101 / 124
blue.100
しおりを挟む
スマートフォンを持って病棟のラウンジに出た。
画面に表示された"俺”の番号を見つめる。
奏くんに会いたい。
奏くんの声が聞きたい。
確かなものなんて何もない。
明日どうなるかなんて分からない。
薄いコンタクトレンズの向こうで、
本当は奏くんの瞳が何を映していたのか確かめたい。
伝わっているつもりでも、
本当は何にも伝わっていないのかもしれない。
深呼吸をして画面をタップしようとしたら、急にスマートフォンが震えて、焦って床に落としてしまった。
「おい、コザルっ!」
動揺したままスマホを拾って闇雲に応答を押すと、怒りにまみれたチワワの声が耳をつんざいた。
「なんでアメリアが俺たちの家にいるんだよ!?」
「…え」
勝ち誇ったアメリアの声。公然と絡められた腕。
思わせぶりな捨て台詞。
片手を挙げて出て行った奏くんの後姿。
…どうしよう。
「しかも、奏くんいな、…」
腕の力が抜けて耳からスマホが離れ、何か騒いでるチワワの声が遠くなる。
…どうしよう、間違えた。
血の気が引いて指先が冷たくなる。
どこで何を間違えたのか、どうすれば良かったのか、分からないけど、
自分が決定的に取り返しのつかない間違いをしでかしたことは分かった。
スマホをつかんでエレベーターまでダッシュすると、拳でボタンを叩いた。
自分がバカ過ぎて吐き気がした。
奏くんの家まで走った。
病室に戻ってお財布を持ってタクシーか電車に乗った方が絶対速かったということに途中で気づいたけど、足を止められなかった。
病院に戻りたくなかった。
息が切れる。汗が染みる。足が痛い。
吐き出した呼吸の向こうに月が浮かんでいた。
灰色の雲に覆われて頼りなく朧げで、
どこか泣いているように見えた。
これ見よがしに電車や車が追い抜かしていく。
街では家路を急ぐ人やはしゃいだ集団や寄り添うカップルとすれ違い、
一様に変なものを見る顔をされたけど、構っていられなかった。
スマートフォンで位置確認をしながら、
何度も奏くんに電話をしようかと思ったけど、
声だけじゃ伝わらない気がした。
ようやく奏くんのマンションが見えた時には、
街はすっかり寝静まり、
月はずいぶん遠ざかってほとんど雲に隠れていた。
マンション前の通路で、荒れた呼吸を整える。
足が痛くて膝ががくがくして、汗が溢れて服がびちょびちょだった。
夜風が汗を乾かすにつれて、頭も少しだけ冷えた。
奏くんの部屋番号が分からないし、
こんな真夜中にインターフォンを押していいものだろうか。
やっぱり電話したほうがいいんだろうか。
いっそ、チワワに電話したらいいんだろうか。
気持ちは焦るのに、混乱してどうしていいかわからなくて、
途方に暮れたまま奏くんのマンションを見上げた。
どのくらいそうしていたのか、汗が冷えて肌寒さを感じ始めた頃、
遠くからバイクのエンジン音が聞こえた。
音がする方を眺めていると眩しいヘッドライトが道路を照らし出し、
すぐ近くでバイクが停まった。
「何してんの、お前」
長い脚が空を横切り、バイクを降りたライダーの黒いフルフェイスのヘルメットから奏くんの声がした。
「…奏くん」
ヘルメットに覆われて奏くんの表情が見えない。
画面に表示された"俺”の番号を見つめる。
奏くんに会いたい。
奏くんの声が聞きたい。
確かなものなんて何もない。
明日どうなるかなんて分からない。
薄いコンタクトレンズの向こうで、
本当は奏くんの瞳が何を映していたのか確かめたい。
伝わっているつもりでも、
本当は何にも伝わっていないのかもしれない。
深呼吸をして画面をタップしようとしたら、急にスマートフォンが震えて、焦って床に落としてしまった。
「おい、コザルっ!」
動揺したままスマホを拾って闇雲に応答を押すと、怒りにまみれたチワワの声が耳をつんざいた。
「なんでアメリアが俺たちの家にいるんだよ!?」
「…え」
勝ち誇ったアメリアの声。公然と絡められた腕。
思わせぶりな捨て台詞。
片手を挙げて出て行った奏くんの後姿。
…どうしよう。
「しかも、奏くんいな、…」
腕の力が抜けて耳からスマホが離れ、何か騒いでるチワワの声が遠くなる。
…どうしよう、間違えた。
血の気が引いて指先が冷たくなる。
どこで何を間違えたのか、どうすれば良かったのか、分からないけど、
自分が決定的に取り返しのつかない間違いをしでかしたことは分かった。
スマホをつかんでエレベーターまでダッシュすると、拳でボタンを叩いた。
自分がバカ過ぎて吐き気がした。
奏くんの家まで走った。
病室に戻ってお財布を持ってタクシーか電車に乗った方が絶対速かったということに途中で気づいたけど、足を止められなかった。
病院に戻りたくなかった。
息が切れる。汗が染みる。足が痛い。
吐き出した呼吸の向こうに月が浮かんでいた。
灰色の雲に覆われて頼りなく朧げで、
どこか泣いているように見えた。
これ見よがしに電車や車が追い抜かしていく。
街では家路を急ぐ人やはしゃいだ集団や寄り添うカップルとすれ違い、
一様に変なものを見る顔をされたけど、構っていられなかった。
スマートフォンで位置確認をしながら、
何度も奏くんに電話をしようかと思ったけど、
声だけじゃ伝わらない気がした。
ようやく奏くんのマンションが見えた時には、
街はすっかり寝静まり、
月はずいぶん遠ざかってほとんど雲に隠れていた。
マンション前の通路で、荒れた呼吸を整える。
足が痛くて膝ががくがくして、汗が溢れて服がびちょびちょだった。
夜風が汗を乾かすにつれて、頭も少しだけ冷えた。
奏くんの部屋番号が分からないし、
こんな真夜中にインターフォンを押していいものだろうか。
やっぱり電話したほうがいいんだろうか。
いっそ、チワワに電話したらいいんだろうか。
気持ちは焦るのに、混乱してどうしていいかわからなくて、
途方に暮れたまま奏くんのマンションを見上げた。
どのくらいそうしていたのか、汗が冷えて肌寒さを感じ始めた頃、
遠くからバイクのエンジン音が聞こえた。
音がする方を眺めていると眩しいヘッドライトが道路を照らし出し、
すぐ近くでバイクが停まった。
「何してんの、お前」
長い脚が空を横切り、バイクを降りたライダーの黒いフルフェイスのヘルメットから奏くんの声がした。
「…奏くん」
ヘルメットに覆われて奏くんの表情が見えない。
0
あなたにおすすめの小説
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
数合わせから始まる俺様の独占欲
日矩 凛太郎
恋愛
アラサーで仕事一筋、恋愛経験ほぼゼロの浅見結(あさみゆい)。
見た目は地味で控えめ、社内では「婚期遅れのお局」と陰口を叩かれながらも、仕事だけは誰にも負けないと自負していた。
そんな彼女が、ある日突然「合コンに来てよ!」と同僚の女性たちに誘われる。
正直乗り気ではなかったが、数合わせのためと割り切って参加することに。
しかし、その場で出会ったのは、俺様気質で圧倒的な存在感を放つイケメン男性。
彼は浅見をただの数合わせとしてではなく、特別な存在として猛烈にアプローチしてくる。
仕事と恋愛、どちらも慣れていない彼女が、戸惑いながらも少しずつ心を開いていく様子を描いた、アラサー女子のリアルな恋愛模様と成長の物語。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
ハイスぺ幼馴染の執着過剰愛~30までに相手がいなかったら、結婚しようと言ったから~
cheeery
恋愛
パイロットのエリート幼馴染とワケあって同棲することになった私。
同棲はかれこれもう7年目。
お互いにいい人がいたら解消しようと約束しているのだけど……。
合コンは撃沈。連絡さえ来ない始末。
焦るものの、幼なじみ隼人との生活は、なんの不満もなく……っというよりも、至極の生活だった。
何かあったら話も聞いてくれるし、なぐさめてくれる。
美味しい料理に、髪を乾かしてくれたり、買い物に連れ出してくれたり……しかも家賃はいらないと受け取ってもくれない。
私……こんなに甘えっぱなしでいいのかな?
そしてわたしの30歳の誕生日。
「美羽、お誕生日おめでとう。結婚しようか」
「なに言ってるの?」
優しかったはずの隼人が豹変。
「30になってお互いに相手がいなかったら、結婚しようって美羽が言ったんだよね?」
彼の秘密を知ったら、もう逃げることは出来ない。
「絶対に逃がさないよ?」
甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる