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4章. 悠馬

machi.56

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ゆいの髪に指を通す。
俺の手をすり抜けて滑り落ちた、ゆいの髪。

「ゆい、お前…、なんで言わないんだよ。こんな、大事なこと」

もっと早く、ゆいのそばにいられたら。

ゆいが黙ったまま、俺にしがみついてくる。
ああ。

「…ごめん」

ゆいは、言わなかったんじゃなくて、言えなかったんだな。

俺は、連絡先を残して、いつでもゆいからのコールを待ってたつもりだったけど、ゆいは。

携帯番号のメモにさえ、気づかなかったかもしれない。
どんなに不安だっただろう。

ゆいは、初めてだった。
それなのに、置き去りにされて、翔を身ごもって、たった一人で、大学も辞めて、…

力の限り抱きしめる。
ゆい。
許されるなら、俺に、やり直させて。

「俺とゆいの子。後で、…会わせて」

ゆいが俺の腕の中でうなずいた。

「離したくねえな」

心から。そう思った。

結城が俺たちにコーヒーを淹れてくれたけど、
ゆいを離せずにいた。

その時、リビングのドアが開く音がして、
小さな男の子が入ってきた。

ゆいを抱きしめたままの俺をじっと見る。
目の形と髪の色、全体の雰囲気が、俺の子どもの頃に似ている。

かける。

ゆいの。俺の。

翔は俺から目をそらすと、走り寄ってきて、
ゆいを守るように、俺とゆいの間に立った。

ゆいが慣れた手つきで翔を抱き上げると、
翔はまた、俺に目を向けた。

言われなければ、3歳には見えないほど小柄だ。
でも、翔は、その小さな身体で、
俺の代わりに、ずっとゆいを守ってきたんだな。

「…かける」

翔のやわらかい頬にそっと触れた。
ゆいと同じように、白くて薄く色づいた頬。
口元も、ゆいに似ている。

「俺、お前の…」

父親、か。 父さん?
いや、翔はまだ3歳だろ。

…ぱぱ?

なんだ、この面はゆい気持ちは。

落ち着かない俺に、ゆいが翔を抱かせてくれた。

簡単に壊してしまいそうなほど、小さな翔。
でも、意外にしっかりしていて、
もう赤ん坊ではないことがわかる。

温かくて柔らかくて、
ゆいと同じ、幸福を感じさせる匂いがした。

ゆいと翔を抱きしめる。

「このまま、連れて帰りたい」

今なら、俺にも2人を守れる力があるだろうか。
俺はゆいを、翔を、幸せにできるだろうか。


「無理だな」

俺が束の間の幸福に浸っていたのに、
結城の容赦ない一言がそれを台無しにする。

「下は、マスコミで溢れてるだろうし、病院での騒動も撮られてる。
だいたいお前、誰にも何にも説明してないんだろう」

クソ、何で知ってるんだ…
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