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blue.1

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誰もいない。

平日。午前6時。会社敷地前。
春の嵐が未だ着慣れないスーツを容赦なくはためかせる。

気合い入れ過ぎた。

いくら最重要ミッションと言われたからって
待ち合わせ3時間前は早過ぎた。

目覚めたばかりの都会の街を
犬の散歩とかジョギングとかたまーに人が通り過ぎてゆく。
がっちり閉まった門扉の前をうろうろしてたら不審者決定。

どうしよう。
どこで待っていよう。

「…入ります?」

途方に暮れていたら守衛さんが声をかけてくれた。
制服姿も凛々しいシルバーグレーの守衛様。神。

「こんな朝早くから仕事ですか。大変ですね。人が少ない時間帯はインターフォンで呼んでくださいね」

社員証を見せたらすんなり通してくれた。
そうか。呼び出せば良かったのか。

守衛さんにへこへこしてから、
誰もいないオフィスに恐る恐る足を踏み入れる。

私。本宮のい。22歳。
この春からここ東島建設に採用され、
新人研修を終えて広報課に配属されたばかり。

趣味はゲーム。特技は早食い。
彼氏は一向に出来ないけど、いつか現れる王子様を信じて
今日も頑張ります!



「本宮さん、一体どこにいるのっ!?」

けたたましい足音と怒声。ドアをバンバン鳴らす音で目が覚めた。

え…、寝てた?

身動きしたら洋式トイレの便座の蓋から滑り落ちて壁に頭を打った。

「ここにいるの!?」

ドアの向こうから鬼のような声がする。

「はいいいいっ」

慌てて返事をして立ち上がろうとしたら足に力が入らず、前のめりにつんのめってドアに頭を再度ぶつけた。

その勢いでドアが開き、

「あんた一体何時間トイレに入ってんのっ!?」

仁王立ちの傷一つないハイヒールの前に躍り出た。

見なくてもわかるけど。
絶対、橙子さんだけど。

恐る恐る顔を上げると般若顔の橙子さんが睨み下ろしていた。

ひえぇぇぇ、美人が台無しですよう。

「技術研究所まで走るわよ! 先方がお待ちよっ! もう、あれだけ大事な取材だって言ったのに―――――っ」

言いながら既に橙子さんは走り出していた。

「は、はいっ」

慌てて立ち上がって後を追いかける。

…けど、目が回る。
寝起きのせいか、頭をぶつけたせいか、あるいは朝ごはんちゃんと食べなかったせいか。

…ついでに足も痛い。
転んだ時捻ったのか、パンプス履き慣れてないからか、あるいはただの運動不足か。

ていうか、私。
あまりにも暇を持て余してたからって、
トイレで寝るのはないわ―――――…
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