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第四章 捧げられる愛に手を伸ばして
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「駄目だ眠れないまま朝になってる」
寝台の中で丸まっていた私はチュンチュンと小鳥の鳴き声を聞いて眠ることを諦めた。シーツを剥ぎ、緩慢な動作で上半身を起こせばカーテンの隙間から降り注ぐ朝の光がまばゆい。
私付きの侍女リリィが入室してくるのを待ち、いつもよりゆっくりと朝の支度をしてから欠伸を連発しながら朝食へ足を運ぶ。
「レーゼおはよう」
食堂に入るとお父様がちょうど食べ終えたところだった。ナプキンで口を軽く拭きながら陽気な笑顔を向けてくれる。
「おはようございます。今日はお仕事ではないのですか?」
「ああ、久しぶりのお休みなんだ。レーゼは昨日アレクセイくんと出掛けてたが、今日も休みなのかい?」
食後の珈琲を啜るお父様はにこにことしながら的確に今一番深く聞かれたくない部分を突いてくる。ギクッとしながらもごくごく自然に見えるよう微笑を浮かべながらお父様の隣に座った。
「一週間のお休みをいただいたのです」
「そうか、ゆっくり休みなさい。働き詰めはよくないからね。むしろ退職しても構わないんだよ? 私やレイラとずっと一緒に暮らそう」
「ええ、侍女の仕事は私にとって荷が重かったみたいなので辞めようと思います」
着席して間を置かずに配膳された、じゃがいもをトロトロになるまで煮たスープからは白い湯気が上がっている。ふんわり香る匂いに胃を刺激されてわくわくと匙で掬いながら伝えると、お父様は噎せた。
「尋ねた私が言うのもあれだが、あんなにも努力して掴んだ職を辞めるのかい? もしや嫌がらせでもされたかい? だからなのかい?」
途端表情を険しくする。眉をひそめたお父様は私が侯爵家のご息女に閉じ込められて棚の下敷きになったことを知らなかった。対外的には体調を崩してユースの前で倒れたことになっている。
その後はピタリと嫌がらせも止んだし、主犯のヴェローナ様は私が数日お休みを頂いて復帰した時には忽然と姿を消したのでお父様が察知する余地もないのだ。
「いいえ、心配をかけるようなことは一切ありませんよ。単に家でのんびりする生活が恋しくて。退職にお父様は反対ですか?」
「まさか! レーゼの意思を尊重するよ。本音を言えば辞めるなら辞めるで私は嬉しい。レイラやレーゼには邸で不自由なくのんびりしていてほしいから。そのために私は当主として働いているんだ」
お父様は席を立って私の頭をわしゃわしゃと撫でた。
「ここだけの話、レイラもこの広い屋敷で昼間一人でいるのは寂しいみたいだからレーゼがそばに居てくれるなら喜ぶだろう」
「…………それもあるかと思いますが、お母様が寂しい思いをされているのはお父様の帰宅が遅いからですよ。以前愚痴を零していました」
「うっそれを言われてしまうと反論できないな……し、仕事がな……忙しいんだよ……」
「やらなくて良いような雑用までも、引き受けてしまうからですよ。私も皇宮で何度か見かけましたもの。お父様、きっぱりお断りしてください。そうでなければいつまでもいいように扱われます」
「娘が辛辣だ……」
お父様はこれ以上の小言は聞きたくないと耳を塞いで逃げるように食堂を去っていく。
私は食事を再開して完食してから席を立った。
(アレクのことに、ユースのこと。どちらも頭が痛くなるくらい難題だわ)
とはいえ、ユースの件については辞めてしまえば関わりもなくなるだろうし、さほど問題にならない気がした。彼は社交界にも顔を出さないし、女性である私は男性のように皇帝陛下に謁見するような機会もない。
(問題はアレクよ。結婚なんて考えたことなかった)
今世では侍女として仕事に邁進するつもりだったのだ。結婚なんて以ての外。ユースへの恋心を燻らせている私は恋愛さえもするつもりがなかった。
(お父様やお兄様はずっとここにいていいと仰ってくれているけれど、お兄様はいずれ結婚されるでしょうし、新しく迎える奥方にとって私は小姑。邪魔よね)
未婚の小姑がいつまでも屋敷にいるのは居心地が悪いだろう。そんな負担をお兄様の未来の花嫁さんに背負わせたくなかった。
かと言って貴族の娘が一人で生計を立てていくのは不可能に等しい。家族もこればかりは大反対するだろう。ならば結婚するしか家を出る手段が存在しない。
(…………アレクの提案は私にとってとても都合がいい)
厚意に甘えたくなるし、絶対に誰かと結婚するならば気心の知れたアレクを選びたい。
陽光が差し込む廊下をゆっくりと歩きながら私は考える。
(ただ、たとえアレクが良しとしても、彼に対して不誠実なのには変わりない)
もしかしたらアレクのことを好きになれるかもしれないけれど、だからといってユースへの思いが消えることにはならないと確信していた。
「恋心って厄介だわ。──ヴィスお兄様?」
エントランスホールに差し掛かった曲がり角で、壁に体を隠しながらエントランスを熱心に見つめるお兄様がいた。奇妙に思い、声をかけるとお兄様は普段とは似つかない物々しい形相で歩み寄ってくる。
「私はいつもレーゼの好きなようにすればいいと思っているし、好きなことをして幸せそうにしているレーゼを見るのが生き甲斐だけれど…………一体なにをしたらあの方が訪問される事態になるんだい?」
「? 仰る意味を理解しかね────ひぇっ」
説明を省くほど焦るヴィスお兄様。私はお兄様の横にずれ、ホールを覗き込む。
すると先に食事を終えて食堂を後にしていたお父様と本来ここに居るべきではない人物を認めてしまい、引きつった声が漏れた。
寝台の中で丸まっていた私はチュンチュンと小鳥の鳴き声を聞いて眠ることを諦めた。シーツを剥ぎ、緩慢な動作で上半身を起こせばカーテンの隙間から降り注ぐ朝の光がまばゆい。
私付きの侍女リリィが入室してくるのを待ち、いつもよりゆっくりと朝の支度をしてから欠伸を連発しながら朝食へ足を運ぶ。
「レーゼおはよう」
食堂に入るとお父様がちょうど食べ終えたところだった。ナプキンで口を軽く拭きながら陽気な笑顔を向けてくれる。
「おはようございます。今日はお仕事ではないのですか?」
「ああ、久しぶりのお休みなんだ。レーゼは昨日アレクセイくんと出掛けてたが、今日も休みなのかい?」
食後の珈琲を啜るお父様はにこにことしながら的確に今一番深く聞かれたくない部分を突いてくる。ギクッとしながらもごくごく自然に見えるよう微笑を浮かべながらお父様の隣に座った。
「一週間のお休みをいただいたのです」
「そうか、ゆっくり休みなさい。働き詰めはよくないからね。むしろ退職しても構わないんだよ? 私やレイラとずっと一緒に暮らそう」
「ええ、侍女の仕事は私にとって荷が重かったみたいなので辞めようと思います」
着席して間を置かずに配膳された、じゃがいもをトロトロになるまで煮たスープからは白い湯気が上がっている。ふんわり香る匂いに胃を刺激されてわくわくと匙で掬いながら伝えると、お父様は噎せた。
「尋ねた私が言うのもあれだが、あんなにも努力して掴んだ職を辞めるのかい? もしや嫌がらせでもされたかい? だからなのかい?」
途端表情を険しくする。眉をひそめたお父様は私が侯爵家のご息女に閉じ込められて棚の下敷きになったことを知らなかった。対外的には体調を崩してユースの前で倒れたことになっている。
その後はピタリと嫌がらせも止んだし、主犯のヴェローナ様は私が数日お休みを頂いて復帰した時には忽然と姿を消したのでお父様が察知する余地もないのだ。
「いいえ、心配をかけるようなことは一切ありませんよ。単に家でのんびりする生活が恋しくて。退職にお父様は反対ですか?」
「まさか! レーゼの意思を尊重するよ。本音を言えば辞めるなら辞めるで私は嬉しい。レイラやレーゼには邸で不自由なくのんびりしていてほしいから。そのために私は当主として働いているんだ」
お父様は席を立って私の頭をわしゃわしゃと撫でた。
「ここだけの話、レイラもこの広い屋敷で昼間一人でいるのは寂しいみたいだからレーゼがそばに居てくれるなら喜ぶだろう」
「…………それもあるかと思いますが、お母様が寂しい思いをされているのはお父様の帰宅が遅いからですよ。以前愚痴を零していました」
「うっそれを言われてしまうと反論できないな……し、仕事がな……忙しいんだよ……」
「やらなくて良いような雑用までも、引き受けてしまうからですよ。私も皇宮で何度か見かけましたもの。お父様、きっぱりお断りしてください。そうでなければいつまでもいいように扱われます」
「娘が辛辣だ……」
お父様はこれ以上の小言は聞きたくないと耳を塞いで逃げるように食堂を去っていく。
私は食事を再開して完食してから席を立った。
(アレクのことに、ユースのこと。どちらも頭が痛くなるくらい難題だわ)
とはいえ、ユースの件については辞めてしまえば関わりもなくなるだろうし、さほど問題にならない気がした。彼は社交界にも顔を出さないし、女性である私は男性のように皇帝陛下に謁見するような機会もない。
(問題はアレクよ。結婚なんて考えたことなかった)
今世では侍女として仕事に邁進するつもりだったのだ。結婚なんて以ての外。ユースへの恋心を燻らせている私は恋愛さえもするつもりがなかった。
(お父様やお兄様はずっとここにいていいと仰ってくれているけれど、お兄様はいずれ結婚されるでしょうし、新しく迎える奥方にとって私は小姑。邪魔よね)
未婚の小姑がいつまでも屋敷にいるのは居心地が悪いだろう。そんな負担をお兄様の未来の花嫁さんに背負わせたくなかった。
かと言って貴族の娘が一人で生計を立てていくのは不可能に等しい。家族もこればかりは大反対するだろう。ならば結婚するしか家を出る手段が存在しない。
(…………アレクの提案は私にとってとても都合がいい)
厚意に甘えたくなるし、絶対に誰かと結婚するならば気心の知れたアレクを選びたい。
陽光が差し込む廊下をゆっくりと歩きながら私は考える。
(ただ、たとえアレクが良しとしても、彼に対して不誠実なのには変わりない)
もしかしたらアレクのことを好きになれるかもしれないけれど、だからといってユースへの思いが消えることにはならないと確信していた。
「恋心って厄介だわ。──ヴィスお兄様?」
エントランスホールに差し掛かった曲がり角で、壁に体を隠しながらエントランスを熱心に見つめるお兄様がいた。奇妙に思い、声をかけるとお兄様は普段とは似つかない物々しい形相で歩み寄ってくる。
「私はいつもレーゼの好きなようにすればいいと思っているし、好きなことをして幸せそうにしているレーゼを見るのが生き甲斐だけれど…………一体なにをしたらあの方が訪問される事態になるんだい?」
「? 仰る意味を理解しかね────ひぇっ」
説明を省くほど焦るヴィスお兄様。私はお兄様の横にずれ、ホールを覗き込む。
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