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「奏くんがバイクで事故に遭った」
電話の向こうの声が告げた内容に心臓がわしづかみにされてキリキリ絞られたような気がした。
痛い。痛い。痛い。
「今、救命救急センターで手術を受けてる。…うわ言で、あんたを呼んでたっていうから」
スマホをつかんだまま、部屋を出た。
エントランスの段差でこけて、自分がちぐはぐな靴を履いていることに気づいたけど、そのまま表通りに出た。
足首に痛みが走って、奥歯を噛みしめた。
誰も気づかなかった捻った足に、湿布を貼ってくれた奏くんの優しい指先を思い出した。
夜中でタクシーが通らないから電話をかけようとして、スマホを落とした。
やっとつながって到着を待つ間、お財布を持っていないことに気づいて、部屋に引き返した。
見慣れた自分の部屋もマンションのエレベータも暗い夜道に浮かぶタクシーのヘッドライトも、全部夢の中の出来事のような気がした。
背筋がぞくぞくして寒気が止まらなくて頭だけが妙にはっきりしていて、
これが全部夢ならいいのにと思っていた。
タクシーで病院に向かってもらいながら、頭が電話の内容をのろのろと理解し始めた。
電話をくれたのは、秋くんだった。
静岡からの帰り道、高速道路で後ろを走っていたトラックに、追い越しざま引っ掛けられたらしい、と言っていた。
すぐに救急搬送されたが、出血多量で意識がない。
医師に、家族や関係の方にすぐに知らせて下さい、と言われたという。
それで、奏くんのスマートフォンから連絡している、と。
奏くんの家は父方の祖母がイギリス人で、今、両親はイギリスにいるらしい。
そういえば奏くんは帰国子女で、大学も海外だった。
『今更か!』
奏くんの手の重みがよみがえって胸がきりきりした。
あ。
『そういえば、のいはバイクに乗る?』
急に思い出したことがあって、心臓が嫌な音を立てた。
『璃乙が錯乱状態になって急いで帰った日があったんだけど、『ママ』『バイク』『おサル』って繰り返してたからちょっと気になって』
麻雪さんの息子の璃乙くんは、ブルーレインの事故で脳に損傷を負い、
時折予知的な映像を視るようになった。
和泉さんの家に泊めてもらった日。
『…まゆき、明日休めるようにしときな。来るから』
『生理痛。いつものことだから心配いらない』
璃乙くんは翌日のひどい生理痛を予言していた。
予知はたわいないものがほとんどだが、まれに誰かの死を視ることがあり、
その時は錯乱状態になる、…
狂ったみたいに心臓がドクドクと鳴っている。
予知。誰かの死。錯乱状態。
『ママ』『バイク』『おサル』
待って。
『静岡、…麻雪も行ってたな』
待って。
『でも彼はそんなおサルが好きみたい』
『バイク。気をつけてね』
待って、やだ。
「いやああああああああ――――――っ」
タクシーの中で絶叫したことに気づかなかった。
電話の向こうの声が告げた内容に心臓がわしづかみにされてキリキリ絞られたような気がした。
痛い。痛い。痛い。
「今、救命救急センターで手術を受けてる。…うわ言で、あんたを呼んでたっていうから」
スマホをつかんだまま、部屋を出た。
エントランスの段差でこけて、自分がちぐはぐな靴を履いていることに気づいたけど、そのまま表通りに出た。
足首に痛みが走って、奥歯を噛みしめた。
誰も気づかなかった捻った足に、湿布を貼ってくれた奏くんの優しい指先を思い出した。
夜中でタクシーが通らないから電話をかけようとして、スマホを落とした。
やっとつながって到着を待つ間、お財布を持っていないことに気づいて、部屋に引き返した。
見慣れた自分の部屋もマンションのエレベータも暗い夜道に浮かぶタクシーのヘッドライトも、全部夢の中の出来事のような気がした。
背筋がぞくぞくして寒気が止まらなくて頭だけが妙にはっきりしていて、
これが全部夢ならいいのにと思っていた。
タクシーで病院に向かってもらいながら、頭が電話の内容をのろのろと理解し始めた。
電話をくれたのは、秋くんだった。
静岡からの帰り道、高速道路で後ろを走っていたトラックに、追い越しざま引っ掛けられたらしい、と言っていた。
すぐに救急搬送されたが、出血多量で意識がない。
医師に、家族や関係の方にすぐに知らせて下さい、と言われたという。
それで、奏くんのスマートフォンから連絡している、と。
奏くんの家は父方の祖母がイギリス人で、今、両親はイギリスにいるらしい。
そういえば奏くんは帰国子女で、大学も海外だった。
『今更か!』
奏くんの手の重みがよみがえって胸がきりきりした。
あ。
『そういえば、のいはバイクに乗る?』
急に思い出したことがあって、心臓が嫌な音を立てた。
『璃乙が錯乱状態になって急いで帰った日があったんだけど、『ママ』『バイク』『おサル』って繰り返してたからちょっと気になって』
麻雪さんの息子の璃乙くんは、ブルーレインの事故で脳に損傷を負い、
時折予知的な映像を視るようになった。
和泉さんの家に泊めてもらった日。
『…まゆき、明日休めるようにしときな。来るから』
『生理痛。いつものことだから心配いらない』
璃乙くんは翌日のひどい生理痛を予言していた。
予知はたわいないものがほとんどだが、まれに誰かの死を視ることがあり、
その時は錯乱状態になる、…
狂ったみたいに心臓がドクドクと鳴っている。
予知。誰かの死。錯乱状態。
『ママ』『バイク』『おサル』
待って。
『静岡、…麻雪も行ってたな』
待って。
『でも彼はそんなおサルが好きみたい』
『バイク。気をつけてね』
待って、やだ。
「いやああああああああ――――――っ」
タクシーの中で絶叫したことに気づかなかった。
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