時間を止めて ~忘れられない元カレは完璧な容姿と天性の才能を持つ世界一残酷な人でした 【完結】

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「た、すけて、…っ!!」

他に何もできず、涙だけが頬を滑る。

「…佐倉?」

その声は。

絶望の底なし沼に落ちる直前、かすかな光のように私を照らした。
低く少しかすれて心をそっと包む声。

「そこに居るのか!? 誰かいるのか!?」

更衣室の外から大声で呼びかけながら、中の様子をうかがっている高野チーフの声が聞こえる。

「チーフ、…」

手に持ったメレンゲの包みを命綱のように握りしめた。

「…入るぞっ」

ドアの開く音がして、照明がつき、踏み込んでくる足音が聞こえた。

「佐倉? どこにいる? …中にいるのか?」

「…た、か、…っっ」

助けを求めて声を上げたつもりが、空回って上手く声にならなかった。

バン‼

音を立ててロッカーの扉が開き、中に押し込められている私を見て、高野チーフが息をのんだ。

「…佐倉っ」

それから素早く腕を伸ばして、ロッカーの中から私を引き出すと、
崩れるように倒れ込んだ私をその胸の中にそっと抱きしめた。

「大丈夫だ。ゆっくり息しろ」

極度の緊張状態から急激に解放され、身体が空気を求めてあえぐけれど、
焦って上手く息が吸えない。

恐怖と安堵が入り混じって、見開いた目から涙ばかりが転がり落ちて、
口を開いても空気が入ってこない。

短く浅い自分の息の音だけがやたらと大きく聞こえて、ますます焦りが募る。

「…佐倉」

高野チーフが痛そうに顔を歪めて私を抱き起こすと、
その整った顔を近づけて、艶やかに潤った唇でそっと空気を注ぎ込んだ。

高野チーフに満たされていく。

優しく触れた唇が、ゆっくりゆっくり息をして、
極限までささくれだった神経を緩やかに沈めていく。

荒れ狂った心が嘘のように静かに凪いでいく。

目を開けると、すぐそこに薄いヘーゼルの瞳が見えた。

チーフの手のひらが頬にそっと触れ、長い指が溢れる涙を優しくぬぐう。

「何も考えるなよ」

高野チーフの優しい唇がもう一度触れた。

慰めるように慈しむように。
愛でるように甘やかすように。

瞼に、涙に、頬に、鼻に。
繰り返し触れて、また唇をなぞる。

「…俺のところに来い」

呼吸が落ち着いて放心状態の私を高野チーフが抱きしめた。

チーフの匂い。力強い心臓の音。
心地よく響く声。背中に回された腕。

「そのままでいいから。全部、抱えたままでいいから」

大きくて温かい手が私の髪を優しく撫でた。
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