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blue.40
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定番のモンブランとサイフォンコーヒーを堪能してから、
「あの、1つだけ、聞いてもいいですか?」
頬杖をついて私を眺めている和泉さんの漆黒の瞳を見つめた。
「和泉さん、麻雪さんのこと、…好き、なんですよね?」
だったらいいんだ。
そりゃあ悲しいけど。
いっぱい泣いたけど。
あおくんが選んだ人だもん。
でも。
「…そうだな」
和泉さんは、その瞳に私を映して何度か瞬いた後、寂し気な笑みを浮かべた。
「守ってあげなきゃと思ってる」
それからひと口コーヒーを飲んで、考えあぐねるようにテーブルに視線を落としてから、
「俺、人を好きになったことがないんだ」
私に視線を戻して続けた口調はどこか切なかった。
「…一度だけしか」
和泉さんの低い声が響いて、心が騒めいた。
「幼い頃、すごく好きな女の子がいた。よく食べてよく笑う。その子が笑ってくれるなら、何でもできると思ってた」
心臓が、勝手に続きを期待して早鐘を打つ。
『幼い頃、とにかく好きな人がいた。
暇さえあればくっついて回り、いつでもどこでも一緒に居たかった。』
目の前に座る和泉さんに、私を見つめるあおくんの地球色の瞳が重なった。
「…のい」
私を呼ぶ和泉さんの声が悲しくて、切なくて、胸が痛い。
「ごめんな」
和泉さんが腕を伸ばしてその大きくて温かい手で私の頭を撫でる。
長い指が私の髪を一房つかんで、するりと落とした。
「俺はのいを幸せにできない」
「そんなことない」って言いたかったのに、和泉さんの揺れる瞳を見ていたら、言葉が出なかった。
心の中に悲しい雪が降り積もって、ぎゅうぎゅうに詰まって、何も言えなかった。
「でも、…」
続けられた言葉は音にならなかった。
和泉さんの形のいい唇が小さく動いて、静かな夜更けのコーヒーの香りと一緒に溶けた。
『お前が好きだよ』
和泉さんの運転する車の助手席に乗って、夜の街を滑るように走った。
通り過ぎる街並みも、ヘッドライトが照らし出す未来に続いていく道も
何にも見えなかった。
あの日、あおくんが見せてくれた幸せの青い鳥は
もうどこにもいなかった。
車を降りる前に、和泉さんが片腕で私を引き寄せて
「おやすみ」
額に優しくキスしてくれた。
柔らかく触れた唇が優しくて温かくて、言葉よりも饒舌に語っていた。
口を開いたら想いが溢れ出しそうで、何も言えずにただ頷いた。
私がマンションの部屋に入って明かりをつけるまで、和泉さんの車は通りに停まっていた。
ゆっくりと動き出した車が見えなくなってもずっと窓から外を見ていた。
和泉さんが車の中で話してくれたことを思い出す。
「俺が開発したソフトが事故を起こした」
璃乙くんは、事故で脳に損傷を受け、時折予知的な映像を視るようになった。
たわいないものがほとんどだが、まれに誰かの死を視ることがあり、
その時は錯乱状態になる。
「6歳の子どもの柔らかい脳に傷をつけた。俺の罪は生涯許されない」
全身の力が抜けてしまったように動けなかった。
私に出来ることがあるなら、何でもするって思ったけど。
自分が無力過ぎて息が出来ない。
「あの、1つだけ、聞いてもいいですか?」
頬杖をついて私を眺めている和泉さんの漆黒の瞳を見つめた。
「和泉さん、麻雪さんのこと、…好き、なんですよね?」
だったらいいんだ。
そりゃあ悲しいけど。
いっぱい泣いたけど。
あおくんが選んだ人だもん。
でも。
「…そうだな」
和泉さんは、その瞳に私を映して何度か瞬いた後、寂し気な笑みを浮かべた。
「守ってあげなきゃと思ってる」
それからひと口コーヒーを飲んで、考えあぐねるようにテーブルに視線を落としてから、
「俺、人を好きになったことがないんだ」
私に視線を戻して続けた口調はどこか切なかった。
「…一度だけしか」
和泉さんの低い声が響いて、心が騒めいた。
「幼い頃、すごく好きな女の子がいた。よく食べてよく笑う。その子が笑ってくれるなら、何でもできると思ってた」
心臓が、勝手に続きを期待して早鐘を打つ。
『幼い頃、とにかく好きな人がいた。
暇さえあればくっついて回り、いつでもどこでも一緒に居たかった。』
目の前に座る和泉さんに、私を見つめるあおくんの地球色の瞳が重なった。
「…のい」
私を呼ぶ和泉さんの声が悲しくて、切なくて、胸が痛い。
「ごめんな」
和泉さんが腕を伸ばしてその大きくて温かい手で私の頭を撫でる。
長い指が私の髪を一房つかんで、するりと落とした。
「俺はのいを幸せにできない」
「そんなことない」って言いたかったのに、和泉さんの揺れる瞳を見ていたら、言葉が出なかった。
心の中に悲しい雪が降り積もって、ぎゅうぎゅうに詰まって、何も言えなかった。
「でも、…」
続けられた言葉は音にならなかった。
和泉さんの形のいい唇が小さく動いて、静かな夜更けのコーヒーの香りと一緒に溶けた。
『お前が好きだよ』
和泉さんの運転する車の助手席に乗って、夜の街を滑るように走った。
通り過ぎる街並みも、ヘッドライトが照らし出す未来に続いていく道も
何にも見えなかった。
あの日、あおくんが見せてくれた幸せの青い鳥は
もうどこにもいなかった。
車を降りる前に、和泉さんが片腕で私を引き寄せて
「おやすみ」
額に優しくキスしてくれた。
柔らかく触れた唇が優しくて温かくて、言葉よりも饒舌に語っていた。
口を開いたら想いが溢れ出しそうで、何も言えずにただ頷いた。
私がマンションの部屋に入って明かりをつけるまで、和泉さんの車は通りに停まっていた。
ゆっくりと動き出した車が見えなくなってもずっと窓から外を見ていた。
和泉さんが車の中で話してくれたことを思い出す。
「俺が開発したソフトが事故を起こした」
璃乙くんは、事故で脳に損傷を受け、時折予知的な映像を視るようになった。
たわいないものがほとんどだが、まれに誰かの死を視ることがあり、
その時は錯乱状態になる。
「6歳の子どもの柔らかい脳に傷をつけた。俺の罪は生涯許されない」
全身の力が抜けてしまったように動けなかった。
私に出来ることがあるなら、何でもするって思ったけど。
自分が無力過ぎて息が出来ない。
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