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番外編①.【邂逅】
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「あっちいけ、ひとごろし」
柔らかくつかんだ小さな雪の玉が飛んでくる。
飛距離が短すぎててんで当たらないし、当たったとしても全く痛くなさそうだけど。
「ハイイロなんてきらいっ。きらいっ。うわあああ――――んっ、…―――」
それでもユキは動きを止めて、小さな腕をぶんぶん振り回して手当たり次第に雪玉を投げ、泣き叫ぶ人間の女の子を眺めた。
女の子の傍らには人間の女性が倒れている。
彼女は身体のあちこちが損なわれ、大量に血を流して雪を赤く染めていた。
帝都に大雪が降った満月の夜。
仲間の灰色人狼たちと共に初めて人間の住む街にやってきた。
仲間たちは好き勝手に獲物を見つけ、犯し、喰らい、捨てる。
ユキはそれを少し離れたところから見るともなく見ていた。人間たちの喧騒をものともせず、静かに降り積もる雪がきれいで。不思議で。
先ほど仲間が襲った人間の残骸に、白いフードを被った小さな女の子がまろび落ちるようにやってきて、すがりついて泣きだしたのはそれから間もなくだった。
泣き叫ぶ女の子のまつ毛に雪が落ちて。
はだけたフードからのぞく栗色の髪に雪が積もって。
瞬く琥珀色の瞳から零れ落ちる涙が結晶のように光って。
それがひどくきれいに思えて立ち尽くしていたら、ユキに気づいた女の子に雪玉を投げられた。
「きらい、きらいっ、あっちいけ、…っ」
怒りと悲しみで顔をぐちゃぐちゃにして、喚きながら必死で投げた雪玉の一つが、ユキの顔に当たった。
力弱い人間の、しかも子どもが握った雪玉など何の威力もなかったが、自分で投げた雪玉が当たったことに本人が一番驚いたようで、女の子は涙の溜まった目をいっぱいに見開いてユキを見つめた。
それから何を間違えたのか、雪に蹴つまづき転がりながらユキの元に駆け寄ってきて、
「…ごめんね」
冷たく凍えた小さな手を伸ばした。
その手があんまり冷たくて、ユキは思わず自分の懐で女の子を身体ごと包み込んでしまった。小さくて、弱くて、冷たくて、震えている。ユキたち人狼は体温調節に優れているため、寒暖差をあまり感じないが、人間の母親は時折寒そうにしている。
雪まみれの女の子は、雪の匂いに混じって、ほのかに甘い匂いがした。
「あったかい、…」
女の子がつぶやいて、ほんのり笑うと、目じりから涙の粒が転がり落ちた。
それをユキが舌を伸ばして舐めると、女の子は驚いたように瞬いて、また涙がボロボロ零れ落ちた。
仕方がないので、それも舐める。
「ふふ、…くすぐったい、…」
やがて、蒼白だった女の子の頬が薄く色づき始め、女の子が無邪気な笑い声を上げた。
「名前、…」
その笑い声も余さず舐め取ると、ユキは女の子の琥珀色の瞳を覗き込んだ。その目は金色にも見える。
「なんて言う?」
金色の瞳を持つ人狼の中で、ユキの目は唯一青い。その瞳を女の子は眩しそうに見つめ返した。
「リン」
ユキはもう一度、リンの薄桃色を帯びてきた唇を舐めた。
「リン、俺が欲しくなったら呼べ。俺はユキ」
「ユキ、…」
リンの桃色の唇がユキの名前を紡いだ時、ユキの心臓がなぜか切なく甘く軋んだ。
「うん、呼ぶ」
雪花のように眩い笑顔で頷くと、
「ユキ。きらいってゆってごめんね」
リンはユキの耳元に唇を寄せて、そっと囁いた。
リンを呼ぶ人間の声がする。
警備隊というらしい、街を清掃する人間たちが現れた。
「ありがとう」
リンはユキの懐から抜け出して、寒く凍てつく人間の夜の街に戻っていく。
怒号や悲鳴や嘆き声。残虐な物音に散らばる残骸。
行きかう人並みや馬車、警笛の音。空を切る人狼たち。
空から降り積もる雪が静かに、平等に、それらを覆い隠して、初めて触れた人間の女の子がもうどこにも見えなくなっても、ユキは白い毛並みを雪にさらして、雪の中にたたずんでいた。
柔らかくつかんだ小さな雪の玉が飛んでくる。
飛距離が短すぎててんで当たらないし、当たったとしても全く痛くなさそうだけど。
「ハイイロなんてきらいっ。きらいっ。うわあああ――――んっ、…―――」
それでもユキは動きを止めて、小さな腕をぶんぶん振り回して手当たり次第に雪玉を投げ、泣き叫ぶ人間の女の子を眺めた。
女の子の傍らには人間の女性が倒れている。
彼女は身体のあちこちが損なわれ、大量に血を流して雪を赤く染めていた。
帝都に大雪が降った満月の夜。
仲間の灰色人狼たちと共に初めて人間の住む街にやってきた。
仲間たちは好き勝手に獲物を見つけ、犯し、喰らい、捨てる。
ユキはそれを少し離れたところから見るともなく見ていた。人間たちの喧騒をものともせず、静かに降り積もる雪がきれいで。不思議で。
先ほど仲間が襲った人間の残骸に、白いフードを被った小さな女の子がまろび落ちるようにやってきて、すがりついて泣きだしたのはそれから間もなくだった。
泣き叫ぶ女の子のまつ毛に雪が落ちて。
はだけたフードからのぞく栗色の髪に雪が積もって。
瞬く琥珀色の瞳から零れ落ちる涙が結晶のように光って。
それがひどくきれいに思えて立ち尽くしていたら、ユキに気づいた女の子に雪玉を投げられた。
「きらい、きらいっ、あっちいけ、…っ」
怒りと悲しみで顔をぐちゃぐちゃにして、喚きながら必死で投げた雪玉の一つが、ユキの顔に当たった。
力弱い人間の、しかも子どもが握った雪玉など何の威力もなかったが、自分で投げた雪玉が当たったことに本人が一番驚いたようで、女の子は涙の溜まった目をいっぱいに見開いてユキを見つめた。
それから何を間違えたのか、雪に蹴つまづき転がりながらユキの元に駆け寄ってきて、
「…ごめんね」
冷たく凍えた小さな手を伸ばした。
その手があんまり冷たくて、ユキは思わず自分の懐で女の子を身体ごと包み込んでしまった。小さくて、弱くて、冷たくて、震えている。ユキたち人狼は体温調節に優れているため、寒暖差をあまり感じないが、人間の母親は時折寒そうにしている。
雪まみれの女の子は、雪の匂いに混じって、ほのかに甘い匂いがした。
「あったかい、…」
女の子がつぶやいて、ほんのり笑うと、目じりから涙の粒が転がり落ちた。
それをユキが舌を伸ばして舐めると、女の子は驚いたように瞬いて、また涙がボロボロ零れ落ちた。
仕方がないので、それも舐める。
「ふふ、…くすぐったい、…」
やがて、蒼白だった女の子の頬が薄く色づき始め、女の子が無邪気な笑い声を上げた。
「名前、…」
その笑い声も余さず舐め取ると、ユキは女の子の琥珀色の瞳を覗き込んだ。その目は金色にも見える。
「なんて言う?」
金色の瞳を持つ人狼の中で、ユキの目は唯一青い。その瞳を女の子は眩しそうに見つめ返した。
「リン」
ユキはもう一度、リンの薄桃色を帯びてきた唇を舐めた。
「リン、俺が欲しくなったら呼べ。俺はユキ」
「ユキ、…」
リンの桃色の唇がユキの名前を紡いだ時、ユキの心臓がなぜか切なく甘く軋んだ。
「うん、呼ぶ」
雪花のように眩い笑顔で頷くと、
「ユキ。きらいってゆってごめんね」
リンはユキの耳元に唇を寄せて、そっと囁いた。
リンを呼ぶ人間の声がする。
警備隊というらしい、街を清掃する人間たちが現れた。
「ありがとう」
リンはユキの懐から抜け出して、寒く凍てつく人間の夜の街に戻っていく。
怒号や悲鳴や嘆き声。残虐な物音に散らばる残骸。
行きかう人並みや馬車、警笛の音。空を切る人狼たち。
空から降り積もる雪が静かに、平等に、それらを覆い隠して、初めて触れた人間の女の子がもうどこにも見えなくなっても、ユキは白い毛並みを雪にさらして、雪の中にたたずんでいた。
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