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4章. 悠馬

machi.57

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脱力して、ソファに沈み込む。

急に現実が目の前に迫ってきた。
黙ってロンドンから抜け出してきたことは、とっくに知られているだろう。
マークもメンバーかなり怒っているに違いない。
そして、染谷。
計算高い染谷が、どんな反応をしてくるのか。

「あー、…面倒くせぇな」

奴らに説明して、やり合わなければいけない。

「だったら、ゆいは諦めろ」

結城がまた、冷静で非情な発言をする。

そんなこと、出来るわけないだろ!

「…あんた別に、ゆいと結婚してる訳じゃないんだろ」

結城が余裕で腹立たしい。
そりゃあ、こいつのおかげで俺はゆいに会えた訳だけど。

「結婚してるのは、お前だろう。
ちゃんと迎えにくるんじゃなきゃ、ゆいは渡せない」

結城はあくまで冷静に、俺の痛い現実を突く。
言葉が出ない。

なんで、俺は結婚なんてしたんだ…!
もはや、すんなり離婚できることを祈るしかない。

結城が、ふいに当然のように、ゆいの指先にキスした。

「おいっ」

慌ててゆいの手を取り戻す。

「その小さな手を荒らして、お前の子どもを守りながら、どれだけ必死に生きてきたと思ってるんだ」

結城の言葉が胸を刺す。

ゆいの手は、働く手だ。
大切なものを守るために、苦労も惜しまない手。
少し乾燥して、痛々しくひび割れた跡もある。
短く切りそろえられた爪には何の飾りもない。

「俺は認めない。
ゆいを幸せにできるようになってから、出直してこい」

結城の言うことはもっともだ。
このままじゃ、世間から後ろ指をさされるようなことになる。
翔を純粋に抱き上げられない。
ゆいを幸せにできない。

「…わかってる」

ちゃんと筋を通して、正々堂々、迎えにくる。
ゆいの荒れた手が、愛しい。

ゆいが不安そうに俺の手を握るから、
安心させたくてその手を握り返した。
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