蓋に付けられたタグを見ながらどのような種類があるのかを確認する。
(皇帝や客人用の茶葉だから種類も質も豊富だわ)
テレーゼとしては飲まなくなったが、イザベル時代によく飲んでいた茶葉もあり懐かしさを覚える。
(寒くなってきたし、多忙なユースのことだもの。流行病も流行しているし、体が温まり、リラックスできるような茶葉を────)
そんな中、目に止まったのは過去のユースが好んでいた茶葉だった。棚の隅に置かれていたそれをそっと手に取る。
他の茶葉はかさが減っているのに対し、これは減っていないのであまり飲まれてないか、入れ替えたばかりなのだろう。
(これならユースも好きだろうし、飲んでもらえるはず)
茶葉を決めた私は夕食の準備を始めていた厨房のシェフに頼み、お湯と紅茶に必要なミルクや蜂蜜を分けていただいた。
そうしてお茶汲みに必要な道具等をワゴンに載せ、ユースの居る執務室のドアを叩いたのだった。
「わーちょちょっとまっ!」
弱々しい声に床を掃いていた私は即座に振り返ったのだが、共に客室の掃除をしていた同僚は限界だったようでそのまま崩れ落ちた。
慌てて冷たい床と彼女の背中の間に腕を入れ、抱き寄せる。ゴホゴホと咳き込む彼女の顔は熟れた林檎のように赤く、額に手を当てるととても熱い。
(ああ、まただ)
ここ数日の悪夢を思い出してため息を吐く。
「熱があるなら出仕してはいけないと侍女長に言われたでしょう? 他の人にも移ってしまうからって」
「それでも……人手が……」
「その言い訳はもう通用しないのよ。そうやって無理やり出仕した侍女から発症していなかった者に移されて感染しているもの」
夏が終わり、秋を迎える祭祀も無事執り行われて窓の外の木々は鮮やかな紅や黄色に色付いていた。
秋を迎えたヘストリアでは気温が下がったことによって風邪と同類の流行病が巷では流行しているのだ。
数日前、一人の侍女が仕事中に発熱で倒れたことを皮切りに、流行病でバタバタと順番に倒れているのだ。
それほどタチの悪い病ではなく、風邪を少し拗らせたような症状が出るだけなので、きちんと薬を飲み、療養すれば後遺症もなく回復する。
ただ問題なのが熱が中々引かないのだ。そのため倒れていく侍女は日に日に増えているのに、仕事に復帰できる人間がおらず、人手が足らずに無理やり出仕する者が現れ、そこからまた感染────というループに陥っていた。
「私を支えにして立てますか?」
「ええ」
一時掃除を中断し、ふらりとよろける同僚を支えながら医務室へ運ぶ。
運び終わったところに今度は侍女長が顔を出した。彼女は大きな籠を抱き抱えていて、その中には汚れたシーツなどが山のように積まれていた。
本来、侍女長となれば侍女の中でも上に立つ者として書類仕事が多くなるはず。侍女長が下っ端のするような仕事までも抱えているということは、危機的なほど人が足りていないらしい。
「テレーゼさん、今お手隙?」
「申し訳ありません。今朝、割り振られました客室の清掃がまだ済んでいません」
「では、それは後回しにして。貴女には手伝って頂きたいことがあります。着いてきてちょうだい」
「かしこまりました」
横になった同僚に一言声をかけてから医務室を退出する。
早足に廊下を進む侍女長──チェルシーさんは歩きながら用件を伝えてくる。
「貴女も知っている通り、万年人手不足の上でこの流行病。感染してしまうのは防ぎようのないことですから致し方ありませんが、中には移されるのが嫌だからと仮病で出仕しない愚か者もいましてね」
(あーなんとなく誰か分かったわ)
青筋を立てるチェルシーさんは怒りを隠すこともしない。
「本っ当に腹立たしい。のらりくらりと言い訳を並べて……ただでさえ人手が足りないというのに……無能は切り捨てたいわ」
相当お怒りらしく、鬼の形相だ。すれ違った者がギョッとしている。
「なのでテレーゼさんには陛下付き侍女の代役としてお茶汲みをして頂きたいと思います」
「えっ」
(陛下ってチェルシーさんは仰ったよね!?)
聞き間違いだろうか。陛下のお茶汲みは陛下付き侍女の特権となっていて、だいたい高位貴族かつ、皇后の座を狙っている令嬢が独占しているのだ。
そして仮病で出仕を拒んでいるのも位の高い令嬢だったりする。
「そこまで驚かなくても良いでしょうに。頼まれてくれるかしら?」
願ってもない仕事だったので即座に元気よく受け入れた。
「はい! お任せ下さい」
◇◇◇
私はチェルシーさんと別れたその足でお茶の準備をするために厨房に向かった。厨房の一角には様々な茶葉が瓶に詰められ棚に収められていた。
私はどの茶葉を使ってユースにお茶を淹れるか考える。
ずらりと並ぶ瓶の蓋に付けられたタグを見ながらどのような種類があるのかを確認する。
(皇帝や客人用の茶葉だから種類も質も豊富だわ)
テレーゼとしては飲まなくなったが、イザベル時代によく飲んでいた茶葉もあり懐かしさを覚える。
(寒くなってきたし、多忙なユースのことだもの。流行病も流行しているし、体が温まり、リラックスできるような茶葉を────)
そんな中、目に止まったのは過去のユースが好んでいた茶葉だった。棚の隅に置かれていたそれをそっと手に取る。
他の茶葉はかさが減っているのに対し、これは減っていないのであまり飲まれてないか、入れ替えたばかりなのだろう。
(これならユースも好きだろうし、飲んでもらえるはず)
茶葉を決めた私は夕食の準備を始めていた厨房のシェフに頼み、お湯と紅茶に必要なミルクや蜂蜜を分けていただいた。
そうしてお茶汲みに必要な道具等をワゴンに載せ、ユースの居る執務室のドアを叩いたのだった。
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