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第一章 私と殿下
2度目の悪役令嬢(1)
それは本当に突然だった。
持っていたティーカップが手から滑り落ちていく。
ガチャンッと音を立てて地面に落ちた。が、霞む視界の中でカップが割れていないか足元を確認すると、芝生だったため割れていないようだ。
「頭が……痛い……」
頭が割れるように痛い。さっきまでは全然痛くなかったのに突然。加えて何かの記憶が私の中に入ってくる。
これは……この記憶は────
「シア!? どうしたんだい? シア! シア!?」
「ギ……ル……大……」
意識を失い倒れる瞬間に聞こえた声に、大丈夫だと伝えることも出来なく、私は深い暗闇へと落とされた。
目を覚まして真っ先に見えたのはいつも自分が使っている天蓋付き寝台の天井。
「私は……」
まだ歪む視界の中、瞳を大きく開ける。
思い出した。何故私が倒れたのか。それよりも頭の中に入ってきた記憶のせいで血の気が引いて真っ青になっていく。
「私は……私は……悪役令嬢?! 嫌よ! 死にたくない! 断罪されるなんて絶対絶対いやぁぁぁ!!!」
気づいたら絶叫していた。
そうだ私は殿下と恋仲のローズの邪魔をする悪役令嬢のアタナシア・ラスター。公爵家の娘だ。
そして私の婚約者でのちに私を牢屋に入れて婚約破棄をするのはこの国の第一王子であり、王太子であるギルバート・ルイ・ソルリア殿下。
彼と私は幼馴染みであり、小さい頃から身分関係なく親しくしてもらっていた。
それは王妃様と私のお母様が親友で子供が生まれたら友達にしましょう! あわよくば婚約者にも……と画策していたのに加えて、両家とも私と殿下のことを、どちらも自分達の子供のように接してくれていたので、止める人がいなかったからだ。
(まあお父様宰相だし、王様の片腕と言われてるから止められる人なんて王様以外にいないし、お父様私とお母様に危害が加わると、普段は温厚なのにいきなり冷徹に豹変するから……皆さん自分に火の粉が降り注いで来ないように避けてしまうのよね)
今でこそ理解出来ることも、小さい時なんて大人の目論見など知るわけのない殿下と私は、今までずっと一緒に成長し、昨年正式に婚約を結んだ。
彼に「今更だけどラスター公爵令嬢、私の婚約者になって私と共にこの国を見守ってください」といつにも増して真剣に言われた時、私は嬉しかった。
何故ならいつも隣に殿下がいて、これからもずっと一緒に居られると思っていたから。
ずっと一緒にいれば恋情が生まれてくるのは必然だろう。
私の中にも、いつの間にか彼に対する恋情が少しずつゆっくり大きくなっていた。
だから殿下の隣に立つために、彼に恥をかかせないために、妃教育を一生懸命頑張り、完璧な淑女だと言われるほどになった。
だが、ローズが現れることによって私の人生は一変する。
殿下は市井の視察で王都に出向いている時入った食堂でローズと出逢う。
彼女の正式名はローズ・リトルアナ子爵令嬢。本来、貴族は市井で働くことはしない。だが彼女は何故か市井で給仕をしていた。
それは、ただ単に市井で働いてみたいという貴族にはありえない思惑だった。もうこの時点で、箱入り娘の私と見方、考え方が違う。だから私は捨てられたのかもしれない。
そんな理由を聞いた殿下は普通の貴族とは違う彼女に興味が湧いたよう。いつも適当に令嬢をあしらっていた殿下は、彼女に会うためだけに度々その定食屋へと赴くようになる。
ただし、自分の身分は隠して。
市井の食堂にこの国の第一王子がローズに会うためだけに来ていると貴族が知ったら彼女に対して何をするか分からないからだ。
殿下は度々会いに行っているのを周りに隠し通せていると思っているのだが、甘い。そんなもの小さい頃から一緒にいて彼の性格、嘘をつく癖などを熟知している私からしてみればバレバレだ。
伊達に何年幼馴染みをしているのか知ってもらいたい。そんなことで誤魔化せるなんて百年早い。出直してきて欲しい。
怒りが込み上げてくるのを抑えて状況を整理するのを続けよう。
彼が裏で女性と会っていることに勘づいた私は密偵を放って彼の意中の相手を探る。結果、彼の守りも虚しく私はローズ・リトルアナの存在と細かい情報を手に入れ、心は嫉妬によってどす黒くなる。
その頃には殿下は何もしていない私を避け始め、会いに行こうとしても忙しいからと断られる日々が続いていたのだ。
何故? どうして? こんなにも格下の令嬢に何年も一緒にいたギルを取られないといけないの? 私の方が彼の隣にふさわしいのに! といつもなら爵位など関係なく親しくするようにしていたことを忘れ、様々な嫌がらせを彼女に行おうとするが、さすがに私の矜恃が許さなかった。爵位で人を貶めたり排除するのはダメだと。
そこだけが前回の私の偉いところだ。他は……うん、ダメな点ね。
踏みとどまったことで、踏みとどまらなかった場合と結果が変わったとは思わないが、人間としてしてはいけないことはしなかったのだから。
ローズは最初、嫌がらせについて誰にも言わなかった。だが段々と表情が暗くなっていく彼女を見て、不愉快な気分になった殿下は半端強引に嫌がらせに関して聞き出す。
「ごめんなさい……貴方の手を煩わせたくなかったの」
と涙を零しながら謝るローズを見た殿下は心を打たれてしまい、
「大丈夫、僕が何とかしてあげる」
と取り返しのつかない事を言ってしまった。
もうそこまで彼女に尽くしてしまったら私に対して不貞を働いているようなものだ。王子だったから許されたけど普通の貴族だったら即婚約破棄よ! 破棄!!!
それから彼は物凄い速さで犯人を見つけてしまった。
「アタナシア! 貴様どういうことだ!?」
ドアを蹴破りそうな勢いで淑女の部屋に乱入してくる殿下、やめて欲しい。ドアが壊れる。
「何ですか? 殿下。三ヶ月ぶりでございますわね。あと、貴様と呼ばれるようなことをした記憶はございませんわ」
私は優雅に紅茶を飲んでいた。傍から見れば美女が優雅にティータイムだ。自画自賛だけど見蕩れる人もいるだろう。
でも、彼は耐性が付いているので何とも思わない。
「シラを切るのか? 証拠も出ているんだ」
そう言いながら机に証拠の書類を叩きつける殿下を、私は射抜き、焦らなかった。
「あら、殿下の意中の相手様が嫌がらせを受けていたのですか? しかもそれが私がやったことに? 驚きです」
「何でそんなに冷静なのだ……? もういい、婚約破棄させてもらう。今から王宮に来てもらおう」
焦らない私を見て、逆に殿下が驚いたようだ。
今思い出せば婚約破棄を言い出すタイミング、突拍子もないわね……。
それでも私の冷静さは欠けなかった。ここまでは余裕があったのだ。
「分かりました。王宮に行ってどうするのです?」
「決まっているだろう? 断罪するのさ」
ため息をついた私、そのまま殿下と一緒に来ていた騎士たちに連行される。
連れていかれたのは王宮の謁見の間、そこには陛下、王妃様、お父様・お母様、件のローズがいた。
「アタナシア嬢、そなたがここにいる子爵令嬢に嫌がらせをしたというのは本当か?」
「いいえ違います。それに私が子爵令嬢と会うのは初めてですし」
私は疲れていた。
殿下のことはとても好きだ。お慕いしている。でも彼がローズといるのを考えると心が黒く染まり、してはいけない事をしてしまいそうになる。
それが怖い。自分自身がなくなるようで。
例え心がそれを拒否し、彼を離してはいけないと荒れに荒れ、泣き叫んでいるとしても。
だから私は冷静だった。彼の心はもう彼女にある。自分の入る余地などないだろう。取り乱して戻ってくるならいくらでも取り乱すが、彼の心が戻ってくることは無いのだから。
「そうか、それでは子爵令嬢を暗殺しようとしたことについては?」
悲しそうにこちらを見つめる陛下の言葉に私の中に疑問が生まれる。
「暗殺……? いえ、そんなことはしておりません!」
「? ここに証拠が出ておるではないか、この証拠は嘘なのかギルバートよ」
「いいえ、影を使って調べたので……」
「ふむ。そうなると情報が間違いである可能性は低いが…………」
私は動揺していた。暗殺なんか彼女は企てていない。それなのにやってもいない罪を着せられている。陛下も自分がやったと思っている。
(影を使った……? それだけで私がやったと確信するの……?)
王家には影が存在するのは知っていたが、たったそれだけで決めつけられるのは甚だしい。そもそも、私は何も危害を加えていない。事実無根だ。
お父様とお母様を見るととても悲しそうな表情でこちらを見ているが、助ける気は無いみたいだ。
もし私を助けようとするとお母様まで捕まってしまう。お父様はお母様第一主義、私のことも溺愛してくれているがどちらを取ると聞かれたら即お母様を助けるだろう。
──この場に私のことを信じてくれる人はいない。
それを急に突きつけられ、どん底に落とされる。
「私は嫌がらせも暗殺もしようとしてません。信じてくださいっ……!!」
「そなたを信じたいがこれだけ証拠が出ているのだ。裁かない訳にはいかない」
やってないのに何故!!! という感情が駆け巡った。
──なぜ? なぜ? 何故私なの?
何もやってない、ただ殿下のことが好きなだけなのに。慕っているだけで濡れ衣を着せられないといけないの?
反論しようにも、相手が提示している証拠がどういう物なのか分からない状態では覆しようもなかった。
「もういいだろう? アタナシア、そなたは子爵令嬢の暗殺未遂で牢屋行きだ。罪人を連れていけ」
痺れを切らした殿下が口を挟み、牢獄行きを命じる。直ぐに騎士が私の両腕を拘束し、地下牢へと連れていく。
牢獄に連れていかれた私は暗殺未遂の無実を証明することも無く呆気なく死に、ローズは王太子妃となって殿下と暮らすことになった。
前世をひとしきり振り返り終わる。
やだ絶対やだ。こんなことで死にたくない。それなら断罪されて身分剥奪の上に修道院に行くとかの方がまだマシだ。
「回避するには婚約解消をするしか……いや、もう一層のこと修道院に駆け込むか……」
自分で考えてズキズキと心が痛む。ああ私は殿下のことが好きなのか。
だけど────好きでも彼は私を捨てる。
「なんであろう事かアタナシアに再び……断罪される運命なのに……! 嫌よ絶対絶対牢獄で死ぬのはたまらないわ。それに殿下がローズのことを好きになるのなら私は身を引くわ……だってそれで殿下は幸せになれるのだから」
ギュッとシーツを握るとシワが寄った。
「……シア? 起きたの!?」
「ひゃっ」
ブツブツ独り言を呟いていたら部屋のドアが開いて殿下が入ってきた。どうやら様子を見に来たらしい。
びっくりした……まさか今の話聞かれてないわよね……? 寿命が縮んだ気がする。
「殿下……」
恐る恐る声をかけてみる。
「良かった。目が覚めないから心配で心配でお見舞いに来たんだ。シア、一週間も目を覚まさなかったんだよ」
安堵したかのように優しく声をかけて私の髪を触る殿下。それだけで顔が真っ赤になりそうになる。今の態度からして私が話していたことは聞いてないようだ。
「殿下、やめてくださいまし。私も立派な淑女なのです。むやみに髪を触らないで下さい」
そう言うと、彼は怪訝そうな顔をした。
「シア……? なぜ敬語なの? それにいつも私のことはギルって呼んでたのに何故殿下呼び? 似合わないし、ムズムズするからやめてよね。あと婚約者の髪を触るのは別にいいと思うのだけど」
少し寂しそうに問いかけてきた。しまった。いつも愛称呼びしてるのに、いきなり殿下呼びはさすがにおかしい。悪役令嬢アタナシアの記憶を持ったことによって、敬語を無意識に使ってしまった。
それに髪を触るなと言ったのに殿下はサラッと無視してずっと触っている。
恨めしそうに見ていると殿下は「分かった。やめるよそんな目で見ないで」と降参した。
「分かってくれたのならいいの。所で私、一週間も寝ていたの?」
「そうだよ。だからとっても心配だったんだ。急に意識を失って熱は下がらないし、おかげで公爵は機嫌が悪くなって、絶対零度撒き散らして王宮が凍っちゃいそうだったよ」
寒かったなぁと他人事のように言う殿下。これは後でお父様に小言を言わなければ。彼だけならまだしも、他にも王宮には働いてる人がいる。その人達の仕事に支障を出してはいけない。
「それじゃあもうちょっとシアと二人でいたいけど、シアが目覚めたことを公爵に教えないと後が怖いから呼んでくるね」
「ええありがとう。そうね、早く目覚めたことを伝えないとギルが凍らせられちゃうわ」
「やめてよね。ほんとになりそうで怖いから。彼、一応私は王子なのに本気で氷漬けようとしてくるんだから」
そう言って腰を上げてまたねと部屋を出ていくのを見送って数分。ドタドタと一人の足音が聞こえてきた。
持っていたティーカップが手から滑り落ちていく。
ガチャンッと音を立てて地面に落ちた。が、霞む視界の中でカップが割れていないか足元を確認すると、芝生だったため割れていないようだ。
「頭が……痛い……」
頭が割れるように痛い。さっきまでは全然痛くなかったのに突然。加えて何かの記憶が私の中に入ってくる。
これは……この記憶は────
「シア!? どうしたんだい? シア! シア!?」
「ギ……ル……大……」
意識を失い倒れる瞬間に聞こえた声に、大丈夫だと伝えることも出来なく、私は深い暗闇へと落とされた。
目を覚まして真っ先に見えたのはいつも自分が使っている天蓋付き寝台の天井。
「私は……」
まだ歪む視界の中、瞳を大きく開ける。
思い出した。何故私が倒れたのか。それよりも頭の中に入ってきた記憶のせいで血の気が引いて真っ青になっていく。
「私は……私は……悪役令嬢?! 嫌よ! 死にたくない! 断罪されるなんて絶対絶対いやぁぁぁ!!!」
気づいたら絶叫していた。
そうだ私は殿下と恋仲のローズの邪魔をする悪役令嬢のアタナシア・ラスター。公爵家の娘だ。
そして私の婚約者でのちに私を牢屋に入れて婚約破棄をするのはこの国の第一王子であり、王太子であるギルバート・ルイ・ソルリア殿下。
彼と私は幼馴染みであり、小さい頃から身分関係なく親しくしてもらっていた。
それは王妃様と私のお母様が親友で子供が生まれたら友達にしましょう! あわよくば婚約者にも……と画策していたのに加えて、両家とも私と殿下のことを、どちらも自分達の子供のように接してくれていたので、止める人がいなかったからだ。
(まあお父様宰相だし、王様の片腕と言われてるから止められる人なんて王様以外にいないし、お父様私とお母様に危害が加わると、普段は温厚なのにいきなり冷徹に豹変するから……皆さん自分に火の粉が降り注いで来ないように避けてしまうのよね)
今でこそ理解出来ることも、小さい時なんて大人の目論見など知るわけのない殿下と私は、今までずっと一緒に成長し、昨年正式に婚約を結んだ。
彼に「今更だけどラスター公爵令嬢、私の婚約者になって私と共にこの国を見守ってください」といつにも増して真剣に言われた時、私は嬉しかった。
何故ならいつも隣に殿下がいて、これからもずっと一緒に居られると思っていたから。
ずっと一緒にいれば恋情が生まれてくるのは必然だろう。
私の中にも、いつの間にか彼に対する恋情が少しずつゆっくり大きくなっていた。
だから殿下の隣に立つために、彼に恥をかかせないために、妃教育を一生懸命頑張り、完璧な淑女だと言われるほどになった。
だが、ローズが現れることによって私の人生は一変する。
殿下は市井の視察で王都に出向いている時入った食堂でローズと出逢う。
彼女の正式名はローズ・リトルアナ子爵令嬢。本来、貴族は市井で働くことはしない。だが彼女は何故か市井で給仕をしていた。
それは、ただ単に市井で働いてみたいという貴族にはありえない思惑だった。もうこの時点で、箱入り娘の私と見方、考え方が違う。だから私は捨てられたのかもしれない。
そんな理由を聞いた殿下は普通の貴族とは違う彼女に興味が湧いたよう。いつも適当に令嬢をあしらっていた殿下は、彼女に会うためだけに度々その定食屋へと赴くようになる。
ただし、自分の身分は隠して。
市井の食堂にこの国の第一王子がローズに会うためだけに来ていると貴族が知ったら彼女に対して何をするか分からないからだ。
殿下は度々会いに行っているのを周りに隠し通せていると思っているのだが、甘い。そんなもの小さい頃から一緒にいて彼の性格、嘘をつく癖などを熟知している私からしてみればバレバレだ。
伊達に何年幼馴染みをしているのか知ってもらいたい。そんなことで誤魔化せるなんて百年早い。出直してきて欲しい。
怒りが込み上げてくるのを抑えて状況を整理するのを続けよう。
彼が裏で女性と会っていることに勘づいた私は密偵を放って彼の意中の相手を探る。結果、彼の守りも虚しく私はローズ・リトルアナの存在と細かい情報を手に入れ、心は嫉妬によってどす黒くなる。
その頃には殿下は何もしていない私を避け始め、会いに行こうとしても忙しいからと断られる日々が続いていたのだ。
何故? どうして? こんなにも格下の令嬢に何年も一緒にいたギルを取られないといけないの? 私の方が彼の隣にふさわしいのに! といつもなら爵位など関係なく親しくするようにしていたことを忘れ、様々な嫌がらせを彼女に行おうとするが、さすがに私の矜恃が許さなかった。爵位で人を貶めたり排除するのはダメだと。
そこだけが前回の私の偉いところだ。他は……うん、ダメな点ね。
踏みとどまったことで、踏みとどまらなかった場合と結果が変わったとは思わないが、人間としてしてはいけないことはしなかったのだから。
ローズは最初、嫌がらせについて誰にも言わなかった。だが段々と表情が暗くなっていく彼女を見て、不愉快な気分になった殿下は半端強引に嫌がらせに関して聞き出す。
「ごめんなさい……貴方の手を煩わせたくなかったの」
と涙を零しながら謝るローズを見た殿下は心を打たれてしまい、
「大丈夫、僕が何とかしてあげる」
と取り返しのつかない事を言ってしまった。
もうそこまで彼女に尽くしてしまったら私に対して不貞を働いているようなものだ。王子だったから許されたけど普通の貴族だったら即婚約破棄よ! 破棄!!!
それから彼は物凄い速さで犯人を見つけてしまった。
「アタナシア! 貴様どういうことだ!?」
ドアを蹴破りそうな勢いで淑女の部屋に乱入してくる殿下、やめて欲しい。ドアが壊れる。
「何ですか? 殿下。三ヶ月ぶりでございますわね。あと、貴様と呼ばれるようなことをした記憶はございませんわ」
私は優雅に紅茶を飲んでいた。傍から見れば美女が優雅にティータイムだ。自画自賛だけど見蕩れる人もいるだろう。
でも、彼は耐性が付いているので何とも思わない。
「シラを切るのか? 証拠も出ているんだ」
そう言いながら机に証拠の書類を叩きつける殿下を、私は射抜き、焦らなかった。
「あら、殿下の意中の相手様が嫌がらせを受けていたのですか? しかもそれが私がやったことに? 驚きです」
「何でそんなに冷静なのだ……? もういい、婚約破棄させてもらう。今から王宮に来てもらおう」
焦らない私を見て、逆に殿下が驚いたようだ。
今思い出せば婚約破棄を言い出すタイミング、突拍子もないわね……。
それでも私の冷静さは欠けなかった。ここまでは余裕があったのだ。
「分かりました。王宮に行ってどうするのです?」
「決まっているだろう? 断罪するのさ」
ため息をついた私、そのまま殿下と一緒に来ていた騎士たちに連行される。
連れていかれたのは王宮の謁見の間、そこには陛下、王妃様、お父様・お母様、件のローズがいた。
「アタナシア嬢、そなたがここにいる子爵令嬢に嫌がらせをしたというのは本当か?」
「いいえ違います。それに私が子爵令嬢と会うのは初めてですし」
私は疲れていた。
殿下のことはとても好きだ。お慕いしている。でも彼がローズといるのを考えると心が黒く染まり、してはいけない事をしてしまいそうになる。
それが怖い。自分自身がなくなるようで。
例え心がそれを拒否し、彼を離してはいけないと荒れに荒れ、泣き叫んでいるとしても。
だから私は冷静だった。彼の心はもう彼女にある。自分の入る余地などないだろう。取り乱して戻ってくるならいくらでも取り乱すが、彼の心が戻ってくることは無いのだから。
「そうか、それでは子爵令嬢を暗殺しようとしたことについては?」
悲しそうにこちらを見つめる陛下の言葉に私の中に疑問が生まれる。
「暗殺……? いえ、そんなことはしておりません!」
「? ここに証拠が出ておるではないか、この証拠は嘘なのかギルバートよ」
「いいえ、影を使って調べたので……」
「ふむ。そうなると情報が間違いである可能性は低いが…………」
私は動揺していた。暗殺なんか彼女は企てていない。それなのにやってもいない罪を着せられている。陛下も自分がやったと思っている。
(影を使った……? それだけで私がやったと確信するの……?)
王家には影が存在するのは知っていたが、たったそれだけで決めつけられるのは甚だしい。そもそも、私は何も危害を加えていない。事実無根だ。
お父様とお母様を見るととても悲しそうな表情でこちらを見ているが、助ける気は無いみたいだ。
もし私を助けようとするとお母様まで捕まってしまう。お父様はお母様第一主義、私のことも溺愛してくれているがどちらを取ると聞かれたら即お母様を助けるだろう。
──この場に私のことを信じてくれる人はいない。
それを急に突きつけられ、どん底に落とされる。
「私は嫌がらせも暗殺もしようとしてません。信じてくださいっ……!!」
「そなたを信じたいがこれだけ証拠が出ているのだ。裁かない訳にはいかない」
やってないのに何故!!! という感情が駆け巡った。
──なぜ? なぜ? 何故私なの?
何もやってない、ただ殿下のことが好きなだけなのに。慕っているだけで濡れ衣を着せられないといけないの?
反論しようにも、相手が提示している証拠がどういう物なのか分からない状態では覆しようもなかった。
「もういいだろう? アタナシア、そなたは子爵令嬢の暗殺未遂で牢屋行きだ。罪人を連れていけ」
痺れを切らした殿下が口を挟み、牢獄行きを命じる。直ぐに騎士が私の両腕を拘束し、地下牢へと連れていく。
牢獄に連れていかれた私は暗殺未遂の無実を証明することも無く呆気なく死に、ローズは王太子妃となって殿下と暮らすことになった。
前世をひとしきり振り返り終わる。
やだ絶対やだ。こんなことで死にたくない。それなら断罪されて身分剥奪の上に修道院に行くとかの方がまだマシだ。
「回避するには婚約解消をするしか……いや、もう一層のこと修道院に駆け込むか……」
自分で考えてズキズキと心が痛む。ああ私は殿下のことが好きなのか。
だけど────好きでも彼は私を捨てる。
「なんであろう事かアタナシアに再び……断罪される運命なのに……! 嫌よ絶対絶対牢獄で死ぬのはたまらないわ。それに殿下がローズのことを好きになるのなら私は身を引くわ……だってそれで殿下は幸せになれるのだから」
ギュッとシーツを握るとシワが寄った。
「……シア? 起きたの!?」
「ひゃっ」
ブツブツ独り言を呟いていたら部屋のドアが開いて殿下が入ってきた。どうやら様子を見に来たらしい。
びっくりした……まさか今の話聞かれてないわよね……? 寿命が縮んだ気がする。
「殿下……」
恐る恐る声をかけてみる。
「良かった。目が覚めないから心配で心配でお見舞いに来たんだ。シア、一週間も目を覚まさなかったんだよ」
安堵したかのように優しく声をかけて私の髪を触る殿下。それだけで顔が真っ赤になりそうになる。今の態度からして私が話していたことは聞いてないようだ。
「殿下、やめてくださいまし。私も立派な淑女なのです。むやみに髪を触らないで下さい」
そう言うと、彼は怪訝そうな顔をした。
「シア……? なぜ敬語なの? それにいつも私のことはギルって呼んでたのに何故殿下呼び? 似合わないし、ムズムズするからやめてよね。あと婚約者の髪を触るのは別にいいと思うのだけど」
少し寂しそうに問いかけてきた。しまった。いつも愛称呼びしてるのに、いきなり殿下呼びはさすがにおかしい。悪役令嬢アタナシアの記憶を持ったことによって、敬語を無意識に使ってしまった。
それに髪を触るなと言ったのに殿下はサラッと無視してずっと触っている。
恨めしそうに見ていると殿下は「分かった。やめるよそんな目で見ないで」と降参した。
「分かってくれたのならいいの。所で私、一週間も寝ていたの?」
「そうだよ。だからとっても心配だったんだ。急に意識を失って熱は下がらないし、おかげで公爵は機嫌が悪くなって、絶対零度撒き散らして王宮が凍っちゃいそうだったよ」
寒かったなぁと他人事のように言う殿下。これは後でお父様に小言を言わなければ。彼だけならまだしも、他にも王宮には働いてる人がいる。その人達の仕事に支障を出してはいけない。
「それじゃあもうちょっとシアと二人でいたいけど、シアが目覚めたことを公爵に教えないと後が怖いから呼んでくるね」
「ええありがとう。そうね、早く目覚めたことを伝えないとギルが凍らせられちゃうわ」
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「はっ戯言を述べるのはいい加減にしろ。……臣下は狂帝だと噂するのに」
「そんなことありません。誰が何を言おうと、わたしはユリウス陛下がお優しい方だと知っています」
徐々に何者なのか疑われているのを知らぬまま、テレーゼとなったイザベルは、過去に囚われ続け、止まってしまった針を動かしていく。
これは悲恋に終わったはずの恋がもう一度、結ばれるまでの話。