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第二章 アルメリアでの私の日々
魔法薬学の授業(1)
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「あの先生はエリック・コーラル先生よ。魔法薬学の教師なの」
耳元でマーガレット王女が教えてくれる。
ペコペコと平謝りするように頭を下げて、生徒から落とした薬草を受け取っては紙袋に入れている。
「先生はちょっと抜けているところがあるの。ああいうのは日常茶飯事なのよ。だから親しみ深くて生徒から慕われている。私も好きな先生よ」
その表情から本当に慕っているのだとわかる。
「そうなのですね」
エリック先生がまた転ばないよう、生徒のひとりが紙袋を持った。そして正面にある机上に置く。
「何から何までありがとう。いつもすまないね」
そのセリフだけ聞いたら翁のようだが、先生はまだ20代後半らしい。肌には張りがあって、健康そうな体つきだ。気になるのは手が荒れていることだが、あれはきっと薬草を普段扱っているからだろう。それに魔法薬を作る人達は、触るとかぶれや発疹が出る材料も扱うから手が荒れてしまうと聞いたことがある。
「それじゃあ始めようか。今日はティオの塗り薬を作ろうね」
ぱっと手の中に出現させたのは透明な塗り薬の瓶だった。先生が振るとリリリンっと鈴のような音がした。
(いつ見ても不思議! 鈴なんて入ってないのに!)
ソルリアは魔法薬学があまり発達していない。みんな直接魔法でどうにかしてしまう。もしくは薬を買うか。ソルリアに流通している薬は自国生産の場合もあるが、大半はアルメリアを筆頭に他国からの輸入であった。
ティオの塗り薬は自分もよくお世話になる一般的な薬だ。とても身近に感じて、思わず身を乗り出して見てしまう。
「材料はヴィッチホーンの角とクルーウ草、シーレーンの涙だよ。ここにあるから人数分取りに来てね~」
紙袋からどんどん材料が出てくる。それは袋の大きさからは想像できないほど。あれもまた空間魔法を使っているのだろうか。
「取りに行ってくる」
鍋の時と同様にアレクシス殿下が席を立った。帰ってきた時には両手で抱えきれないほど材料を持っていた。
「こんなに使うのですか?」
「うん。煮詰めるのよ。煮詰めたら固形は溶けてしまうし、かさが減るの」
分かりやすいように机上に並べながらマーガレット王女は言った。
へぇ、と感心しながら小瓶に入っているシーレーンの涙を眺める。中身が半透明で虹色のそれは、窓から差し込む太陽光によって粒子がきらめいていた。
「これ、本当にシーレーンから取ったのですか? 私の国では伝説上の生物ですが」
「ううん、シーレーンの涙のように綺麗だからそういう名前がついているの。シーレーンが存在しているかは分かってない。でも、私いるんじゃないかなぁって思ってたりする」
じゃなきゃそんな名前付けられないでしょう? とマーガレット王女は付け加えた。
「私もマーレと同じで、いると思ってますよ。この世の中、不思議なことはあるのですから」
たまに不思議な出来事に出会ったと言う人がいる。その中には嘘が混じっている可能性もあるが、真実もあるだろう。
(魔法だって昔は同じように無いものとして扱われていたんだから)
過去に読んだ歴史書に書かれていることを思い出す。そこには魔法が使える者が異端者だとして、魔女狩りに合っていた話が乗っていた。最初は数千人に一人の割合だった魔法が、数十人に一人になってようやく異端者じゃなくて、同じ人間だと認められたらしい。
世の中はだんだん変わっていくもの。今は嘘だと、真実ではないものも未来には普通の出来事だと言われているかもしれない。
(とりあえず、今は魔法薬学の授業を真面目に受けなくちゃいけないわ)
頭を切りかえて、前を向く。
エリック先生は研がれた包丁と板を生徒に見せる。
「まずはクルーウ草を細かく刻もう。けど、すり潰してはいけないよ。薬草にたっぷり含まれる汁が溢れてきちゃうからね」
エリック先生はわざと失敗したクルーウ草を頭上に掲げる。するとどこにあったのかと信じられないほどドバーッとクルーウ草から青い汁が溢れていた。
「こうなるからね~しかもこの汁、服に着いたら落ちないよ。気をつけて~」
「……先生、汚れていますよ」
生徒のひとりが指摘する。
「あっほんとだ」
室内が静まり返った。自分で言ったことを忘れたのか、エリック先生は反射的にシャツを触ってしまう。
案の定手に付着していた液体がまた服につき、悲惨なことになっていた。
耳元でマーガレット王女が教えてくれる。
ペコペコと平謝りするように頭を下げて、生徒から落とした薬草を受け取っては紙袋に入れている。
「先生はちょっと抜けているところがあるの。ああいうのは日常茶飯事なのよ。だから親しみ深くて生徒から慕われている。私も好きな先生よ」
その表情から本当に慕っているのだとわかる。
「そうなのですね」
エリック先生がまた転ばないよう、生徒のひとりが紙袋を持った。そして正面にある机上に置く。
「何から何までありがとう。いつもすまないね」
そのセリフだけ聞いたら翁のようだが、先生はまだ20代後半らしい。肌には張りがあって、健康そうな体つきだ。気になるのは手が荒れていることだが、あれはきっと薬草を普段扱っているからだろう。それに魔法薬を作る人達は、触るとかぶれや発疹が出る材料も扱うから手が荒れてしまうと聞いたことがある。
「それじゃあ始めようか。今日はティオの塗り薬を作ろうね」
ぱっと手の中に出現させたのは透明な塗り薬の瓶だった。先生が振るとリリリンっと鈴のような音がした。
(いつ見ても不思議! 鈴なんて入ってないのに!)
ソルリアは魔法薬学があまり発達していない。みんな直接魔法でどうにかしてしまう。もしくは薬を買うか。ソルリアに流通している薬は自国生産の場合もあるが、大半はアルメリアを筆頭に他国からの輸入であった。
ティオの塗り薬は自分もよくお世話になる一般的な薬だ。とても身近に感じて、思わず身を乗り出して見てしまう。
「材料はヴィッチホーンの角とクルーウ草、シーレーンの涙だよ。ここにあるから人数分取りに来てね~」
紙袋からどんどん材料が出てくる。それは袋の大きさからは想像できないほど。あれもまた空間魔法を使っているのだろうか。
「取りに行ってくる」
鍋の時と同様にアレクシス殿下が席を立った。帰ってきた時には両手で抱えきれないほど材料を持っていた。
「こんなに使うのですか?」
「うん。煮詰めるのよ。煮詰めたら固形は溶けてしまうし、かさが減るの」
分かりやすいように机上に並べながらマーガレット王女は言った。
へぇ、と感心しながら小瓶に入っているシーレーンの涙を眺める。中身が半透明で虹色のそれは、窓から差し込む太陽光によって粒子がきらめいていた。
「これ、本当にシーレーンから取ったのですか? 私の国では伝説上の生物ですが」
「ううん、シーレーンの涙のように綺麗だからそういう名前がついているの。シーレーンが存在しているかは分かってない。でも、私いるんじゃないかなぁって思ってたりする」
じゃなきゃそんな名前付けられないでしょう? とマーガレット王女は付け加えた。
「私もマーレと同じで、いると思ってますよ。この世の中、不思議なことはあるのですから」
たまに不思議な出来事に出会ったと言う人がいる。その中には嘘が混じっている可能性もあるが、真実もあるだろう。
(魔法だって昔は同じように無いものとして扱われていたんだから)
過去に読んだ歴史書に書かれていることを思い出す。そこには魔法が使える者が異端者だとして、魔女狩りに合っていた話が乗っていた。最初は数千人に一人の割合だった魔法が、数十人に一人になってようやく異端者じゃなくて、同じ人間だと認められたらしい。
世の中はだんだん変わっていくもの。今は嘘だと、真実ではないものも未来には普通の出来事だと言われているかもしれない。
(とりあえず、今は魔法薬学の授業を真面目に受けなくちゃいけないわ)
頭を切りかえて、前を向く。
エリック先生は研がれた包丁と板を生徒に見せる。
「まずはクルーウ草を細かく刻もう。けど、すり潰してはいけないよ。薬草にたっぷり含まれる汁が溢れてきちゃうからね」
エリック先生はわざと失敗したクルーウ草を頭上に掲げる。するとどこにあったのかと信じられないほどドバーッとクルーウ草から青い汁が溢れていた。
「こうなるからね~しかもこの汁、服に着いたら落ちないよ。気をつけて~」
「……先生、汚れていますよ」
生徒のひとりが指摘する。
「あっほんとだ」
室内が静まり返った。自分で言ったことを忘れたのか、エリック先生は反射的にシャツを触ってしまう。
案の定手に付着していた液体がまた服につき、悲惨なことになっていた。
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