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第二章 アルメリアでの私の日々
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「…………まるで怪我なんてなかったかのように全て治っている」
驚きを隠せないアレクシスのつぶやきに、眠ってしまったアタナシアを抱き抱えたギルバートは口を開いた。
「シアの特殊魔法は効力が強いんですよ。だからすぐ疲れてしまう」
ギルバートはアタナシアが眠りやすいように抱え方を変えた。
アレクシスはマーガレットの頬を撫でてから問いかける。
「……回復魔法が使えるのはひと握りだと耳にしています。アルメリアでも片手ほどしか存在しない。魔力も普通の魔法より消費するとも。にしてもこれは」
アレクシスはマーガレットから顔を上げてギルバートを見た。
「回復魔法使用者の中でも彼女は飛び抜けています。あの蝶も書物で読んだことがあります。反応を見るに、ギルバート殿下もご存知でいらっしゃいますね」
アレクシスの指摘にギルバートは顔色を変えず、軽く微笑むのみで。一言だけ落としていく。
「シアは回復魔法が使える。ただそれだけです」
◇◇◇
ゆっくりと意識が浮上する。
「──シア」
呼ばれて泥濘に足を突っ込んだようなだるさを無理やり振り払って瞳を開けた。
「……ギ、ル?」
ボヤける視界の中に青髪が映る。全身が重く、これほどまでの反動は初めてで。意識的に意識を保つようにしていないと、すぐ眠りに引きずり込まれそうだった。
彼は私の頬を撫でて優しく動かない右手を握った。
「ずっと君のそばにいたいのだけれど、帰らなきゃいけないんだ。ごめんね」
「だい、じょう、ぶよ」
(というか一刻も早くギルバート殿下は戻らないと)
アルメリアにいること自体がおかしいのだから。私のこれも、回復魔法を使った反動なので眠れば良くなるものである。それに彼が隣にいてもいなくても回復速度は変わらない。
するとギルバート殿下は掴んでいた私の右手をより一層ぎゅっと握って呟いた。
「お願いだから……に…………ね? ────なんだ」
上手く聞き取れないけれど、返事の代わりに口の端を持ち上げ、再び眠りについた。
そうして次に目を覚ました時にはギルバート殿下は消えていた。
「…………ここ、どこ?」
ぱっちり瞳を開けた私はふかふかな寝台の上に寝かされていた。見慣れない天蓋、描かれた絵画が頭上に広がっている。
左を向けば明るい日差しが開いたバルコニーから燦々と差し込んでいて。右を向けば明らかに高価な調度品が置かれている。
記憶には無い部屋だ。
(私、怪我を負ったマーガレット王女を治して……気を失うように眠りについて)
驚くことに自分の怪我も眠っている間に治ったようだ。砕けたガラスで負ったはずの手の切り傷や足の傷もさっぱり消えている。
「…………えっと、殿下に支えてもらって……マーガレッ……! マーレ様は!?」
がばりと私は上半身を起こした。
(傷は消えたけれど、起きたところは見てないからどうなったのか不安!)
大規模な回復魔法の行使は初めてだったので何か問題が起こった可能性は拭えないし、私にやらせてくださいと威勢のいいことを言ったけれど、本当に治せたのだろうか。この目で動くマーガレット王女を確認するまで不安は消えなかった。
今すぐにでも彼女の元に駆けて行きたい。しかしながらここが王宮なのかさえ分からない。もしかしたら他の場所に移された可能性もある。
あいにく室内には人がおらず、サイドテーブルにベルが置かれていていたので盛大に鳴らした。
しばらくしてノックの後に部屋に入ってきたのはアレクシス殿下だった。
彼は上半身を起こした私を見て、ほっと安堵の表情を浮かべて寝台の側までやってきた。
「アタナシア嬢、久しぶりの目覚めはどうかな」
「ええ、すっきり……──久しぶり?」
どういうことだと眉間に皺を寄せるとアレクシス殿下は衝撃的な発言をした。
「アタナシア嬢は一週間ずっと眠っていたんだ」
「はい!? いっ一週間!?」
大声を出してしまい、ケホケホと咳き込む。
自分の魔力だけでは足らず、他の人の魔力も体に取り入れながら行使したから負担が大きかったのだろうか。
これまでは一日眠れば全快していたのに。
「うん。ギルバート殿下がね、立ち去る寸前に一週間くらいは眠るだろうと教えてくださったおかげで慌てずにすんだよ」
「……ずっと寝ていてご迷惑をおかけしました」
「構わないよ。それほど負担を強いる魔法なのだろう?」
寝起きなのを察してか、アレクシス殿下はコップに水を注いでくれる。ありがたく受けとって喉を潤した。
「マーレ様はお目覚めになられましたか?」
水を飲み干してから私はそう尋ねた。部屋に現れた彼に焦りや暗い顔は見えなかったから、マーガレット王女の容態は好転していると思ったのだけれど。
アレクシス殿下は悲しそうに首を横に振った。
「妹は────」
◇◇◇
「マーレ様っ!」
私は扉を豪快に開けた。一週間ぶりに動いたので、体が動きに追いつかず、近距離なのに息が上がってしまった。
肩で息をしながら寝台まで駆け寄る。
(どうしてっ)
そこに寝かされているのは私が治したはずのマーガレット王女で。
両手を組んで眠りについている。
おそるおそる頬に触れる。
「あったかい」
血は通っている。一番最悪な事態にはなってないようだ。次にゆっくり上にかけられたシーツをどかしてみる。
現れた足や腕はなめらかで。私が倒れる最後に見た光景と一致する。
(じゃあ何故マーガレット王女は目を覚まさないの?)
『妹は君と同じように眠っているよ。多分、このままだと起きることはないだろう』
その言葉に居てもたってもいられず走ってきたのだ。
(私の魔法が……何か良くない作用を及ぼしたのでは)
そんな悪い方に思考が向いていると。後ろから否定の言葉が入る。
「安心して。起きないのはアタナシア嬢のせいでは無い。君には感謝してもしきれないよ」
置いてきたアレクシス殿下が扉の前にいた。
「ある意味双子の呪いらしい」
彼が何かを唱えながらマーガレット王女の首の辺りに触れると、一瞬にして茨のような黒い痣が首筋から腕まで現れたのだった。
驚きを隠せないアレクシスのつぶやきに、眠ってしまったアタナシアを抱き抱えたギルバートは口を開いた。
「シアの特殊魔法は効力が強いんですよ。だからすぐ疲れてしまう」
ギルバートはアタナシアが眠りやすいように抱え方を変えた。
アレクシスはマーガレットの頬を撫でてから問いかける。
「……回復魔法が使えるのはひと握りだと耳にしています。アルメリアでも片手ほどしか存在しない。魔力も普通の魔法より消費するとも。にしてもこれは」
アレクシスはマーガレットから顔を上げてギルバートを見た。
「回復魔法使用者の中でも彼女は飛び抜けています。あの蝶も書物で読んだことがあります。反応を見るに、ギルバート殿下もご存知でいらっしゃいますね」
アレクシスの指摘にギルバートは顔色を変えず、軽く微笑むのみで。一言だけ落としていく。
「シアは回復魔法が使える。ただそれだけです」
◇◇◇
ゆっくりと意識が浮上する。
「──シア」
呼ばれて泥濘に足を突っ込んだようなだるさを無理やり振り払って瞳を開けた。
「……ギ、ル?」
ボヤける視界の中に青髪が映る。全身が重く、これほどまでの反動は初めてで。意識的に意識を保つようにしていないと、すぐ眠りに引きずり込まれそうだった。
彼は私の頬を撫でて優しく動かない右手を握った。
「ずっと君のそばにいたいのだけれど、帰らなきゃいけないんだ。ごめんね」
「だい、じょう、ぶよ」
(というか一刻も早くギルバート殿下は戻らないと)
アルメリアにいること自体がおかしいのだから。私のこれも、回復魔法を使った反動なので眠れば良くなるものである。それに彼が隣にいてもいなくても回復速度は変わらない。
するとギルバート殿下は掴んでいた私の右手をより一層ぎゅっと握って呟いた。
「お願いだから……に…………ね? ────なんだ」
上手く聞き取れないけれど、返事の代わりに口の端を持ち上げ、再び眠りについた。
そうして次に目を覚ました時にはギルバート殿下は消えていた。
「…………ここ、どこ?」
ぱっちり瞳を開けた私はふかふかな寝台の上に寝かされていた。見慣れない天蓋、描かれた絵画が頭上に広がっている。
左を向けば明るい日差しが開いたバルコニーから燦々と差し込んでいて。右を向けば明らかに高価な調度品が置かれている。
記憶には無い部屋だ。
(私、怪我を負ったマーガレット王女を治して……気を失うように眠りについて)
驚くことに自分の怪我も眠っている間に治ったようだ。砕けたガラスで負ったはずの手の切り傷や足の傷もさっぱり消えている。
「…………えっと、殿下に支えてもらって……マーガレッ……! マーレ様は!?」
がばりと私は上半身を起こした。
(傷は消えたけれど、起きたところは見てないからどうなったのか不安!)
大規模な回復魔法の行使は初めてだったので何か問題が起こった可能性は拭えないし、私にやらせてくださいと威勢のいいことを言ったけれど、本当に治せたのだろうか。この目で動くマーガレット王女を確認するまで不安は消えなかった。
今すぐにでも彼女の元に駆けて行きたい。しかしながらここが王宮なのかさえ分からない。もしかしたら他の場所に移された可能性もある。
あいにく室内には人がおらず、サイドテーブルにベルが置かれていていたので盛大に鳴らした。
しばらくしてノックの後に部屋に入ってきたのはアレクシス殿下だった。
彼は上半身を起こした私を見て、ほっと安堵の表情を浮かべて寝台の側までやってきた。
「アタナシア嬢、久しぶりの目覚めはどうかな」
「ええ、すっきり……──久しぶり?」
どういうことだと眉間に皺を寄せるとアレクシス殿下は衝撃的な発言をした。
「アタナシア嬢は一週間ずっと眠っていたんだ」
「はい!? いっ一週間!?」
大声を出してしまい、ケホケホと咳き込む。
自分の魔力だけでは足らず、他の人の魔力も体に取り入れながら行使したから負担が大きかったのだろうか。
これまでは一日眠れば全快していたのに。
「うん。ギルバート殿下がね、立ち去る寸前に一週間くらいは眠るだろうと教えてくださったおかげで慌てずにすんだよ」
「……ずっと寝ていてご迷惑をおかけしました」
「構わないよ。それほど負担を強いる魔法なのだろう?」
寝起きなのを察してか、アレクシス殿下はコップに水を注いでくれる。ありがたく受けとって喉を潤した。
「マーレ様はお目覚めになられましたか?」
水を飲み干してから私はそう尋ねた。部屋に現れた彼に焦りや暗い顔は見えなかったから、マーガレット王女の容態は好転していると思ったのだけれど。
アレクシス殿下は悲しそうに首を横に振った。
「妹は────」
◇◇◇
「マーレ様っ!」
私は扉を豪快に開けた。一週間ぶりに動いたので、体が動きに追いつかず、近距離なのに息が上がってしまった。
肩で息をしながら寝台まで駆け寄る。
(どうしてっ)
そこに寝かされているのは私が治したはずのマーガレット王女で。
両手を組んで眠りについている。
おそるおそる頬に触れる。
「あったかい」
血は通っている。一番最悪な事態にはなってないようだ。次にゆっくり上にかけられたシーツをどかしてみる。
現れた足や腕はなめらかで。私が倒れる最後に見た光景と一致する。
(じゃあ何故マーガレット王女は目を覚まさないの?)
『妹は君と同じように眠っているよ。多分、このままだと起きることはないだろう』
その言葉に居てもたってもいられず走ってきたのだ。
(私の魔法が……何か良くない作用を及ぼしたのでは)
そんな悪い方に思考が向いていると。後ろから否定の言葉が入る。
「安心して。起きないのはアタナシア嬢のせいでは無い。君には感謝してもしきれないよ」
置いてきたアレクシス殿下が扉の前にいた。
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