47 / 88
第二章 アルメリアでの私の日々
廻る歯車
「あの人のことは嫌いだから嫌いなの。理由なんてないわ」
「嘘ですね」
「嘘じゃないわ」
マーガレット王女の眉間に皺が寄る。
「何か理由がおありですよね。でなければ婚約を解消されるはずです」
前回私はギルバート殿下に婚約破棄を言い渡された。だからマーガレット王女もできるはずだ。
「解消なんてできないわ。これといった悪行を相手がした訳でもないのに」
(あ、そうか。あれは特殊なのすっかり忘れてた)
普通いきなり婚約破棄を言い渡されない。ましてやそのまま牢獄行きなんて。
例外中の例外を引き当てた私の経験と重ねてはいけないのだ。
だからマーガレット王女の言う通りである。ジェラルド様は現状何もしていない。
陰で隠れて何か問題を起こしていた場合を除けばだが、彼はそんなことをしないだろう。
第一、アレクシス殿下が友人として一緒にいるのだ。悪行を働けば殿下に嘘をつく機会があるはずであり、それを彼が気が付かないはずがない。
「ですが私はマーレが根拠も無しに親しい者を嫌う人ではないと思います」
相手から嫌がらせを受けてきたからこそ、マーガレット王女は辛さがわかる人。
そんな彼女が意味もなしに嫌うはずがなく、絶対になにか理由があるはずだ。
「ターシャに……だけは教えない」
「ということはあるので?」
私は揚げ足を取った。マーガレット王女は顔を真っ赤にする。
「なっ違っ」
彼女は立ち上がる。そして大きくため息をついた。
何かを諦めたのような、それでいて安堵しているかのような。
「……嫌いなのは本当よ。とても嫌いで憎くて視界に入れたくない。でも、矛盾しているけれど、私にはもったいないくらいなの。ほんとうに馬鹿なひと」
掠れるような声色は、気を抜いていたら聞き逃す程の弱さで。
私はマーガレット王女が一回り小さくなったように感じた。
「それはどういう──あっ」
魔力の残滓を残して逃げるようにマーガレット王女は転移する。
一人残された私は、彼女の言った言葉の意味をずっと考えていた。
◇◇◇
「ジェラルド」
マーガレットとアタナシアがいなくなってすぐに、アレクシスは友人の名前を呼ぶ。
「見ていただろ」
「そりゃあ、ね。出ていくのはできないから」
建物の影から友人は現れる。
「本当にいいのか」
目の前の友人はどうしてそんなことを聞くのかというような顔をしている。
アレクシスは彼が今後することを知っていた。最初聞いた時は驚いたが、同時にいつかは来るのではないかとも思っていた。
「他に道があるならとっくのとうに進んでる」
「だが……いや、それがジェラルドの選択なら。何も言うことは無い」
思わずジェラルドの肩を叩けば、はははと彼は笑う。
「何、慰め?」
「いいや、まだ諦めないでいてほしい。と」
言うつもりのなかった心の声は、相手の決意を揺らすには十分だった。
ジェラルドの瞳が揺れる。
「なら、どうすればいい。君に分かるのか。この感情を」
そう言われてしまえば反論できない。アレクシスは恋情など抱いたことがないのだから。恋焦がれるらしいその気持ちは理解できないのだ。
けれど、マーガレットを大切に思う気持ちは彼に負けやしない。
アレクシスが乾いた唇をなめ、唾を飲み込むと同時にジェラルドは絞り出すように声を出した。
「マーガレットは私のことが嫌いだ。それは……アレクシスだって見えているだろう」
──知っている。だってこの目で確認したから。
妹は人一番純粋で、儚く、怯えることが多かった。
基本的に家族以外の者には警戒心しか抱かず、常にアレクシスの背中に隠れていた。
四六時中ビクビク震え、少しでもアレクシスから引き離されれば不安で泣き出してしまう。
『おにいさま、おにいさま、離れていかないで。そばにいて。わたしをひとりにしないで』と何度懇願されたか分からない。
困り果てた乳母たちは性別が違うにも関わらず、同じ子供部屋で二人を養育した。
そうなってしまった原因は大人にあって。それでいて優しい仮面を被って近づいてくる者が多かったから仕方のなかったのだろう。
『わたしね、世界中でお兄さまとお父さまとお母さまだけが好きなの。ほかの人はいじわるだから嫌いよ』
それが妹の口癖だった。
いつしか、彼女を守るのは自分の役目で。
彼女のそばに居るのも自分だけだった。
(変わったのは……ジェラルドが現れてからだ)
最初こそ警戒していたものの、マーガレットはアレクシスから見たら驚くほど早く、自然に、ジェラルドのことを受け入れた。
『ジェラルドのことをどう思う?』
出会って一年くらい経ち、アレクシスは妹に尋ねた。
『だれにも言わない?』
『うん』
マーガレットはキョロキョロ辺りを見回し、聞き耳を立てている人物がいないか確認する。
お人形を置いた妹は口を手で囲って、アレクシスに教えてくれた。
『んーとね、おにいさまの次、くらいに好きかもしれない』
途端、花瓶に挿していた花が鮮やかさを取り戻した。
『わわわっ! お花枯れそうだったのに復活したわ』
そう言って一輪手に取り、アレクシスの元に持ってくる。
『見てお兄さま。綺麗ね』
そう笑った妹は、今正反対の感情をジェラルドに向けている。
けれど、アレクシスは両親よりもそばに居たから。他の感情も紛れていると感覚的に分かるのだ。
(君は君自身が思っているよりも、マーガレットの中に住み着いている)
未だ俯いたままの友人。
散々悩み、苦労し、藻掻いているのを知っている。
──どうしたらこの絡まった糸を解けるのか。
願わくば、新たに舞い込んだ風によって良い方向に変わらないかと思いながら。
アレクシスは答えを探している最中だった。
「嘘ですね」
「嘘じゃないわ」
マーガレット王女の眉間に皺が寄る。
「何か理由がおありですよね。でなければ婚約を解消されるはずです」
前回私はギルバート殿下に婚約破棄を言い渡された。だからマーガレット王女もできるはずだ。
「解消なんてできないわ。これといった悪行を相手がした訳でもないのに」
(あ、そうか。あれは特殊なのすっかり忘れてた)
普通いきなり婚約破棄を言い渡されない。ましてやそのまま牢獄行きなんて。
例外中の例外を引き当てた私の経験と重ねてはいけないのだ。
だからマーガレット王女の言う通りである。ジェラルド様は現状何もしていない。
陰で隠れて何か問題を起こしていた場合を除けばだが、彼はそんなことをしないだろう。
第一、アレクシス殿下が友人として一緒にいるのだ。悪行を働けば殿下に嘘をつく機会があるはずであり、それを彼が気が付かないはずがない。
「ですが私はマーレが根拠も無しに親しい者を嫌う人ではないと思います」
相手から嫌がらせを受けてきたからこそ、マーガレット王女は辛さがわかる人。
そんな彼女が意味もなしに嫌うはずがなく、絶対になにか理由があるはずだ。
「ターシャに……だけは教えない」
「ということはあるので?」
私は揚げ足を取った。マーガレット王女は顔を真っ赤にする。
「なっ違っ」
彼女は立ち上がる。そして大きくため息をついた。
何かを諦めたのような、それでいて安堵しているかのような。
「……嫌いなのは本当よ。とても嫌いで憎くて視界に入れたくない。でも、矛盾しているけれど、私にはもったいないくらいなの。ほんとうに馬鹿なひと」
掠れるような声色は、気を抜いていたら聞き逃す程の弱さで。
私はマーガレット王女が一回り小さくなったように感じた。
「それはどういう──あっ」
魔力の残滓を残して逃げるようにマーガレット王女は転移する。
一人残された私は、彼女の言った言葉の意味をずっと考えていた。
◇◇◇
「ジェラルド」
マーガレットとアタナシアがいなくなってすぐに、アレクシスは友人の名前を呼ぶ。
「見ていただろ」
「そりゃあ、ね。出ていくのはできないから」
建物の影から友人は現れる。
「本当にいいのか」
目の前の友人はどうしてそんなことを聞くのかというような顔をしている。
アレクシスは彼が今後することを知っていた。最初聞いた時は驚いたが、同時にいつかは来るのではないかとも思っていた。
「他に道があるならとっくのとうに進んでる」
「だが……いや、それがジェラルドの選択なら。何も言うことは無い」
思わずジェラルドの肩を叩けば、はははと彼は笑う。
「何、慰め?」
「いいや、まだ諦めないでいてほしい。と」
言うつもりのなかった心の声は、相手の決意を揺らすには十分だった。
ジェラルドの瞳が揺れる。
「なら、どうすればいい。君に分かるのか。この感情を」
そう言われてしまえば反論できない。アレクシスは恋情など抱いたことがないのだから。恋焦がれるらしいその気持ちは理解できないのだ。
けれど、マーガレットを大切に思う気持ちは彼に負けやしない。
アレクシスが乾いた唇をなめ、唾を飲み込むと同時にジェラルドは絞り出すように声を出した。
「マーガレットは私のことが嫌いだ。それは……アレクシスだって見えているだろう」
──知っている。だってこの目で確認したから。
妹は人一番純粋で、儚く、怯えることが多かった。
基本的に家族以外の者には警戒心しか抱かず、常にアレクシスの背中に隠れていた。
四六時中ビクビク震え、少しでもアレクシスから引き離されれば不安で泣き出してしまう。
『おにいさま、おにいさま、離れていかないで。そばにいて。わたしをひとりにしないで』と何度懇願されたか分からない。
困り果てた乳母たちは性別が違うにも関わらず、同じ子供部屋で二人を養育した。
そうなってしまった原因は大人にあって。それでいて優しい仮面を被って近づいてくる者が多かったから仕方のなかったのだろう。
『わたしね、世界中でお兄さまとお父さまとお母さまだけが好きなの。ほかの人はいじわるだから嫌いよ』
それが妹の口癖だった。
いつしか、彼女を守るのは自分の役目で。
彼女のそばに居るのも自分だけだった。
(変わったのは……ジェラルドが現れてからだ)
最初こそ警戒していたものの、マーガレットはアレクシスから見たら驚くほど早く、自然に、ジェラルドのことを受け入れた。
『ジェラルドのことをどう思う?』
出会って一年くらい経ち、アレクシスは妹に尋ねた。
『だれにも言わない?』
『うん』
マーガレットはキョロキョロ辺りを見回し、聞き耳を立てている人物がいないか確認する。
お人形を置いた妹は口を手で囲って、アレクシスに教えてくれた。
『んーとね、おにいさまの次、くらいに好きかもしれない』
途端、花瓶に挿していた花が鮮やかさを取り戻した。
『わわわっ! お花枯れそうだったのに復活したわ』
そう言って一輪手に取り、アレクシスの元に持ってくる。
『見てお兄さま。綺麗ね』
そう笑った妹は、今正反対の感情をジェラルドに向けている。
けれど、アレクシスは両親よりもそばに居たから。他の感情も紛れていると感覚的に分かるのだ。
(君は君自身が思っているよりも、マーガレットの中に住み着いている)
未だ俯いたままの友人。
散々悩み、苦労し、藻掻いているのを知っている。
──どうしたらこの絡まった糸を解けるのか。
願わくば、新たに舞い込んだ風によって良い方向に変わらないかと思いながら。
アレクシスは答えを探している最中だった。
あなたにおすすめの小説
生まれ変わり令嬢は、初恋相手への心残りを晴らします(と意気込んだのはいいものの、何やら先行き不穏です!?)
夕香里
恋愛
無実の罪をあえて被り、処刑されたイザベル。目を開けると産まれたての赤子になっていた。
どうやら処刑された後、同じ国の伯爵家にテレーゼと名付けられて生まれたらしい。
(よく分からないけれど、こうなったら前世の心残りを解消しましょう!)
そう思い、想い人──ユリウスの情報を集め始めると、何やら耳を疑うような噂ばかり入ってくる。
(冷酷無慈悲、血に飢えた皇帝、皇位簒だ──父帝殺害!? えっ、あの優しかったユースが……?)
記憶と真反対の噂に戸惑いながら、17歳になったテレーゼは彼に会うため皇宮の侍女に志願した。
だが、そこにいた彼は17年前と変わらない美貌を除いて過去の面影が一切無くなっていて──?
「はっ戯言を述べるのはいい加減にしろ。……臣下は狂帝だと噂するのに」
「そんなことありません。誰が何を言おうと、わたしはユリウス陛下がお優しい方だと知っています」
徐々に何者なのか疑われているのを知らぬまま、テレーゼとなったイザベルは、過去に囚われ続け、止まってしまった針を動かしていく。
これは悲恋に終わったはずの恋がもう一度、結ばれるまでの話。
魅了魔法…?それで相思相愛ならいいんじゃないんですか。
iBuKi
恋愛
サフィリーン・ル・オルペウスである私がこの世界に誕生した瞬間から決まっていた既定路線。
クロード・レイ・インフェリア、大国インフェリア皇国の第一皇子といずれ婚約が結ばれること。
皇妃で将来の皇后でなんて、めっちゃくちゃ荷が重い。
こういう幼い頃に結ばれた物語にありがちなトラブル……ありそう。
私のこと気に入らないとか……ありそう?
ところが、完璧な皇子様に婚約者に決定した瞬間から溺愛され続け、蜂蜜漬けにされていたけれど――
絆されていたのに。
ミイラ取りはミイラなの? 気付いたら、皇子の隣には子爵令嬢が居て。
――魅了魔法ですか…。
国家転覆とか、王権強奪とか、大変な事は絡んでないんですよね?
いろいろ探ってましたけど、どうなったのでしょう。
――考えることに、何だか疲れちゃったサフィリーン。
第一皇子とその方が相思相愛なら、魅了でも何でもいいんじゃないんですか?
サクッと婚約解消のち、私はしばらく領地で静養しておきますね。
✂----------------------------
不定期更新です。
他サイトさまでも投稿しています。
10/09 あらすじを書き直し、付け足し?しました。
傷物令嬢は魔法使いの力を借りて婚約者を幸せにしたい
棗
恋愛
ローゼライト=シーラデンの額には傷がある。幼い頃、幼馴染のラルスに負わされた傷で責任を取る為に婚約が結ばれた。
しかしローゼライトは知っている。ラルスには他に愛する人がいると。この婚約はローゼライトの額に傷を負わせてしまったが為の婚約で、ラルスの気持ちが自分にはないと。
そこで、子供の時から交流のある魔法使いダヴィデにラルスとの婚約解消をしたいと依頼をするのであった。
婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。
黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」
豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。
しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。
ゲームには参加しません! ―悪役を回避して無事逃れたと思ったのに―
冬野月子
恋愛
侯爵令嬢クリスティナは、ここが前世で遊んだ学園ゲームの世界だと気づいた。そして自分がヒロインのライバルで悪役となる立場だと。
のんびり暮らしたいクリスティナはゲームとは関わらないことに決めた。設定通りに王太子の婚約者にはなってしまったけれど、ゲームを回避して婚約も解消。平穏な生活を手に入れたと思っていた。
けれど何故か義弟から求婚され、元婚約者もアプローチしてきて、さらに……。
※小説家になろう・カクヨムにも投稿しています。
殿下が好きなのは私だった
棗
恋愛
魔王の補佐官を父に持つリシェルは、長年の婚約者であり片思いの相手ノアールから婚約破棄を告げられた。
理由は、彼の恋人の方が次期魔王たる自分の妻に相応しい魔力の持ち主だからだそう。
最初は仲が良かったのに、次第に彼に嫌われていったせいでリシェルは疲れていた。無様な姿を晒すくらいなら、晴れ晴れとした姿で婚約破棄を受け入れた。
のだが……婚約破棄をしたノアールは何故かリシェルに執着をし出して……。
更に、人間界には父の友人らしい天使?もいた……。
※カクヨムさん・なろうさんにも公開しております。
【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。
扇レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋
伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。
それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。
途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。
その真意が、テレジアにはわからなくて……。
*hotランキング 最高68位ありがとうございます♡
▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス
悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!
たぬきち25番
恋愛
気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡
※マルチエンディングです!!
コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m
2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。
楽しんで頂けると幸いです。
※他サイト様にも掲載中です