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blue.56
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空が白み始めた頃、手術中のランプが消えて、手術スタッフの方々が部屋から出てきた。
秋くんと立ち上がって姿勢を正すと、執刀医と思しき人が近づいてきた。
「ご家族の方ですか」
「いとこです。彼の家族は、今、イギリスから向かっています」
秋くんがはきはきと答える。
「…こちらは?」
医師の冷静な瞳が私を貫いた。
「あ、…」
急に、奏くんの存在が遠くなった。
かけがえがなくて、絶対に失いたくない。
どんなに大事な存在かなんて説明できない。
大切で。愛しくて。
生きる意味とか価値とか希望とか。
そんな言葉じゃ全然足りない。
でも。
私と奏くんの関係を言い表すとしたら、
同級生、しか許されない。
「婚約者です」
言い淀んでいたら、秋くんがさらっと言い放った。
え。
内心びくっとしたけれど、顔に表れないことを祈った。
中年の医師は鋭い眼光で私の真実を探るように見て、
「まあ、いいでしょう」
目頭で頷いた。
「出来る限りのことはしましたが、予断を許さない状態です。ICUで容態を見守りながら対応していきます」
医師が硬い口調で告げた内容は重々しくて、一言一言にすがるようにうなずいた。
「ちょっと待ってて」
医師が立ち去った後、
秋くんは入院手続きや説明のためにナースステーションに行ってしまい、暗い通路に一人残された。
当たり前だけど、私は奏くんの内輪には入れない。
明確に引かれた線が、寂しくて悲しくて苦しい。
頭では当然のこととして理解できるのに、
心がどうしようもなく泣き叫んでいる。
「婚約者なんて、…」
奏くんが知ったら、はたかれるかもしれない。
そう思って笑ったつもりが、泣き声になった。
秋くんから、一度家に帰ることを勧められた。
何かあったらすぐに連絡するから、と。
昼頃には奏くんのご両親も日本に着くし、奏くんがICUにいる間は面会できそうにない。
それに。
「アメリアも来るらしい」
と、ちょっと申し訳なさそうに言われた。
アメリア。
麗しい金髪ロングのスレンダー美女が浮かぶけど。
誰やねん。
「前に言ったことあっただろ、奏くんの忘れられない人」
泣き叫んでいた心は、簡単にハンマーでぺちゃんこに潰れた。
そうだった。
『奏くんは、誰にも本気にならない。忘れられない人がいるから』
秋くんに忠告されてたんだった。
奏くんが好きとかいうから。
ちょっといい気になってた。
うわ言で呼んでたとかいうから。
なんか勘違いしていた。
多分、明らかに沈み込んだ表情をしていたんだろう、
「まあ、俺は結構コザル推しだけどな」
秋くんが分かりやすくフォローしてくれた。
けど。
自分でも自分の気持ちがよく分からない。
私は和泉さんが好きで。
初恋のあおくんがずっと好きで。
だから麻雪さんがいることが悲しくて仕方なかったのに。
『俺、お前のこと好きだった』
奏くんの甘く震える優しい声が、心をつかんで離れない。
秋くんと立ち上がって姿勢を正すと、執刀医と思しき人が近づいてきた。
「ご家族の方ですか」
「いとこです。彼の家族は、今、イギリスから向かっています」
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「…こちらは?」
医師の冷静な瞳が私を貫いた。
「あ、…」
急に、奏くんの存在が遠くなった。
かけがえがなくて、絶対に失いたくない。
どんなに大事な存在かなんて説明できない。
大切で。愛しくて。
生きる意味とか価値とか希望とか。
そんな言葉じゃ全然足りない。
でも。
私と奏くんの関係を言い表すとしたら、
同級生、しか許されない。
「婚約者です」
言い淀んでいたら、秋くんがさらっと言い放った。
え。
内心びくっとしたけれど、顔に表れないことを祈った。
中年の医師は鋭い眼光で私の真実を探るように見て、
「まあ、いいでしょう」
目頭で頷いた。
「出来る限りのことはしましたが、予断を許さない状態です。ICUで容態を見守りながら対応していきます」
医師が硬い口調で告げた内容は重々しくて、一言一言にすがるようにうなずいた。
「ちょっと待ってて」
医師が立ち去った後、
秋くんは入院手続きや説明のためにナースステーションに行ってしまい、暗い通路に一人残された。
当たり前だけど、私は奏くんの内輪には入れない。
明確に引かれた線が、寂しくて悲しくて苦しい。
頭では当然のこととして理解できるのに、
心がどうしようもなく泣き叫んでいる。
「婚約者なんて、…」
奏くんが知ったら、はたかれるかもしれない。
そう思って笑ったつもりが、泣き声になった。
秋くんから、一度家に帰ることを勧められた。
何かあったらすぐに連絡するから、と。
昼頃には奏くんのご両親も日本に着くし、奏くんがICUにいる間は面会できそうにない。
それに。
「アメリアも来るらしい」
と、ちょっと申し訳なさそうに言われた。
アメリア。
麗しい金髪ロングのスレンダー美女が浮かぶけど。
誰やねん。
「前に言ったことあっただろ、奏くんの忘れられない人」
泣き叫んでいた心は、簡単にハンマーでぺちゃんこに潰れた。
そうだった。
『奏くんは、誰にも本気にならない。忘れられない人がいるから』
秋くんに忠告されてたんだった。
奏くんが好きとかいうから。
ちょっといい気になってた。
うわ言で呼んでたとかいうから。
なんか勘違いしていた。
多分、明らかに沈み込んだ表情をしていたんだろう、
「まあ、俺は結構コザル推しだけどな」
秋くんが分かりやすくフォローしてくれた。
けど。
自分でも自分の気持ちがよく分からない。
私は和泉さんが好きで。
初恋のあおくんがずっと好きで。
だから麻雪さんがいることが悲しくて仕方なかったのに。
『俺、お前のこと好きだった』
奏くんの甘く震える優しい声が、心をつかんで離れない。
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